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死神は止めますか?

ブクマがジワっている……一体何があったんだ。

本当にありがとうございます!

今日は梅雨明け宣言が出たにもかかわらず、どんよりした曇り空だった。もうすぐ夏休みだからか、生徒のテンションが高めだ。


俺の机の中には、一枚の手紙が入っていた。


「どういうつもりですか」

「何がかな?」

「僕を止めてみせろ、とは、どういうことかと聞いているんですよ」

「どうもしないさ。……ただ、少しばかり力を使わなきゃいけないから、その前に一度君と戦っておこうかな?なんて……僕のわがままだろうか?」


ニッコリと笑って、彼はそう言った。

「力を使う……まさか」

「なに、少しばかり大きめに結界を張るだけだ。問題ないよ」

気配が少し鋭くなった。


「結界を張り始めるのは、明後日の深夜零時からだ。——せいぜい頑張ってくれたまえよ」

「おい、待っ……」

その言葉を遮るように、ボンッ、と何かが破裂して消え、後には、紙兵だけが残されていた。


「やられた……」


朱雀院と話してから、一日中情報集めに奔走した。やはり、周辺では何体もの妖が殺されているらしい。目撃情報と、それから俺の知り合いだった妖も殺されている。


アオギリが腹を空かせていたのは、どうやらその辺りの事情が大きいようだ。


そして、陸塞(りくさい)本人が殺したのは、俺が結晶をあげたアオギリただ一人のみだった。


「じゃあ、朱雀院陸塞単独としては、妖退治には消極的なわけですね」

「る……る?る!」

「そうですか?うーん、難しいですね。どういうつもりなんでしょう?」

「るー!」

「どるるがなんか言ってたのか?」


高田の声の方を振り返る。

「本人は、俺のあげた神気の結晶の出所を知るために単独で動いたようですが、実際に彼が多くの妖を屠っていたわけではないそうです。しかし、アオギリを圧倒的に消し去ったようなので、本人の力量は相当のようですよ?」

「そうか……どういう人なの?」

「若木が枯れたような人物です」

「……それって結局、年寄りなの?若者なの?」


高田はあーとかうーとか唸りながら、どるるをワシワシと撫で始める。高田の撫で方は一見乱暴に見えるが、めちゃくちゃ上手いらしい。どるるが悶絶していた。


「結界はいつかほころびます。そうすると街中に、徐々に空白地帯が出来始めます。そうしてさらなる災いがもたらされるようになりますが……彼の家はなにも考えていないのでしょうか?」

「まあ、目先の犠牲と長期的なものと、どっちを取るかだろ。今回なら、その陸塞院?そっちが目先の犠牲で。もしほころびたら、また次の陰陽師が犠牲になるんだろ」

「朱雀院陸塞です。ただ、彼は大きいと言っていた……となれば、恐らくは、結界を張るつもりでしょう。大規模な結界を」

「それは……このあいだのでわかったけど、結界なんてそう長くは保たねーぞ?まして、人一人でなんて……下手すりゃ、」

高田が言葉に詰まって、その眉根をぐぐっと寄せた。

「ですので、止めます」


高田は苦笑して、俺の肩に手をかけた。

「知ってた」

「螺旋か、あるいは四柱四門かと思いましたが、螺旋はかなり緻密な計算と、要の設置に色々な手順とかなりの時間を要します。四柱四門の方が、ある意味やりやすさはありますね」

「……要するに、四隅とその正面のところを注意すればいいんだな」

「そういうことですね」


螺旋は設置されないと踏んだのは、広範囲にわたりすぎることと、その設置において、費用がかかるかもしれないと考えたためだ。

無許可で石を置くとか工事をした場合の弊害なんかも関係して、単独で設置しようとすれば、かなり難しいのではないだろうか?


