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死神に問いますか?

アシダカグモが家に出るとすごくビックリする。

気温が低いとね……Gは消えるんだよ……。

「れゔうういいいいあああああ」

意味のわからない言葉をぶつぶつとつぶやきながら、その場にはおかしな色の靄が漂い始める。その靄に包まれると、肌が焦げるように痛んだ。

「高田、外に出ろ!!」

「わかった、夜行は!?」

「この中で仕留め切る。逃げられるとも思えないし」

「そっか……気をつけろよ」

その体を追って、杏葉が動き、割れ窓をくぐり抜けて空中に躍り出る。


杏葉のためか、高田は空中ではなく地面に降りたようだ。


「ぬぅぼあああ」

虫は生命力が強い。そして、頭を潰しても動き続けることだってある。

それははしご状神経という二本の神経の間にはしごのようにいくつも神経が走っているもので、おおよそ神経節が体節に一対あると考えてもいい。

このおかげで、それぞれの体節ごとにほとんどが自立しているため、頭を飛ばされて神経が遮断されても、餓死するまでは動き続けることができる。


要するに、捕食器官がなくなれば、相手にとどめをさすこともできそうなもんだけどな。

さっき、首を飛ばしておくべきだったか。


そうこうしている間にも、ジリジリと皮膚が焼けるように痛む。俺はそのまま毒を噴き出している喉元の傷口に向けて、飛んで行く。しかし、脚がそこに振り下ろされる。俺は鎌でさばいていこうとするが、その鎌が靄に触れると同時に崩れていく。

「はあっ!?」


いやいや嘘でしょ。

ちょっとタンマ。


だが、その攻撃は止まらない。俺は慌ててその脚を避けると、もう一度距離をとった。

落ち着け。

何が原因かはわからないが、こいつがやっていることはおそらく神気の腐食、侵食と言い換えても支障はなさそうだ。


と、なると、素手であれを殺れってか?


「るー……」

どるるが、その顔をしかめる。そろそろ権能を振るうのも限界のようだ。

「……ありがとうございます。外で、待っててください」

俺はもう一度手に神気を集めて、侵食の度合いを確かめる。鎌はどうやら完璧に使えなさそうだ。


どるるが飛び出して行くと同時に、俺はそのまま避けながら、じわじわと距離を詰めて行く。靄のことは今は後回しにしておく。

そのまま脚を避け、その体の後ろに回り込む。そして、その上半身に飛びついた。

脚をその腹のあたりでしっかりと組んで、その首元にぎっちり腕を食い込ませると、そのまま締め上げにかかる。


息ができないようにというよりは、そのまま折り取るために。


昆虫は腹で呼吸をしているから、特に頭を取っても問題はないのだが、捕食されなければいずれはその体は朽ちる。


俺の背中にいくつか傷が飛ぶ。下から糸が飛んで来て、俺の背をえぐっているのだ。

「っチィ、」

「んんんなああああああああああ」

ビリビリと神気が満ち満ちて、周囲の靄が一層濃くなる。メリ、メリとじわじわ折れてくる頭の隙間から、出ているのだ。


力をさらに込めて、その首を絞め上げる。ぶつっ、と筋繊維のちぎれる感覚に、蜘蛛の体液と俺の血で粘ついた肌から、手が滑りそうになる。その背中に膝を押し付けて、さらに強く引く。


