死神信じますか?
二話目の投稿です。
本日もう一話投稿予定。なぜか?
……日曜だから。
死神。
魂の管理者、冥府の役人、忌み嫌われるもの。死を告げ魂を奪う。
日本でも、死をもたらす、あるいは死へと誘う者だとして存在しているという伝承はある。
話によっては、黄泉比良坂にて醜い姿を見られてしまった怒りのあまり、地上の人間を一日に千人ぶっ殺してやると愛していたはずの旦那に言った伊邪那美命が死神だという説さえある。
実際に日本で一日平均亡くなっている人の数は三千とちょっとで、昔の人の想定をだいぶ上回っているようだ。
確かに死神としてはこれ以上ないほどの信用度がある伝承だ。
伝承とは力だ。
幽霊の正体見たり枯れ尾花、そういうことわざも存在するが、基本的に伝承は人が知り、語り、恐れることで、ある程度の真実味を持つ。
つまり、枯れ尾花と分かるまでは、幽霊は幽霊でしかない。
そして、そういう思念が集まれば、それは枯れ尾花以上の存在へと昇華し、実際に幽霊となることもある。
人間の勘違い、噂、思念——そういう非物質的なものは目に見えぬ形でエネルギーを持っていると俺は考えている。
そして俺は都市伝説やら怪談を考えた人間を恨む。
なにせ、作った当人は見えずに、俺にはしっかり存在して見えるのだ。全く腹立たしいことこの上ない。メリーさんの流行った時は、友達もいないのに着信件数が異様だったし、何度音楽室で飛び出してくるベートーベンに驚かされたことか。美術室では石膏像が踊りだし(注 一般人には見えていない)、腹筋に多大なる試練を課せられた。
しかも見えていないふりをしなければ、延々と絡まれるのだ。鬱陶しいことこの上ない。
そんなわけで今日も俺の視界は絶好調にカオスである。誰かが戯れに書いたキラキラする魔法陣とかおどろおどろしい瘴気が溜まったような気配も融合し、神社やお寺の結界なんてものも相まって、色々としっちゃかめっちゃかなのだ。
いっそキラキラするかおどろおどろしくなるかの二択であってほしい。
さて、色々並べ立てては見たが、結局死神は多分騙りだろう。なんてったって死神だ。鎌もなければ黒い布を頭からかぶったガイコツというわけでもない(あれは創作だが)。
いくつか疑問点はあれど、俺は自称死神さんが死神だと信じられないのだ。
まず、根拠が薄い。俺の料理を食べていたのだって、もしかしたら気合を出せば食べられる幽霊だっている……かもしれない。
さっきも奴が言った通り、俺が作り手だからという理由かもしれない。それも本当か嘘か微妙だが。
部屋に入ってきたのも、今の段階では悪意がないからどるるの能力に引っかからなかった可能性だってある。
なおかつ、死神の名にふさわしく人殺しのような真似をするのであれば、やりたいと名乗りをあげるはずもない。
そして、なんといっても、怪しすぎる。
死神だと言われて、コスプレをしているかバンドをやっているかとしか思えない奴にそんなことを言われても、信用できるか?答えは否、だ。
ぶっちゃけ生前に死神を名乗っていたバンドマンというのが俺の中での最有力候補。
次点が中二病だ。
ってな考察を、お昼間際ににつらつら重ねながら、なんとか間に合った幸せを噛み締めて授業を受け終わる。
お昼ご飯を食べるべく向かった先は、鬱蒼とした藪の中のわずかながらひらけた小さな場所。ここまで踏み込む人間も滅多にいない。虫やなんやといっぱいいるからだ。
ここでどるると一緒にのんびりまったり飯を食うのが日課でもある。
俺は弁当をカパッと開ける。うん、今日もまあまあだ。もぐもぐと口を動かしながら、煮物が煮詰まりすぎてしょっぱいだのなんだのと心の中で少し文句を言いつつ、どるると分け合う。
少し胡椒がきつかったのか、どうやらどるるの口にインゲンのベーコン巻きは合わなかったようだ。
「る!るー……」
そんな風に文句を言われてしまった。俺の味覚よりもだいぶ繊細だが、信用はできる。
