死神と闇ですか?
紹介だけして、ずっと出てこなかった闇です。
「聞いて驚け!闇が出たぞ!」
「……何ですって?」
ただいま、暑さでぐったりしていた俺は、死神さんを見る。
「お前、ハンノー鈍いな。夏だから?」
手をピラピラさせながら、彼は俺にたずねた。
「暑いと全てのやる気が削がれますよね。これだから夏は」
今日の夕飯鶏飯にしよう。上から、エビのゼリー寄せをかけて、だし汁には氷を入れて、キンキンに冷やして。
あ、しまったな。干し椎茸買いに行かなきゃないわ。
「それでな。ミョーな噂が飛んでんだよ、その闇」
「妙な噂?」
「ああ。何でも、若い女の姿をしてるらしいんだよな。ただ、気配だけはバッチリ闇だったらしいぜ」
「へえ?」
興味が湧いて来て、俺は天板にうつ伏せになっていた体を起こすと、伸びをした。
体がバキ、と音を立てて、ふうっと息を吐く。
「それでな。恐ろしく強いらしい。あ、物理的にとか、そういう意味じゃないぞ。動きが、読めねーんだと」
「読めない?」
「ああ。なんか、達人級の何かをしたと思ったら、子供同然のテレフォンパンチとかが飛んで来たりするんだとよ」
「……闇の、バラバラの……戦い方がわからないのは、面倒ですね」
その言葉に死神さんがこくりと頷く。
「ああ。ただ、じわじわ洗練されているらしい」
「早めにやらないとダメじゃないですか?学習してるってことでしょう?」
「まあ、そうなんだけどさ。どうも、そいつ……なんか目的があるっぽいんだよ。俺の方でも色々と探るけど、今わかってる時点では、なんかを探しているっぽい」
「何かを……」
俺は眉間を揉みほぐしながら、ちらっと視線を上げて、思いついたことを列挙していく。
「まずは誰かに命令を受けている。これはあり得にくいですよね。だいたいそうできるなら最初からそうするでしょうし。で、もう一つは、闇自体が何らかの目的を持って動いている。まあこれはある意味ありえそうなことですが、今の所不明ではあります。行動原理が幽霊を食べるだけとは考えにくいし、考慮には入れましょうか。他には——」
「ストップ!」
死神さんが手を突き出して、俺の言葉を止める。
「ちょっと、意味わからん。もうちょい、わかりやすく……」
「ああはいわかりました。それじゃあ、順番に」
まず、誰か——例えば別の死神なんかに支持を受けて動いている。
これはありえにくい。
そうできるならわざわざ面倒なことをして御使を手に入れなくてもすみ、大変に楽だからだ。操っていた側が妖と仮定しても、わざわざ飼う必要性は、ほとんど感じない。
二つ目。あらかじめ闇にはある程度の目的とすべきことがあるというもの。今回はそれを果たすべく動いている……と。
行動原理はほとんど幽霊を食うことになっているが、その習性自体はよくわかっていないはずだ。あながち間違いとも言い切れない説。
「そして、三つ目。これは……生前の心残りをしている幽霊の欲望が混ざり合って、それぞれの欲望を果たそうとしているもの」
個人的には、これが最もありうると思っている。
「闇の本体が何かがはっきりしていませんが、人々の負の念だと思えばそうおかしなことではありません。幽霊の持つ執着を、負の方向に増大させる……なんてことも考えられますね」
「なるほど。ようやくわかった……俺にはわからんとな!」
「自慢げに言わないでほしいですね」
俺は眉間にしわを寄せたまま、立ち上がる。
「それにしても、どうしてみんないないんだ?」
「ああ、簡単なことですよ。今、視聴覚室で採寸が始まってるんです。多分、男子も女子もそこでメニュー決めたりしてるんだと思いますよ?」
「お前はいいのか?」
「いてもいなくても、支障はないはずです」
調理係だし。
その時、教室の扉がバンッ!と開け放たれた。
「いたぁっ!?」
「んひっ」
やっべ変な声出た。
「どうしたんですか高田」
「どうしたのかじゃねーよ。調理係だろ?だったらお前も採寸だっての」
「えっ?」
「ちょっとしたパフォーマンスができるように、格好とか色々考えるんだってさ。顔は出さなくても、問題ないみたいだし」
「そう、ですか。できるだけ裏方に回してもらえるよう努力します」
「他の奴が目立ちたがるからそう面倒はないと思うぜ」
俺が萎れながら高田についていくと、待ち構えていたらしい男子の一人が、俺を男子の方に連行した。
のはいいんだがどうしてお前ついてくるんだ高田。
「高田は向こうでしょう」
「まあいいじゃねーか」
俺は眉間に寄ったシワを抑えながら、じろりと高田を睨む。
「……ハァ」
ウキウキしながら、シャツの上から採寸を始められる。
シャツはこの制服のを流用するらしいので、ちょうど良いという。計られるのに任されながら、色々と考え続ける。
