繭
大暴走。
ブクマがまた増えました!
ありがとうございます。
「くそ……やばい、強いよあんた!!私今すっごくたのっしい!!」
ヨリがその大鎌を打ちつけながら、上気した顔で妖艶に笑い、舌なめずりをする。
「ふ、んっ!!」
それには答えずに、高田はそのままナイフを最小限の動きで振り、薄い傷をいくつもその肌につけていく。大ぶりの攻撃は全てをナイフでそらすか、あるいは体の柔軟さをもって回避に徹する。隙があれば、また攻撃を仕掛ける態度に、ヨリはくつくつと喉を鳴らして笑う。
「あぁいいわあ。この退屈という名の砂漠の中にあるオアシス……戦いって、これだから大っっ好き!」
「それは、戦えればいいってことか?」
「ん?そうじゃなくてもいいけど、基本的に大方の死神って、裏の妖怪街に立ち入り禁止されてるんだよねえ。あたし暇が大嫌いなんだよ」
その瞬間、カッと翡翠色の結界が構成される。足元に投げていたものが、ようやく効果を出したのだ。
「何これ!?うわ、すっごい!私結界って、初めて見たよ!」
はしゃいだ様子に高田は毒気を抜かれて、息を吐き出した。
「……目的は、一体なんなんだよ」
「だーかーらー。暇だって言ってんじゃん?ほら、長ーく生きてると、退屈なんだよ」
うまくはぐらかされてしまい、それ以上のことなど何も思いつかない。とにかく話せばなんとかなるかもと思い、口に出す。
「うぅ……じゃ、じゃあ、何か話そうぜ」
苦し紛れの提案に、目を輝かせるヨリ。
「ん?いいよいいよ。何話す?最近できた好きな人?」
「さいきっ……い、いや、いるにはいるんだけど……」
あまりにタイムリーな話題に慌てる高田を、獲物を狙いすました猫のようにニヤニヤ見ているヨリ。
「だれ?」
「さ、さっきの人……」
「えー!?あの性悪そうな奴を!?どこが好きなの?」
ずずいっと近寄ってくる彼女に、もじもじしながらナイフをいじり始める。
「あーその、なんか、ちょっと完璧ぶってるんですけど、弱ってるところとか見て、こう、なんというか……」
「あっちゃー、母性本能刺激されちゃったかー。私もそうなんだよねえ。なんかこう、ツンデレ!それだよそれ!」
「なるほど……まあ、ギャップ萌えということも」
「ああー!」
二人が盛り上がり始めたのを見て、どるるが溜息をこっそり吐くと、外で轟音が起こった。
「状況が、動いたみたいだね。野次馬しようか?」
「……は、はいっ」
下を覗くと、ニギがボロボロになって倒れ伏していた。一瞬、彼女には何が見えたのかわからなかったけれど、その姿は少女を守っていた。
「ニギっ!!」
「ああいうところに惹かれたんだ。行きなよ、こういうの割と好きなんだ……って、聞いてないか」
すでに飛び出していったその姿を見送り、ヨリはニヤリと笑うと、毛玉に向き直った。
「さてと。時にさ、あんたは戦わないの?わざとこーんなかわいらしー格好しちゃってさ」
「……る、くるぅ……グァルルル…」
その姿は、ジリジリと変化していく。純白の毛玉はめりめりと音を立てながら巨大化して、天井に届くほどになる。
「……なるほど。これをあの子に見せたくなかったんだね」
『然り』
その体がぬらりと動き、黄金色の鱗が、つやつやと日光に反射した。純白のたてがみが、輝いている。その蹄は地面を踏まず、そして琥珀色の角がキラキラと光をまとっている。
「瑞祥『麒麟』。君はあの子に加担したの」
『我にとっては、選んだだけのこと』
「そ。でも、綺麗事だけじゃ大切なものを守れないからね。……私たちの邪魔をする?器を大きくするには、必要な戦いだ。これからも、邪魔はしないでくれるかな」
『確約はできぬ。善処はしよう』
「あは、それで十分だよ。んー、さってとー。あの子の神威は何かな?おお!すっごい……」
その繭とも思えるところには少年が一人、浮いている。そこに引きずり込まれたのは、マガヨ、そしてヒエン、ミズハとユウマだった。
「四人も閉じ込められるなんて、すっごいよね」
マガヨが落としていったキセルに火をつけて、彼女はそれをふかした。
「子供ってのは案外残酷なんだよ?」
×××××××
「な、なんなんだここは!?」
「し、信じられない。一瞬で絡め取られて、しかも私たちが、出られない……」
ミズハとユウマが壁を叩くも、その薄い黄色の光る糸の集合体はビクともしない。
痺れを切らして斬り付けるも、その壁は傷一つつかない。
「どうなってやがる」
「それはこちらが聞きたいよ」
苛立ちを抑えかねたようにマガヨが言うと、全員の目線より少し高い場所ににふわっと光が集まっていく。
