死神は再会しますか?
毎日連載再開。
一日寝かせて先が見えました。ほんと。
あと友人の名前思っくそ間違えてました。
千晴です。千晴。春じゃない。
「そこな女はいらぬな」
その言葉に、俺の目が見開かれる。
男の方が手を胸のあたりに掲げると、そこに一つの金とも銀ともつかない鏡が現れる。
とてつもない嫌な予感が、体を動かした。
高田に向けて、一条の光が迸った瞬間、俺はその前に躍り出ることに成功した。
高田の悲鳴と、なくなった腕の感覚。変に熱いような冷たいような感覚が、止まらない。わき腹にも穴が空いている気がする。足元に、血だまりができていくのを、まるで他人事のように呆然として見ていた。
足元がゆらゆらとぐらついて、俺の体が地面に倒れる。
気持ち悪い。何かがせり上がってくるように思う。ごぼ、と口から血が溢れ出た。
そうか。
血だ。
血が、腹から逆流している。
「なぜ庇うのだ?その女はお主がおらねば苦しいのであろう。死ねば苦しみはなくなるというのに、なぜだ」
そういうことじゃ、ない。
そういうことじゃないんだよ。
どうしてそういう解釈が起きるんだよ、お前ら頭おかしいんじゃねぇのか?
けれど、反論は口から溢れる血に代わって、閉ざされる。
息をするのも苦しい。
「仁義!?」
「ニギッ!?テメェらこれ外しやがれ、ああああああ!!!っざけんな!!!!」
絶叫。
俺はとんでもないバカに思えるだろうな。
人のために死ぬとか、人のために自分を投げ打つとか。
「……ゴボッ」
笑いが水音となって、口から溢れた。
「……お前ら神なんだろ!?なんでこんなことするんだよ!」
「なぜ神が高々人のことを気にかけねばならんのだ?願いを叶えるなど、阿呆らしいだろう?」
「神が高々人間の願いごときを叶えることもできねぇのかよ」
その低い声に、二人の神気が威圧するようなものへと変わった。高田は、俺のそばに座ったまま、彼らを睨みつけている。
やめろ。
これ以上何をする気だよ。俺は気力を振り絞って、手を地面に叩きつけ、体を起こそうとする。
傷が治らない。
相手の神気が俺よりもずっと多いからだ。
「ほう」
「我らが人の矮小な願いごときを叶えられぬと思ったか」
「よかろう」
「異存はない」
「ただし、貴様らがこれを受け止め切れればの話だがな」
その掲げられた手が振り下ろされる。
けたたましい笑い声が聞こえてきて、俺と高田に光の奔流が流れ込んでくる。回復の兆しすら見せなかった肉体が見る間に再生し、溢れる力が俺の体を傷つけ始める。
「ぐっ」
ぼたぼたと、高田の口から血が流れ出る。俺の体が再生する端から傷つき、また再生することを繰り返す。
俺は倒れ込んだ高田の体に覆いかぶさると、力の大半を受け止め始める。
骨が体を突き破り、崩れ落ちてはまたその場所から再生が始まる。
皮膚が裂け、目から、鼻から、口から、血液が溢れ出して、そして髪が伸びて、爪が伸びて、端から力に耐えきれず崩れ落ちて行く。
光が止まると同時に、俺は高田の上に崩れ落ちた。
高田は気を失っていて、俺はそれを見届けた瞬間、自分の意識が暴れる何かに押しのけられて、薄れて行くのを感じた。
「た、かだ、」
ぷつん、とそこで、視界は暗転した。
「——ここはっ!?」
バッと体を起こす。目の前には、長大な川が流れていて、橋が一つかかっている。
「……ここは、」
「よう。気づいたか?」
その声に、俺の心臓が音を立てて跳ねた。背後を恐る恐る振り返ると、そこにそいつはいた。
「何幽霊見たようなカオしてんだよ。や、しばらくだな、仁義」
「千晴……」
女みたいな名前をして、チャラい格好をしていたけれど、そいつは確かにそこでにこやかに立っていた。
内村 千晴。
俺の生涯で、一番最初の友人。
「あ、俺死んでたわ。幽霊だわー」
「いやそれはどうでもいいんですよ。なんで、ここに」
「ん?ああ、お前まだ気づいてなかったか。ここは通称三途の川だぞ☆」
