死神とお客様ですか?
さーて!
ここから長丁場だぜ!!
「……見つけた。ようやく……お前のことを見つけられたぞ……」
一つの影が、夜の街の中で呵々大笑する。しかし、それを咎める者は誰もいない。
「……あいつを捕まえりゃあ、ハニーは解放してくれるんだな……?」
「あぁ?あーそういう約束だったな、ついうっかり頭から飛んでいた」
けっ、と吐き捨てて、そこにあった一つの影が消えた。
「さて、私の方もそろそろ動かなくてはいけないね……」
********
「高田、今日は街に出て色々と探ってみましょう。ちょうど休みに入りましたし、何かあるかもわかりません」
「そうだな。足で稼げとか言うし!」
刑事か。
ふらっと死神さんが現れて、妙にしかめっ面をしながら唸って考え込むと、ずずっと味噌汁をすすった。
「美味しくないですか?」
「いや、うまい。うまいんだけど、なーんかこのやり口……うーん、思い出せん」
「心当たりが?」
「ほのか、いやかすかに誰かがこんなこと思いつきそうな気がするって程度だから、気にするなよな。うーん……んがー、あっちこっちで襲われまくったから覚えてねー!!」
「無駄な記憶力の良さってこういう時に発揮されるべきでしょう」
「どうでも良さげなことは俺すぐ忘れる主義だから」
明らかにどうでもよくないのだが、今は突っ込むのを置いといて、死神さんの目の前にホールケーキを置く。カマンベールチーズクリームとオレンジピールを入れたレアチーズケーキである。
「昨日ちょっと作ったので、感想をください」
「んはぁ!?いいの!?マジでいいの!?」
もぐもぐ食べながらうめーと言い続ける。
ずっと探してもらっているのに、俺たちは寝て、食って、生きる上で必須のことをしなければならない。
まあ、お礼というか、なんというか。
「る、るー!」
「そうですか……やっぱり、舌に絡みすぎますよね。もうほんのちょっとあっさり消えるように、生クリームの分量を足して……でもそうするとチーズの風味が……やっぱり、カマンベールは難しいですね」
「る、る?」
「そうですね。今度は、全体に入れるより、一部に挟み込むとか工夫してみましょう」
スイーツ談義に花を咲かせながら、出かける準備を終える。
「じゃあ、死神さん。夕飯までには帰ってきてください。今日は、冷製パスタにしますから」
「おお!?ちょっとやる気出たわ。うっし、行ってくるな!」
ふわふわと遠くに見える背中を見つめていたら、背中を叩かれた。
「行くぞ!死神さんには負けねーもんな!」
「そうですね」
二人で飛び出して行った。
しばらく聞いて回るも、闇(変異体)はあれから目撃されていない。ソノちゃんさんからも、情報はない。
「どうみても、おかしいですよね。……高田?」
「うう、あつい……」
「そういうのはもう少し早く言ってくださいね。あそこの日陰で休みましょう」
塩飴と、近くで買ってきた水を飲ませて、しばらくうちわで扇ぐ。俺が涼しいから忘れていた。うっかりにもほどがある。
「……ぬぐう、やっぱり最近、追いかけられるの少なくなってきたな」
「俺の噂が出ているからでしょうね。……ん?」
闇が出てきたのは、ちょうど俺が噂になってからじゃないか?
