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死神は浮き足立ちますか?

へえ、ようやくです。

「……今なら死ねる」

そう言って高田が俺に寄りかかる。

「いや死なないでくださいよ」

「言葉の綾だよー。うりうり」

頭でグリグリされるのを、俺は手で雑っぽくよけて、それからまた頭を俺の肩にもたせかける。

落ち着くのかなんなのかわからんが、視線が痛いからやめてくれ。


「で、一体この惨状は……?」

「なんか、どこのクラスでもそうらしいんだよ」

「教室の中がぐちゃぐちゃになっている。愉快犯とするには被害甚大、と」

「そうそう。それに……神気がある」

「本当ですか?」

「俺にもうっすらだったけどな」


こういう微妙な感度はこいつの方が断然いいから、その言葉を疑うつもりはない。しかしながら、その暴れようたるや、とても力の弱いものの仕業とは考えられない。

おそらくは人に危害を加える類の妖ではないが、何かの弾みに刺激したとかが有力だろうか。


「少し聞いて回った方がいいですね」

「おう。陸塞たちには声かけとくか?」

「一応連絡だけは入れておきましょう。自発的な協力の言葉があれば馬車馬の如くこき使いますが、そうでないなら自分のクラスを優先させるでしょうし」

幸いにも物が倒れたとか、ガラス製品がいくつか割れたとか、床に物が散乱しただけというのが大半だったので、片付けとしては簡単極まりなかった。


「むかつくー!!」

気炎を上げていた人たちがいたが、それはなるべく無視を貫いておく。

どうせ俺が関われることじゃない。自慢じゃないが、折り紙だけは金輪際やってたまるかと決めたものである。

母親に折り鶴を作ろうとしたら、謎の生命体Xが出来上がってしまったのはいい思い出だ。

それ以来、紙を使った装飾が苦手だ。飾り切りはできるのに。


謎の生命体Xの衝撃が未だ俺の脳裏に焼き付いてトラウマ化しているからだろうか?


俺はそのあたりにいた人物に、昨日何かなかったかと聞いて回っていると、園原さんに遭遇した。

「こんにちは」

「どうも。……高田曰く、神気があったそうです」

「本当ですか」

「ええ」

俺の言葉に、彼女が少々顔を歪める。


「……それは、少しばかり面倒ですね」

「それにやったのが弱い妖にしては、少しばかりコトが大きすぎる気がするんですよ。何か思い当たることとか、ありませんか?」

「申し訳ありません。ですが、弱い妖でも数がいれば、実行できたかもしれないですね」

「……なるほど。今思い浮かぶ中では鳴家(やなり)が最も考えうるものですね」

「鳴家ですか。確か、局所的な地震を引き起こしたりする、ポルターガイストの小鬼ですね」


とある妖怪小説ではかなり可愛らしいものだが、実際にはかなり鬱陶しい。家を局所的に揺らすとか、ラップ音が鳴るとか。


だが、問題はといえば。

「そうだとするなら、なぜこんな一度にたくさんこの場所に出現することになったんです?何か文化祭が嫌だと思っている妖がいるとか」

「それもそうですね。少しこちらで調べてみますが、過度な期待はなされませんよう。何かわかりましたら、連絡致します」

スマホが入っているだろうポケットをポンと叩くと、彼女は颯爽と歩いて行った。


そこに携帯に着信がある。

「もしもし?」

『やあ、ニギ君。今こちらは手が離せなくってね。君に確認してほしいことがあるんだ』

「なんでしょうか?」

『地主神の祠が、この学校にはあるはずなんだ。荒神の性質を持つものだから、その封印が解けてしまったのかもしれない。再捕縛にも時間がかかるから、もう一度夜に集合できないかな』

「……わかりました」


嫌な空気だ。

誰かが何かを企んでいる。

悪意が引き寄せられている気がする。


「少し、考えなくては」

「クラス連中なら、上手くやってると思うよ。図書館なら静かだと思う」

「それでは、調べ物もありますし」

その場所から離れていった。


図書館に到着すると、この学校の年鑑を読み始める。読むといっても、事実を探すだけで他はきっちり読み飛ばしているが。

「……あった」


もともとこの場所は、刑場、すなわち罪人を笞刑に処したり、殺したりする場であったという。無論そこには地主神がいたが、人の負の気と血を吸って、荒神になり、暴れたという。そのため高名な陰陽師がそれを押さえ込んで、封印をかけたという。

そのため、地主神を丁重に祀り、荒神として暴れぬようにしていたらしい。


しかし、今回のこれだ。

長らく閉じ込められていたなら、相当暴れ回りたいはずだ。

確実に、あの被害はさわりだけに過ぎない。本番は、これからだ。


でも一体、誰が何のために?

