死神は封じられますか?
ここでようやくひと段落。
「……いやいやいや、えーと、これは一体……」
「お前が事情知ってるんじゃないの!?」
「俺そんな便利キャラじゃないんで」
いや、目の前のこいつはどるるだ。
間違うことなんてない。さすがにこれは間違えない。
「わかりました……わからないと言うことが!」
「すごく役に立たない!?」
『それだけ落ち着きがあれば、問題はなさそうだ』
「ええ、まあ問題はないですね。俺の気持ちを除けば」
「待って待ってどるるチャンこんなダンディズム溢れるお声してたの!?」
「何言ってるんですか?どるるは最初からこの声ですよ」
「マジで!?」
「嘘です」
「この状況でそんなくだらない嘘つくんじゃねーよ!?」
ようやくこのやり取りでフリーズしていた二方が動き出す。
「おのれ……外つ国の獣風情が!!」
鏡が再度出現していくが、その鏡は消える。
「ぬぅ……!!」
老爺が杖を振るうも、それもあっさりと無効化される。
見た目から推測を重ね……るまでもなく、あの姿形は、麒麟。あのビールの缶に印刷されているあの姿のままだ。ただちょっとすらっとして美形である。
『この者らは我のものである。如何なる道理によって、虜囚としている?』
「神の為すことにヒトが逆らうべきではなかろう?」
『否——貴殿らは伝承によって成り立つ、あくまでヒトの一部の存在。信仰などなくとも生きられるこの者とは異なる』
「貴様……!!」
争いを好まない。血を嫌う。
その目が、ちらりと俺を見た。
神が前言を翻すことは、多分ない。
「……二人とも、あの穴から飛び出しますよ」
「え?でも、どるるチャンは?」
「バカですか?入って来れるのに出れないわけないでしょうが」
それになるほどと死神さんが頷いて、俺たちはその空間の裂け目に駆け寄る。
「奴ら逃げるぞ!」
「空間の再構築は間に合わぬ……!」
俺たちはそのまま飛び出るようにして空間の裂け目から飛び出た。
ずっしゃああああ、と勢いよくフローリングの上に転がった俺の上に、どるるがドムッと落ちる。腕とかなんやかやが、火傷のようになって地味に痛い。
「ゴフッ……」
『申し訳ない……』
高田はカーペットの上に落ちたようで、半べそをかいていた。
死神さんは、死ぬかと思ったとつぶやきながら浮いていた。
「くっ……逃げられた……」
「約定は守らねばならぬ」
「だがまたいずれ時は交わろう……」
そんな声とともに空間の裂け目が消えた。その瞬間、どるるがポムッと元の体(?)に戻る。
「……ありがとうございました、どるる」
「る!」
「……あのー、それでさあ。なんだったわけ?さっきのあれ」
高田がもっともな質問を発すると、どるるはそれに答えた。
「る、るるー、るー!る、るるるるる」
「さっきのは本当の姿(戦闘モード)だそうです。あの時は麒麟、中国の神獣ですね。この毛玉姿になっていると、燃費がいいそうで……毛玉でいる時は、ケサランパサランと言うそうですよ」
「燃費がいいって……そんな理由?」
「る!」
「ちなみに今俺も知りました」
俺は床に寝っ転がると、はあ、とため息をついた。まだフローリングで削れたところが痛む。地味に。
「……で、俺たちの現状なんですけど……」
「そうだの。確認は大切だのう?報連相もな?」
死神さんがピタッと止まった。
「……師匠おひさ☆じゃあそういうことぐぇっ!」
弥太郎 は にげだした!
しかし まわりこまれてしまった!
「おひさ、じゃないわこのたわけ!!妙ちきりんな気配を感じたと思えば、何をやっておるのだ、こんなことを前途ある子供に負わせるなど愚の骨頂であろうが!腕の一本や二本引きちぎってでも止めんか馬鹿者!!」
「ぎゃああああごめんなさい本当すいません!!そこダメ、急所だから!?」
久しぶりにイザナミ様が登場して、俺も少々びっくりである。この二人ともそっくりに登場してくるから、本当に心臓に悪い。
「……」
「あ、カグさんだ!」
「お久しぶりです」
俺の頭を撫でようとして、その手がからぶる。俺が苦笑して転身すると、ほっこりとした雰囲気を醸し出しながら、口元がわずかに微笑んでいた。
二メートルはあるでかい人だから、俺を撫でるのも造作もない。
その手が、自分の髪を指差して、次に俺の髪を指差すと、そこからOKマークを指で作る。多分髪型いいね、と言っている……と思う。
「ああ!髪切ったんですよね、そういえば」
その首がゆっくりと傾げられる。
「メガネがないと前髪が目に刺さってしまって……」
なるほどというジェスチャーが終わると、イザナミ様がこっちに向かって歩いてきていた。
「ご無沙汰しています」
「良い良い。どれ、ばあばと呼んでみよ」
「勘弁してください」
「……うぅ、つまらんの。まあ、今はそれどころではあるまいて。ここは聖域と化しておる……中つ国には、負担が大きすぎる」
「そうなると?」
「混ざり合ってしまうのだよ——高天原とな」
俺がそっと身震いしたのを見て、からからと笑う。
「まあ、そう喫緊のことではない。十年単位での進行だ、我には瞬く間でもぬしらにとっては長きことよ」
そう言って、彼女は指に神気をためると絵を描き始めた。
「それを解決するために、ぬしらは禁呪を覚えねばならぬ。三つの禁呪、縛は三人でかければ並の死神のまま、全力は出せぬようになる」
三角形で閉じるのだと指が絵を書き殴っていく。
「今のぬしらが暴れるなら、山一つ二つは消えるだろうな」
いやそんな状態だったの!?