ケサランパサランが白粉を食べるというのは本当のことだが、白粉を食べると彼らは酔っ払うようだ。市販の白粉は缶ビールなどの安価なもので、高級になるにつれてウイスキーやら何やらの高級なお酒のようになるそうだ。
どるるは下戸らしいが、美味しい白粉は好きだと言う。
「はぁー……ごちそうさまでした」
木にもたれかかり、ゆっくりと玄米茶を口にする。玄米茶美味い。お茶の中では玄米茶が最高だと思う。
「それにしても……死神、ね」
ポツリと、今朝のことを思い返しながらため息まじりに呟くと、もたれかかった木からガサッという音がした。
「よっばれて飛び出て死神デス!!」
「うっわあああああああ!?」
上から黒い物体が落ちて来て、にかっと笑う。幽霊が木を触れること、そして手を使ってこんな速度で後ずされることを初めて知った。心臓がばくばく言っているのを聴きながら、自称死神さんであることを確認するとため息を吐く。
「……呼んでないので、頭の上から降ってこないでください」
「あはははは、晴れ時々死神……みたいなー?」
「天気予報士だって予測不可能じゃないですか」
「上から来るぞ!ってのやってみたかったんだよ。お前ホント表情筋が仕事してねーから、あんまおもしろくねぇ」
「じゃあ金輪際しないでください」
「やだね」
無茶苦茶な男は、地面に降り立つ。そして右手を胸に当ててお辞儀をしながら、大仰にもう一方の手を差し出した。
「改めまして、夜行仁義。俺は死神だ。よろしくな」
よろしく?
俺は少し苛立ちを覚える。なんのために俺が苦労を重ねて人間と関わりを持たないように一年近く頑張ってきたと思ってる。
お前らのせいだぞ分かってんのか、と襟首をつかんで揺すぶりたい。物理的に不可能だが。
「よろしくしません。何もかもが痛々しいので、人として付き合いたくないです」
「人格ごと!?」
「わかったら帰ってください」
「まーまー、話だけでもさ。ね?」
「どこの悪徳セールスですか。押し売りにもほどがあるでしょう」
「まあ話だけでも聞いてけよ。な?」
「しつこ「今なら特典で色々とつけるから!」
「そろs「なあ話聞いてくれよー」
「い「ちょっとだけでいいから!な?」
そして十分後。俺が根負けし、結局はこいつの思い通りである。
しっつこいなこいつ。俺が口を開こうとした瞬間から話を聞けとごり押ししてきやがった。フライングにもほどがある。
「まあ、まず死神って言っても、生きてる人間を殺すわけじゃねえ。死んだ人間を送る。そして、生きてる人間に影響を与えないように凶悪な妖を間引く、それがお仕事だな」
……妖を倒せる?無手で?ないない。ありえない。思わず眉を寄せるが、一応最後まで聞くべく続きを促す。
「それで、どう関係が?」
「お前は、妖だけが見えると思ってんだろうが、実際は違う。お前は俺のような神に近い者も見えている。普通は見ることさえできないそれを」
いや待て。神に近いって……大丈夫か?やっぱり精神病院案件じゃないか?
ここで息を吸って、死神さんは俺をまっすぐに見つめる。その目には、真剣さが宿っていて、茶々を入れられなくなる。
「夜行仁義、お前は死神になれる。その素質がある。お前だって、触ることすら出来ない、戦うことすらできない奴らから逃げ回るのにうんざりしてるはずだ……そうだろ?」
それはそうだ。妖を見たことを口に出せば他人からは忌み嫌われ、親しかったものを殺したこの力が鬱陶しくないわけはない。
だからこそ、俺は否定する。
そんな虫のいい話があってたまるか、と。
「だから、お前も死神に」
「やりませんよ」
瞬間、こいついきなり何言ってんだという顔をした死神さんが、俺に向かって前のめりになる。
「は?何で。せっかく力が手に入るんだぞ?」
「……やりません」
「なんでだよ!やろうぜ死神」
これまでに俺がどれほど苦しんで来たのか知らないんだろうが、そんな口から出まかせの妄想じみたことを言われて、はいそうですかと頷ける奴がいると思うのか?