そして、その上で、朱雀院単独で結界を張るならば、恐らくごく狭い範囲のものとなる。

例えば、この狭い街くらい、とか。


だが、朱雀院の家の規模にもよるが、悲願と言っていた。これだけで済むような、そういう結界ではないはずだ。

一族が達成しようとして、ずっとできなかったこと。


もっと、大規模な。


例えば、その結界を要として、日本全土を覆うような大規模な螺旋の結界を、張るだとか。

そうだとするなら、俺の手の届かない場所で、誰かが死ぬかもしれない。しかし、今は朱雀院陸塞ひとりで俺の手は埋まってしまう。

無力だ。とてつもなく、無力だ。


「る!」

「いたんですね!」


もうすぐ、夜中の12時になる。

雨が降りそうで降らない。


俺は、すでにそこで待ち構えていた。

高田には、保険のために別の方向へと。


正面からは、白い装束を着た朱雀院が、歩いてきた。手には木の棒を携えている。だが形状から見るに、恐らくあれは長ドス。

鍔のない、短めの刀だ。

「おや。もう見つかってしまったみたいですね」

「今度は紙兵じゃあないですよね。あなたが本物であるという確率は、99%くらいじゃないですかね」

これはもうどるるに頼り切っての結果だ。1%は、見なかったことにする。

「なぜそう言い切れるかな。全く、君は本当に……」


やれやれ、と肩をすくめてふっと笑う。


「だがね。割と役に立つんだよ。紙兵は」


ズ……。

背後でそんな音が聞こえて思わず振り返り、息を呑んだ。

「嘘……だろ」

「力が強い術者なら造作もないことだ」

背後には、目を焼かんばかりに光り輝く柱が街の端にすでに三つ、出来ていた。俺は唇を噛み締めて、朱雀院に向き直る。

目の前の男は、飄々としたまま動かない。


「君たちは、妖も相容れることができるかもしれないと言っていたね?ならば、示してみたらどうだい?」

絆を。

人を食らう者との絆を。

ニタリと裂けた唇が、実に恨めしい。


彼はスッと刀を取り出して、それを抜いた。

「さあ、かかってくるといい」

俺は転身して、そのまま奴に斬りかかりながら、大声で叫ぶ。

「てめぇ、その長さ、銃刀法違反じゃ、ねえかーーーーー!!」

金属同士がぶつかり合う、いかつい音が辺りに響き渡る。打ち合うたび、何か変な感じがするが、構っていられるわけもなく、俺はただ夢中で斬り込み続ける。


だが、扱いにくい武器である鎌と、単純ゆえに使いやすい武器である刀では、完全に分が向こうにある。


しかも、今の状態で隙を見せられるほどの余裕はない。相手に油断はなく、同等か、それ以上だ。

姑息な手段を用いたところで、即座に食い破られるのが見えている。余裕たっぷりな態度に、若干俺の頭も冷えていくが、じわじわと何か違和感が、俺の心を侵食していく。


ふと、気づいた。


打ち合った後の剣尖(けんせん)が、一定の軌跡を描いている。足元を見て、ギョッとした。

そこに五芒星が、描かれている。


「すまないね」

そこにひらりと、何かのお札が落ちた。途端、俺はその場から強く突き飛ばされたように、弾き飛ばされた。

「ぎぁっ!?」

失敗したのか?

止められなかった、のか?


