死神と修学旅行ですか? ④
京都の人に怒られそう。
どう言ったらいいんだこれ……?
今日は、完全に自由行動の日。
決まった時間に決まった場所にさえ戻っていれば、何をしていてもいい。ゲーセンに行こうがお寺で警策を受けようが滝に打たれようが、俺たちのように個人の邸宅を訪れようが。
「夜行仁義の建物訪問、本日の御宅は純和風家屋のお家です」
「半端なく低いテンションでボケるか普通?」
高田のツッコミをスルーして、俺たちは今なぜかフルメンバーでここにいる。俺に何かある可能性を危惧したようだが、坂町は足手まといになりそうな気がするんだが。
無論、死神さんも、あとなぜか素盞嗚尊も。
「何でこの人たちいるんでしょうね……」
「あっ、おいお前、真っ黒なの知らねーってどういうことだよああん!?」
「いやだって死神さんは今は真っ黒じゃないですし……」
「それもそうか」
噛み付いてきた素盞嗚尊をスルーすると、俺はその入り口のチャイムを押した。
いくつかの殺気が門の前で騒いでいた時から飛んできていたが、まあ実害はないし許容範囲だろう。
『どちら様でしょうか?』
インターホンが雑音とともに声を吐き出した。俺はニッコリと微笑んで、外ヅラを貼り付けた。
「夜行 仁義と申します」
『しっ、少々お待ちくださいっ!!』
慌てたような声とともに、周囲から殺気がふっと消えた。……そりゃあ客、しかも夜行の家から呼んだ客を殺気でお出迎えするなんて、良からぬことには違いない。
『お待たせしました。どうぞ、鍵は開けましたので中へ』
鉄の門扉が、ごおっ、と音を立てながら開いていく。
「お前って、つくづく金持ちと縁があんだな」
「高田は余計なことを言わないでくださいよ」
「だって、さっきから殺気がすごいからさ……」
うん、さっきから殺気が。
「仁義今すげぇどうでもいいこと考えただろ。絶対」
「いいえ?そんなわけありませんよ。勘違いじゃないですか?」
何でそういうことだけ無駄に鋭いんだこいつは。もっとまともな方向性に鋭くなってくれよ。
「夜行くん、そっちとそことそこ。うちの張り方とは違うけど、妙な結界がある」
「……ええ、神気を感じますね……」
これは、どういうことだ?
「おそらく、僕たちの派閥とは違うやり方なんだろう。神気を使って張ってある……高田さんよりだいぶ弱いけどね。そして、もう一つ追加しておくと……多分、監視は夜行くんのことを完全には知らないと思うよ」
「完全には……」
「姿を消すこともある。どうやっているかは不明だ。位相をずらしている僕らとは違って、死神は、見えていないんじゃないかな」
その言葉に、若干見られているから、と緊張していた二人組は、ハジけ始める。壁の中に仕掛けてあるものを観察していちいち報告してきたり、結界をなんかウザいと言い切って壊そうとしたり。それを止めるのにいつもの二倍の労力だ。
「ちょっと二人とも……」
「ん?何?」
「アホに見えますよ」
「がーん!?ニギお前容赦ないよな……」
「間違えました。アホがばれますよ」
「悪化した!?」
これで少しは静まっただろう。
俺たちが廊下を進んでいくと、狐の面を被った少女がすう、と進み出てお辞儀をした。
「ようこそおいでくださいました。奥の間に大旦那様がおりますゆえ」
足音一つもたたないその歩き方には、飛んで浮けばいい死神さんの戦い方とは違う熟練がある。
そう、母親から教わった歩き方だ。
「……他の方々は、こちらでお待ちください」
襖を開けると、座布団とちゃぶ台が用意されているごく普通の和室だ。給湯器やら何やらも準備済みだ。
俺がその少女についていくと、彼女は唐突に足を止めた。
「こちらでございます」
襖がスルスルと開いていく。その奥には、一人の眼光鋭い老人が座っていた。
「今日は、ようおこしやす。ほんまに、おおきになぁ」
その体は、鍛えられているのがわかるほどしっかり厚みのある体で、老人のものには到底思えない。片方の頰は刀傷のようなものがあり、幾分引き攣れている。
「お初にお目にかかります。夜行 仁義と申します」