仮に、母親を呑んだ闇が、まだ生き残っているとしたら。
若い女と言っていた死神さんの声が、頭から離れない。
「……夜行?おい夜行……顔怖いぞー。うーん返事ねーな。夜行のバーカ」
「誰が馬鹿ですか誰が」
「ゔみゃああああああん!?」
アイアンクローをしっかり決めると、涙目でこちらを見上げてくる。
「ぼーりょくへんたい……」
全くこいつときたら、本当にアホだ。アホだが、そこに救われている。
「そんなに蹴りを食らいたかったんですか?」
「違います!?」
家に帰って、真っ先に高田がソファーに飛び込んで「うはー」とおかしな呻き声をあげる。
「なあ夜行。お前、何かあったのか?」
「……少しばかり、想像が嫌な方向へ向かってしまっただけで」
高田がいるソファーの端っこに腰掛けると、高田が裏返って、手を俺の方に伸ばした。
「ん」
「……何ですか?」
「お前が不安定な時は、抱きしめてやろうかと思って」
「いっ!?い、いりませんよ!!」
「明らかに動揺しながら言うんじゃねーよ。こっちが恥ずかしくなるだろバカ」
手を引っ張られて、そのまま引きずり倒される。肩口に顔を埋めたまま、俺は背中を優しく叩かれる。
「全く、高田はいつもそうじゃないですか。臆面もなくそういうことを言うのは、やめてくださいよ」
「抱きつかれながら言われても、説得力無いんですー」
「その言い方ちょっと死神さんに似ててムカつきますね」
「もう一回やったほうがいい?」
「いえ」
暑いくせに、こういう体温はなぜか、いつの季節も心地よく感じる。母親にはいつも、潰されるくらいの勢いで抱きしめられていた。
ゆるく回される腕が、少しばかりもどかしく感じる。
けれど、弱いわけでは無い。
「もういいんですが」
「はいはい。んで、何があったよ」
高田の表情が、スッと引き締まる。自然に俺は、戦闘時のような気分に切り替わる。
「闇、というものについてです」
話を聞いた高田は、眉根を寄せた。
「夜行の推測が正しいとすれば、それは結構面倒な奴みたいだな」
「ええ。やるなら一発で、逃げられないように捕獲する必要があるのは、わかりますね?」
「……了解した。じゃあ、場所を決定して、そこに追い込むのでいいのか?作戦の大方は、お前に任すが」
「はい。まあ、まずは探さなければいけないんですけどね。二手に分かれて、一時間ほど探してみましょう」
組み分けは、俺と高田、そして死神さんとどるる。
「よろしく、どるるチャン」
「る、る〜……る!」
「どるるチャンなんて気安く呼ばないで、だそうです」
「どるるチャンは向こうの班分けの方がいいんでねぇ?俺、どるるチャンの言ってることさっぱりなんだけど」
「る!」
「使えねー!だそうです」
「お前実はスッゲーどるるチャンの言葉を捻じ曲げてねぇか!?なあ!そんな口調じゃなさそうだし!?」
いや、それ実は、マジで言ってるんだけど。
死神さんが真実を永遠に知ることができなさそうで何よりだと思う。
「よっしゃー!デートデート」
「アホなこと言ってないで、ちゃんと探しますよ」
「ウェーイ」
俺たちは街に繰り出していった。
しかし、忘れていたことがあった。
「……街の空気が、おかしいですね」
「ああ。妖の気配が、怯えている……」
「まさか、とは思いますが——」
空を裂く音とともに、お札が飛んできた。思わず避けると、死神さんの体にぺたりと貼り付く。
「んぎゃ!?」
「死神さんッ!?」
俺が死神さんに飛びついてその札を、指がが焼けるような痛みにも構わず剥がす。
「なんかピリってした……」
「……それだけ、ですか?痛いところとか、無いですか!?」
「ねーよ。静電気みたいな?」
俺は安堵に胸をなでおろす。
「…………っはぁ……よかっ……ってよくねぇ!?」
続けざまに飛んできた紙兵が、空中を駆けてきて、俺に攻撃を仕掛けてきたのだ。ギリギリ、間に合わな、
「フッ!!」
それをあやまたず、高田のナイフが切り裂いた。
「なんも怪我ねーか?」
「すいません。油断しました」
「お前なー。まあいいや、あいつらか?妖殺して回ってる奴は」
菅笠をかぶって、俺たちを見上げる和服の男と、女。いずれも、どこかずれたように輪郭がぼけた印象がある。
「妖は、滅されねばならぬ」
「われら朱雀院の何にかけて、貴様らを滅す!」
その手から、新たに札が放たれた。俺は鎌を構えて、それを切り裂こうとした。
しかし、それは別方向から来た札に、相殺されていた。
「……朱雀院」
「その呼び方はやめてくれないかな、ニギくん。僕は、朱雀院ではあるけれど、陸塞という名があるし、彼らもまた朱雀院だ」
「わかりましたよ。それで?」
「闇の噂を聞いて出て来てみれば……本家の方々じゃないか。一体こんな場所に、何の用かな?」
