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死神はためらいますか?

弱メンタル。

「おおおるぁ!!」

そのパンチをスッと避けながら、その腹に強烈な一撃を叩き込む。相手は10メートルほど吹っ飛んだだろうか。俺は油断せずにその体を追い、追撃をかける。


「フッ!!」

「ごハァッ!?」

腹に蹴りが炸裂し、咳き込んでまた転がる。しかし、彼はそのまま気を失うこともなく、よろりと空中にとどまる。


「しつこいですね」

「は、それだけが……ペッ、取り柄なもんでね!」

俺は両方の鎌を片手に持ち、鎖部分を二重にして油断なく構えた。相手が考えなしに突っ込んでくる。俺はその体を引っ掛け、そのまま地面まで引き落とす。

「かはっ」


その瞬間、高田が飛び出てきて、その体を地面に固定するようにナイフを地面に刺した。

その瞬間、翡翠色の結界が形成される。

「な、なんだこれ!?テメェ、タイマンじゃないのかよ!?」

「……明らかに、『負け』でしょう?大人しくしててください」


俺は新たに向かってくる神気の方向を向くと、ふわりと上空に浮かび上がる。

そこに現れたのは、俺よりも神気が小さい子供だった。

髪が長くまっすぐで、8歳くらいの子供。ヘッドドレスとフリルエプロンをつけているが、服は真っ黒な和装だ。

「……ユウマを、離して」

「ニギと申します。お名前は?」

「ミツハ」

闇罔象神(クラミツハ)?もしくは罔象女神(ミズハノメノカミ)ですか」

「いずれも正しい。が、今は時間と余裕がない。ユウマを、離して」


俺は首を左右にゆらりと振る。いくら俺よりも弱かろうと、数を揃えれば戦いは勝てる。

互いの力量がそう違わないのであれば、なおさら。


「離して、どうなるんです。一緒にして差し上げますから、おとなしくしていてください」

「やってみればいい」


その瞬間、ミツハの手には、明らかに身の丈に余った鎌が出現する。

その刃は水がそれを形成しているように勢いよく渦巻いている。


「人間の発想力は面白い。水の勢いだけで、いろいろなものが切れる」

「ウォーターカッターですか。神気で無理やり形を留めて、再現すると」

打ち合っても、水だから刃が通過していきそうだ。そして、その刃が変幻自在のように思える。


いくらか神気は消耗するだろうから、避け続けるに徹するか。


俺は鎌を消した。

攻撃は捨てる。防げないなら必要ない。

チャンスができる瞬間に出せるくらいには、神気の扱いに長けた。

「何をしている」

「いきますよ」


まっすぐに飛ぶと、正面から突っ込んでいく。そして、相手の水がこちらを狙って流れ込んでくる。

その瞬間、俺は上に飛んだ。そして、相手と太陽の間を狙って飛ぶと、案の定彼女は太陽をまともに見てしまったのか、目を背けていた。

「ぁう、まぶし……」


そのまままっすぐに突っ込むが、ふとその姿が歪んでいるのに気づいて、探査を使う。姿は下にあるが、感覚は斜め右後ろだ。俺は感覚を信じて、瞬時に鎌を出現させて斬りはらう。

「きゃっ……!!」

「っらぁ!!」

どうやら水に自分の姿を映していたらしい。


すっぱりと袖が切れて、腕のあたりから血を流しながら、彼女はそれでも鎌の柄を振るう。

「逃げる、な!」

「当たったら死ぬでしょう」

水弾を全て細かく操れるわけではないようだ。そして、射程は約五〜十メートル。それを超える場合は、ただ飛ばすだけのようだ。


はたから見たらこれ絶対大人が子供をいたぶってる図だよなあと思いつつも、背後から飛んでくる水の槍を避けきる。


その水は全てが鎌の刃へと戻っていく。俺も、自分の鎌はまた消して、もう一度無手のまま、避けることに集中する。


「はああ!」

彼女が鎌の柄を振るうと同時に、その水がずっと動き始めた。それはうねり、周辺の木の枝が一本すぱりと切れた。俺は探査を展開したまま、その全ての攻撃を避けきると、隙のあるその頭上から、鎌を振り落とした。


「ひっ!?」

その太ももあたりをすっぱりと斬った。俺はその頭を抱えている童女が何やらおかしいと思いながらも、鎖で梱包して地面に叩きつけた。


「くぁっ」

高田がサインに反応しないので、その体に神気を込めた重すぎる鎌を乗せる。

「ぅうう、重い……」

動けないように手は縛ってあるので、体を起こすことさえできないのだろう。半泣きのまま彼女はすんすんと鼻をすすり始めた。


「ニギ!?やりすぎ!!子供相手なんだぞ!?」

「……この子供が何年生きてるのか考えてから言ってください。だいたい、言ってるでしょう。俺は老若男女平等主義です。赤ん坊だろうとなんだろうと」

「お前の思想があぶねー!!」


そんな声に、ヤンキーが目をばちっと開けて、俺たちを、ついでミツハを見た後、目を丸くした。

「う、うぅ……ん?ミツハ!?」

その形相が、瞬く間に鬼のようにしかめられていく。

「てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ……ミツハぁああああ!!」


聞こえるはずのない音。

ぴき。

ピキピキ。

まさか、結界が、破られる?

俺は即刻どうするかを考える。


結界を破るだけの力があるなら、と俺はミツハの上にある鎌を回収しついでに、勢いをつけて威力を上げた蹴りをその足首に突き入れた。

嫌な感触がした。

気分のいいものでは、もちろんない。


動きを止める目的のためだ、命を奪ったわけではない。治る傷より今は高田を優先する。

俺にヘイトを向けさせれば、上出来だ。

「いやあああああああっ!?」

「ミツハ!?」

俺は崩壊の前に高田に指示を飛ばした。


「ギョク今すぐそこを離れろ!」

「了解!」

結界が破られた。高田とも神気は結構差があるはずだが、なぜだ?