「わしは、夜行 宗徳じゃ。要件は、そこな倅から聞いてはるやろ?」
「ええ。『謝罪』したい、そう伺って参りました」
「……ああ、間違うてないなぁ。そこに」
えらい高級そうな座布団が、手を差し出された先に置かれている。俺は一礼して、そこに正座した。
「……ほんまに、かんにんな」
その白髪が、はらりと畳の上に溢れる。頭を下げて、懇願するように。
「わしがしょうもない意地張ったせいで、ずっと、美津香をほかして、苦しませて……」
声が苦しげに歪む。
「わしは、手紙がのうなるまで、ずっと、気づかれへんかった。……いくら責めてくれはってもかまへん。わしは……」
年寄りに頭を下げられるのは、ひどく落ち着かないものだ。俺は、ふうっと息を吐いて、それから宗徳に「顔を上げてください」と言った。
「……かなり時間が経っていますから、冷静になりました。もしかしたら、あなた方がいれば母は助かったかもしれません」
けれど、現実にはそうならなかった。
病院で調べうる限りの治療は試してもらった。放射線治療だって、金はかかったけれどやってもらうことにした。
多分、この人たちでも同じことをしただろうし、俺以上のことを求めるのはほとんど無理だと言うくらいには。
「……そして、あなた方がいても助からなかったかもしれません。俺はその時にできうる限りの治療を俺の人生をかけた金で、やりました。あなた方がやっても多分同じくらいには」
だから、もういい。
積極的な許しの感情ではなく、消極的な、諦めの感情で、俺は許す。
「……おおきに」
苦しそうな声で、宗徳が頭を下げた。
「……わしに頼みたいことがあれば、どんなことでも言ってくれてかまへん。せめてもの罪滅ぼしやさかい、遠慮すなや」
「そうですか。では何かあれば、直接連絡させていただきます」
携帯を差し出すと、そのたもとから携帯がすっと差し出される。そこにメールアドレスが表示された。
「ありがとうございます」
ニッコリと微笑むと、宗徳が破顔した。この調子で色々と無理なお願いを聞いてもらおう。
俺がその場を立ち去った後廊下には、夜行 修斗が待ち構えていた。
「やあ、仁義くん」
「こんにちは。陸塞には会えたんですか?」
「協力を断られてしまった。人殺しには手を貸さない主義だと言われてね」
首にドスがピタリと添えられる。俺はそのまま修斗を睨む。
「……君を交換条件にしたら、あの子もうんと言うんじゃ無いかと思ってね。どうだい、とっても魅力的な話だろう?」
「随分とふざけたことばかりよくペラペラ言えますね。俺を交換条件にして、どうする気です?」
「君を我が家に引き入れる。いやだと言えば、ここで君を幽閉してやる。無論、戸籍やなんかも管理してあげよう」
やっぱり、ふざけたことを言う奴がいるものだ。俺はなんだかおかしくなって来てしまって、ふふっと笑いを漏らすと、そこから笑いが止まらなくなって来た。
「くくくくく……」
半分涙目になりながら、ようやく笑いの発作が治るとキョトンとしているそのドスを持った男を笑った顔のまま、睨みつけた。
「実に面白い。そう、実に面白い提案です」
「何がかな……?」
俺はそのまま、修斗の腕をすり抜けて、笑った。
「とっても、面白い提案ですね」
「……っ、なんだ!?」
俺の体を刃が貫く。しかし、血が一切つかない。
部分部分に神気を通すことができれば、あとはやり方次第で簡単に透過できる。一応なんの仕掛けも無いただのドスでよかった。
俺もただ立ち止まっているだけではない。いや、立ち止まれないというのが正解だ。
「本当に……俺にとって、扉も、何もかもがーー意味のないことです」
「ひ、ひ…………ば、バケモノ……」
「いやですねえ、人間ですよ。少しだけ、愉快なことができるだけで……せいぜい寝首をかかれないようにすることですね」
そうだ、と思い出す。
「あと、監視はつけないでください。鬱陶しいんですよ、視線が」
ずるずるとへたり込んだまま後ずさって、そこから叫びながら走り去っていく。
