死神と文化祭二日目ですか?
ちょっと荒唐無稽。
「……と、言うわけです。どうします?」
「ははは、どうもしないよ。僕は金さえ払ってくれれば、正当な退治には手を貸すし、手に負える呪いなんかならちゃんと解除できるよ。君の悪感情は他所において、ちゃんとできないことはできないと言えるからね」
「そう、ですか」
こいつはこう見えてビジネスライクか、と脳内のメモ帳に刻んで、俺は横に腰を下ろしたままかき氷を混ぜる。
「なんか、かき氷って感じしないんだけど?」
「よく混ぜてからストローで飲むのが好きなんですよ」
程よくジャリっとしておいしい。
「変な食べ方するね。それ、何味?」
「いちごです」
んべ、と舌を出してみれば、陸塞が噴き出した。
「ぐふっ……変な色」
「そう言うあなたはブルーハワイ味でもっと変な色になってるじゃないですか」
「鮮やかだろう」
「それより、あんたの告白の手順考えるんでしょう?」
「あ、ああっううんええと」
こいつは至極初心である。
「……俺もそう先輩ヅラできませんが、俺的に陸塞はさりげなくと言うのは不可能だと思います」
「なんでかな」
「だって今から告白するとなったら絶対緊張して無理でしょう、自然に喋るとか」
「ああ……君は実に本当に……俺のことをよくわかっているね……」
こいつが坂町のことを色々と意識し出したのは、前の潜入の時うっかり密着することになってかららしい。
「……いや、柔らかくて、驚いた」
「感想とかいらないんで」
「そこからさ、気が強いけど、やっぱり女子なんだなと思ったら一気に」
俺の足ドンが陸塞の顔の横の壁へ。
「本人に言え」
「そう、だね……ハハッ」
もう一度こいつの横に座り、話を整理する。
「つまり、陸塞はあいつに付き合って欲しいとか言えばいいじゃないですか。もうあなたにはど直球しか無理ですよ、無理」
「またそんな適当なことを……」
「あのヤンキーが言ってましたよ、おかっぱ薄笑い野郎って」
「おかっぱは僕の趣味じゃないよ」
「へえ?じゃあ坂町のことはどう思ってるんですか?」
「す、すうすすすうすすすすすす」
「もう手紙でも書けよ」
「書こうとしたけど、文面が思いつかなくて」
ポンコツだ。
こいつ本当にポンコツだよ。
俺が言うのもなんだと思うけど。
「呼び出して、紙に大きく好きですって書いて、見せればいいじゃないですか」
「それだ!!」
悩みに悩んだ結果、陸塞は墨をすり始めた。俺はと言えば高田が暇になる午後まで暇なので、保健室の主の横で劇の続きを考えている。
昨日のことは、考えないことにした。
世の中には考えてどうにかなることとならないことの二種類がある。
これは後者だ。
「それで、君の方はどうなったんだい?僕はむしろそっちに興味があるんだけどね」
「女の子って、パワフルですよねえ」
「僕らの会話自体にすでに熱がない気がするよ。男の劣化って、早いよねえ」
女性には、熱がある。
どんなに見た目が変わっていこうと、彼女たちには変わらぬ熱がある。
男は、どうだろうか。
「……年は取るものじゃありませんね」
「そのセリフ自体がもう終わってる証拠だと思うけど?」
なんだかこのままここで会話してたら、仙人のようにヒゲが生えて来そうである。
その時、救いのように扉が開いた。
「仁義!」
「高田……助かりました」
「何が?」
キョトンとしている高田がじつに若々しい。
「早く劇のとこ行かないと、列が埋まっちゃうからさ。それに、お前も探されてたぞ?」
「探されていた?」
「あー……ほら、顔がさ。ね?」
「ああ、そういえば……」
そういえば、露出してたわ。
「ほら、実際屋上って用務員さんが掃除する時以外は行けないようになってんじゃん?」
「俺たちは扉は無効化できますしね」
転身してから生身に戻り、こっちから開ければ陸塞も入れると言うわけだ。
「じゃ、会場まで一気に降りましょうか。俺たちは行きますけど、陸塞はここにいるんですか?」
「いや、僕も行くよ。鍵をよろしくね」
鍵を閉めた後に、俺たちは転身して講堂まで行くと、入り口に近づいていった。
