死神と再会ですか?
笑いどころがない。
この話はちょっと重いかもしれない。
「それじゃ、転身の練習をしてみましょうか」
「はい先生!」
片手を大きく上げて、満面の笑みのまま彼女はにかっと笑う。
「へいへい。お前の体はまだ、神気を一気に注がれたわけじゃねーから、転身ができねぇ。まずは、ニギが高田ちゃんに神気を一気に注いでおけよ?」
「……じゃあ、し、失礼します……」
俺が高田の手を握り、手の先に神気を集めて、その神気を送り込む。
「んぐっ!?」
「んう!?」
おかしな反発感があって、ものすごく気持ちが悪い。二人とも眉をしかめながら、神気が行き渡った。
瞬間、高田がふわっと神気をまとう。
その髪が伸びて水色へと変じ、ポニーテールで結われている。胸のあたりまでを覆い隠すノースリーブの服と、それから腕を覆う布は切れ込みが入って、大きく広がっている。
その下に大きくスリットのあるロングスカート、その下には腿の中程まであるスパッツをきっちりはいていて、足元は頑丈そうなブーツだ。
腰のベルトには、ずらりとナイフが巻かれている。
「うえぇ!?なんかいきなり格好が変わってんだけど!?何これ!!」
「ナイフか。ニギの方は取り回しが悪いからな、超近距離担当か」
「うん、あ、でもなんかそれだけじゃない気がする。えーと、なんかこうもやっとする感じがするから」
俺は死神さんを見たが、死神さんは首を左右に振った。
「俺、御使のことはけっこうな素人だから無理だって」
「……高田、とりあえず、やりあってみましょう。そしたら何かがわかるかもしれません」
「え!?あ、浮ける!?うん、こんな戦闘慣れてねーけど、試すんだったらそれもいいかもな」
って、どうして高田は浮けるんだよ!?俺あんなに苦労して飛び方をマスターしたってのに……本当ふざけんじゃねぇぞ。
そう思っていたら、死神さんが囁いて来た。
「御使は、基礎的なことはほとんど力を注いだ死神と同じくらいに使えるらしいぞ。即戦力にしたいのがほとんどだから」
「門外漢じゃ、なかったんですか?」
「モンガイカンって、何?」
とりあえずしばいた。
俺は高田と向き合った。どちらからともなく空中を蹴り、その指先がナイフをつまんだ。
俺は思わず鎖を手に取り、そのまま片方の鎌をぶん回す。
金属がこすれあう不快な音とともに、俺の鎌を高田がナイフで捌ききった。
それとともに、攻撃の重さに耐えかねたか弾かれたかして、ナイフが手から離れた。
そして、その肉厚なナイフが宙に浮いたまま、留まった。
「んん!?」
「ストップ!離れてみてください。ゆっくりでいいので」
約20メートル離れたあたりで、ナイフが消滅した。投げナイフもできそうだ。
敵にナイフが刺さると見せかけて、わざと消滅させるなんてこともできそうだ。釣れるぞこれは。
「もう、モヤッとしませんか?」
「うーん、まだするかな」
「……もうちょっと、試してみましょう」
刃の長さは伸びない。他にも、俺の指先を少し傷つけてみたりしたものの、モヤモヤしたままだと言う。
「あ」
一つ、確証はないが、調べ物をしているときに見つけた知識をふと、思い出した。
諏訪神社にある四本の柱。あれにまつわる話だ。
建御名方神が国譲りを渋った際に、建御雷神が相撲勝負を挑み、そこで負けた建御名方神が諏訪神社の四本の柱の中にこもって、そこから出ないから助けてくれと命乞いをした。
古事記に書かれたこの伝承から、四本の柱が結界の役目を果たしたのではないか……という仮説が立てられている。
高田のナイフを結界の柱と見立てて見たらどうだ?
