死神と修学旅行ですか? ⑤
ジイさんは最初もっと厳格なキャラだったんだけどな……おかしいなあ。
あ、総計pv5000突破しました。有難や有難や……。
宗徳が真っ黒いスーツを着て、俺たちと向かい合っている。
「ああ、これか?これはなぁ、仕事着や」
SPをするときに着ているものだから、鍛錬は全てこのままやっているらしい。
「……なんかすっげーパッツンパッツンなんだけど、あれ激しく動いたら破けねえか?」
高田が真顔で俺に問うが、実際どうなのかはわからない。
「じゃ、行きましょうか」
指でサインを出すと、高田が小さく頷いた。
胸を借りるつもりで挑む方が、傷は少なくて済むだろう。互いに礼を終えると、俺は大きく一歩踏み出す。そのまま回し蹴りで大振りの攻撃を仕掛ける。
それを下がって危なげなく対応しようとするが、そこに高田が足元を狙って攻撃を仕掛ける。
それを少しギリギリでさばくと、高田を狙っている隙にその背後をうまく取り、高田に指示を出しがてら、上体に突きを入れる。
「——ッ!」
かってええええええこのジジイ!?
防刃でも着込んでるんじゃねーか!?
俺はそこから半歩下がると、そのまま勢いに任せて足払いをかけた。しかし、それもかわされる。
だが、高田が下からアッパーを突き上げてきている。それは避けきれずに、その一撃を食らう。
俺だけだったら、確実に一本も取れずに終わっていただろう。
「く……ククククククク……はーっはっはっは!!」
突然、宗徳が呵々大笑し始める。
「——ふう。試すようなマネして、かんにんな。ちいと腕利きが欲しい事情があってん」
「欲しい……?」
「ああ。オモテの仕事するんが東にも欲しかってん。どうや?やってみいひんか?」
表の。
それを受けることでメリットはある。確かにあるが、何ゆえそれを俺たちに依頼した?
おそらくは、夜行の者がいるという泊付け。そして、東側への進出を図ろうとしているというところで間違いなさそうだ。
そして、朱雀院との競合を測るというのもありうるだろう。あるいは、朱雀院を潰すか。
今ここで断っても何もなさそうだが、確実にこの中の誰かが引き入れられれば、俺は見捨てられない自信がある。
幸いなことに今回勧誘を受けたのは表側の仕事だけ。それならば、入ってしまった方がむしろ楽だろうし、何かことを起こそうとした場合、内部の方が情報を手に入れられるかもしれない。
俺は詰めていた息をゆるゆると吐き出してから、宗徳を見つめ返した。
「確約してください。表だけですね?」
「ああ」
「わかりました。俺たちが大学を卒業するまでは片手間になりそうですが」
「かまへんよ」
ふう、と息を吐く。就職先としてはまあ申し分ないと言っていいのか?
「せや。お昼、まだやろ?ええ店あんねや」
高価そうなお昼ご飯をなぜか全員で食べた後は、普通に食べ歩きに連れて行ってもらい、俺はようやくピリピリした空気を抜け出せたのだった。
『お兄ちゃん、おかえり』
子供の声が、クスクス……と響く。
「今日はお土産があるんですよ」
『わーい』
俺が手に持っていた包みを一つ差し出すと、開いてそこに置く。生菓子は怖かったので、干菓子、和三盆と落雁だ。
「美味しい?」
『うん。美味しい』
「それは良かった」
今日の話があんなにトントン拍子に済んだのは、そしてあのバカがあんなに簡単に片付けられたのは、こいつのおかげだろうか?
なんにせよ、今日は総括して言えば悪くない一日だったと思う。
『お兄ちゃん、ごはんオゴってもらえたでしょ?それねえ、僕の力』
「おおっ!?」
そっちかよ!?