それは徐々に人の形をとり、そして、それが一本歯の下駄を履いた髪の長い子供の姿に変じた。髪はウェーブがかっていて色素が薄く茶色に見え、その顔は可愛らしい。
唐紅の水干を着て、その子供がその中心に降り立つと、一言にへっと笑って、こう言った。
「みんな、遊んで!」
全員が押し黙った。
こいつは何を言っているのかわからないという顔が三つ、そしてバカにされたのかと怒りをたたえる顔が一つ。
マガヨはざりっと一歩進み出るとその襟首をつかんだ。
「何を言ってるのか、わからないね。君を殺すと僕は言ったんだ……死ねッ!!」
振り上げた右手に大鎌が出現して、振り下ろされんとする。しかし、それは上から降ってきた繭の糸によって絡め取られる。
「なんっ……」
「お兄さんは僕と遊んでくれないの?」
こてんと首を傾げて、困ったように眉をひそめてから一言。
「じゃ、お兄さんはいらないね」
ぺしゃっ、という音。
それから、手首がとさっと軽い音を立てて落ちて、虚空から垂れた二滴の血液が、全てを物語っていた。
そのまま手首と血液が虹色の光の粒に変じて、そのまま消える。
マガヨが、その瞬間に世界からいなくなったということに、彼らが思い至るには、時間がかかった。
「……ぁあっ!?」
「消え……いや、空間の歪みに飲まれた!?」
戦慄する三人をよそに、じわりじわりと神気が増幅していく。それに気づいたユウマがくるりと振り返った。
「ごちゃごちゃうるさいなもう!僕と遊ぶの!遊ばないの!?」
怖気付きながらもその姿がまるで駄々をこねる子供のようだと思ったユウマは、その小さな姿を恐る恐る抱き上げる。もとより子供好きな彼だけあって、扱いはうまい。
「あ、遊ぶよ遊びゃいいんだろ。ほら、漢ならいつまでも泣いてんじゃねーぞ」
「泣いてなーいもん!」
びーっと言いながら、右手であっかんべえと格好をして、子供は笑う。
「他の人も遊ぶよね?」
「あ、遊ぶ……」
「己もだ」
「じゃ、鬼ごっこしよ!僕が鬼……はやだから、おじさん!」
「お、おじっ……」
「十数えるまで捕まえないでね!」
その瞬間、景色が広大に広がっていく。
小さめの体育館ほどの大きさだろうか、三人で鬼ごっこをするにはちょうどいいほどの大きさだ。
彼がピッと両手のひらをヒエンに向ける。
「制限時間は十分。僕たちを捕まえられたらおじさんの勝ち。捕まえられなかったら、僕たちの勝ち!」
「ぬぐっ……」
ヒエンの心の中では、絶対に勝たねばという気持ちが支配していた。ここで勝たねば、先ほどのように殺されると。
彼は全力でその広大な場所を駆け抜けて、一人の幼女を見つける。しかし、彼女の方も必死で逃げる。
「くっ……捕まるわけには、行かない!」
「己だって、あれを見せられてどうなると思って……!」
途中でチラチラと子供の赤い裾が目に入るが、彼はただひたすらミズハを追いかける。
しばらくそれが続いていたところで、子供が座り込んで、それから二人をじっとりと睨んだ。
「……ねえ、つまんない。二人で遊んでないでよ」
瞬間、全ての動きが停止する。
眼球すら動くことのできないその世界で、いいことを思いついたと彼は手を打って、笑う。
「そっか!僕が鬼を作ればいいんだ」
にこっと笑う顔には、邪気のかけらもない。その体の後ろから、黒々としたツノを生やし、筋骨たくましい赤と青の皮膚をした鬼が二体、生まれ出てくる。腰には一枚のボロ布を巻き、重々しい一本の棘のついた金棒をそれぞれ携えている。それらは新品ではなく、明らかに血の錆のようなものが浮かんでいて、使い込まれたようだ。
赤鬼の金色の目と、青鬼の銀色の目がぐりっと動き出したところで、全員の拘束が解ける。
あれと戦うのだけは、避けたい。その一心で、ユウマが叫ぶ。
「い、いや!だるまさんがころんだにしようぜ!」
「だるまさんがころんだ?僕それ知らない」
上手く乗った。そう思い、彼はすぐさま言葉を続ける。
「知らないか?じゃ、俺と一緒にやってみようぜ」
「うん!」
うまい具合に転がせたのを見て、全員が胸をなでおろす。
「だーるーまーさーんー……が転んだ!」
ピタリと止まる人々。ミズハはかなり無理のある体勢だ。グラングラン揺れて、ついにはぽてっと尻餅をついてしまった。
「あ!えっと、お名前知らないや」
「み、ミズハです……」
「ミズハちゃん?ミズハちゃんの負け〜。じゃあ、罰ゲーム!」
その幼い手が伸ばされるとともに、彼女は震えが止まらないでいた。
カチカチと歯が合わさって、その顔からは血の気が引いていく。
こんなことなら、鬼ごっこをしていた方がずっとましだったかもしれないと彼女は心の中で嘆きながら、目の前の子供にひたすら怯えていた。
その手が触れた瞬間、彼女は死を覚悟した。
