死神のお料理ですか?
やっべえ模擬店の実際に許可される品目がわからん……。
とりあえず、生の乳製品とか生物がダメだってことはわかった。
植物性の冷凍ホイップクリームはOKだけど。
ってなわけで、かなり妄想入っている。
「おふぁあああああ」
とんでもなく間抜けな声にびくっと肩を震わせて、「おはようございます」と下を向いて呟く。
「顔洗う……」
ぺとぺとと洗面所に歩いていく足音が遠ざかると、俺は床にうずくまった。
うわぁ、心臓もたねぇ。
「お?なんだ仁義、ついに高田ちゃんにKOIしちゃったのか?」
俺の右フックが炸裂した。
死神さんはそういえば、恋人とかいたんだろうか?
俺は立ち上がると、ネギを小口切りにしながら色々と作っていく。手順は完璧に体が覚えているので、考え事をしていても体が勝手に動くのは便利だ。
「……夜行、なんか手伝う?」
カウンターの向こうでにへっと笑う。俺は一歩後ずさると、茶碗を無言で突き出した。
「はーい」
そのまま行くと思いきや、彼女は俺をまだ見つめていた。
「な、なんです」
「ん?いや、なんでお前学校のカバンあんなにパンパンなんだよ。今日から七日間は、文化祭の準備期間だろ?」
なんてこった。
学校に到着すると、すでにお祭り仕様に全員がワイワイしていた。
「夜行は前回いたんだっけ?」
「いえ」
ちょうど夏休み終わり間際に、あの事件があったから、来れなくなっていた。
「そっか。うちの高校は……すごいよ」
ニヤッとしながら、その話が続く。
まずは、クラスでの出し物を決めていたが、手芸部が総出でその衣装を製作していたらしい。恐ろしい。
調理担当で良かった。
そして、あと一つ恒例行事があるらしい。
クラスから一人ずつ、ミス・ミスター布都箕を選出し、文化祭最後の日までに投票を終えるようだ。そして、上位5名のみがステージに上がると言う。
優勝したら特に何があるわけでもないが、毎年大盛り上がりらしい。
「お前ほんと勿体無いんだよなあ。はよ!」
「黒下くん……」
「そのあだ名そろそろやめようぜ!?なんか一年の後輩にも黒下パイセンとか呼ばれて俺のガラスのハートが粉々よ!」
「防弾ガラス……なんでもありません」
「防弾じゃねーよ!?」
彼はそう言うと、腕を組んで、ニカッと笑った。
「ま、うちのクラスからはあずあずだろうな」
「それはどうでしょうね」
「私は審査員に抜擢されていますので、出られませんよ」
背後から声が聞こえて、黒下……じゃねえ、竹下がびっくりした。
「あ、あ、あずっ……」
「おはようございます、えーと……黒下さん」
「うわあああああん!もう改名しようかな!?」
「無駄にカサカサしてるのも要因かもしれないけどね。おはよう」
「カズ!?それは俺がGみてーだと言いたいのか!?」
「だって無駄に足が速いだろ?色が黒いだろ?触覚……あるだろ?」
「ねーよ!!最後の以外合ってるけどそれでも触覚は生えてねーよ!!……生えてないよな?」
こいつらもうお笑い芸人になっちまえよ。掛け合いが絶妙すぎて地味に面白い。
「お兄様は出ないのですか?」
「何に?」
「ミスター」
「出ないですよ。何を言っているんですか?」
「勿体無いです」
「ほんとだよな。全世界の男が泣くぞ」
「顔がいい基準は一つじゃないですから、全世界の男は泣きませんよ」
「少なくとも全俺が泣いている」
山田が打ちひしがれながら、俺をじろりと睨む。
「お二人は、お兄様の顔を見たことがあるんですか?」
「あるけどね。ま、それで高田がなびいたわけじゃないと思うよ」
「ファッ!?おま、今なんつって、」
「だからさあ?鈍感にもほどがあるって言ってんだろアホ。だから黒下を撤回できないんだよ」
「それ関係あったの!?」