「ここと、ここと、そこらへんに……ああ、やっぱり」
キィン、と硬質な音とともに、真四角の半透明な、翡翠色の結界が出現した。
「何これ!?」
「死神さん。ちょっと叩いてください。手加減して」
「ん?ようやく出番か。うし、——フッ!!」
ベキ、とヒビが網状に走ったが、手加減済みのそれにそこまでの耐性を示すなんて、すごすぎる。
ただ、今のこのサイズでだ。
大きくすれば、相応に脆くなるだろう。
「高田が出ることは?」
「出るのは無理だな。俺が叩いても、手が痛い。ただなんとなくわかるけど、術者がいる方にナイフはあるようになってる。多分、術者が解けるようにしてある」
「それじゃ、今はナイフの設置場所が内側なんですね」
結界がふわりと消えた。
拘束具にも使うことができそうだ。かなり有用であることは、間違いない。
「じゃあ、高田。戦闘に際して、俺たちがコミュニケーションを取るときの名前を決めましょう。俺は、ニギとなってます。高田はどうしますか?」
「うん?そのままでいいじゃん。だめ?」
「それじゃあ不都合が起きることがあるんですよ。別のところに住んでいるから会わなかったけれど、戦った時に名前から住居を特定されるとか」
「あー、それもそうか。確かに、死神じゃねー時の生活を押さえられたら、困るもんな」
わかってくれて何よりだ。俺の場合は、死神さんが勝手に決めたが。
「じゃあ、名前が『紅』だろ?クレナイとかでいいんじゃん?」
「高田ちゃんがクレナイ?変な感じするな」
「ですよね。この青っぽい格好でクレナイ……」
「んだよー!文句あんのか?」
「ああ、いえ。わかりました。クレナイですね」
「よろしくなクレナイ」
羞恥でプルプルし始めた。
「もう……限界です」
「抵抗が少なく済んだな。さて、じゃあどうする?」
「結界が翡翠色でしたから、『玉』とかでいいんじゃないですか」
「適当!?」
「じゃあ、クレナイにしますか?」
「玉でいいです……」
第二の名前が決定。
「では、戦いにおいて、いくつかのサインを決めておきましょう」
「サイン?」
「結界を張れとか、撤退とか、回り込むとか。相手にわかりにくい、さりげないものがいいです」
「死神さん……も、そう思うか?」
「あー、決めといた方がいいな。作戦会議なんて、ほとんど意味をなさねーし」
もう一つ、相手に悟られにくくなるだけではなく、相手を騙すこともできる。
例えば口で指示を出した後にサインで指示を出し、相手がその通りに動けば、こっちの思惑が外れにくくなる。
こうやって、俺たちは自身の強化を行っていった。
そんなある日のことだった。
「あ」
すれ違いざま、声をかけられて、俺はその人物の神気をはっきり知覚して、驚きに息を飲む。
「ソノむぐっ!?」
「お久しぶりです。その後、変わりはありませんか?」
ソノちゃんさん、だ。間違いない。間違いないが、すごく、息が。
腕をタップしたらわかってもらえたようで、口と鼻を覆う手が退けられる。
「……プハッ……ない、ですよ。高田を御使にしたくらいです」
「とうとうご決心なさりましたか。それでは、一つ伺います。この学校にいる陰陽師は、ルタ様の潜在的な敵になりえますか?」
陰陽師。
「……あの人は、完全に人間側の人です。俺は、人間よりではありますが、知り合いの妖をかばうくらいなら、します。中立のあなた方がどちらでもない態度でいるなら、あなた方は敵にはならないが、味方ではないはずです」
「そうですか。それでは、その方にお取り次ぎ願えますか?妖をシメて手に入れた情報なので、なかなか本人にはたどり着きづらかったのです」
俺も知り合いってわけじゃあないんだが。
先日ぶりに保健室に入ると、また前と同じ……いや、今度はオセロだ。オセロをしながら、チェスをしている。
「やあ。今度は別の人も一緒なんだね」
「お初にお目にかかります。ソノちゃんさん、とお呼びください」
「ソノちゃんさんさん?」
「さんは一つで結構です」
俺の反省を踏まえて言ったようだが、うまくいかなかったらしい。ソノちゃんさんがその綺麗な眉根をぐぐっと寄せている。