「ああ、今日もきてくれたんですね」
「はい。まあ、楽しみにしていました」
「昨日不愉快な事件があったそうですが……問題ありませんか?ルタ様にとって」
「はい。前回の件は、どう思ってらっしゃったんです?」
「あれはいたくお喜びになられていました」
「なら良かったです」
俺たちは園原さんから後半のパンフレットを受け取り、その内容を見る。
「昨日見にこられなかった人のために作っておいたんです」
「へえ……すごいですね」
綺麗にストーリーがまとめられている。
「では、お楽しみに」
幕が上がると、ナレーションが流れ出す。
「……ヤクモ……」
顔を両手で覆った黒髪の少女が、肩を震わせて慟哭しているのが、スポットライトで照らし出された。一瞬どきりとする。
「私がこの10年抱いてきた思いは、無駄だったの!?私は……わたしっ、ヤクモのことが好きなのに!!」
ゆらりと立ち上がった彼女の手に握られていたカッターナイフが、そのかつらであろう髪の毛に添えられる。
「さよなら……大好きだったよ、ヤクモ」
じゃきん、という効果音とともに、舞台がが暗転した。
次の朝、ヤクモが朝からサギリに抱きつかれているのを見ても、ちらりとそちらを見ただけでセイナは動かなくなる。
「おはよう、セイナ。髪切ったんだね?」
「……おはようございます」
他人行儀な挨拶に、その後視線を逸らして教科書の整理を始めるセイナを見て、ヤクモが一歩後ずさる。
「どうかしたのか?」
「何がですか?」
「いや、だからその、」
「おはよー!あれ?ヤクモくん?」
それにピクリと肩を震わせるも、ヤクモはその声にそちらを見ていて気づかない。
スポットライトがもう一度セイナに当たる。
「これでいい、これでいいのよ。所詮、子供の約束だもの。覚えていて、それを果たそうとする方がおかしいのよ」
舞台全体が照らし出され、ヤクモがセイナの肩を掴む。
「なあ、どうしたんだよ……お前、なんか変だぞ?」
「申し訳ありませんが、あなたに指摘されるほどのことでもありません」
「はあ!?なんで、いつもは俺がサギリと喋ったりしたら、カッター投げてくるくらいしてたろ!?」
「それで?」
「それで……って、どういう、ことだよ」
「幻滅されないと思ったんですか?」
「……は?」
「いつまでも女が心変わりしないで好きだといってくれると思ってるんですか?ハッ、馬鹿らしい。あなたの思い上がったその態度……よりどりみどりしようというその魂胆……失望したんですよ」
木崎が胸を抑える。お前何やってんだよ。
「そ、そんなっ、」
「思い出は、どうやら美化されるみたいですね」
——これでいい。
——このままでいい。
——でも、もしこの人が引き止めてくれるなら。
そんなナレーションが流れる。
ヤクモが、セイナに手をのばしかけて、うつむき、それから手を下ろしてセイナと逆側を向く。セイナはその次の瞬間振り返った。そして、歯を食いしばって、走って袖の中に入る。
全員が思わずそのすれ違いを、落胆とともに見送った。
「……ヤクモくん?どうしたのー?おーい、返事返事!」
「はっ!?あ、ああごめん」
「もう!サギリのこと、ちゃんと見てよね」
「あ、ああ」
その横顔を見つめて、サギリは諦めのようにため息をこぼした。
「セイナちゃんのこと?」
「なっ、」
「わかりやすいんだよ。……私のこと、すき?」
「す、好きだよ?」
「そ、ならいいや」
家まで送ってもらうシーンが終わると、玄関先で手を振った形でモノローグが流れる。
『この人は、きっとあのままの関係が続くと思っていたんだ。でも、永遠なんてない。片方を選んだら片方を捨てなきゃならない。そして、それを捨てるようにしたのは、あなた自身なんだよ?ヤクモくん』
「ヤクモくんは、勘違いしてるよ。幼馴染がそばにいなくなって、寂しいだけ……それだけだよ」
ヤクモは、膝を抱えていた。
「僕は、どうしたらいいんだろう……サギリさんを見ると、ドキドキする。でも、セイナがいないと、落ち着かない……」