高田が撃沈している。山田が無差別に攻撃を始めたので、俺は眉の間をもんでから二人の肩に手を置いた。
「……もしバラしたら、どことは言いませんけれど、バラします」
「どこって部位かよ!?怖すぎだろ!?」
「ちょっと待とうか……冷静になって、どこならバラされていいかな……って考えるんだ」
「カズ!?帰ってこいカズーーー!!」
そんなコントを繰り広げていると、伊藤先生が入ってきた。
「よぉし!!全員、準備に取りかかれえ!!」
おお!と立ち上がって、そのままのテンションでテキパキと机の中のものをロッカーの中に収納しに行く。俺は必要な教科書類を仕分けて置いたものをカバンに入れて、体操着も外に出しておく。
「全員のやることを整理して黒板に書いておく。迷ったらここみとけ」
まずは、全員で机と椅子を自分の机であるというシールを貼って、全て廊下に出す。そしたら、延々と飾りを作る班、衣装合わせ班、裏方及び調理班、接客班に分かれて、それぞれ作業を開始する。
調理班はメニューの考案。コンセプトが『ちょっとアレなメニューの開発である。
「グロ系?」
冥土だからか、オカルトチックな幽霊型のクッキーとか、あとはグロ系のお菓子などを出すらしい。
「中身はちゃあんと美味しいやつだけどね。見た目はやりすぎってくらいに」
かなりやりたい放題に見えるが、たった一週間でか。
つらいな。
「まず、基本的に出すものは決まってるんだよね。しかも生はほとんどダメなんだよ」
「生クリームは?」
「冷凍ホイップなら許可があるよ」
次々とメニューが決定して行く。
ふと視線を感じて振り向くと、なぜか坂町がニコニコして立っていた。
「……何の用ですか?」
「ううん?いやあ」
えへへ、と笑いながら俺を見てはニヤニヤしている。首を傾げながらもまあいいか、と紙をペラッとめくると、衣装案が書かれていた。
『男子 エプロン ミニスカ
女子 白いワンピース(血糊付き)』
男子だけ違うベクトルで地獄じゃねーか。
「それじゃあ、原価計算のために一度作ってみようか」
「はーい」
十人くらいで連れ立って行くと、斜め前から園原さんが歩いてきた。
「こんにちは。……元気そうで安心しました」
「それはどうも。そちらは生徒会でステージに出るんでしたっけ」
「はい。あと、体育館で劇もやりますので、見にきていただければ」
「ああ……うちの学校は演劇部なかったですよね?」
「まあ、そうですね。しかし、かなり予算的には今年余裕がありますから、舞台の出来の方も期待できます」
「予算に?」
園原さんはこっくりと力強く頷いて、ぎゅっと右手を握りしめる。
「我が校の天文学的数字研究会と、宝くじ部が共同で宝くじを買ったところ、前後賞が」
「…………そんな部活があったんですか?」
「あなたも最近噂になっていますよ。広告塔のように木崎さんがあちらこちらで喧伝し、東雲くんがいちいちコーチに『夜行さんのおかげです!』と絶叫しているようですから」
「傍迷惑な」
「それでもかなりルタ様としてはバランスが少し取れてきたと大喜びです。ありがとうございます」
ほんとルタに尊敬とか、憧憬とか、抱いてるんだろうな。
俺はクラスメイトが不思議な顔でこちらを見ているのに気づいて、その最後尾に加わる。
「知り合いだったんですね」
「まあ、少し」
そう答えて、家庭科室に到着する。その瞬間、俺は空気がひりついたのを感じた。
「ああ!?今から3-3がここ使うんだよ。コーハイが粋がってんじゃねーんだよ」
「はあ?それで?今からは俺たちの時間ですから」
ジリジリ距離を詰めていたが、不意にその視線が俺たちに向く。
「あん!?テメェらもここ使うのかよ!?」
「いや僕たちは別のところにしよーかなっ」
