死神は中立ですか?
新しい死神。
私が割と好きな二人組。
「それでは!野郎ども……文化祭について!色々と決めたいと思います」
「おおおおおおお!」
なんだかんだ言って、このクラスはノリがいい。現時点の天気は雨、明後日は晴れそうだが現時点の洗濯物は部屋干しだ。季節はすでに、梅雨真っ盛りだ。
なかなか晴れる日を狙っても、それ以外の用事が出てきて干せなかったことが多かった。
しかし、今は高田が家事をほんの少し分担してくれているので、かなり楽になっている。
ただ洗濯物を洗って干すだけだが。
俺としてはそれだけでも大助かりなので、特にそれ以上求めていないのだが、本人が気にしているようで掃除をするかどうかと聞いてきた。俺としてはものを他人に動かされるとどこにあるかわからなくなるので、そこはお断りしている。
ずっと掃除だけはしていたが、物の配置を全く動かしていない母親の部屋を梅雨の前に空けて、高田に明け渡した。
彼女に貸すことには多分文句も言わないだろう。
ただ、もともと入れていた荷物に関しては、ウォークインクローゼットにしまい込んだ。
「それでは採決を取りたいと思いまーす。えーと、冥土カフェがいい人!」
待て。その冥土ってなんだ。しかも意外とあがってる手が多い。俺が聞き流しているうちに何があった。
「じゃあ、バケモノ屋敷 〜オネエ風味を添えて〜 がいい人」
これもそこそこ数がいる。でも、冥土カフェと違って、なんとなく伝わる。これはあれだ。暗いところでオネエに絡まれる感じだ。
……ちょっといっぺん殴られろ発案者。
「じゃあ、的(笑)当てがいい人」
その(笑)部分がすげえ気になるんだが?
ノリが暴発してど偉いことになってるぞ。ちょっと本気で考えてくれ。
「……うーん、バケモノ屋敷と冥土カフェが同数か?挙手していない人は……」
「夜行お前、手ェ挙げてねーだろ」
俺の方を見ていたのか、高田がじろっと睨んでくる。そんなことを言われても、話を聞いていなかったから選びようがない。
しかも全ての選択肢が地雷に見えるのは俺だけか?
「……では権利を高田にパスしましょう。俺はその当日は休みと考えているので」
「ん?あれ?待て。お前文化祭は出ないとダメだろ。俺は冥土カフェに入れたから、もう一票冥土カフェな」
正論に俺は机に突っ伏したまま、調理担当のところで高田に宇宙人よろしく手をもがれそうな勢いで、挙げられる。
冥土に入れたのか。なんだ冥土カフェって。
今日の俺がどうしてこんなにやる気がないか。
簡単なことだ。死神さんとの訓練で、神経を使いまくって疲れ切っているからだ。
肉体的には問題がないものの精神的にはズタボロだ。
逆さまになったまま飛んだりして平衡感覚を掴み、死神さんの連撃をひたすら避け続けることをし、鎌を振り回してみたり、鎖部分を自在に動かすために努力してみたり。
あいつスパルタ過ぎ。
「……いつか、倒す」
ぼそりと呟いた声が、周囲の数人に聞こえたようで、びくりと肩を揺らした。高田は「またかこいつ」という目で見てきたが、別にどうでもいい。
気づけばその時間は終了していて、帰りの会も始まっていた。連絡事項を革張りの手帳に記載すると、挨拶が終了すると同時に外に向かう。
「ひ・と・よ・し〜ん!よぅ」
教室の扉の外には、死神さんが立って、お茶目なポーズを決めてウインクしていた。
いつもと同じくうざい。ここに反応するとまた面倒なので、スルーを決め込み無言で携帯電話を取り出すと、表面をタップして話し始めた。
「なんですか」
「からくり人形。人魚の血を飲まされたやつ」
「……それって、殺れるんですか?」
「ん?前例はねーけど、人魚殺せたしいけるだろ」
やってたのかよ。
人魚。
人魚の肉や血を飲むと不老不死となるという伝承があり、現代でもその伝承は存在している。
