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死神は喧嘩しますか?

大喧嘩。

「どういうことだよ」

「何がですか?」

「とぼけんなよ。坂町さんからも、園原さんからも聞いた。お前のやってること全部」


俺はゆっくりと高田の方へと顔を向ける。全く動かない表情筋に、少したじろいだのか口をつぐむ。


「俺はお前の役に最低限立ってるつもりだったんだ。お前の指示通りに動いたし、お前には感謝はしてるからな」

「それで?」

「だから、お前が俺を利用しているんじゃなくて、俺を守ってばかりいるのに腹が立った。すごく」


この言い様だとばれまくっていると思って当然だ。ただ、園原さんか。もしかしなくても、ソノちゃんさんだよな。しかもあのちびっ子、迂闊な発言は控えてたはずなのにどうしてそう勘がいいんだクソッタレ。

呑気に構えてる場合じゃねぇ。これをどうにかしなきゃいけない。


まず高田が、俺の役に立っていないと答えているが、それは大いなる勘違いだ。俺は少なくとも過去の俺を慰められるような気でいるし、俺は少なくとも高田がいるから救われている節もある。

高田はそれをただ守られていると感じるだけだが、それは俺のわがままなのだ。


ただ、これを素直に伝えることはできない。ここまでようやく突き放して生活できていたのだ。頑張って作った距離感は、頑張って保ってしまわねばならない。


「……俺は別に高田を守っていると感じたことはありませんね。死神のことを聞いたならなおさら」

「どういうことだよ」

「俺がすくい上げた命をどう使おうと、俺の勝手でしょう?俺は普段の収穫を高田に期待していませんが、その神気を魂ごと回収すれば、高田はとても有用です」

「——っ!?」

「言ったでしょう?俺がわかる場所に必ずいさせて、そして戦いの場所にも連れて行くと。俺は餌を太らせるのは嫌いではないですが、すでに太った餌に戦い方を教えるほどバカではありませんよ」


突き放してしまうことで、こいつの信用度が下がろうと、守れる立ち位置に不自然でなく存在できればそれでいい。

俺の欲は、歪んでいると自分でも思う。

過去の自分への後悔と、懺悔。そこから成り立った、異常な自己犠牲。

どうとでも言え。俺は、少なくとも俺だけには、恥じない生き方だと胸を張って言える。


「ですから、黙って俺に守られていればいいんですよ。はっきり言って、そんな根拠の薄い言に惑わされるなんて、乙女ですね」

ニヤリと笑っていえば、頰に突然熱さが走る。じんわりと痛みが遅れてやってくる。

平手打ちって存外いい音が響くんだなと、他人事のように思う。


「……ふ、ざけ……んな」

「ふざけているなんて、そんなことありませんよ。俺はただ、自分の役に立ちそうなものをうまく手中に収めて、それを欲深い他人から守っているだけに過ぎませんよ?期待なんて、するだけ無駄なことです」

「っ、」

あからさまに傷ついた顔をして、高田は立ち上がって家から飛び出して行く。


「……いいのか?」

「よくないです。死神さん追いかけてください」

「はぁ……つくづくお前ってやつはアホというか何というか。普通に教えてやりゃあいいだろ。力を欲してたんだし、力を欲しがるなら与えてやりゃあいいだろ?」

「俺のわがままであることは承知の上です」

「じゃあお前がついていけよ。俺は知らねー、あのガキの面倒見るためにてめーのとこにいんじゃねぇんだよ。お前があのガキを御使にすれば別だが、その気もねーんだろ?ざけんじゃねーぞクズ」