そんなの。そんなのは、認めない。

俺はゆらりと立ち上がる。口の中に血の味がする。


「……くっそ」

俺は歯噛みしながら、そのまま突っ込んでいった。しかし、すぐに弾き飛ばされる。

「……妖以外は通さない。無駄だよ」

「だったら、」

俺は生身に戻り、突っ込んでいく。しかし、それもまた吹っ飛ばされる。

「ゲホッ……てめぇ」

「言っただろう?妖以外は通さない。僕を止めたければ、妖との絆を、示してみせろよ」


これは、俺を試すための結界なのか?だったら、そこの中に攻撃をして、結界の構築作業を止めさせられれば。

「どるる、お願いしても、いいか!?」

「るーるる、る!」


俺の声に応えてくれたどるるが、何度も権能を振るう。しかし、それは通らない。幸運を与えられたところで、絶対は覆らない。

幸運はあくまで確率を上げるもので、絶対を覆し得ない。この場に死神さんは、来ていない。

『理破り』ならあっさり破れたんだろうな、と思いながら、もう一度地面に転がされる。

「るっ……」

「……ゲホゲホッ……ごめん、どるる。もう、逃げたほうがいい」

「る……!」


一瞬のためらいを見せた後、俺の近くからすうっと少しだけ遠ざかる。俺の顔をもう一度見返した後に、どるるはまっすぐにどこかに消えた。そりゃそうだ。こんな場所に、もうすぐついえる場所に、妖がいたいはずがない。


「……はっはははは、君も、見捨てられたものだ。——一目散だったね」

「そんなの当然ですよ」

俺は口の中に溜まった血を、唾液と一緒に吐き出した。

傷はもう治っている。ただボロボロになったのは、見た目だけだ。俺はまだ、戦える。


結界に歩み寄りながら、俺は肩を怒らせて、傲岸不遜に笑って見せた。俺はそんな簡単にくじけるような人間じゃねぇと、こいつに示してやる。

だから、お前も。

恥くらい捨てて、諦めなんてなかったことにして、惨めったらしく俺にお前の望みを言ってみればいい。


「誰だって自分が可愛いに決まってるじゃないですか。誰だって命は惜しいし、死にたくもない」

自分が助かりたいと思える。

生きている証拠だそんなもん。


「はは、それは真理だね。妖は欲望に忠実だ」

「ハッ、バカ言わないでください。あんただってそうでしょう?」


一瞬。それだけだが、その顔はぴたりと能面のような笑顔になる。貼り付けたように笑い、彼はほんのわずかに掠れた声で、俺に肩をすくめてみせた。

「……何を言ってるか、ちょっとわからないな」


まだ言うか。

お前は本当は、助けて欲しいはずだろ。

「あんたは、知らせずともいいことを俺に知らせていた。本当は止めて欲しかったんじゃないのか?あんただって、心の奥底では一族の野望なんて、糞食らえとか思ってたはずだ。違うか!?」

