死神は話を聞きますか?
大炎上させております。
あくる朝、俺は目覚ましと寒気によって叩き起こされた。どるるもなんだかプルプルしている。
「る、る〜……」
またしても俺の後頭部に張り付いていたそいつをベリッと引き剥がすと、しゃかしゃかと足をせわしなく動かしてはオロオロしていた。
「どるる、申し訳ないですが、この子の話を聞いて通訳してくれませんか?」
「る!」
任せとけ、と返って来たので、二匹を連れてリビングに向かう。
すでにその場には、死神さんと眠たげな高田が待機していた。
「あい、おふぁあああ……やう」
「高田はまだ寝てても問題ないですよ」
その瞬間、がすんと音を立てて、高田の頭が食卓に突っ伏した。
「で、一体どうしてここに?」
「きぃ、ききぃ、きゅいきゅいきぃ!」
「るる、る〜、るるる、る」
「京都で……?ちょっと詳しく聞かせてください」
「なあ、俺全く話の流れが掴めねぇんだけど」
「細かくわかったら伝えますから」
話を聞いていくうちに、自分の表情が否が応にも強張っていくのがわかる。それにつれて、死神さんも怪訝そうな表情が深まっていく。
「だいたいの事情はわかりました。死神さん、結構まずいことになってるみたいです、京都」
「はん?」
「どうも、ヨリがあちこちの寺社仏閣の結界をぶち壊したせいで、妖が増えているそうで。夜行が一時的に納めかけたようなのですが、それに便乗して、素盞嗚尊が善悪関係なく妖を殺して回っているそうで……弱い妖は落ち延びて、別の地方に混乱を招きつつ散らばっていったそうです」
その言葉に死神さんが一瞬呆気にとられて、次の瞬間怒りがこみ上げて来たように、怒鳴り始める。
「ハァ!?……何やってんだよあいつ」
「夜行の者がなんとか結界の復旧に努めているようですが、それを邪魔されたくない素盞嗚尊が結界を壊そうと躍起になっているそうで」
「バカ!?バカなのあいつ!?」
ガーッと怒鳴って気炎を上げ、そのまま鎌を出して外に出て行こうとする。俺はその襟を引っ掴んだ。ぐぇ、という声が聞こえたが、その手は緩めない。
「どこにいくんですか」
「あのバカを殺りに行くんだよ。それ以外に何がある」
「バカですか?あのですね、大体死神は寺社仏閣の神気は普通に透過できるでしょう?夜行の結界も透過するでしょうし、壊し方なんてわかりませんよね?多分、裏に人の協力者がいるはずですよ。その辺りをしっかり考えて動いてくださいよ」
それを壊すことができるということは、誰かしらに入れ知恵なり協力されているなり、そういうことがあると考えなければならない。
「あ?……じゃあ、お前は誰が協力者だと思う?」
「夜行は、死神の存在を知り得ないですから、一番可能性が高いのは、朱雀院が夜行の協力を得ていると考えるべきでしょうね。ですが、宗徳……あの爺さんが動いている以上、俺たちの知っている夜行のほとんどの動きは、結界の修復に当たっているはず。そう多くの人員は余らせられませんから、夜行からは一人か、多くて二、三人でしょうか」
「……ああ、それならつじつまが合うな。神の姿が見えるものと、夜行の結界に通じた者か」
だが、朱雀院はなぜこうも死神の力を借りようとしている?
おかしいことだらけではないか?