途端、俺の視界が逆転した。腕の中にはモゾリと動く大きな頭のようなものがあり、そこから糸が引いている。俺はそのまま窓の外へと避難した。

しかし、その巨躯がジタバタと暴れ出す。窓ガラスがパリンと音を立てて、一枚弾け飛んだ。


そして、ぞるりと体が建物の中から這い出して、暴れるように下に落下した。

靄はない。やるなら今だ。


俺は鎌を出現させてギミックを作動し、刃を180度にすると、上空からの落下速度を限界以上に早める。

轟々と風の音が耳元でして、地面が見る間に近くなって行く。


その暴れる体に鎌がズグッ、と沈み込んだ。

裂くようにして鎌を引くと、縦に半分に割れて、淡く光を放って消えた。


高田の方は、杏葉を捕獲するのに成功したようで、翡翠色の結界がその周りに出現している。


「……手こずりましたね」

「夜行!!杏葉ちゃん、起きたよ!!」

「本当ですか」

俺が駆け寄ってみれば、間抜けな顔をして、ぐっすり寝ている。


俺はそっと鼻をつまんだ。そのまま数秒、がふっ、という声とともに杏葉が目を開けた。

「けほっ……な、何をするんですか……」

「いやあよく寝てましたね。俺たちが大変な目にあったというのに……」

「お兄様、血まみれではないですか!」

「だから大変な目にあったと言っているでしょう。まあ、もうすぐ血が止まりますし、あの時に比べたら大したことないですから」


それでも彼女は申し訳なさそうに肩を落とした。

「……私がお兄様の後を追いかけて、そのまま捕まってしまったからですか」

「高田も捕まっていたからですよ」

「そ、そうですか……」

やれやれ、と俺は眉間を揉む。


俺が杏葉の面倒を見れるわけがない。俺は多分、いっぱいいっぱいになる。そして、後俺が頼める人と言ったら。

「……あー……杏葉は、俺たちの味方になることを優先しますか?それとも、戦う力を優先しますか?」

「……私は……申し訳ありません、お兄様。戦う力が、欲しいです」

「そうですか」


俺はなんだかんだ言ってこいつに甘い気がする。重いため息を胸の内にしまいこみ、俺は電話をかける。

「もしもし、少々相談がありまして」


十中八九断られることはなさそうだが、なんか言われるだろうな。気が重い。


「そうですか。はい、……ありがとうございます」

電話を切ると、俺ははああ、とため息を吐いた。


「とりあえず豪速球で学校の校門の前に来るそうなので、行きましょう」

「は、はい?」


俺たちが向かった先には、ルタが若干機嫌が良さそうに立っていた。

「いやァ、お前なかなかイイバランス感覚だゼ」

俺の体をすり抜けるようにべしべし背中を叩いてくるルタ。


「……あの、えっと、」

「はい、こちらが猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)こと、ルタさん。こっちは羽々木(はばき) 杏葉(あずは)です。ソノちゃんさんは不機嫌そうな顔をしない」