「恋って、なんだったっけ?」
「僕は、選ばなきゃいけないのに……」
セイナが出てきて、その横に立ち、嘲笑うように言った。
「まだ、自分が選べる立場にいると思ってたのね?」
「バカねえ」
「私は……あなたの約束を守るために生きているお人形じゃないのよ」
「ねえ?あなたが奪った私の10年を」
「返して」
その横で、叫び出すヤクモ。
「うわああああああああああああ!!」
その次の日、ヤクモは学校に来なかった。
その次の日も、その次も。
「セイナさん、あなた少し彼の様子見に行ってくれないかしら?」
「いえ、私ではなくそれはサギリさんに。なんて言っても、彼女ですから」
微笑みを浮かべて、彼女は職員室を辞する。
「……そう、私は彼女じゃないですから」
そう言って、まっすぐに顔を上げて、歩いていく。どこか吹っ切れたように、彼女は前向きでいる。
サギリは、家を訪ねていた。
「ヤクモくん?みんな心配してるよ?」
『サギリさん……ごめん、僕はっ……』
「……そっか。ごめんね、やっぱりセイナちゃんを選ぶよね。私、なんとなくそんな気がしてたの。ヤクモくんが転校してきてから、ずっと」
『そっか…………ごめん』
インターホンがブツッと切れて、それからサギリは泣き崩れる。
子供のように、泣いて泣いて泣いて泣き腫らして、場面は暗転した。
「………おはよーうございま……」
「ヤクモ!?」
がたんと立ち上がったのは、セイナだった。
それから気まずそうに席につこうとするその腕を、ヤクモがとった。
「あのっ!!……あれから、えと、 色々と考えて、そんでもって、お前が怒るのも当然だと、思ったわけで……バカだから、選んでから、お前が大事だって知った」
「…………」
「それで、ええと、……なんて言ったらいいかな。付き合えなんて虫のいい話は言わない。だから、今度は僕の方からちゃんと告白させてほしい。でも、その前に……」
彼はバッと頭を下げる。
「俺と!交際を前提に!友達になってください!!」
セイナの目から、ポロポロと涙が溢れ出す。
「うんっ……はい。よろしくね、ヤクモ」
その瞬間、舞台の端にいたサギリは、舞台袖へと歩き出そうとしていた。その瞬間、おかしな音が聞こえた。高田がいち早く反応して、サギリの方へ跳ぶと、その体と一緒に吹っ飛ぶ。
俺は目を細めた。
まだだ。まだ何かがまずい気がする。
そのまま舞台へと突っ込むと、上から落ちてきたカーテンレールを腕で受け止める。骨から変な音がしたが、構わずに床にすべり落とす。メガネが飛んで、レールに敷き潰された。
ああ二万円が。
「うわあ!!二人ともすっごい素敵……あの、お名前教えてくれますか?」
「ギョクだけど……」
「ニギです」
前髪を上げながら、俺はちらりと彼女を見ると、ニッコリ笑って言われた。
「私とお友達になってください!」
ドッと笑いが起きた。
どうやら計算された演出に見られたようだ。まだ腕が痛い。
いや、治さないほうがいい。確実に。
痛みに少し顔をしかめるも、無理やり笑顔を取り繕った。
カーテンコールを浴びながら、俺たちは舞台袖に引っ込んでいく。その瞬間、全てがバタバタとし始める。
救急車、と誰かが叫ぶが、俺が「結構です」と言い切り、それから先生が病院まで送るという事態に陥った。
保護者にも説明をしたりしなければいけないし、事故でない可能性を考えて、警察も呼ぶという。
結果は、右手橈骨へのヒビと尺骨の単純骨折、それから左手の尺骨のヒビ。
レールを手で受け止めたにしてはすごいと医者が言っていたが、実際ちょっと神気が流れて治療されているので、普通におかしな現象が起こっていると思います。ごめん。
それにしても、あの絶妙なタイミングで落ちてくるって、どういうことだ。
さすがにおかしいだろう。
けれど、神気は一切感じていない。
「どういうことだ……?」
粘つくような嫌な予感に、俺は体をぶるりと震わせた。
余談だが、今年のミスターになぜか俺が選出されていた。
覚えていろ写真出したやつ。
次の話は、妖と絡めた告白のお話。