「そうなると、俺がもしターゲットだとしたら……」
いや、違う。
そうじゃない。
『ほのか、いやかすかに誰かがこんなこと思いつきそうな気がするって程度だから』
「俺が噂になった。自動的に、死神さんが噂になると……すれば、辻褄があう」
「夜行?」
「いや、でもあの死神さんですしね。そうそう危ない事態に陥るなんて考えにくいですし」
「なんかわかったのか?」
俺が噂になったために、死神さんを探していた敵が死神さんを襲おうと画策したかもしれないと告げれば、その顔が曇りながらも、心配はしていなさそうだ。
「死神さんを倒そうなんて、無茶無謀の類いだろ。ありえねえって。お前が十人いたって、無理そうだ」
ふと、背後から何かを感じる。視線が二つ。神気はないが、あまりにもずさんな監視である。俺は高田をちらりと見た。高田も、俺の視線に答えたようにごくわずかに頷く。
「これ一度やってみたかったシチュエーションなんだよね」
「……好きにしてください」
尾けられてるのにワクワクしないでくれ。
「そこにいるのは誰だ!出てこい!」
高田が振り向きながら、ビシッと人差し指を突き出した。ドヤ顔が非常に鬱陶しいというか、アホっぽいと言えばいいのか。
茂みがガッサガサ動き、「お前先いけよ」「やだよお前が」と言ってワイワイやっていたので、「出てこないと通報しますよ」と半ギレで言ったら、ようやく出て来た。
……見覚えのありすぎる顔だ。
「ええ!?なんで!?なんで二人とも!?」
ほっといたらアイエエエとか叫び出しそうな勢いで、高田がパニクっている。
高田の親友1&2だ。俺ですら間違いなくそう断言できる。
「や、どもー……」
「お疲れ様っす……初めまして」
「どぁう、あうぇ、えぇう」
言語中枢が麻痺した高田に代わり、俺が喋り始める。
「一体なぜ俺たちをつけて来たんですか?」
「あ、いやー……親友が男と歩いてたら、なあ?」
「気になるよな」
ようやく復活した高田が、真っ赤になりながら首をブンブン左右に振って、どなりかえす。
「しなくていい!帰れ!」
「おしとやかの化けの皮が剥がれてるぞー、いいのか高田」
「そこに関しては化けの皮がもともとないと思いますが」
「みんなしてひどくない!?」
高田をからかう会が結成された後、話は元に戻る。
「いや、でもまさか高田がこんなイケメンを捕まえるなんてな……じいは嬉しいぞよ……」
「老後の楽しみができたのう」
その様子に、俺が今前髪を上げていて、メガネをかけていないことを思い出して、ポンと手を打った。
「……高田あのもしかして、この方達気づいていないんじゃないですか?」
ですよね、という返事が、表情で帰ってきた。
「あの、感動してるとこ悪いんですが、その……今お世話になってるとこの家主さんで「ええ!?あの例の親戚の人!?やだわいつもうちの紅ちゃんがお世話になってますぅ」
この友人ども多芸だな。わかったからまともに喋らせてやって。
泣きそうだから。高田が。
「……で?お名前をお伺いしても?」
「夜行 仁義です」
ゆっくりと二人組の首が動き、そしてその顔を見合わせてもう一度同じタイミングでこちらへ向き直る。
「…………もう一度、プリーズ」
「やぎょう ひとよしです」
「オォオオオオマイガアアアアアア!?」
「ジイイイザアアアアッス!!」
微妙にアメリカンな返しをした二人組は、俺をジロジロ見て「嘘だろ」と呟いた。
「だって、モサくない」
「周囲の視線が鬱陶しいじゃないですか」
「イケメン!?」
「否定はしませんが自分の顔はそう好きなわけでもないので」
ここでハッと気づいた微妙に冷静な方が、俺へ視線を向ける。
「じゃ、じゃあ、お前らまさか、同棲っ……」
「落ち着け!あんなうまそうな弁当作れると思うか?この二人に!!たまに可愛い感じのキャラ弁あるんだぞ!?あのセンスはお母さんとかのセンスだ!間違いねぇ!」
「あれはこいつが作ってんだけど……」
「ホァア!?」
おかしな叫び声がエコー付きで聞こえて来た。どうも、かなり絶妙に二人でエコーを掛け合っているらしい。
おかしな芸を磨くな。
「で?お前ら実際どうなわけよ。付き合ってんの?ヤることやってるう?」
「ヤることを……?すいません、ちょっと意味がわからないんですが、説明してもらっていいでしょうか?」
無論わかっていて遊んでいるだけだが、予想外に深く刺さったらしい。
「すまん……俺たちの心が汚れていた……」
「生きててごめんなさい……」
高田の妙にかわいそうなものを見る目が、二人を直撃している。そして、俺にゆっくりとその視線が向けられ、「バカじゃねえの」と呟かれた。
軋むように心が痛い。
「あ、じゃあさ。今からお宅訪問行ってもいいかな?」
「今からですか?……大丈夫ですが」
「夜行!?マジで!?俺の部屋汚い超汚い!!」
「……これに懲りたら整理整頓はきちんとしましょうね?あれだけいつも言ってるじゃないですか」