ばん。
「メニューの試作だけできるような場所って、ないかな……」
「あのっ!」
一人の少女が手をあげる。
「うち、今日定休日ですから、きます?」
彼女の両親は喫茶店経営だと言う。そこそこの設備がある上に、材料持ち込みだったら問題ないと言う。
「そっか、じゃあそこまで砂糖とか小麦粉とか…………って材料中じゃん!!」
「俺、取ってきますよ」
その場からするりと抜けだして、台車に乗せた段ボールに積んで行く。
俺の独断と偏見により三分の一減った荷物を後に、後ろで諍いは続いていた。
俺はそのままでてくると、皆が「おぉ」と漏らした。
「ナイス空気」
「エアーレジェンド」
そんなに空気扱いするなって。
「じゃ、行こっか!!」
歩いて十分、台車で十五分。こぢんまりとしたカフェは、看板がcloseとなっているが、そのドアをためらいなく開ける。
「おかーさーん!」
「なあにー?あらっ、やだわおばさんったらすっぴんだわー!!」
ぎゃああ、と叫びつつ、彼女は今来た階段を駆け上って行く。
「休日すっぴんでいるのやめてよー!?」
なんでこっちまで赤面するんだよ。
「じゃあ、説明だけするね。ここがコンロで、こっちが水道。あと、焼き菓子系作るなら型がこっちね」
サイフォンに見とれながら、俺は説明を聞き、作れるものを思い浮かべる。
「えっと、それじゃ、まずはワッフルから行こうか」
ほとんど手際よく全てが進行する。ああ、料理できる人が集まるとキッチンがすっきり動くな。
それぞれ綺麗に使うことを心がけている人もいるから、汚れて行くこともないし。
「丸山(丸山)、これはどこおいとけばいい?」
「ああ、それは向こうの棚でいいよ。お皿も……はい」
「サンキュ」
俺はひたすら生地が焼けるのを待って、それから綺麗にホイップクリームを絞ると、そこに赤と青のシロップをかけて行く。
赤は木苺ジャムをシロップに、青はブルーハワイ味のシロップだ。
「…………どう?」
「絶妙に……合わない」
「やっぱ、赤いシロップに食紅混ぜるだけでいいかな?」
「もういっそのこと着色料で毒々しい紫色にしてみたら?」
「あー悩ましいが、とりまやってみんべ」
俺はシロップを青く変色させるとそれをでろりとかける。
「うーん、青はあれだね。食欲減退くるね」
「フィンガークッキーは?片方の端のとこに赤いイチゴチョコべったりつけて、チョコペンで爪描くとか」
「うわあ、やべえな」
とりあえず全部試して、と言っていると、時計は六時を指していた。
「はー……お腹いっぱいだよ」
「だよねー。しかも丁寧に食欲減らしてくるし」
俺は時計を見て、思わず立ち上がる。
「す、すいません。学校の方に寄ってから、家に帰ります。ご飯炊くの忘れてたので」
「え?夜行くんがご飯作ってるの?」
「趣味みたいなものです」
俺は全員に軽く頭を下げて、学校に滑り込んだ。まだ閉門はされていないらしい。
教室に入ると、高田がくるりと振り返って、「うらめーしーやー」と笑った。
「どう?夜行くん」
「…………快活な幽霊ですね」
「ひでー」
ゲラゲラ笑いながら、ワンピースを綺麗に下から脱ぐ。ジャージを着ていたようで、着替えなくても良さそうだった。
「俺は帰りますけど、高田はどうします?」
「帰る!」
「えー?もう帰んの?」
「メイド服だけ着て行きなよー」
「はは、悪りぃな。夕飯楽しみなんだよ」
彼女はててっと走り出すと、俺もその後を追いかけて行く。
「文化祭、楽しみだな!!」
「そう……ですね」
今回は完璧に日常回。
でも一番辛い。
なぜなら……模擬店は……やったことないから!
コンセプト的に色々と制約多いからなあ……難しいなあ。
明日の朝更新が遅くなるはず。
多分お昼くらいになります。