「日常にも差し障りがある。ここは早々になんとかするべきだろう」
そう言って、さらに絵を書き足していく。
「神気を分離させることが大事だ。神気の結晶は持っているだろう?出してみろ」
「はい」
手のひらの上に乗せて出したそれを、彼女はつまんで俺の目の前に掲げる。
「虹色の燐光を放っている理由は、赤・青・緑の三原色が混じり合っているからだ。これを各々のやり方で分離する」
そこから滲み出る色が、三色に変化した。
「赤が縛。青が隠。黄が堅。これらの分離さえできれば、あとは死神になる時と同じく纏わせるのみ。ああ、縛は少しばかり操作を必要とするが、結界を使うのと鎖を使って縛るのと、そう変わることはない。要は、その神気を操るだけなのだ」
「へえそうなんだー」
死神さんが呑気に言っているが、イザナミ様の笑顔の仮面にぴしりとヒビが入る。
「お主には……もう教えたことだろうがぁー!!なぁにが『へえそうなんだ』だ、どうでもいいことばかり覚えよってからに!!」
がっくんがっくんと揺すぶられている死神さんが、泡を吹いたところで終了した。
「分離する、ですか」
「そうだのう……遠心力とか、ぺえぱあくろまとぐらふぃとか、色々あるぞ?」
なんでそんなもん知ってんだよこの人は。
「とりあえず、そういうイメージで神気を動かしてみれば、自然とできるやもしれぬ。神気の扱いばかりは口で説明できるものではないのでな」
「……分離?難しいなー」
高田が顔をぎゅっとしかめながら、目を閉じてウンウン言っている。
俺も神気を動かそうといつもの感覚で押し流した。しかし、思わず咳き込んでしまう。
「ゲホッ……な、んだ、これ……」
「ああ、そうか。まだ馴染んですらおらぬか……それもまあ、慣れだ。頑張れ」
俺は呼吸を整えて、さっきの全身への圧迫感を感じないほどに調整すると、先ほど言っていた通りにイメージをして、体の中で分離をしてみる。
「……ぁあっ!?混ざった!?」
「……難しいですね。一つに集中するともう一方が溜めていたところから流出したり流れ込んだり……」
「まずは一つだけをやってみるのも手かもしれんぞ。このど阿呆でも出来たのだ、青から分離してみると良い」
「師匠!?なんか俺の評価がおかしくない!?」
「おかしくない」
ぴしゃりと言い切っている間に、俺は他のものは除いて、手首から先に青の神気を集めていく。
「仁義の手首が消えた……」
「おお、筋が良いのう」
「ああ……えっと、高田。少し手を貸してください」
「こう?」
差し出された手を掴むと、高田が目を開く。
「掴んだとこだけ見えるようになった」
「他の神気が触れると、元の流れに戻るようですけど、青は少し重い気がしますね、流れるときに」
「なるほど……」
重い流れを意識して、そこからそれを表面に出す。
「透明マントごっこが出来ますね」
「やめろよ」
「実際、これは隠密行動には都合がいいですが、神気が出ているので案外バレますね」
「弥太郎のように中心がわかりづらいものなら、なかなか有効だろう。今はぬしも有効だと思うぞ?」
で、残りの赤と緑なんだが。
「……分離、出来ましたね。でもこれをずっと維持ですか……」
「神だった者達は息をするようにできるからの。弥太郎は出来ぬから、ぬしらが出来ねば困ったことになる」
赤は軽く、緑はざらついている。青は粘度が高い。それぞれの分離は、頑張れば出来そうだ。
「縛を放ってみよ」
指先から赤い鎖がじゃら、と飛び出す。
「そうだの。それを己に打って、力を感じてみればわかる」
俺はそれを自分の体の中に溶け込ませていき、それからあちこち無駄に流れすぎている神気の流れを縛って調節する。
「こういうことですか」
「ん?それなら三つはいらぬか?」
すると、高田も自分の神気の流れにナイフを突き立てて、ニッコリ笑う。
「出来た!」
「ほう?……よく出来たのう、良い子だ」
絵面が怖すぎるにもほどがある。
「俺だけ仲間はずれ……」
「死神さんも練習すれば良いんですよ。俺が教えますから……」
「大丈夫か?我もさじを投げたのだぞ?」
「無理になったら投げますから問題ないですよ」
「そうか……無理はするなよ」
結論。
高田の感覚の話が一番参考になったってどういうことだよ。
「赤がふわふわ、青がねとねと、緑がザラザラなんだよ。青が重たいから沈むだろ?」
「あー、なるほど!」
絶対に赤はふわふわじゃないと心の中で項垂れていると、元の体に戻る。
「完璧にいつも通りですね」
「おう。今度はこれを維持し続けるのかー、大変だな」
手をグーパーしながら、困ったように眉をひそめる。体内にあるぶん、混ざりやすくもあるが強化しやすくもある。何度か転身して鎌を振るったところで、ようやく微調整が出来た。
「基本、これは解くなよ。緩めるなら良いが、それを解くのはかなり危険だ」
「はい。わかってます」
「そうか……それではばあばと呼んでおくれ!」
「いや、それはちょっと……」
ハードルが高い気がする。
そんなこんなで、一連の騒動は解決した。
ちょっと無理矢理感が出てしまった。
反省。