言えよ。

言って、楽になってしまえ。


だが、俺の願いは、届かない。

「違う。僕は、一族の悲願については、くだらないなんて思ったことは一度もない」


俺は迷わず、再度突っ込んでいく。傷ついても、いつか治る。新たに何かを紡ぐこともできる。けれど死んだらもう、元には戻らない。

戻れない。


弾かれるのも構わず、俺は腕を叩きつける。

弾かれる。

叩く。

血が吹き出て、あたりを汚した。


「出てこい!!テメェそこにいる意味が分かってんのか!?」

「分かっているよ」

着々と作業が進む。俺が腕を叩きつけても、一切その手は止まらない。

その手が、最後の結界を作り上げようとした、まさにその瞬間だった。


ふと、そこに。

俺は顔を上げて、慄然とした。

うっすらとロウソクの火が光る中に、世にも恐ろしげな妖怪たちが、立っている。


ひとり。


ふたり。


さんにん。


いっぱい。


見たことのある妖ばかりが、そこにいた。

そして、白いワンピースの、大剣を携えた人物が、先頭に立っていた。やはりペチペチと肩に担いだ大剣を当てながら、ニッコリと笑っている。

俺を見る目は笑っていない。

「こんばんは。天気はそうよくないけど、良い夜ね」

小さい体躯ながら、その態度はどこまでも不遜だ。


『アタシを呼びつけたんだぁ、いい度胸さねぇ』

火車がゆらりと歩いてくる。

弁当を食っていた間抜け面の妖怪が、今はちょっぴり恐ろしげに見える。


「……おや。これはまた」

「……な、ん、」

俺の方が驚きのあまり声が出ないでいる。ずっと、「取引」の相手だとしか思っていなかった奴らが、ここに集まっている。


どるるが、ポンポンと空中で漂っている。


「どるる!」

「るー!」

ドヤ顔が実に可愛らしい。涙が出そうだ。

マジかよ。


「……それで?そこの男は、一体何をしようと思ってるのかしら。高田ちゃんはまだ飛ぶのに慣れてないから遅いけど、全部……話は聞かせてもらったわ」

「全部?僕はあいにく、君のことは知らないんだけどな」

「私が知ってるからいいのよ。それで?死のうとしてるんですってね。で、そこのクズ野郎が止めているってことね」

「この瞬間くらいはその呼び方やめたらどうです」

俺の要求を無視して、ふん、と胸を張って、彼女は叫ぶ。


「死にたいなら勝手に死になさい!」

「止めるんじゃないんですか!?」

「何よ。あいつがそうしたいならそうすればいいのよ。でも、あなた以外の意思がわずかにでも介入してるなら、はっきり言ってやめた方がいいわ」

彼女は、朗らかに言い切った。

「死にたいなら死ね!生きたいなら生きろ!一族の悲願?知ったこっちゃないわ!あんたはどうなのよ!!」


俺は、思わず苦笑して、朱雀院を見た。

朱雀院も、苦笑していた。だが、その表情には、直截的な言葉によって、隠しきれなくなった感情が、浮き出て来ていた。


「……パワフルな人だね」

「まあ、かなり勢いよく突っ走って生きている人ではありますね。……それで?あなたはどうなんです?あなた以外の犠牲に対して申し訳ないから、自分も死ぬんですか?」

その細い目が、驚きに目一杯見開かれた。


「それも気づいて?」

「予測はしていました」

「そうか……」

その周囲の結界が、緩み、崩れた。


「俺は、生きていてはいけないと言われてしまったんだよ」

膝から、彼は崩れ落ちる。

ポタポタと、空から雨が降り始めた。その顔は雨に濡れただけではない何かで、ぐしゃぐしゃになって来ていた。

「それでも、生きてていいのかな」

「愚問ね。あなた、泣くほど生きたいんでしょう?それでも足りないなら、私があなたの生きる理由くらいにはなってあげるわ」


人生を捻じ曲げられてでも、その生き方を変えないなんて、本気で尊敬するぜ、坂町みずな。

俺は地面に大の字に寝転んだ。

「汚いわよ」

「知りませんよ。……あー、もうマジ疲れた……」


ふと、妖の集団が目に入った。彼らは俺たちをじっと見て、顔を互いに見合わせている。


「あ、あの……今日は、来てくれて……その、……ありがとう、ございました」

『いんやぁ?いいよぉ、面白いもの見れたしねぇ』

『げっ!?火車さん俺が焦げる!火ィ吹かないでくだせぇ!?』

唐傘お化けが、ぎゃあぎゃあ悲鳴を上げている。


「ぶっ……っくっく………」

こらえきれず、笑いを漏らしていると、後ろから高田が駆け寄ってきた。

「みんな!傘、傘ってうわぁ!?なにこの百鬼夜行!?」

「夜行だけに」

俺のつぶやきを聞いたどるるが、頭にエクストリームアタックを仕掛けて来た。


「あら、私に礼はないわけ?」

「……本当、毛嫌いしている俺に優しくするなんて、つくづく頭のおかし……いえなんでもありません」

「そこまで言っておいてそれはないでしょう!?全く……」


ブツブツ言いながら、彼女は朱雀院を立ち上がらせようとして、身長差がありすぎて助け起すのに失敗していた。

まあ、いずれにせよ、こいつには感謝はしなければならないだろう。


「……ありがとうございました」


聞かせるつもりなんて、毛頭ねーけどな。

ちょいと無理矢理感がありますが、朱雀院くんを仲間にしたかったのです。


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