死神は死にますか?
仁義 死す
「じゃ、また明日ね!」
「バカオメー明日から夏休みだ」
そんなやりとりを交わす者、そして何をするか話し合う者。
そんな中、なぜか俺は山田と竹下に連行されていた。
ただし、子牛のようにつぶらな瞳ではなく死んだ目をしている。
「よし、この辺でいいか?」
「おう、そうだな。……お前、昨日のアヴァンギャルドな穴は大丈夫か?」
「あ?ああ、なんかちょっとR15な絵面になってた胸の抉れたとこですか」
「そうだよ。なんか痛がる様子とかもねーし、お前、いや、お前ら……どうなってんの?」
俺は胸のボタンを外して、そこだけめくって見せた。
「傷はもう残ってませんよ。俺は特段そういうこともないので」
「そうか。高田は?」
「昨日のうちに、治ってますよ。今朝も元気だったでしょう?」
「あ?あー、そうだな。でもなんか空元気っつーか、なんつーか……」
俺は少し首を傾げてから、ポンと手を打った。
「なんか心当たりあるの?」
「ええ。多分今日俺が死ぬので、そのせいだと」
沈黙がその瞬間訪れて、軽〜く一分経ったところで竹下が復活した。
「なんで!?オマエナンデ!?」
前言撤回。
これ復活じゃねえわ。崩壊だわ。
「早まるな夜行!せめて私の結婚式でスピーチをしてけ!!」
「……げっ、伊藤先生」
また面倒な奴に聞かれたとげんなりしていると、にっこり微笑まれた。ただし威圧もはらんでいる顔だ。
「人の顔見てげっ、とはまあ随分な挨拶じゃないかね、んん?」
「体罰ですか?どんとこい」
「なんでウェルカムなんだよ!」
そんなやりとりを交わして、それから話は戻る。
「で?なんで死ぬとかどうとか。お前スピーチはしてけよスピーチは」
「あー……比喩ですよ。ちょっと色々出費がやばいのに、明日修学旅行用の旅行鞄買いに行こうと思ってたので、出費で死にそうなんです」
「なーんだそういうことかよ。結婚式の招待状出すからな!こいよ!」
「なんでですか。どうせ独断なんでしょ、旦那さんにもちゃんと相談してくださいよ鬱陶しい」
「最後にがっつり本音出たなお前」
二人は俺に怪訝そうな視線を向けてくるが、俺はあくまでそうであるという態度を崩さない。
伊藤先生は、知らない領域だから。
「お前そういやこいつらと仲よかったっけ?」
「高田つながりです」
「あ、そっか。ん?じゃなんで高田と仲良くなったんだ?」
「なんで?…………そうですね。本気で殴り合いました」
「いやおかしいだろ。ボーイミーツガールのはずなのに急に漢くさくなったぞ」
「まあそういうわけなので」
「どういうわけだよ!?」
「なあ……夜行って、生粋のボケか?」
「あの無表情でボケられると本気か冗談かわかんねーんだけど……」
「高田よくついてけるよな」
「俺らのせいじゃね?」
「あーなる……えっ?そんなにボケてたか?俺ら」
後ろは後ろで結構面白い会話が行き交っていたが、いかんせんツッコミ不在で進行していたので話が無限ループしている。
「では、先生。式場が決まったら教えてください」
「んお?来る?きちゃう?手書きのカードとか送っちゃう?」
「先生の絵心に信頼がないので印刷にしてください」
「ひどいな!」
そんな感じで、式が冬休みに敢行されると聞いて、俺は二人の方に振り返った。
「明日は、一か八かの賭けなんです。高田に協力してもらうかどうかは本人に決めさせますが、俺は強制はしないので」
「いやなあ……お前、馬鹿かよ。惚れた奴が死ぬって聞いて平然としてられるわけねーの。お前な、大体自分が死ぬって聞いてどう思ってんだよ」
俺は少しだけ笑った。
「別に、生き返れないとは思ってないですよ。ただ、その殺す側を俺は信頼している」
「……そうか。でも、そう言われる側のことも、もうちょっと考えろよ。俺らはさ、この件に関しては完全なる巻き込まれた側なわけだけど、高田の親友で、お前は……ぐぬぬ……認めたくねーけど、その、友達の友達ぐらいには思ってやるよ!!」
「カズ、涙にじんでんぞー」
「うっせぇ!!」
やっぱり、こいつらはいい奴だ。
「俺なんかの友達の友達にしては、勿体無いくらいだと思ってるのでお気になさらず」
「てめー……妹が芸能人なんてのも羨ましい!」
「顔面偏差値高い奴が憎い!」
「……俺、自分の顔嫌いなんですけど」
「顔がいいやつに限ってそういうことヴォオオオ」
デスボイス奇声を発しながら、彼らは高田の元へと歩いて行った。
やっぱり俺には勿体無い友達の友達である。
俺はマンションの扉を開ける前に、彼女に話しかける。
「あの……もし嫌だったら、高田はついてこなくても、」
口を後ろから塞がれた。そのままナイフがすらっと首元に当てられる。一瞬どきりとして口を閉じたが、実際刺さらないと気づいて、俺は息を吐き出した。
「それ以上、言うな」
「……でも、これは俺の問題で、」
「言うなよ。俺だってさ、お前に会えたのは、死神さんがいたからで、その……お前が苦しんで、力が足りないと思うなら、お前の力になりたいよ?」
「ああ」
「お前、今日、死ぬの」
「……そうですね」
「馬鹿だな。ほんと、バカ」
サバ折りされるかと思うほどに、力強く抱きしめられる。
あばらが折れるかと思うほどに苦しいのはきっと、腕の力のせいだけじゃないだろう。
俺がその腕をタップすると、鼻をすすった音が聞こえた。
「……ぜったい、絶対生きて帰れよ」
「はい」
「そんで、ちょっとこっち向け」
振り返った瞬間、頰に何かを感じた。
キス?