その気配が、抜き身の刃へと変貌する。こういうのは、こいつらに任せておくに限る。
「高田、二人と一緒に、安全圏へ」
「了解」
彼らが消え去った後から俺も行くと約束させられて、俺は朱雀院、否、陸塞の隣に降り立つ。
「陸塞めが……我らが目をかけておれば、図に乗りおって」
「妖と縁を結ぶなど、到底許されぬ所業」
「ははは。君たちも、言うね。でも、わかっていないのは、君たちの方だよ。死神に刃を向けてはいけないと、知らなかったのかい?」
——仮にも、神に刃を向けて。
俺は先ほど焦げた指先が治っているのを確認すると、鎌を出現させた。
「ああ、誤解のないように。僕は妖と慣れ合っているわけじゃないし、彼らを多分滅することもあるだろう。けど、君たちは、陰の気と陽の気のバランスを忘れてやしないかい?」
二人の目が剣呑になる。
「結界が崩れた後のことを言っているのか?問題ない。崩れたなら、同じように張ればいい。その時代にも、その後世にも、ずっと」
「バカなことを。それは、それだけの陰陽師を殺すということに他ならないよ。僕は死にたくなかった。一族を裏切っても、生きたいと願った。そんなことが続けば、僕のような離反者は、数多出るだろう」
俺も、こいつの意見に賛成する。
しかも、結界が崩れそうになった時のやつらは、平和ボケしているに違いなく、戦いを知らない世代がじわじわ増えて行く。いつか、そして最大級のツケがやってくる。
世代を一つ経るごとに、結界の張り方を忘れる者も出てくるかもしれない。
予想外に結界が長く保てば、結界が張られていることすら忘れてしまうかもしれない。
「あなたたちは、そのことを考えているかい?」
「朱雀院が、滅びるわけもなかろう!」
「自信のない根拠は、危険だと思いますよ」
俺は対話の間に彼らに忍び寄り、そして斬りかかる。ひとりがなぜか、斬り伏せられる。
血が噴き出すが、何か手応えがおかしい。
「……陸塞、なぜ斬れるんです?」
「我々の位相がずれたものが切れているだけだ。その位相が息耐えれば、陰陽師の力は失せるよ」
「そりゃ、どう——も!!」
俺は、地面に這いつくばったままの男から離れて距離を取る。
「おや?よくわかったな……妖風情が」
「自らの血を使った呪ですね。全く、こうどうしてあなた方は極端なんです?取引の相手くらいに思っていればいいものを」
「我々とお前たちは、相容れぬ……!」
相容れぬとか言われても、俺も人間なんですけど。ねぇ。
釈然としない顔をしていたからか、陸塞が肩を震わせ始める。いつもと同じ半笑い顔だが、口角がピクピク痙攣している。
「い、いや、すまない」
「その顔絶対すまないとは思ってなさそうですよね」
俺のツッコミにも笑い続けるのを見て、俺はため息を吐いた。そして、男の血が蛇の形を取るのをじっと見つめていた。
女は、菅笠を脱ぎ捨てた。その下には——ぴょこんと犬の耳が二つ生えて、銀色の髪が簪でまとめられていた。
おいおいおい……あんなものまで手ェ出しちゃってんの?
陰陽師って。
犬神。
犬を生き埋めにし、その首が届かぬ場所に食べ物を置いて、そして飢えに飢えた犬の首を切り落として、食べ物に食らいついた犬の首を食べ物から払いおとす。
その後どうするかは色々と説はあるが、彼らは末代まで取り憑き、そして欲望を必ず叶えるという。
「貴様らを、殺してやるッ!!」
その瞬間、女性の背後に若い女の姿が現れた。
「こんに、ちは!」
女性の上半身が、消し飛んだ。
あの、気配。
あの何もかもを飲み込むような気配。
闇だ。
「陸塞!!」
「わかっている、よ!」
「春!?貴様ら、」
「いいから手伝うんだ。あれを、殺す」
陸塞が降りていってケツを蹴っ飛ばせば、不服そうにしながら、彼はその呪で作られた蛇を、闇にはなった。
その瞬間、闇の女がまるで稀代の軽業師のようにぬるりと避ける。
しかし、その着地の瞬間、まるで立つのもおぼつかないほどの勢いで、よろめきくずおれる。
「っれぇーー?」
「今っ!!」
俺は鎌を振り抜く。しかし、その瞬間にぱっと女が笑った。
ぞわり、と嫌な予感が身体中に走る。警告が、耳元で鳴ってるかのように感じる。
熱が、俺の体を貫いた。
「……かふっ」
「ニギくん!?」
そのまま腕が引き抜かれ、腹のなかにすうすうと風が通り抜ける。じわりと傷口がふさがって行くが、普段の傷と比べると明らかに治りが遅い。
「大丈夫かい!?」
「これが、ゴボッ……そう見えんなら、眼下に行け……」
「一応無駄口を叩けるなら、後ろで休んでいればいいね」
彼はそう言って、前に進みでる。
「不肖、朱雀院陸塞。君を滅させてもらうよ」
そう言って、彼は微笑んだ。
躍動感のある絵って、どうやって描いたらいいんでしょうね。本当に難しい。