目をぎゅっと閉じて、祈るように両手を組み合わせる。
ペチンッ。
そう額に衝撃が走って、ブワッと背中から冷や汗が溢れ出す。目を恐る恐る開けて、自分の体が消えていないことに安堵する。
息を止めていたからか、自然とその呼吸が荒くなる。冷や汗のせいで背中に貼りついた着物が、気持ち悪い。
額にわずかな衝撃が来ただけで、実際そこには何一つ傷もないし、痛みもない。
ただのデコピンだ。
「……え?」
「次は、ミズハちゃんが鬼ね!」
「あ、あのう、……いえ、わかりました」
デコピンで済んでいることに彼女はおかしく思いつつ、それを口には出さずに彼女はなぜか屹立している木のもとに向かって、だるまさんがころんだを唱え始める。
「……だーるーまーさーんーがー転んだっ!」
振り返ると、変なポーズで止まっている子供が見えて、思わず吹き出してしまう。
「ふぐっ……」
いかんいかんと首を左右に振って、もう一度。
真面目にやらねば。
今度は、ユウマの後ろに立って、ユウマから手が二本生えているように見せてきた。
「げふっ……」
密かに腹筋にダメージを負って、もう一度震える声でだるまさんがころんだを唱えて振り向く。
よかった普通だったと彼女が安心したその時、ユウマが崩れ落ちた。
「……ユウマ、アウト」
「げっ!?」
「ミズハちゃんがデコピン」
「ユウマ……覚悟」
「ういぇああってえええ!?」
「あっははははは!」
楽しそうな笑い声に、ユウマがむくりと起き上がった。
「よし、じゃ、次は何して遊ぶ?」
「んー、しりとりする!」
「うし。じゃあ、坊主からしりとりの『り』」
「リーズナブル」
「ルンバ」
「バトル」
「ルビー」
そんな感じで延々と続くかに思われた遊びは、続いた。しかし、徐々に子供は、不機嫌さを増していく。しまいには、何を言っても睨まれて、唸られるようになった。
「ど、どうしたのだこれは……」
「うー……」
「坊主、どうしたんだよ」
むっすりした顔で、さらにその機嫌が降下していく。
外から誰かが攻撃しているのか、その繭にはかつん……かつん……と定期的に音が聞こえる。その音のせいか?とも思ったが、そちらの方は全く向いていない。自分たちかとも思ったが、こちらを見てもいない。
三人が顔を見合わせた瞬間、ポツリと言葉が零れた。
「……お家帰りたい……」
「……はあ?」
全員がその言葉に戦慄する。帰るも何もこの繭を解けば、それで済む話だろうに、帰りたいということは、それが彼の自力では解けないということだ。
全員の血の気がさあっと引いて行く。
「お家に帰りたいよう!!うわあああああっ!!」
ビリビリと繭の中が濃密な神気で満たされる。そして景色が歪んで、頭痛と吐き気が生まれる。
三人の全身には無数の切り傷が走り、叫び声が上がる。
このままでは皆死ぬと思い、ヒエンは三人の下まで下がると、その血を円形に塗り広げて、両手を合わせた。
「己が力は我が為なり」
「木々の祈り、草花の導き」
「手を血に染むるもやむなし」
「我が諱をもって命ずる」
「守護せよ!!」
草花が繭の中に生い茂り、そして木が絡み合って、球体を作る。
「……これでひとまずは防げようが……このままいけば、死ぬしかあるまい」
「迂闊に攻撃をすれば、マガヨの後を追うことになりかねない。……ここは落ち着いてもらうしかできない」
「そりゃ無理ってもんだ。あれだけぐずったガキは、泣き疲れて眠るのを待つのが相場だ。どうしてもってんなら家に帰すしかねーが、そりゃ無理だ」
「無理だというのか!?」
「無理だね。そんなに言うならおっさんがやれよ!」
「できないからこうして、」
「落ち着いて二人とも」
ミシミシと木の球体が悲鳴をあげる。
「……ここは、外から開けようとしてる音が聞こえることにかけるべきだと思う。私たちが潰される前に、外の人がどうにかしてくれることを祈ろう」
「……実際それっきゃねーだろうな」
「己は……」
髭を撫で付けて、ヒエンはどっかと腰を下ろす。
「わかった。賭けには乗ろう」
だが、幾ばくもなくミシミシと揺れる中、じわりとその顔に焦りが浮かび出す。
「くっ……重い……己の神気ではそう長くはもたんぞ……」
「しっ……聞こえるか!?」
「なんだ!」
「……割れて来てる」
一斉に三人が黙り込むと、パキパキ……と卵の殻が割れたような音が聞こえる。三人の顔に、喜色が浮かぶとともに、木の球体が壊れた。
「しまっ、」
「ひとよしいいいいいいいっ!!」
凛としたとか、どんな表現よりも先に、必死だという印象が来る叫び声が、辺りに響き渡った。
ちなみに鬼が動いていたらそれはやばいことになっていたので、ユウマ君賢明な判断。