その優しい嘘に一時溺れ、その後嘘だと知って地獄を見るくらいなら、最初から溺れずに現実と向き合う方がまだましだ。
「死神はいいぞ?妖だって一撃で倒せるし、なんてったって、それに煩わされることもない。な、死神やろうぜ」
「しつこいですね。やらないと言っているでしょう」
ここでようやく、俺が本気でやらないと言っているのがわかったのか、声のトーンが下がる。
「どうしてそんなに嫌がるんだよ」
「信用できないからです」
「ハァ!?妖を倒せる以上になんのメリットが欲しいんだよ。欲張りか?」
「あなたが本当に死神なのか、そして俺が妖を倒せるようになるかどうかが最も怪しいと主張してるんです。わからない人だ」
俺は死神さんを睨む。話の通じない苛立ちと、若干の嫌悪を込めて。
死神さんも俺を睨む。駄々をこねる子供に向ける呆れを込めて。
しばしの末に先に目を逸らしたのは、死神さんの方だった。
「……そうだな。そうホイホイと信じるわきゃあねえよな」
彼は視線をさ迷わせながら、頭をガリガリと掻いた。息を吐いては、「どうすっかな」と言いながらしばらく悩んで、ようやく結論に達したのか、俺の方をまっすぐ見た。
「じゃあ、信じてくれなくったっていい。お前に死神になる方法を教えてやる。死神にもしなれたら、お前に稽古だってつけてやる。だから……頼む。死神にならないか?」
——なんだそれは。
俺は言葉の意味を咀嚼して、あまりの理解不能さに首をかしげる。
さっきまでの言葉が本当だとすれば、全くもって死神さんにメリットらしいメリットはないじゃないか。
もしくは、それ以外の強烈なデメリットがあるか、もしくはこの自称死神が凄まじいメリットを得るかだが、どうも真意がよくわからない。
一体俺にどうしろというんだ。
「……そんなことしても、あなたにはメリットはないでしょう?」
「な、ないわけじゃねーが、そのな、お前が死神になった時点でそれはなんつーか……そ、その」
俺が少々うにゃうにゃした物言いにカチンと来たのが伝わったのか、体をピクッとすくませる死神さん。
メリットがあるなら、とっとと吐いてもらう。同時に俺のデメリットも吐かせて、断る口実を作ってやる。
そう決意をして、さらに睨みつける目に力を込めると、観念したように口を開いた。
「……うぅっ、す、数百年ぼっちだったから話し相手がほしかったんだって!!」
数百年。
数百年ぼっちだっから。
……話し相手がほしかったと。
「……そんな理由で」
「く、くだらなくねぇかんな!?少なくともプリンに醤油かけてウニとかやる奴くらいくだらないわけじゃねーよ!!」
くだらないことには変わりないし、比べるのも無意味だと思う。というか俺くだらないとは言ってないんだが。
だが、まあ。
一人の時間の冷たさはよく知っているから。
そんな頼みを、無下にはできなかった。
「……わかりました、わかりましたよ……」
だから感情を覆い隠すように、頭をくしゃくしゃにして溜息を押し殺すように俯く。
決して、俺が気兼ねもせず一人ではなくなれる方法かもしれないことを見つけたから、笑っていると悟られないように。
俺は大事なものを何一つ作らない努力をしてきた。友人、恋人、すべてを切り捨てて、人間関係を捨て去る努力をしてきた。
今の俺には、大事なものを作る権利などない。いつもこの力にそう言われている気がして。
でも、もし仮に、本当だとしたら?
勝てない勝負はしたくないが、今、この瞬間、こいつの誘いに乗ることで、俺の世界が変えられるかもしれない。
分のない賭けだとわかっている。
けれど、一人は寂しい。
だから俺はあんたにほんのちょっぴり、そう、ほんのちょっぴりだけ、期待してみよう。
本当に死神であるのだったら、俺が大切なものを作れるようにしてくれるかもしれない。妄言かもしれない。幽霊であれば、この後すぐに彼は消滅することになるだろうし。
だから、「ほんのちょっぴり」だ。
ほんのわずかな期待を、あんたに賭けてみようじゃねぇか。
「その話、受けてあげなくもないですよ」
「……ってマジで!?今の話の成分のどのへんで決意したわけ!?」
「さあ?」
俺は唇に薄く笑みを浮かべて、ニヤリと笑った。
ただし、期待はしてもまだ信用はできない。あくまでそれら二つはベツモノだ。
だから、今から証明してもらおう。
あんたが死神であるということを。
お読みいただき、ありがとうございました。