『すごい?すごい?』
「ああ……ぬらりひょんもびっくりの力だと思いますよ……?』
わーい、と言いながらその足だけがぴょんぴょん跳ねている。
『お兄ちゃんにあんまり幸福をあげすぎると、近くにいる白いの怒るから、これくらいしかできなかったけど』
「白いの?ああ、どるるですか。そう言えば、どうしたんでしょう?」
『気をつけてね。今から、とっても大変だから——』
俺は再度布団の上に転がされていた。
「やあ、おかえり夜行くん」
「いたんですか」
「そりゃ僕らの宿泊してる部屋で今は夜だから出るの禁止だからね!?」
相変わらずナイスツッコミである。
「それで、座敷わらしと話をしてたんだろう?」
「今からとっても大変だと言われましたよ。わかっているつもりですが、座敷童とかどるるにも忠告をされると、さすがにことの重大さがわかりますよ」
枕のところでいつの間にか眠っているそのふかふかの白い毛を撫でると、「ぴゅ」という寝息が漏れた。
「……今が大変なんて、わかっています。大変だから、俺は努力をしていたんです。でも、それは足りない。俺はまだ、中途半端な存在で、そのせいで……」
「人であることを諦めきれない、そうだね?」
「ええ。一年前にそう言われていたら、即座に頷いたでしょうけど……今は、もう捨てられるものなんて何一つないですから」
手放したくも、傷つけたくもない。けれどその望みが両立するとは言い切れない。
全てが神の思う通りに動いていく。
「……はは、あなたが思っている以上にあなたの恋人は強いんだろう?少しは信頼してあげてもいいと思うよ?」
「そうですね」
俺の手などなくても、彼女は走り去ってしまえるほど強くて、そして俺の手を引いて走れるほど優しい。
「…………守らなくていいなんて、わかっています」
「まあ、そうだよね。男ってのはチンケなプライドに拘泥するから……みずなも、本当は守らなくったっていいかもしれないけど」
「いや、あれは手綱が必要な暴れ馬ですから。絶対彼女から目を離さないでください。大惨事が起きます」
「うちの彼女人間台風じゃないから。いくらなんでも保険屋潰せるほどじゃないから」
わかんねーぞ、案外そのうちやらかすかもしれないし。
「いや、漫画ネタは置いとくとしてだよ?……夜行くんは、あの死神の使っていた禁呪って、できるの?」
「いえ、それがですね……」
『死神さん。禁呪について、教えていただけませんか?』
『あ?ああ、三つ種類があって、縛・隠・堅って言うんだよ』
それぞれの役割は、死神さんがざっくり説明で言ったことを訳してみると、縛、これが死神さんに使われた拘束。
そして隠。突然奴らが湧いて出てくる理由らしい。驚かなくなったからって下から出てくるのはやめてくれ。
堅、これは単純に防御を強化するだけ。
これは御使には使えないもののため、禁呪と言って、死神がそれを使っているらしい。
『大事なのは、それが一度に一つしか使えないってところだ。だから堅をわざと使わせるとかの心理的なことも考えてやるといい……らしい!』
『じゃあ、早速やり方を教えて……」
『おおいいぜ。隠だけだけどな!』
その後のことは、想像に難くないだろう。
なんであいつ語彙力が全く進歩の兆しすら見せてねぇんだよ。馬鹿か。そうなのか。
で、そこでわかったことは、ただ一つ。
「死神さんの語彙力が枯渇して、俺ではわかりませんでした……」
「怒りか何かわからないけど手が震えてるから。落ち着こう」
はあ、と俺がしょげていると、どるるが目を覚ましたのか、肩に乗っかってスリスリと俺の頰を撫ぜる。
「はあ……癒される」
「本当に仲がいいねえ、君たちは」
「まあ、長い付き合いですからね。……あれ?いつからでしたっけ……まあ、細かいことはどうでもいいですよね。とにかく、どるるがいてくれて、いつも助かっているんですよ」
「そうだよね。って言うか、いつもそのどるる……さん?の、言葉を理解しているみたいだけど、どうやってるの?」
「え?」
どうって言われても、できるものはできるとしか言えないから困ってしまう。
「何故なんでしょう?」
「る〜?」
「ハァかわいいもうそんなことどうでもいいですよね」
「どるるさん……恐ろしい子!魔性の毛玉!?」
「るー!」
ぺすん、と陸塞が一撃食らって布団の中にノックアウト。いや、倒れ込んだだけだが。
「……夜行くんが、これからも、僕の友人でいてくれると嬉しいよ」
「え、なんですか急に。陸塞が気持ち悪いですよ、何か変なものでも食べました?」
「食べてないよ!?」
俺はそっと誤魔化すように向こうを向くが、目ざとくバレてしまったらしい。
「あれえ?どうしたんだい夜行くん。耳が赤いよ?」
「うわっ!?いきなり背後に詰め寄らないでくださいよ、全く」
友人なんて、俺にはもう2度とできないと思っていた。
だから、とても面映ゆいと感じてしまうし、ストレートに「友達」なんて言われると照れてしまう。クソ、こいつは絶対確信犯だ。
「まあ、それだけ君が心を開いてくれたようで嬉しいよ!」
ちくしょう。
「まあ、陸塞は俺の友達ですからね」
意趣返しのつもりで言ったのに、普通に喜ばれて終わってしまった。
こなくそ。
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「平穏とは大変に得難いものだよね」
しみじみとした声音で、その人影はなんの色も湛えていなかった目を一度ゆっくりと閉じた。
「けれど、いつまでもそれを甘受できるほど、君にとって世界は優しいものじゃない」
その掌には、一つの輝く球が黒い輝きを秘めたまま乗せられていた。
そこにぴしり、ぴしりとヒビが徐々に入っていく。
「さあ、君はどうするのかな?夜行 仁義」
動き出す。




