死神は語りますか?
みんな大好き!過去のお話。
でも長引かせると面倒だから今日は二話投稿で一気に終わらせるつもりです。
二話目はお昼頃になると思います。
そして……また……ブクマが増えている!
ありがとうございます!
まだまだ続くよ!多分後五十話くらいは。
俺は眼鏡を外して、それから前髪を上げる。顔にはとても穏やかな笑みを努めて浮かべると、臨戦態勢の完了だ。
それをみた杏葉は、かたかた震えながら後ろに一歩後ずさる。
「ご用件は何でしょうか?」
周囲の人間が俺を見て、驚くと同時に見惚れるような微笑みを浮かべると、種馬も俺に対して蔑むような微笑みを向けて来た。
「そろそろ、意地を張るのはやめなさい。一人暮らしなんて、お前には不可能だろう」
「不可能?」
「そうだ。——お前はこんなところにいるべき人材ではない」
「おっしゃる意味がわかりかねます。私は今、一人暮らしが不可能だという根拠を聞き返したのみです。それは答えになっておりません」
やれやれと言いたげに彼は肩をすくめる。
「その程度のこと言わなければわからないか?——掃除、洗濯、料理、その全てを高校生一人がこなして行くなんて、到底不可能だろう?」
何を言いだすかと思えば、それだけか?
「それに金だって、いつまでも続かないはずだ」
それはお前らの基準の金の出て行きかたで計算したら一年も暮らせねーよ。
贅沢しなきゃもう一人養うくらい全然問題ねーよ。
「そう思うのならご勝手に。今現在は完全に問題などありませんので、お構いなく」
「……仁義さん」
人形のように動かなかった女が、口を開く。
「あまりお父様を困らせてはいけませんよ」
「俺に父親はおりませんよ?種馬ならおりますが」
「……嫌だわ。生まれが透けて見えるよう」
口元を扇子で覆い隠し、それから俺をキッと睨みつける。
「あなたのマンションを買い取ることだって容易にできるのですよ。生殺与奪を握っているのはこちらの方」
俺は額に手を当てて、空を仰いだ。
こいつらってマジでアホだな。
どうしたらいいんだろ。ほんと。
「話は、それだけですか?」
「……何?」
「無理に要求を通そうと思われるなら、あなた方は本当に良い記憶力をしておられる。ああ、学習能力と言った方がいいのか……」
「お前、父親の言うことが聞けないのか!?」
「父親なんて俺には存在しない。あなたはただうちの母親にタネを提供しただけの種馬なんですよ」
微笑みを崩さないままに俺が言い切ると、耐えかねたように絶叫が迸った。
「やめて、お父様!お母様!」
「ええい、うるさい黙れっ!!」
「あの人に手を出して無事で済んだことがありませんでしょう!?お父様達はもうお忘れになったんですか!?」
俺は微笑みながら、杏葉の肩に手を置いた。
「無駄ですよ。もうボケが始まって来ているんです。あまり刺激しない方がいいですよ」
「……くうっ、どの口がそれを!」
「杏葉も迂闊に俺に暴言を吐かれているともわかりませんよ?」
「あらお兄様、別によろしいですよそのくらい。だってそれほどのことをしたんです」
「……そう、杏葉は反省ができるんですね。いい子いい子」
「そう言うところが!煽っていると言ってるんです!!」
俺は瞠目している二人に微笑みを向ける。
「それで、なんでしたっけ。要約すると『我が家に戻れ』ですか?精神科をご紹介した方がよろしかったですか?」
俺の辛辣な言葉にまた種馬が激昂しそうに顔が赤くなるが、俺は別段こいつに遠慮する義理はない。
「俺の家族はたった一人だけです。あなたが俺と血が繋がっているとしても、あなたは俺の父親になる資格はないんですよ」
冷たく言い放った瞬間に、背後からぱちぱち、と拍手が聞こえてきた。
「いやあ、全くその通り。……ああ、初めまして、夜行 仁義くん」
薄い色の癖っ毛、そして気の強そうな細い目に、シャープな輪郭線と美しいラインの鼻梁。
似ている。
母さんに、似ている。
「やあ。僕は夜行 修斗。夜行 美津香の兄といえば、わかるかな?」
なんて言った?