あるいは事故か?

祠を見て、人為的に振るわれたものかを見なければ、わからない気がする。


「一度、祠まで行って見ましょう。何か分かるかもしれないですし」

「そうだな」

俺たちは祠があるという場所に向かった。しかし、その場所にはただ石が一つ大きく割れているだけだった。

しめ縄などもなく、そしてその岩からはおかしな感じだけがする。


「んやっほー、来ると思ってたぜ」

「死神さん!」

「もうここには奴ァいねえよ。残滓はあるが、閉じ込められてたせいで、人に憑りつくのもうまそうだし」

「なっ……」

人に?

そんなことをすれば、坂町のように器が歪むんじゃあないだろうか?


「一時的だな。俺らと違って曲がりなりにも本物の神だ。ま、小せえ地主神クラスじゃ俺たちでやれば負けるこたぁねえよ。ただ、荒神化されると……かなーり面倒くせぇんだよな、後始末」


倒せば土地の加護が消えてしまう。

かと行って放置すれば、妖を呼び込んで大変なことになる。

封印以外にほとんど打てる手がないということだ。


「まずは捕まえなきゃなんねーんだが、近日中には十中八九間違いなく……死人が出る。憑りついてるわけだから、その子も色々と危ない」

「じゃあ、手っ取り早くそいつを探さなきゃな」

「でも、この時間帯きっと皆あちこちに移動してるはずですよ。どうするんです?」

「そりゃあお前しらみつぶしに……」

「学校を動いてる間にも、相手は動きます。ここは場所を絞って動かないと……」

「場所を?」


俺は頷く。

「学校で荒らされていたのは、教室だけ。となると次に来そうなのは」

その瞬間、立っていられないほどの揺れが俺たちを襲う。

「うわっ!?」

「………いえ、外の木を見てください。全く揺れていない」

「ほ、ほんとだ」


俺は転身して、油断なくあたりを見回す。すると、そこにはお下げ髪の少女がすっと現れた。

「っちわあー」

おかしなテンションで彼女はそう言って、俺たちを見てニッコリ笑う。

「初めまして。君が死神?」

無邪気を装う、怪物に見える。嘘くさい微笑み、笑っていない目。


俺はそのままじり、と下がる。


「今からここで、いっぱいいいっぱいいっぱい人が死ねば、またここって刑場に戻る?」

その問いに、俺はふうっと息を吐く。


本質を忘れない神か。

刑場だったことを忘れられずに人の変化についていけなくなる神。

人よりも移ろいにくく、本質が変わりにくいからこそ、変化は時をかけてなされる。

しかし、人は早くなり過ぎているのかもしれない。


あるいは、封印を解かれてその当時から価値観が動かなくなっているとか。


「なんにせよ、あいつを体から引き剝がさねばなりませんね」


俺は鎌を消すと、その姿に歩み寄っていく。

「………あなたはここを本当に刑場にしたいと思うのですか?」

「うん?」

「刑場の前は、なんだったのでしょうか?」

「うーん……人がいっぱいいたところ。お店があった。キラキラ、光ってる」

「そうですか。では、あなたの本質は?」


本質。

人に植え付けられた本質ではない、神としての本質。そう、後世にお前が荒神になる前に、一体なんだった?

なんの神だ?

