死神と陰陽師ですか?
顔治りました。
鼻水は出っぱなし。
「おふぁよ……」
「お、お、おはよう、ございます……」
俺がビクつきながら挨拶を返せば、なぜかニヤッと笑われる。どるると死神さんは生温かい視線を投げてくる。
「チッ……まあ、別にいいです。傷はどうですか?」
「ん?あー、ここのガーゼだけ替えとくから、手伝ってくれ」
俺は手を伸ばして、その顔に触れて消毒液をつけたガーゼを貼り替える。
「……こう言う時はなんで普通なんだ」
「何がですか?」
「いや、何でもねー。それより、お前の方は何もねーの?」
「ありません。……そ、そろそろ支度をしなければいけないので……失礼しますっ」
台所に駆け込んで、弁当を詰めて行く。
今日ははんぺんにチーズを挟んで焼き色をつけたもの、それからアボガドとクリームチーズ、それに玉ねぎをみじん切りにしたものを入れたアボガドペーストを塗り、生ハムとレタスを挟んだバゲットサンド。
そして、鶏ひき肉と筍、長ネギをさっと炒めて塩コショウだけを振った炒め物。
「うわー、今日はなんか一段と美味そうだな」
「……つまみ食い禁止ですよ」
「いって!?」
パァンッと音が響き、俺をジト目で睨む死神さん。
「あんまりしつこいと体の中に手ェ突っ込んでかき回しますよ」
「……ぞわぞわするからやめてくれ」
「分かればいいです。朝ごはんももうすぐできますから、ちょっとは落ち着いてくださいよ」
いつも通り、いつもより騒がしい朝がやってきた。
学校に到着すると、すぐに高田のことを心配した友人らが寄ってきて、その傷についてあれこれと聞いていたが、高田に「こんなかすり傷どうってことねーだろ」とあっけからんと返されて、言葉を失っていた。
「いや、それだってどう見ても……殴られた傷だろ?」
「決闘したから当然じゃねーか」
「け、決闘……」
俺は普通に正常な思考回路だった。危ない、毒されかけている。普通にドン引きしてOKだったんだ。
それに問題の解決方法も、脳筋だ。死神さんと気が合うんじゃねぇかなんて密かに思っている。
「それに、あいつの蹴りも拳も重いこと重いこと……はっきり言って兄ちゃんのなんか軽かったわ」
「待て。それ普通に喧嘩慣れしてるお前に勝ったってことか……?」
「ん?あー……あれ?そういえば、勝敗は最後うやむやになっちまったな。まあ、いっか!」
その点に関しては同意だ。
昨日の時点で、高田と勝負をつける気は失せている。むしろ、高田を御使として鍛える方が先だろう。
まず御使になる方法、それから武器と戦い方の扱い……死神さんに共同で一撃入れるというのも面白そうだ。
「うやむやに?なんで」
「うむ。夜行がキレて、俺が言葉の暴力で止めた」
その答えに俺は思わず眉間を抑えて、そのまま突っ伏す。
確かに間違ってねえ。間違ってねえが故に突っ込みづらい。
言葉の暴力ではあったが……暴力というよりは衝撃だった。
「ってなわけで、多分実質的には俺は負けてたはずだ」
「お前が負けるって……相当かよ」
「夜行って何者だよ」
日夜妖から逃げるために筋トレをしている男子高校生ですが何か?
最近はこの中に新米死神というフレーズが加わる。
「そういえば、お前修学旅行行けんの?」
「無理そうなら、俺らビデオ撮ってきてやろうか?」
「あ、いや、その……今、親戚ん家で面倒見てもらってて……えと、行くのは、できるぞ」
「え?まじかよ。じゃあ、今度遊びに行ってもいい?」
「バカよせ!お前、良く考えて言えよ。——どうして親戚ン家にいるのか、考えろ」
本当に、高田は友人に恵まれている。
だからこそ、そういう気遣いをされて、高田は真っ直ぐに生きてこられたのだろう。
「あ、あはは……ま、まあ、今はそれなりに楽しいです……よ?」
「それならいいんだけどよ。——あ、じゃあ昨日の夜のバラエティ見た?めっちゃ面白かったんだよ!」
ああ、いいなあ。
こうして平和に毎日が過ぎていけば——。
「お兄様」
「クソが」
そんなわけないですよねはあ。
俺はそちらを見て、大仰に溜息を吐いた。
「暴力はよろしくありません。夜中に男女で密会するのも、外聞がよろしくないと思います」
「別に俺がどこで何をしようとあなた方には関係ないでしょう?だいたいそのお兄様と呼ぶのはやめていただきたい。俺と、あなたが、まるで兄妹のように聞こえる」
「……ひどい。お兄様に会いたいと思っていたのは私だけだったみたいです」
悲しそうに顔を曇らせて、彼女はよろりと下がった。それを見て、慌てて女子の一人が立ち上がる。ティーンの憧れだかなんだか知らねぇが、ナチュラルクズだな本当。今も他の人から見えないように笑ってるし。