絶妙に死神さんっぽい仕草をしながら、奴が衝撃の一言を放った。
「は!?さ、三途の川!?」
「うん、あ、ここが賽の河原ね。俺石積み中なわけだよー」
「……ああ、親より先に……」
俺が渋い顔をすると、ケラケラという笑い声が聞こえてきた。
「そんな悲しそうな顔すんじゃねーよ。案外楽しいぞ」
「え」
「鬼が来るまでにいくつ積めるかっていうのを競ったりとかさ、あとはみんなでちょっといいかんじの石探したりしてさ。あと地味にエロい本落ちてるぞ?」
その辺の河原かよ。
「まあ、そんなこんなでさ。お前はどうなわけ?俺が死んでからなんかあった?」
「俺は……」
その場に座り込み、話を始めるとその波乱万丈さに千晴が腹を抱えて笑いだした。
「……ひぃ、腹痛い。腹筋割れる」
「まあ、そんな感じで、俺はここに来たわけなんですよ」
「すげーな。なんか死神とか、色々あったすぎるだろ」
「……ええ、まあ……」
ずっと聞きたかったことが一つだけある。
そのせいで妙に口ごもりながら、俺は千腫れの顔を横目で見る。
「あの、……千晴は、俺を……恨んでいますか?」
「ん?……なんだよいきなり」
「恨んでますか……?」
俺の視線に、千晴がフッと笑いを漏らした。
千晴と一緒に山に行って、その時に俺が一人の妖を少し崖になっているところに見た。神気など知らなかったし、迂闊にもその時はただただ人が崖下で困っていると思ったのだ。
千晴が俺の行動に気づいて手を貸そうとし、足を滑らせた。
俺のせいで死んだようなものだ。
「恨んでは、いるけどさ。だって、世界を巡って最高の写真家になろうと思ってたけど、その夢は結局無駄になったわけだし、美味いもん食いつくしてねーし。……でもさ、俺は多分きっと、お前のことを嫌いにはなれないんだよな。だって、俺にそんな質問するくらい生真面目で、バカかよって思えるくらいに正直で」
お前のことだから、必要以上に自分を責めて、責めて、まだ責めてる。
そう言って、軽く笑った。
「お前がどう思ってるのかはよくわかんねーけどさ。俺の正直な気持ちだよ」
「そ、う、ですか……」
何も言えないような気持ちになって、俺は俯いた。
「やっぱお前、キモいくらい真面目で、バカな奴だよな」
そう言って、彼は小石を積み上げる。
「お前がどう思おうと関係ないけどさ。お前が死んで、喜ぶ奴はいないよ。俺んときだって母親が泣いてたし、お前だってそうだろ?」
「……ええ」
「だから、いつまでもこんなとこで油売ってねーで、戻れよ」
「でも、俺はもう帰れないんですよ?だって、俺の体の中に……俺じゃない何かが詰まってるんです。溢れるくらいに」
軽く笑い飛ばすその声に、俺ははっと顔を上げる。
「収まりきらねーなら、俺がちょっともらえば、済むだろ?」
俺の手を、千晴が握った。
途端、何かが抜けていく感覚が体を襲う。
こいつ、まさか。
「誰も不幸にしない人間なんていない」
「やめろ千晴、」
「けど、俺的にはあんたが生きてるのが最善ってわけですよ。はは」
その体が、じわじわと薄くなって行く。
「そんな余裕ねーだろ!?手を離せ、」
がっちりと掴まれた腕は、俺が抵抗しても離れない。暴れるようにしても、その手は全く緩むこともない。
「ダメだ。お前が俺のぶんまで、ちゃあんと面白おかしく生きるって約束しなきゃどいてやんねーよ」
「する!!するから早く俺から、」
ギリギリでその体が俺から離れた。
「おぅ、ビビった。ま、これでなんとかなるだろ?」
「……この、頑固野郎……!」
ほとんど透けた体で、彼はニヤニヤ笑う。全くもって死神さんとそっくりだ。
「はは、まあ楽しんでいけよ。十数年間長かったろ?お前は、まだまだ先があるぜ」
そして、彼は、小さく「またな」と呟いた。
急速に足元が引き伸ばされたように千晴が、遠くになって行く。
「っ、千晴、ちは——」
「……目、開けた……?え……ひ、仁義!?」