「だって……」

まあ、園原さんはルタのことを敬愛以上の何かを含んだ目で見ているからわかる。


「あの、羽々木と申します。えと、バキと呼んでください!」

なんかごついんだが。

「ちなみにはばき、のバキ?」

「はい。このハンドルネームでとあるネトゲのランキング上位です。ちなみに二つ名は、『課金厨』」

「そこドヤ顔で言うとこじゃないですよ」


全員で場所を移動して、再度仕切り直す。

「それじゃ、始めるゼ。来な、バキ」

彼女はそのまま手をそっと伸ばす。その上にルタの手が、乗せられた。何もかもを呑み込み、そして己のものへと変えてしまうような、そんな神気が吹き荒れる。

「フグッ……!?」

杏葉の唇の端から、一筋の赤い軌跡が滑り落ちる。

俺の時はそんなことが一切なかったのに。


「落ち着いてください。死神の神気は、只人(ただびと)にはすぎた毒です。私もああなりましたから」

「俺の時は、そんなこと……」

「ああ、料理でほとんど同化していましたからね。それでも幾らかの違和感はあったはず」


その口からは血が溢れ出し、その目からもつうっと涙が零れおちる。

しかし、その次の瞬間、その姿は変じていく。


腕には、その華奢な体躯に似合わない重々しい見た目の鎧兜。そして、頭にはサークレットが光る。その全てが武骨さに満ち満ちて、そしてそれ故に美しさを醸し出している。

その手には、両刃の斧が握られている。


「うわァ……すごいな」

杏葉が自分の姿を確認すると、ぱああっと顔を輝かせる。

「すごい!?FIRST FANTASY Ⅹの格好そのままですよお兄様!」

「はい落ち着きましょう。……では、うちの妹をよろしくお願いします」

「ああ。お前ガこっちに預けたモンだ、ある程度なら自由ニさせるつもりダ。俺が止めねェ限りは、使って貰っテ構わねェヨ」


俺が礼を言うと、彼女はその転身を解いた。

「すごいな、かっこいいぞ」

「そ、そうですか?ありがとうございます……」

高田も迂闊にそいつを褒めるなよな。全く、面倒なことに巻き込みやがって。


俺たちが帰宅すると、死神さんがぶすくれていた。

「お前、遅いんだよー」

「俺たちだって大変だったんですよ。絡新婦が出たりして、結構血とかも出たんですから」

「あんなのパーンってすりゃ済む話じゃなーい?まあいいや、メシメシ」

パーンって、できたらしてるっての。

「その前に、着替えて来ますよ」

「おう!」


死神さんはどるるに擦り寄りながら、「ヘッヘッヘ、おじさんについてきたらお菓子あげるよ〜」と変質者ごっこをしていた。

どるるがその瞬間、お菓子だけかっさらってもぐもぐし、死神さんは感動した面持ちで自分の手を見つめた。

「どるるチャンが俺の手からお菓子食った……!!」


今のは強奪だと突っ込んだらどんな顔をするんだろうか。


夕飯を食べ終わった後、俺は死神さんにそっと近づいた。

「すいません、お話が」

「あおぉおおおう!?ああ、なんだニギかよ。脅かしやがって」


ベランダに出ると、俺は死神さんに直球で聞いた。


「死神さん、前にも増して変になってません?」

「お前喧嘩売ってんのか?今なら買うぞ」

「嫌ですねえ、死神さんから変という代名詞をとったら何も残らないでしょう?」

「俺|≡(合同)変みたいに言うなよ!?」

「え?違うんですか?」

「ちげーよ!」

「で、何をそんなに焦ってるんです?」

「あ、あー……ああ、……今は、ちょっと」


その様子に、隠していることがあると速攻でわかった。分かり易すぎる。

俺は転身して、その胸ぐらを掴み上げる。

「答えろ。……何を隠している」

「言えねえ。お前はしらなくていいことだ」

「馬鹿言うなよ。お前が何かをやろうとするのは、決まってお前以外の何かが危ない時だろう」


俺の視線と、死神さんのひどくうろたえた視線がかち合った。

「……あ、のさ。お前、神になりたいか?」

「…………はあ?」

「神になれと言われたら、どうする」


俺のわけのわからなさが、ストンと落ち着く。

「そう言うことですか。……死神さんは、それを断って、ここにいる。そうでしょう?」

「……そう、だな。けれど、俺は代償に、妻を失った」

今世紀最大の驚愕が俺を襲った。

「死神さんに、妻!?」

「いいだろ!?別に!!」

顔を真っ赤にして照れているあたり、まだ好きなんだなとおぼろげに思う。しっかし死神さんの妻か。大変そうだな。


「……俺がそいつらを止めれば、お前は人のままで、いられる」

「そして、身近な大切なものも失わずに済む」

「お前は、どうしたい?」


そう問われて、俺は答えられなくなった。


死神さんの犠牲なんていらない。そう叫ぶ自分と、もう一人の彼を犠牲にしても幸せになりたいと言う何かが、叫んでいる。


「……わかりません」

「そうか……まあ、お前もそろそろ修学旅行なんだろ?気をつけて……」

「いやそれ死神さんも同行するんですからね?」

「え!?」

「だって京都に行くんですよ?妖の宝庫みたいな場所に」

驚いているところ申し訳ないが、俺が前言を翻すことはあんまりない。


俺はニッコリと笑って、その肩をポンと叩く。

「さあ、いざ京都」

「ノオオオオオオッ!!」

死神さんの悲哀の詰まった絶叫が、夜の静寂に響き渡った。

次は旅行の準備します。

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