「……一度陸塞に話を聞いてから、考えなければいけない問題ですね」
「そんな悠長なこと、」
「ええ、あいつも家の中のことは把握済みだと思いますので。それに……小妖怪がいられないほどの魔窟になっているかもしれないのですよね?露払いが面倒じゃないでしょうか。ここは、流出した妖で乱れると思われるこちらの方に注力したほうがいいでしょうね」
俺が遮って言った言葉に、死神さんの顔がみるみる歪む。
「あいつをほっとけってのか?傍若無人が服を着て歩いているようなやつだぞ?俺たちが行かなきゃ、夜行のだって御使にされるかもしれねぇ」
「わかっていますよそんなこと。ただ、今の死神さんと俺だけで行っても、多分一番最初に妖を打ち払うだけでボロボロになります。断言してもいい」
「じゃあどうするんだよ!?」
俺はカッとなって怒鳴り返す。
「どうしたらいいかわからないからちょっと落ち着いててくださいよ!?俺だって今動揺してるんです!」
そう怒鳴り返すと、死神さんがばつが悪そうに振り上げた拳を下ろした。
「……すまん、取り乱した。今京都に行くのが難しいのは、よく考えりゃわかる。今はベストじゃなくベターな手を取るべきだってのもわかる」
「ええ、俺もわかってもらえて嬉しいですが、多分、ベターとかいう領域より、ワーストを選択しないための方法といったほうが適切かもしれないですね」
高田は今の怒鳴り声で完全に起きたようで、俺は少し事情を説明すると、内容の理解に時間はかかったものの、目を丸くして驚いた。
「……やばいよなそれ?」
「ええ。今日陸塞に会ったら、いの一番に聞くべきことだと思います」
「あ、じゃあそろそろ準備しなきゃダメじゃねぇか?」
「そうですね。ちゃっちゃといきましょうか」
学校に到着すると、陸塞はいなかった。無論出席してもいない。
「……みずなに聞いてみましょう」
「ああ」
いつもと違う教室の扉を叩くと、騒然となった。慌ててみずなを呼びに行く生徒を見て、彼女はジロリとこちらを見る。
「随分と対応が遅かったのね」
「陸塞はどこに?」
「京都。あんたのいけ好かない爺さんから、SOSが朱雀院に来てたの、今朝ちょうど出てったわ」
「嘘でしょ……ああでも悪手でもないか」
俺はスマートフォンを取り出して、陸塞に電話をかける。
「もしもし?」
『どうしたのかな、夜行くん?』
「ええ、少しですね、厄介なことになってるんですよ、京都が」
事の次第をかいつまんで話せば、電話の向こうの気配が思案するような感じに変化する。
『そうか……本格的にそれはまずいね』
「ええ」
『妙に静かだと思っていたら、そんなことをしていたのか。君のおじいさまには伝えたのかな?』
「いえ、まだ。陸塞に話を聞いてから決める予定でしたが……どうしたらいいでしょう」
『まずはそうだね、僕たちは撤収をするべきだね。明らかに分が悪いし、どちらの家にも内通者がいるとすると、そりゃ太刀打ちできるはずもない』
「一旦撤退、しかなさそうですね。そちらに着いたら、とんぼ返りで全員を連れて来てください。無論、説明を悠長にする必要はないです。メールでなるべく手短に……そうですね、とても強いものが朱雀院の分家と、夜行の内通者の力を借りている、と書けば、間違いなさそうですね」
『了解した。死神のことは伏せておくよ』
坂町から射殺すような視線が刺さっている。多分どうしてそういう重要なことを早く言わないんだと思っているようだ。
夜行家が陸塞に頼りたくなるほどに切羽詰まっているなんて、こちらにはおくびも出さないのは、俺がした例の約束のせいだろう。それもあって、こんなギリギリになるまで、陸塞にさえ連絡を取らなかった。
己の行動がこんな風に枷になるなんて、思わなかった。
「……チッ」
「何よ。舌打ちしたいのはこっちなんだけど?」
「ええ、いえ……ほんとそうですね」
曖昧に返事をして、坂町の教室を後にする。
「となると、考えるべきは、それぞれの地方に派遣して、騒ぎを収め、そしたら全員で京都制圧というのが一番手っ取り早そうですね」
「時間はどれくらいかかるか計算しておいたほうがいいな。全員少なくとも三日は予定しておいたほうがいい」