「おい、仁義無事か!?息してねーし心臓止まってたしそれにあと体も冷たくなってたし」
それ死んでただろ絶対。
「……あ、れ」
肉体が、ある。
「……ちは、るは」
「ちはる?」
「誰?」
「——ああ、えっと、その……ちょっと賽の河原まで出張しておりまして」
「渡ったのか!?」
「無賃ですし渡りませんよあんな川……」
俺がゆっくり体を起こすと、正面には黒髪の男と老人が変わらず立っていた。
「あれをはねのけたか、飲み込んだか……両者ともいずれにしろ尋常な体ではなくなったな」
「……それで?」
嘲るような声でそう言った相手を、俺は睨みつける。死神になった時から、あいにく尋常な体ではなくなってるんだ。
「まあ、良い。お主らの条件をすべてのもう。何を望む」
ゆっくりと息を吸った。
「俺たち二人が寿命で死んだら、この高田 紅と一緒に神になっていい」
これは事前に、要求が通ったらそうしようと高田と相談していたこと。
「……ほう?」
「代わりに、葦原の中つ国にいる者にちょっかいをかけないでくれ。無期限で」
これは今考えたこと。ある程度の譲歩はしたから、関わらないでほしい。
「よし、呑んでやろう」
「仁義!?お前、神になるのか!?」
「そうしないとまた面倒そうだからそう言ってるんですよ。それに、俺たち二人に注ぎ込まれちゃったんですよ?アレら」
光の奔流は、凄まじいまでの神気だった。あれを受け止めて、並の人間でなかったから良かったものの、多少おかしくなっているだろう。
もはやまともに死ねるかもわからない。
寿命だって普通かどうか。
むしろ人間の枠に収まったことがある意味奇跡だ。
「……そうか。しゃあねーな、お前がそう言うんだったら……」
まあ、ぶっちゃけもう一つ付け加えるとすると、無期限でちょっかいをかけないでくれと言ったのは、神になった先を見据えてのことでもある。
これを駆使して死神として下に降りて来てしまっても、まあ問題なさそうだという企み程度のものだが。
「仁義ー、本当になるの?神」
「はいはい。それじゃあ、帰りましょう」
「ならぬ」
「……はい?」
「帰せとは言われていないだろう?」
愕然とした。
子供かよ、こいつら。
「はあ!?っざけんな、今すぐここから出せ!!」
「フン……馬鹿馬鹿しい、所詮はヒト上がりの小僧が」
ぎらりと睨みつけ、尖った雰囲気で叫んだ死神さんがべしゃりと地にひれ伏す。
「ガッ……」
「何を、」
俺が思わずあげた声は、その視線に途切れた。重たい気配だ。
「何を?気安く我らを諌めるでないぞ。私は月読尊」
「我は思金神」
「ヒトごときの分際で、我らをどうこうできると?」
俺は神気を無理やり動かして、彼らに斬りかかる。自分の足が枷を嵌められているかのように重い。
けれど、動く。
「クソッタレ、今すぐここから全員、はグッ……」
喉元に針が突き刺さった。
「仁義!?うっ」
いや、違う。これは殺気だ。
殺気だけで、殺されると思った。
「……ふふ、矮小だな。寿命が尽きるまで、そうして寝ていればいい」
これが、力の差か。
そりゃないぜ、あんた。
ほんと、世の中ってのは理不尽で、救いようがない、どうしようもない——
みしり。
ぱき、ぱき。
そんな音が聞こえる。
「なんだ!?何が起こっている!?」
「わかりかねるが……ひどい干渉の……」
空間の裂け目から、それは現れ、いつもの気配がいつもの気配でないように思えた。
白くふわふわとした毛並みはそのままに、姿形はまるで変わっていた。真珠のような鱗が、淡く光を跳ね返している。
『不愉快な……随分とやらかしてくれる』
ブルリと体を震わせると、雪の夜のように静かな神気が辺り一面に広がった。荘厳なまでのその姿は、真っ白い空間にいてなお引き立つように光を放っていた。
「……どるる?」
この時ばかりは俺のネーミングセンスを呪った。
あっさりどるるが\コンニチハ/。
びっくりする神's。
もっと驚く三人組。