「……本当に、最悪ですね、この家は」
「申し訳ありません。私の父が失礼いたしました」
ぺこりと頭を下げる狐面の少女。
「……莫迦は、アレだけですか?」
「はい。バカはアレだけです。あの時点での介入はむしろ危険と判断したのですが……ああいう解決法は斬新ですね」
今のを斬新と言うのも割と斬新だと思う。
俺は眉の付け根を揉むと、それから皆が待つ部屋に戻った。
「仁義!!怪我ねぇか!?途中で頭のおかしいニヤついたおっさん見かけなかったか!?文化祭にいた!」
「いましたね、人を化け物のように見るアホが。神気くらい感じ取れておかしくないでしょうに」
「ああ、そうだねえ、夜行くんは気づかないか。死神の神気は、死神になれる人間かその御使でないとわからない……だろ?だから、君の神気はこのお屋敷の人にはわからない。僕らはみんな、死神に連なる者、あるいは陰陽師として位相がずれた者だ。ここの者たちは、位相は一切ずれていない。神気を使う陰陽道のやり方だからね」
……そう言えば、そうだった。
陸塞の説明を聞いて、思い至らなかった自分が恥ずかしくなる。
「あの、皆様方、おかしなやり取りをされていらっしゃいますが……シンキ、とは?」
狐の面が傾く。
「君たちが陰陽術を使う際に消費する力があるだろう?あれだよ。神の気、そう書くんだ」
陸塞がそう説明すると、彼女は考え込むようにして俯いた。
「シンキ……もしかして、気のことでしょうか?」
「ああ、そういう理解なんだね。ま、僕の方はそれは使ってないから、詳しいことが知りたければ、そっちのお兄さんをたぶらかして聞き出せばいい」
「陸塞……お前」
俺が陸塞を睨むと、狐の面がきゅっとこちらを向いた。
「先ほどのバカの件は、大旦那さまにお伝えをいたしました」
「ええそりゃあ当然のことですね」
「……私が持つ術についてお教えいたします」
「その大旦那様に聞けば済むことだと思っております。先ほどお願いがあればなんでも叶えようと言ってくださいましたので」
狐面がしょげて、下の方を向いていく。
「仁義、あんまり小さい子をいじめてやるなよ」
「……高田……あの、俺はこれ以上の面倒ごとはごめんだから、交換条件を提示しているじゃないですか。だいたい、気というものがわかっているなら、それで十分でしょう。そう俺たちの間に認識の差異があるとは思わないです」
「そうですか?……では、少しだけお聞かせ願えませんか?」
「……これ結局話す流れじゃないですか」
俺がペラペラと解説し終わると、ふとその狐面が前後にこっくりこっくりと動いているのに気づく。
俺が殺気を放つと、ハッと飛び起きた。
「わかりましたか?」
「はい。……気と同じく、面倒臭いものだということがわかりました」
だめだこいつ使えねぇ。説明書読まないタイプだ。
そうがっくりしていると、襖がバンと開けられて、簀巻きにされた物体が、中に転がされながら入ってきた。そして、そこには大旦那様、宗徳が。
「うちの阿呆息子が、アホやらかして……ほんまに「もうそれは被害なかったのでどうでもいいです」
「……ほな、そういうことでうちの方で処理はしておくわ」
そして、宗徳が俺と後ろの女子を見てから、俺をもう一度睨むように見る。
「で、どの子が報告書にあったヤサなん?」
じじいあんた随分と唐突に図々しくなったな。俺もしかして、いやもしかしなくとももう少し経ってから許した方が良かったんでない?
そういえばあの二人組どっか行ったし。もうやだ、まあほっといてもなんとかなるだろ、あいつなら。
「はい!俺です」
「ほう?強いんか?」
「そこそこ?」
「……せやったら、道場に行って、二人とも手合わせしてみいひんか?」
「手合わせ……」
最近死神さんともやっているが、どうしても力押しで負けるため、高田とのやり合いが多くなる。
高田は顔を輝かせて俺の袖を引っ張っている。もうこれは止まらないだろう。
「わかりました」
小さく頷くと、宗徳がウキウキしながらその場を離れて行った。
お読みいただき、ありがとうございました。