それに二人は顔を見合わせて、「オカン」と呟いた。
グーでしばいた。
「うっわ、広……」
「ここ、めっちゃいい場所じゃん……普通の人だと悪いことしないと住めないお部屋じゃん」
ぶつくさ呟いている二人組が、呆然として立ちすくんでいる。
「最初は俺もびびったぞ」
「どうぞ。飲み物はお茶とコーヒーと紅茶、カフェインレスがよければルイボスティーなんかもありますが」
「俺麦茶!冷えてるやつ!」
「……コーヒーがいいかな」
「俺、緑茶で」
「かしこまりました」
ふざけてやっているのだが、二人ともぴきりと固まった。
台所でお湯が沸くのを待っていると、片方が来た。冷静な方だ。
しばらくの沈黙を破ったのは、向こうからだった。
「そんで、お前どうして高田を引き取ったわけ?親戚なんて、嘘だろ」
「わかりませんよ?もしかしたら曽祖父以上を遡れば、あるいは」
「茶化してんじゃねえよ。俺が言ってることわかるだろ?」
親友、か。
「……俺は前に、平穏とは程遠い日常を過ごしていたんですよ。そして、死ぬほどの思いをして、ようやく戦う力を手に入れました。ただ、高田を見ていると、昔の自分を見ているようで、腹が立ったんです。昔の自分への償いとして、守ろうと思いました。最初は、それが理由でした」
「じゃ、今は?」
「一緒に戦える仲間だと。……そう思っていますよ」
ヤカンがぴい、と音を立てた。俺は火を止めて、コーヒーを淹れ始める。
「ミルクは?」
「ブラックが好きなんだ」
「そうですか」
しばらく作業を見ていたが、彼は迷ったように口を開いた。
「その、俺には戦う云々のところはわからねえし、詮索する気もない。ただ……あいつを泣かすのだけは絶対するなよ。そんなことしてみろ。俺がお前を殺しに行くからな」
「……ハッ、恐ろしい番犬ですね」
ようやく絞り出せた答え。
高田は、たくさん身体には怪我をするだろう。あいつはそれじゃあへこたれない。
けれど、『泣かさない』か。
それは結構難易度たけーな。
そうか、とふと思う。
この男はきっと、高田が好きなんだろう。
けれど、自分では絶対に踏み込めなかった領域に、俺が踏み込んでいった。
他人の金銭の問題は、高校生一人には重すぎて、抱えきれない問題だから。
「……頼む」
「心得ています」
リビングの扉を開けた瞬間、悲鳴が上がった。
「うぉああああああああ!?」
「何事ですか」
およそ女子とは思えない野太い悲鳴が上がった。俺は手に持っていたトレーをローテーブルにスッと置いて、その闖入者を見つめた。
「……緑茶でよろしいですか?」
「って何侵入者にお茶を勧めてんだよ阿呆!!」
「なんだこの金髪急に現れやがったぞ!?どうなってんだ!?」
「どるるは外出中でしたからね……」
俺は落ち着いて自分用に淹れていた煎茶を出す。
「粗茶ですがどうぞ」
「え、あの、いや、……」
「竹下が捕まってるんだけど!?」
「ああ、申し訳ございません。お荷物はこちらで」
「ボケるな!もういいから!」
十分相手が面食らったであろうことを確認して、観察を始める。
俺はその男を見た。ヤンキーである。
立てた金髪は、赤色が入っていて、あたかも炎のように見える。そして、その顔は素材はいいのにヤンキー風味のため、なぜか強面に見える。
そして、その格好は、緩めのズボンにチェーン付きのベルト。そして、学ラン。
「その制服は、砂羽田工業高等学校ですね。さて、なぜ俺の部屋に入って来ているのか……お尋ねしてもよろしいですか?」
俺は、威嚇するように微笑んだ。
「……ハッ!んっんん!!……俺の名は、伊吹優馬だ。訳あって、てめぇと戦わせてもらうぜ」
「名乗りですか。では、俺も名乗らせて頂きましょう……ニギ、そう呼ばれています」
「そうか。じゃあ、ヤろうぜ」
ぎらりと獣じみた笑顔で顎をしゃくり、外をクイッと親指で示す。
「夜行、あの」
高田はこちらを向いて、ちらりと俺に視線を送る。
「四本構えて、下で待ってろ」
「……了解っ!」
あれから練習した。そして、探知にもう一個引っ掛かりがある。
「部屋の中は狭いでしょう。その荷物は放り出して行くべきだ」
「ああ、こりゃ余計なお節介だったな。あんたは戦う気があるみてぇだ」
二人でベランダに出て、一斉に転身し、空に躍り出る。
「行くぜニギ。テメェの本気……見してみろ!!」
「……」
神気は俺より断然弱い。そりゃあそうだ、俺はあくまで死神で、もともとの神気が違う。
だというのに。
だというのに、どうしてこの男に『勝てる』イメージが全く湧いてこない?
構えもどっからどうみても素人に毛が生えたようなもので、万が一があっても、俺がこの御使に負ける確率は低いはずなのに。
言い知れぬ不安に身を包まれながら、俺は奴の拳が迫ってくるのを見て、鎌を出現させた。
お読みいただき、ありがとうございました。