もっともなことを言われているとわかっている。俺はゆっくり立ち上がり、それからベランダに出た。そこから飛び降りて、周囲の様子を探査する。


「……まだそう遠くはないか」

俺はその神気を追いかけて、空を走る。

その背中が見えた時店で、俺はほっと溜息をついて、笑みを漏らした。


「高田……」

ギクリとその動きが止まった。

「誰かいるのか……?」

「え?」


俺はとっさに物陰に隠れる。

見えないはずだ。見えないはず。


俺が電柱の陰から姿をあらわすと、その猫のような眼が、驚きに見開かれた。

「や、夜行……?なんで、ここにいるんだよ!?」

「……え?見えているんですか?」

「何を惚けたこと言ってんだこのクソ野郎!しかも顔晒しっぱなしじゃねーか!?」


思わず眉間にシワがより、俺はゆっくりともみほぐす。

大混乱中の思考を何とか整理しようとするが、考えがまとまらない。

「どういうことかって、ぁあっ!」

その高田の手が、綺麗に俺をすり抜ける。


「……見えないんじゃ、なかったんですか?」

「最近、何となく見えるようになって、」

「そんな」

愕然とする。何か過剰接触した覚えは全くないし、触れることも少なかった。唯一していたことといえば飯を作ってやったくらいで——。


気づいた。

気づいて、しまった。


『お前の飯は、神気がこもってるから食えんだよ』

そう死神さんが言っていたのを思い出す。

「嘘だ……そんな、そんなバカなこと」

「ど、どうしたんだよ……おい、夜行」

毎日俺の手料理を食って、神気が注がれたことになってしまっているとしたら。


まずい(・・・)


今までの苦労が、水の泡だ。


「……どうすればいい」

考えても考えても、答えは出ない。疑問がぐるぐると脳みそをかき混ぜて、自分の脳神経がまともに機能していない気がする。

「どうすれば、いいなんて……お前、そんなの、簡単じゃねーか」


その言葉に、高田の顔を見つめる。

「かん、たん……?」

その細い腕をすっと俺に差し伸べる。決意を秘めた瞳が、俺に強い眼差しを送る。


「一緒に戦えと、言えばいい。お前の後ろでなく、横にいろと言えばいい」

横に、いろ。


「ダメだ」

考えるより前に、言葉が漏れる。

「何でだ」

まるで何を言われたかわからないという顔で、高田が驚く。

お前はダメだ。絶対に、南の二の舞は、作りたくない。友人なんて、無理だ。

高田には死んでほしくない。


「理由を言え。わからねーだろ」

こいつのために俺は一生を犠牲にしたっていい。だけど、一緒に戦えなんて、俺には言えない。

南を死なせた俺に、そんなことを言える資格はない。


「わかれよっ……」

「無茶すぎんだろ!?」

「お前を見てるとな!!ムカつくんだよ!!」

「はあ!?」

「どうして俺に関わろうとするんだよこのクソボケ!!お前こっちに来ることの重みをわかってねーだろ!?ふっざけんな、俺がどれだけ苦労してお前を遠ざけてきたかわかんねーのか!?どうして平穏を捨てるんだよ!!大人しくダチと駄弁って安穏と暮らしてろよ!!意味わかんねーんだよ!」


わけのわからないことを叫びながら、肩で息をし終えると、高田は思わぬものを見たような顔で驚いていた。

「……そういうことですので」

「待て!」

「何ですか?」

苦い顔で振り向けば、一歩距離を詰められて、どきりとする。


「お前、俺が戦う覚悟もなくこうしてるとか、本気で思ってるワケ」

「は?」

「俺は傷ついても、抗いたい。力だって、欲しい」

真摯な視線に、その本気さを思い知ってしまった。けれど、俺はこいつを戦わせたくない。わがままだ。

俺の欲望は、思ったよりもえぐくて、醜い。

「高田の意思なんて関係ありません。俺の単なるわがままです」

「開き直ってんじゃねーよ」


高田はぎりっと奥歯を噛みしめる。

「お前には、感謝してる。けど、それとこれとは違う。俺は戦いたいと思ってる。お前は気に病む必要は、」

「ある。あるからこそ、忠告をしてるんですよ。高田こそ、俺のことなんて気に病む必要ないでしょう」


互いの視線が交錯して、俺たちは睨み合う。


「……家出してやる」

「勝手にすればいいでしょう」


こうして、俺は初めて、誰かと喧嘩をした。







「……うー……」

「だーっはっはっは、オメーバカじゃね?食事出してるのそういうことかと思ってたら違うのかよ!!」

ひいこら笑っている頭をとりあえずべちっと叩いておく。

「そんなペチペチペチペチ叩くなっての。俺の頭は早押しボタンじゃねーよ!」

「違うんですか?」

「ちげーよ!」

いつもより辛辣に当たると、ぺいっと手を払いのけられる。


「それで、お前はそれでよかったのか?」

「問題ありません。高田にはどるるをこっそり」

「過保護か」

あれだって、凶悪なものが寄り付きにくくなるだけで、うまくいかない。仮にあいつがどこかに行くとして、候補となるのは、多分坂町姉妹の家か、園原、もといソノちゃんさんの家。