美津香の兄?
…………母さんの、兄?
「…………はあああ?」
思わずそんな声を漏らしていた。今更なんのためにこいつはここに来たんだよ。
「君のお母さんが絶縁されていたことは、知っているね?」
「……まあ」
「それでね、君のおじいさんに近況を書いた手紙を送っていたのだけれど、届くたび怒り狂って、全て中身を見ずに焼いていた」
「……それで?」
本当に、一筆だけだけどねと付け加えた声を無視しながら、俺は続きを促した。
「はは、……君のお母さんが死ぬ前には、手紙を何通も送って君のことを頼もうとしていた。けれど、それを全て焼いていた父は、気づかなかった。僕もさすがにおかしいと思ってね、君を調べてみたよ」
彼はニッコリと笑ってから、こう言った。
「父はひどく後悔している。君に会って、一言謝りたいそうだ。謝罪を聞くだけでいい、道中の金は払うし、それ以外のことは要求しない。だから、一度父に会ってくれないかな?あ、もちろん彼女も一緒でいいよ」
「お兄様!?いつ彼女がお出来に!?」
顔をずいっと寄せてくるのをぐいっと押しもどす。
「杏葉は鬱陶しいから黙ってください。……罰が欲しいんですか?」
その答えに、彼は一瞬詰まる。
「……いいや、許しが欲しい」
「そうですか。……わかりました、いつならばよろしいですか?」
「今度の土日ならば、いつでも。手土産などはいらないよ。うちがわざわざ足を運んでもらうわけだからね」
「では、二人ぶんよろしくお願いします。地図などは?」
「ああ、これだよ。はい」
そんな流れの中で、種馬がそれに口を挟む。
「なぜその男は、」
「それもわかりませんか?」
俺はにこやかに微笑んだ。
「この人たちは『謝罪させてくれ』と頼みお前らは『俺の家に入れ』と命令して来た。それだけの違いですよ」
声が低く唸るように変わる。
「あんたの娘が謝罪できてるのは奇跡だな」
俺が教室から出て行こうとすると、手を伊吹に掴まれる。
「お前、ここのメニュー紹介してけよな」
「ああ、そうだった……気持ち悪い笑いもやめないといけませんね」
スッと表情を元に戻す。俺は伊吹と伯父に椅子を勧めて、メニューを手渡した。
堪えきれなくなったか、種馬と女が立ち上がり、出て行く。
「うわ、エグいねえ。じゃ、とりあえず……このスペシャルってのを」
「かしこまりました」
「闇ジュースって……お前これ客に出せるようなフレーバーなのかよ」
「残念ながらそちらは関わっておりません」
「闇ジュースひとつと、あとワッフル一つ。生クリーム嫌いだから、かけんなよ」
「はい」
俺はカーテンで仕切られている厨房に駆けていく。
中では止まっている人たちが大勢いた。
俺は大きく一度手を鳴らした。
「動いてください」
「は、はいっ!」
一人ずつ我にかえると、流れができていく。
「それから、闇ジュース担当、一杯出ました。あとは、スペシャルとクリームなしのプレーンです」
「よっしゃ、いくぞ!」
「おう!」
「うらめーしーやー」
俺はカーテンから出ていくと、その席に腰を下ろして、高田がカーテン裏に引っ込むのを見送ると、ため息を吐く。
「……それで、要件が終わるはずないでしょう?」
「……うん、まあね。あ、そっちの伊吹くんも聞いておいたほうがいいよ!すごいことになるから」
「あ?」
「夜行家は、まあ代々SPを輩出しているお家でね。要人警護のプロフェッショナルで、背景調査なんかも得意とする、いわゆる御用達なんだ。……伊吹くんも聞いているだろ?『夜鬼』って書かれたロゴの入った制服着てる人たちをさ」
「……ああ。それで?」
「その裏稼業、といえば君にはもう伝わるかな。陰陽道、とか」
伊吹と俺は思わず腰を浮かせかけて、それから坐り直す。
「裏のお仕事だ。そりゃ大っぴらには頼めない。だから、朱雀院のとこのあの子を、うちに連れてきてほしい。今、抱えている案件が厄介になりつつあってね。こちらじゃ対処しきれなくなるかもしれないんだ。無論、報酬は過分に払おう。君は連れてきてくれるだけでいい。これは祖父のあずかり知らぬことであって、俺の独断だ。頼む」