その顔が離れて行って、少しだけ悔しそうにしかめられる。
「……ぐぬう。お前って一体どうしたらドキドキとかすんの」
「いや、まあ、その……今してはいますけど、状況的にそれが許されないと言うか、なんというか」
「?」
「上……」
ぬっと顔を突き出していたのは、イザナミ様。うん、まあ……そうですよね。すいません。
ドキドキは別の意味でした。残念!
「何を乳繰り合っておるのだ。早う帰ると申したであろう!」
「み゛ゃっ!?」
真っ赤になって動けなくなった高田を中に引きずり込んで、そのままリビングに正座させた。
「では、死に場所を探そうかの。富士の樹海なんてどうかのう」
「確かに死んでてもおかしくありませんが」
「青木ヶ原の方が良かったか?」
「祝ってやる」
ネタはここまでにして、話を進める。
「人が死んででもおかしくなさそうで、この近くの場所は?」
「びょ、病院?」
「……治療場所です」
「お寺」
「本当に供養されそうなのでやめてください」
「う、うーん……」
詰まってしまった。
人が死んでいても、か。最近はあちこち人が歩いてない場所なんて……。
人が?
「裏歌舞伎町だっ!!」
「裏歌舞伎町?」
イザナミがピクリと眉を動かした。
「そうだの。そこならおそらくは、人には見つからんだろうが……ぬし、それを誰に教わった?」
それを?
「死神さん……弥太郎、ですが」
「はあ……あやつとうとう女漁りまで教えおったか」
「失礼な。俺は耳年増の童貞です」
「それを自慢げに言うこともなかなかにすごいと思うたぞ」
逆に呆れられてから、話は戻る。
「そこなら結界もある。死体があっても不審には思われんじゃろうな。……カグにはしばらく、力を借りることになるが、よろしいか?」
「……」
こくりと頷いただけなのはおそらく、声が出せないのだろう。イザナミを失った怒りのあまり、イザナギに天之尾羽張でその首を落とされてしまったのだから。
……でもさ、それで妻が醜くなってたから出口で禊とか言ってやりたい放題はちょっと引くわ。
自分の子供殺すほどに妻を愛してたんじゃないっけ。
俺たちは裏歌舞伎町に移動して、以前のように入り込むと、高田が香の匂いに涙目になっていた。
「ゲホッ……んぐぅ」
「しばらくしたら、慣れると思いますけど」
「くちゃい」
ざり、と土を踏めば、ピタリと周囲の挙動が止まった。
「あれは……イザナミ様ではないか?」
「本当じゃ……イザナミ様じゃ……」
モーゼのように周囲から妖がいなくなり、地面にひれ伏し始めた。
死神さんといいイザナミ様といい一体何をしたんだよ。
「皆、久しいの。少し、闘技場を貸してはもらえぬか?」
「あの小僧っ子、前に黒といたものではないか」
「イザナミ様のお言いつけであれば構わぬが……」
彼女は穏やかに微笑んだままだが、その唇の端がぴくりぴくりと苛立ちに震えている。
ざわついているだけで返事がないのが特にムカつくようだ。
「……申し訳ありませぬ、お待たせし申した」
翁面のついた黒布を被った何かが、ずるりと進み出る。
「闘技場でしたなあ……今は使うものもおりませんゆえ、気軽にお使いくだされ。ただし、イザナミ様といえど、この中で殺しは……」
「ああ、せぬよ。わかっておるとも」
彼女はそう言って、カグツチを伴い歩き始めた。その後を追って、小走りに行くと、六本の柱が立って、無数の紐がその間に巡らされた建物を見つけた。
「ここが闘技場じゃ。暴れようと何をしようと、外にはほとんど影響が出ぬぞ。その昔、そこそこ友好的な陰陽師がおっての。すとれす?発散にと、作ったものなのだ」
俺が一歩中に踏み込むと、高田は俺の手をぎゅっと握りしめて、それから背中を向けた。
「ぬしら本当に付き合っておらぬのか?」
「……俺、いまいち恋愛感情とかはわからないんです。友達なんて作らないように生きて来たので、高田に抱く気持ちが親愛なのか、恋愛なのか」
「全く……男なら据え膳食わぬか」
「食えるほど非理性的にはなれないんですよ。悲しいことに」
今まで理性で何もかもを押さえ込んで、笑い、黙って抱え込んで来た。いっときの感情の爆発でキレるのは、結構なことじゃないとありえない。
「そうか、ぬしも難儀なものよ。……それでは、現世とおさらばする覚悟はできたか?」
「……おさらばしませんよ。帰って来ます」
「ふふ、それだけの覚悟があれば十分だの」
確かに怖いものだ。
怖いけれど、目の前の死神に全てを預けて、俺は目を閉じた。
注射の時は目を瞑るタイプなんでな。
そして、そのたおやかな指先が、俺の胸にめり込んで、そして。
俺は死んだ。
祝ってやるがコラ画像だって知ったのは、割と最近。
元のはすげえ恐ろしいサイトなんだ……検索しちゃダメ……ウッアタm((ry