「あ、ああ、あわ、こ、こくぅは、あ?わぼ、え、あぁっ」


意味不明なことを少女が喚き散らす。その背後から陸塞が、その背中に手のひらでお札を打ち付けると、そこから靄が立ち上った。

「い、いやだっ、陰陽師っ……また捕まえられるっ、いやだあああっ!!」

本がガタガタと揺れた棚から落ちる。ガラスが一枚割れて、そのすべては陸塞に向かって飛んでいく。


俺は陸塞のところに飛び込むと、背をえぐるような痛みに耐えながら、陸塞を抱え込んだ。


「……いやあ、ありがとうございます」

「くそすっとぼけやがって、自分でも防げただろ」

イラっとしながら、服に刺さったガラスをはたき落とす。


『あ、ああ……いやだ、もう口も手足もなくなるなんて……』

「……つまり、喋れないということがいやなんですか?」

『ん……』


俺は、陸塞に一つ形代を貸してもらうと、それに乗り移って見るように頼んで見る。

「…………嘘。捕まえる」

「しませんよ。だいたいあなたにも死なれたら困るんですから」

「嘘だったら、殺す」


形代がむっくりと起き上がった。紙の状態から、小さい妖精のような形状で。

着物を着た童の姿をしている。


「結局、あなたはお祭り好きの神様くらいの認識が一番なんでしょう。殺す殺すと言いながら、そう大したことはしていませんでした」

取り憑かれた生徒も、そうひどくはなっていない。


「……うう、なんとなくこの陰陽師と繋がってる気がして、気持ち悪い」

「そうですか。……人に憑いたら、その時点でこの唯一無二の憑座……縦に裂きますよ」

俺が笑顔で言うと、おぬしの方がこわい、と言いながら、陸塞の襟からその服の中に入っていった。


「ぎゃーっはっは!?ちょ、ひ、ひぃ、」

「我の名は、『文丸(あやまる)』。そなたに預けよう」

ボタンからひょっこりと彼が顔を出して、俺に笑うと、瞬間、焼けるような痛みが舌に走った。


「……嘘ではなかったしな」

そう言ってまた落ち着くためにか、もぞもぞと陸塞の体を這い回っていた。



それから準備はつつがなく終わっていき、二日目の騒ぎが嘘のようになった。

今日は前夜祭である。


「夜行!お前何飲みたい!」

「あー……オレンジジュースで」

そういえばメニューに『闇ジュース』(要するにごちゃ混ぜだが)中身全部当てられたら無料というのがあったが、チャレンジメニューすぎると思ったのは俺だけか?


校庭で花火が始まった。今日だけは騒いでもそう文句は言われないそうだが、時間は決まっているらしい。

線香花火はないだろうかと係のところにもらいに行くと、高田がすでに1セット持ってきたようで。


「よっしゃ花火だー!!」

いえーい、と言いながら彼女は笑って二本持ったまま振り回す。向こうで四本持ちとか馬鹿やっているが、危険だからやめろよ。


俺は線香花火をただ見つめていた。弾けるようにジジ……ジジ……と球は緩く弾けて形をとり、そしてジッ、と火花がいくつも強く弾ける。だんだんそれが弱くなっていき、そしてぽとりと落ちる。

人の一生のようで、儚くも美しい。


だから、花火は好きじゃないんだよ。


パンッと打ち上がる花火を見ていると、本当にそう思う。花壇の恥に腰掛けていると、高田が額をぬぐいながらオレンジジュースを差し出した。

「どうも」

一口飲んだら、絶妙なぬるさに顔が渋くなる。

「酸っぱかった?」

「いえ、そういうわけじゃないですよ」

彼女は首を傾げて、それから一口飲み込んだ後に同じような顔になる。


「ふふ」

「へへへ」

二人で笑って、光の軌跡があちこちに描かれるのをぼんやり見ていた。

気づけば高田は俺の隣に腰を下ろして、二の腕にその額を預けていた。

「なあ、夜行」

「どうしました?」

「…………すっげえ、好き」


俺の背中を何かが駆け上って、グネグネと体を捩りたいような気分になる。顔が熱くなるのを感じて、下を向く。

いや、まあ、多分、嬉しい。

すっごく嬉しい。

この嬉しさが告白されたからだけじゃないということは、いくらアホな俺でもわかる。

多分告白されたことをこんなにも喜べるのは、俺にとってただ一人だ。


「高田」

「なに?」

「俺みたいな馬鹿で、いいんですか」

「…………いいよ」

「今の間は」

「や、好きって言ったし好きって言われることを期待してたんだけど」

「知りませんしそんなの」

「拗ねるなよー、可愛い奴め」

うぇーい、と言いながら頰をぶすぶす突かれる。火照りを誤魔化すようにオレンジジュースを飲み干すが、ぬるいままじゃ意味はなかった。


「……全く、あなたって人は……」

耳元に唇を寄せて、低く一言だけ呟いた。


ぽかんとした表情が目に入る。俺がその額をペンッと弾くと、彼女は我に返って、それから真っ赤になった。

「いや、ツンデレの稀有すぎるデレとか……やばい。死ぬ」

「いや死なないでくださいって」

「ぬおおん……今教室帰ったら俺嬉しすぎて叫び出す気がする……」

「変人じゃないですか。あんまり元に戻らないなら、頭のツボでもマッサージしてあげましょうか?」

「いや!?それ違う!!それただのアイアンクロー!!マッサージ違う!?」


少々言語が不可解になっている高田にニッコリと笑う。

「遠慮なさらず」

「ファーーーー!?」


その夜は大変に気まずい思いをお互いにたっぷりと味わった。

ようやく!

くっついた!!

微妙に鈍めだけど、難聴系ではないし!

高田ちゃん積極的だし!!

どうしてくっつかなかったんだよお前らと叫び出したかったんだけど!!


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