こいつ、わざとそんな言い方して。
朱雀院のことと俺のことは関係がなく、あくまで自分のしたことだと宣言する。それで祖父の謝罪へ嫌厭をもたせぬようにした。
そして、己の独断で、ただの仕事のことだと言い切り、事前調査により存在を知っていた陸塞を使うといえば、俺が関わらざるを得なくなる。
飛んだ食わせ物だぞ、このジジイ。
もしかして、視えているのか?そう思ったが背中から脚にかけて色々と巻きついているのに気にしていないから、見えてないと判断する。
俺は地図をかさりと広げて、ふっと微笑んだ。
「いや、やっぱり週末に行くのはやめます。来月のここからここ、京都に修学旅行ですから、そのついでに行きましょう」
「………そうかい。じゃ、朱雀院君の紹介も期待しておくよ」
それに対して、明らかに修学旅行のついでだと言って、謝罪を軽んじてみる。怒って当然だが、まあ朱雀院のコネが手に入るならと口をつぐんだか。
こりゃあ、知らねぇうちに養子縁組されてないかとか考えておくべきかもしれないな。
「それでは、俺はこれで。ああそうそう、言い忘れてましたが……スペシャルは」
「お待たせしました☆」
「チャレンジメニューなんですよ」
赤と青の五枚のワッフルにこれでもかと赤いソースがかけられ、こんもりとその隣にホイップが絞られている。
「うわ……」
「それじゃ」
俺ははあ、とため息をつきながら上の階に上がって行く。背後から高田が追いかけてきた。
肩で息をしているのを落ち着かせると、彼女は俺の腕を取る。
「夜行……その、お前が色々と大変なのは、わかった。でも、俺……もっと、知りたい。お前のこと」
「ああ……そうですね。そろそろ、話してもいいかもしれないですし、屋上に行きましょうか」
屋上の扉を開けると、先客がいた。
「ニギの過去が聞けると聞いてやってきたでござる」
全身真っ黒のアホがいた。
「そんなにツッコミが欲しいんですか?なら手ェ突っ込んでかき混ぜてやりましょうか」
「やっぱりお前すごく頭おかしい!?」
「死神さんは顔がおかしいです」
「なんで!?こんなにビューティホーな造形がおかしいわけないでしょ!?」
「いや……どちらかといえば、ファニーの方向で」
「わぁ顔で一発芸できるね!……ってアホかい!!」
俺は腰を下ろして、給水塔の壁に寄りかかる。
「ま、かけましょうか」
「うん」
*******
夜行美津香が実家から放り出されてから、三日経っていた。
「ふざけやがって……」
折檻されてから放り出されたために、あちこちが打撲痕で痛む。
お金はすでに底をつきかけている。手持ちの現金などすでにない。
仕事を探してみたはいいが、全くわけがわからない。
変な男に絡まれそうになったこともある。
「ふざけやがって……」
「あら?あなた、どうしたの?」
「……あ?」
見上げてギョッとした。そこにいたのは、化粧をバッチリとした骨格の太い、男。
「あんたにゃカンケーねぇだろ」
「ダメよ。うちの店の裏でそんなことされちゃあ、困るでしょ」
「……んなこと言われてもなぁ!!こっちにゃ帰る場所も金もねぇんだよ!!どこで座り込もうが私の勝手だろうが!」
彼女、と表現するべきなのだろう。その彼女は、そのゴツゴツした手で美津香の手を取った。
「なら、それまではうちで働かない?お掃除の人が足りなくて、困ってるのよ。お部屋は、私のとこに余ってるのを一部屋貸してあげる」
「……なんで、見ず知らずの他人にそこまでするんだよ……」
「あら、決まってるわ。私だってあれこれ白い目で見られたこといーっぱいあったもの。でもこのお店があったから、うまくやれたのよ。その時から私の目指す道は、心やさしき女なのよ」
ばちんと決められたウインクに、美津香は思わず笑いを漏らす。
その日から、生涯で一番の友人と美津香は出会った。
オネエさん。