「なんてこと言うの!?」
「お前は、忘れているみたいだから、言っておくけれど」
その頭をぐっと引き寄せて囁く。
「俺があんたとその取り巻きにしたこと、忘れたんですか?」
「——っ!」
ショックを受けて、へたり込むのを生徒の一人が抱え込む。
「夜行くん!」
「健忘症になるには、早いと思いますよ」
精一杯の嫌味を囁き、俺はくすりと笑った。
しばらくして、異母妹は早退した。
俺は周囲からの厳しい視線に晒されたまま、授業を受けていた。しかし、さすがにぼんやりしていたらしい。
気が抜けた、というのが正しいだろう。
体育の時間、俺は負傷した。
うっかり、ファウルで飛んできた打球を、素手で叩き落としたのが原因だ。先生がすぐさますっ飛んできて、俺を保健室へ行くようにと言った。
やらかしたのは承知の上だ。ぼんやりしていたから、つい反射で叩き落としてしまった。
傷はなかった、というよりなくなったのだが、実際何かしらないとおかしいので、保健室に向かった。
「失礼します……」
先生がいない。
そこにいたのは、一人で碁盤の石と将棋の駒を対局制で動かしている生徒だった。
切れそうな相貌だ。鋭い、そういう言葉が似合う男。抜き身の刃のような印象を与える。
手首からはいくつも数珠が見えていて、護符でも持っているのか、胸の中からわずかに光が透けて見える。
生徒だから少年というべきだが、くたびれた感じのあるその顔には、なかなか少年とは言いづらい疲れが見える。
ブラック企業に勤めている20後半の男が、制服に袖を通しているような印象だ。
「こんにちは。初めまして、僕は朱雀院陸塞と言う。君の名は?」
「教えません」
「ふ、名乗ったのにひどいじゃないか?……まあ、構わないよ。一つ聞きたい。これを天狗に渡したのは、君かい?」
真円の結晶。虹色の光。
ギクリとして、思わず問い返していた。
「なぜ、それが」
「ああ、俺が殺したからね」
殺したのか。
そうか、アオギリは殺されてしまったのか。
いや、実際のところ、そうするべきだったのかもしれない。
おそらくあのままでは、いつか人を見境なく食らっていた。俺が死神だとわかる前も、食われそうになったのだから。
そうなれば俺が始末することにはなっていただろう。遅いか早いかの違い。ただそれだけのことだ。
落ち着きを取り戻し、背筋を伸ばす。
改めて相手を観察すると、ふと、手首の数珠の一つが目に飛び込んで来た。
五角形の石に彫られた、六芒星の形。
——陰陽師か!
驚きに一瞬目を見開きかけるが、無理矢理気持ちを落ち着かせる。たとえ妖をかばうそぶりを見せたら、どうなるかわからない。周囲にまで被害が及ぶとしたら、恐ろしい。
人間にまで、俺は気を使わなくちゃいけないのか?
いや、そうならないように、そうしないために力を手にしたはずだ。現に、弱い妖は俺を避け始めている。
答えを間違えなければ、こいつは敵にはならないはずだ。
「……質問に答えます。俺がそれを渡したのは、別の妖を殺すために、情報を乞いました」
「……そうか。君は取り乱さないのだね」
「陰陽師を前にして、そうおいそれと妖に協力的なのは褒められないと知っています。それに、話の通じる相手とそうでないものの区別くらいはわかります。おそらくそれを渡さねば、彼は空腹に負けて、俺を食べかねなかったので」
「そうか。君は、妖とも取引をすることがあるか。……むやみと狩るのは、やめておこうかな?ただ君の力量は、気になるね」
パチリと将棋の駒が動かされて、その服の中で、じゃらりと数珠の音が鳴る。
「ああそうそう、僕と同じで、君も吉凶混合の運命のようだからね。逆転するチャンスと、転落の落とし穴が両方ある人生だ。気軽に行くと……死ぬ」
「気軽でない人生なんてありませんよ」
俺が出て行こうとすると、包帯と湿布薬を投げられる。
「怪我をしてきたんだろう?使うといい。怪我をしても、していなくても、もう治っていたとしても……ね」
このぶんだと、怪我をしていないのはモロバレだったようだ。俺は受け取ったそれを手に巻きつけて、指を積んである紙に向けた。
「……問診票は、代わりに記入しておいてください。右手を怪我して、書けなかったと」
「ああ。じゃあ、またいつかね、異なる存在くん」
異なる存在か。
教室に戻って、結局軽い打撲だったと嘘をつき、湿布を貼ればいいと言っておいた。
妖、死神、陰陽師。
なんだか、嫌な予感が心の中を占めていた。
お読みくださり、ありがとうございました。
朱雀院くんの名前は適当に決めました。本当に。
キャラデザから入るタチなので、あんまり名前は決めません。書いているその場でしっくり来たものに決めます。