高田の言葉に、小さく頷く。それに、幾ら何でも保険もなく行かねばならないということは、大変だろう。俺と高田、そして死神さん、あとはミズハたちの力も借りられるのなら、借りる。負け戦ではなく、勝てる目処がつくようにしてから臨むほうがよっぽど効率的だ。
それに、俺たち死神の類と違って、夜行と朱雀院は普通に疲労もするし怪我は一瞬で治ったりしない。
静養の時間も考慮に入れてみないと、おそらくは困るだろう。
そして、京都の様子見を誰かがしなければいけない。それは御使にされる恐れのある夜行に任せられないが、その場所で頑張れるような人員が必要だ。
多分その役目は、陸塞の味方の朱雀院の者となるだろう。いくら隠が使えるとはいえ、こっちサイドの死神が行けば素盞嗚尊と戦闘になること請け合いだ。
どのくらいの速度で神気が膨張しているのか、そしてどれほど妖がいるのかなどなど、京都の状態を報告してもらいたい。無論、状況に流されずにその場で戦い始めないような、冷徹な人。
陸塞はダメだ。あれは結構熱血漢だから。
坂町は論外。ブレーキのない新幹線くらいの勢いで突っ走り始めるだろう。
「……陸塞に言って、考えてもらいましょうか」
その辺の選抜は、丸投げでいい。
「あとは、——ええ、まあ避けられないですよね、ルタに話を聞くのは」
多分、答えは決まっている。
「園原さん、少しいいでしょうか」
「……ええ。構いません」
教室から出て来て、彼女は俺の真正面に立って、腹のあたりで手をきっちりと組むと、顔をスッと上げる。
「今現在の京都の騒ぎは、ご存知でしたね?」
「——ええ。察しがいいですね」
「知っていて話さなかったのも、こちらはわかっています。となれば、ルタさんの返事も自然とわかります」
その眼差しが、不安げに揺れる。
「杏葉さんは、ギリギリ貸し出せるそうです」
「それは……ものすごく譲歩が入りましたね?」
「久しぶりに甘いもの食えるとは思っていなかった……との仰せです」
俺は握っていた拳に力が入るのを無理やり押さえつけて、ハッと息を吐き出した。
どうしようもない無力感。
けれど、最大に譲歩してくれる姿勢を見せてくれたのだ。これ以上の交渉は、不興を買うだけだろう。
「……そうですね。わかりました、杏葉はありがたくお借りします。中立を守らねばならない立場での寛大さに感謝します、とお伝えください」
俺が深々と頭を下げてお礼を言うと、園原さんがぎりっとその歯を噛み締めて、ゆっくりと瞑目した。
ルタは、知っていてなお放置した。
中立を守ると決めたから、どちらかにあからさまな優劣が出ないように、細心の注意を払って、その中での最大限の譲歩が杏葉の貸し出しだ。
人を殺めても神に戻りたい者。
人を守り、妖を選別し、この場所を慈しむ者。
そして、彼らの中立が保たれるように、ひたすら注力する者。
俺たちが素盞嗚尊を倒せば、きっと別の死神が神に戻ろうとするだろう。
死神になると決めた時から、俺たちは争いの渦から抜け出すことができなくなってしまったのだ。
戦いの合間の、つかの間の平和。
「ああ、本当に……」
今日は、今日だけは、平和であって欲しかった。
高田の生まれた日。
素直に祝福できるような状態ではない。
今日から最低二週間は、平穏などなくなるだろう。
約束していた食事も、多分無理だな。
「高田、この戦いが終わったら……」
「仁義それは死亡フラグだ」
「いや、さすがに結婚しようとかは言いませんから。それはもう少しあとです」
「この戦いが終わったら、俺に一生美味い飯作ってくれないか?」
無駄にキリッとした顔をして、プロポーズまがいのことを言ってくる。
「それ言われるの逆じゃないですか普通は」
「いいだろ、この料理上手」
「……一生とも言わず、もっとでもいいですけどね」
ひどく苦々しい顔をしてそうぽそっと呟けば、地獄耳だったらしい、高田の顔に俺と対照的な笑みがぶわっと広がっていく。
「まあ、これが終わったらですけど」
「ああ、とっとと片してやるぜ!うおー、やる気出た!!」
そんな姿に、俺はようやく笑みをこぼした。
京都が実は大変だったという事態。
戦略的撤退の選択をして、今一度攻め入ることを選びました。
お祖父さん実のところ死神のことを知りません。見えないですから。
次から視点が色々とウロウロとしますので、ご容赦ください。