「それで、何かな」
「ソノちゃんさんが、朱雀院に用事があったらしいですよ」
そう言い残してそっとその場を離れようとしたら、そっと腕を何かに掴まれた。紙のような、薄くてさらさらした何か。
「紙兵、ですか」
「それもわかるんだね。君は本当にもったいない。陰陽師でも活躍できただろうに……そうだ。うちの妹と結婚しないかい?そうすれば、陰陽師の術を教えてあげられるよ」
ニコニコしながらの言葉に、俺がほぼ反射で答える。
「お断りします」
「つれないな」
……おそらく、こいつらは、親類縁者にしか術を教えないのだろう。そして、才能があるものを術をネタに取り込んできた。
もう一つ。もう一つ気になることがある。
こいつからは、全くといっていいほどに、神気を感じない。しかし、どことなく輪郭というのか、何かがぼやけている。
まるで、何か別の位相に移ろうとしているような。
「それじゃあ、君も話を聞いていけばいいよ。僕も興味があるんだ……死神についてね」
彼の陶然とした笑いに俺は身震いした。
結果的には、大したことは聞かれなかった。死神の成り立ちについて、死神とは何か。
そして、名前は普通に吐かされた。
だいたいあいつの態度が、色々と思わせぶりなんだよ。人を悩ませる天才か。
「んやっほー!やっほー……やっほー……」
自分でエコーをかけるという器用な真似をしながら、俺の前にポーズを決めて落ちてくる死神さん。
俺は思わず眉間をグリグリと抑える。
いたよここにも人を悩ませる天才が。
「何の用です」
「いんやー、ちっと妙なモン見つけてな。あっちこっちで落ちてんだよ……この紙」
「神気がこもってますね。微量ながら」
「ああ。だから俺も触れたしな」
「……この形は」
朱雀院のところで見た、紙兵。その形に酷似していた。
「どるるに今夜、聞いてみましょう。この近辺で殺された妖とか、その他を」
「ああ。中堅の妖が減ると、大妖怪が飢える。そして人を襲う。あんまり減らしすぎると、その数が保たれなくなっちまう。妖を狩る時も、妖に迷惑をかけているものでないと徒党を組んで仕返ししてくるからなー」
俺はふと首をかしげる。
「死神さんにしては、やけに的確というか、実感のこもった言葉ですね」
その瞬間、死神さんが固まった。ギクッという音が聞こえてきそうなほど、わかりやすく。
「何かやったことがあるんですか?」
「い、いやー、だいぶ昔だからな。うん、ちょっこの辺で大暴れしただけ……ちょっとだけ」
俺は再度眉間を抑えて、それから高田にサインを送る。
高田は小さく俺の方に向かって頷くと、家の用事と言って外に駆け出してきた。
「何かあったのか?」
「正確には、何か起こるかもしれない、です。今から、それを確かめるために、ちょっと保健室へ」
「は?保健室……?」
俺はがらりと扉を開ける。やはりそこに養護教諭は不在で、俺は目の前にいる人物を見た。
そして、彼は知恵の輪を床いっぱいに広げたまま、フッと笑った。
「やあ。待っていたよ、君たち」
「聞きたいことが、あります」
「なんなりと」
俺は息をゆっくり吸って、それから問いをぶつける。
「これは、あなたのものですか?」
「——!!……違う。違うが、うちの一族のものだね。そうか……もう、実行しなければならないんだね」
彼が諦めを載せた笑みをたたえて、苦しげに、溜息を吐き出した。その体は、背もたれのあるキャスター付きの椅子に沈み込んだ。
「そうか。——仕方がないね」
全然仕方がないなんて、顔じゃない。
お前、今、ろくでもねぇこと考えてるんじゃねぇのか?
そう言って、その澄ました顔をぶん殴って、襟首掴んで揺さぶってやろうかと若干イラっとする。
その態度が表に出ていたのか、彼は視線を避けるように、目をそらしてちょっと膝を揺すった。
「ふふ、仕方がないな。夜行君。僕は、君に手紙を出すとしよう」
「……おいお前まさか、」
「ああ、勘違いしないでくれ。——君と戦いたいんだよ、夜行 仁義君」
その答えに、どうして俺の周りはこう脳筋ばっかりなんだと頭を抱えた。
お読みくださり、ありがとうございました。