男はナックルを構えて、俺に掴みかかってくる。しかし、彼はそのまま『弱い』。


火事場の馬鹿力を出しても俺には勝てるわけもなく、あっという間に地面に転がされる。

しかし、幾度も立ち上がる。

何度も地面に転がして、何度も立ち上がって来る。

「しつこい……」

「い、がぜ、ねぇ……」

足をがっしりと掴まれている。

血まみれのまますがりつく姿に、勝てないと思った理由がわかった。


こいつ、死んでも俺たちを足止めする気でいる。


死兵はこちらが完全に殺す気でなければ、何度でも立ち上がって来る。何度でも蘇ったように、彼らは腕も足も目も口も何もかもを気にかけず、恐怖心が麻痺したようにかかって来る。

「なんなんですか……あんたら、どうして、」

「理由が……ある……あいつのためだ……俺は何度だって、立てる」


俺は、ふと気づいた。

こいつの神気は、ミツハと似ているが、ミツハとつながっていない。別の誰かの神気とつながっている。

じゃあ、その死神は、どこにいる。


何度倒しても、起き上がり飛びかかってくる恐怖。

こいつは俺には倒せないんじゃないかという思考。


それが頭をよぎった瞬間、展開しっぱなしだった探査に、何かが違和感を伝えた。

いや、本当は違和感が何かは分かっていた。


わかりたくなかっただけだ。







「しに、がみ……さん?」






街中を覆い尽くし、中心点がどこだかわからないほど強大だった、神気が消えた。


俺はゆらりと足元の男が立ち上がるのを、呆けたまま見ていた。

頰に走る凄まじい衝撃に、俺はようやく正気を取り戻した。


「夜行っ!?」

探査を再度展開する。微弱なままの死神さんの神気が、どこか別の場所へと移送されていく。


俺は迫る拳を右手で払いのけて、アイアンクローの要領で掴んだ頭を、地面に叩きつける。

地面にヒビが入るほど叩きつけられたその体は今度こそ動きを止めた。高田が転身を解いて、陸塞と坂町に連絡を取り始めた。

「もしもし!?わかってんだろうが、とっとと来い!!場所!?」


そんな姿に、ふと、俺は思う。


——あの、死神さんが、不意を突かれたとはいえ負けた相手だぞ?


「二人とも、すぐここに来るってさ。……どうしたんだ、夜行?」


俺たちが行っても、無駄に命が散るだけじゃないか?

俺たちで隙をつけるほど、甘い相手じゃないんじゃないか?


「……おい、夜行!」

「っ……!!」

「大丈夫か?」

「あ……の、」


高田にその考えを伝えようとした瞬間、ドンッ、と土埃が立って、そこに坂町が現れる。

「すぐに行くわよ!」

「ああ。夜行、ほら……夜行」


俺が絶対だと思っていたものが、崩れる。


死神さんは絶対だった。


「……です、よ」

「何?言いたいことがあるならはっきり言ってくれる?時間ないんでしょ?」


震える手をぐっと握り、二人をまっすぐに見る。

「俺たちが、死神さんを倒せる相手に、挑むなんて、無理ですよ」

そう言った瞬間、拳が飛んできた。胸に衝撃が来るが、痛みは少ない。顔は高さの関係で無理だったんだろう。


「何バカなこと言ってるのよ」

冷静に、淡々と、彼女は俺を歯牙にもかけぬふうに、そう言い切った。俺の言葉をまるでくだらないことを聞いたとでもいうような態度。


恐怖が足元から押し寄せて、飲み込もうとしている。そんな感覚に、俺は生まれて初めて、抗えないと思ってしまった。

半分ほど恐慌に陥ったまま、俺は叫ぶ。


「だって……だってそうでしょう!?普通そんなバカみたいに強い敵がいるというなら、死神さんを倒せるというなら……そいつは明らかに俺たちの手には、負えるはずないんですよ!?それをわざわざ行くなんて、自殺行為以外の何者でもない!!」

「何を言ってるのか私にはわからないわね!あんた死神さんを助けたいと思わないの!?」

「そんなのは、論理的に考えて不可能だと言ってるんですよ!!日本語わかってるんですか!?」

「わかるわよ!しかも少なくともあんたよりずっと人間よ!」

「人間?論理的思考のできないどこが人間ですか!そんなもん獣と等しいでしょう!?」

「人間はね!絶対に危ないって分かっててなおそこに迎える奴のことを言うのよ!!あんたは何?我が身可愛さに恩人が危険にさらされてるのを指をくわえて見てるわけ!?そんなのは、犬猫にだってできるわよ!!あんたのそれは、ただの獣の生存本能でしょ!?」


胸に突き刺さるような言葉を放ち、俺に彼女は背を向けた。

「私は行くわよ。ヤツカがくれたこの力を振るうのは、今この時しかないの」

制限された、弱々しい力。

訓練なんて全くしていないし、なんの助けにもならないと分かっていて。

「私は、人間よ。あんたはなんなの」

その鮮烈な強い眼差しに、絶望の色は少しもなかった。


それでどうして、戦いの場に平然と赴けるんだよ。

俺は土を踏むもう一つの音に、顔を上げた。


「た、高田、」



「ごめん、夜行。俺は行く」


どうして。


立ちすくんだまま、俺はその背中をぼんやりと見ていた。

「そんなの……俺には、無理に決まってる……」


弱いつぶやきに答えるものは、誰もその場にいなかった。

お読みくださりありがとうございました。

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