「どるるに任せておけば、かなりの確率で心配はいりませんよ」

「おめーだってわかってんだろ。もうこうなっちゃ、後には退けねえことくらい」

「……わかってますよ。わかってますけど、俺としてはですね……」

「そうかい。じゃ、この件はこれで考えるのをやめようぜ。お前には、今から倒して欲しいやつがいるんだよ」


バッサリぶった切られて、話題が転換された。

「倒して欲しい?」

「ああ。牛鬼(うしおに)だ。頭が牛、体が蜘蛛の鬼で、女に化けて人を喰らうだとか、女を利用して人を食うとか言われている奴な」

実際は女に化けて精を抜くが、ぶっちゃけそいつは魂を食ってしまうらしい。


魂消(たまげ)たなんて言うが、それとはちっと違うんだなー。何と……そいつを殺すと、その魂は、もともとの持ち主の元へと帰って行くんだぜ?」

ニヤリ、と笑ってみせる。おそらくは俺がうじうじと思い悩んでいた態度を見て、話を提案したらしい。


強敵の方が、思い悩みを忘れられるからだろう。


「わかりました。それで、そいつはどこに?」

「歌舞伎町に出るらしい」

「……えーと。少しいいですか?」

「なんだー?」

「死神さん、もしかして俺に、そこを夜に出歩いて探せとか言わないですよね……」

「は?当然だろ?お前酔ってんの?」

「俺は 未 成 年 です。それにしても、そこを歩いて探さなきゃいけないんですか……」

「うん?お前なぁ……結構アホだろ。そう言うとこの裏の街、要するに妖たちの裏歌舞伎町に行くんだよ」


あっけからんとそう言われた言葉に、俺はあんぐりと口を開けた。

「死神さん普通に俺たちが行って問題ないんですか!?その、間引く方の死神ですよ?」

「んあ?ああ、別に問題ねーよ。そん中は殺し合い、喧嘩はOKな結構な無法地帯だ。金はこいつ」

妙にきらきらしい結晶が、死神さんのポケットから転がり出る。水晶の群生(クラスター)のような、漆黒の塊。けれど、黒いのになぜか虹色の燐光をまとっている。


「微量な神気が常に発生してるわけだが、それが徐々に結晶化して行くんだ。神やら高位の妖だと、そこそこ溜まりはいいぜ?お前も、服にポケットついてるだろ?」

「……これってそういう用途のためだったんですか」

「元々は(たもと)だったんだけどな」


ポケットはどうやら服の変遷に合わせた処置のようだ。俺は自分のポケットを開けて、中のものをつかみ出した。

「お、なかなか綺麗だな」

丸い、黒く透き通った結晶。しかし、その形はなぜか真円。

光が当たるたびにそこから虹色の光の粒がぱっぱっと散る。


「すごい、綺麗ですね」

「それぞれ形も違うんだよ。で、仮に神気がなくなったら、それを鎌で割り砕くとそのぶんの神気が回復するんだ。これを貯蓄するやつもいるが、貯蓄なんてする暇はほとんどねぇ。しかもこの類のものは、死神以外の陰陽師なんかにも大人気なんだ」

「……陰陽師、ですか。俺としては結界なんかも流用していたりしたので、存在は割と信じていましたけど……驚きますね、実在しているなんて」

「ま、早い話が早々につかっちまえ、ってことさ」


俺は力を込めて、それを握りしめた。

展開早い人尊敬する。

もうめっちゃ進みが遅いねん……ガクッ

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