正確に言えば、それを信じ、語り伝える人間がいる限り、彼らは不滅に違いない。
ただ、それは死神のように妖気(便宜上妖怪の神気をそう呼ぶことにする)を吸収する存在に遭った場合、普通に殺される。
妖気によって成り立っている伝承は、妖気を失えば消えるからだという。
今回見つけたのは、古物商が店の奥にしまっていたものを引っ張り出して起こし、人形にやられた古物商が死んでいるのを見つけたからだという。
「じゃなきゃ見つけられなかったんですか」
「まあな。普通見えないものを見ようとしてもわかんねーだろ?」
「つまりごくごく偶然だったと。……死体がある場所に行くんですか」
やだなー、とひとりごちながら校門のところまで行く。そして、物陰の中に入ると、転身をして、それから死神さんの案内する通り入っていくと、一軒の古びた古物商があった。
「ここ、ですか?」
「覗いてみ」
ジメッとした梅雨の空気だけではない何かが、そっと俺に恐怖感を与えるが、気をしっかりと引き締めると中へと歩みを進める。
「……あっ」
喉笛を噛み千切られたような、そんな死体に俺は思わず声をあげる。
「早く探さないと」
ふと、違和感を覚えて、俺は後ろを向く。
「その必要はネェな」
泰然自若とした、大自然のような神気の持ち主が、そこに立っていた。手にはバラバラになった何かのかけらを持っている。それを突き出して、床に撒いた。それが地面に触れると同時に、塵に変じる。
首には襞襟——シャンプーハットのような襟——を着て、燕尾服とシルクハットをぴっちり着こなしている。白い手袋をはめた手が、ハットを抑えてニヤリと笑う。
目尻には薄く紅が引かれていて、眉毛はない。真っ赤な髪のみが、人目をひく。
あと小さい。145cmくらいか?
そしてその隣に立っているのは、膝丈のフリルだらけのドレスを着た……カボチャだ。
オレンジ色のカボチャを被って、箒を持った女性が立っている。
しかしそれ以上に表現しようがない。カボチャが目を引き過ぎて、俺の理解力と語彙力が噛み合わなくなっている。
「んあ?ルタじゃねーの」
「ヨゥ。元気そうじゃネェか?はっはっは」
「……なんでいんだよ」
「アァ、ちょっと変なもん見っけたからなァ、ぶっ壊しておいたゼ」
「……ニギに経験積ませようと思ってたのに」
「そういやそこのそれ、なんなんだァ?」
俺は指をさされて、視線を右にずらすがその先でカボチャと目があって左にずらした。
ハロウィン仕様に顔が刻まれたカボチャは、じいっと俺を見つめる。はっきり言って怖い。
「これ、ニギ。イットイズ俺の弟子」
「はあ!?弟子!?お前に弟子が取れるカァ!超・感覚派のお前ガ!」
片言のまま、全力でガーッと突っ込むルタ。
というかなんでああも微妙な喋り方なんだ。
でも死神さんってやっぱり教えるのに向いてないんだな。俺の認識が間違ってなくて本当によかった。
最近あまりに死神さんがすごいから、ちょっと俺が間違ってんじゃねーかとか思ってたよ。
「死神さん……あの神様は、知り合いなんですか?その……ヤツカさんとはかなり、態度が違いますが」
「ああ、あいつは特殊な奴だよ。言ったろ?——愉しむためにこの葦原の中つ国に降りてきている神がいる、って。髪もホラ、赤かったりして俺とは違うだろ?持ち物は鎌だけどさ」
死神さんの目がきゅうっと細められる。
「あいつは猿田彦大神)、通称ルタだ。俺らん中じゃ、バランサーってとこだな。何もかもを否定しないが、どちらかに天秤が傾きそうになれば、その天秤にわずかに力を加えてくれる」
「……要するに、害のあるなしで判断してるんですね?」
「人間にな。そこそこの被害は許すが、それをただ食い物にするような死神は、潰す。ま、手当たり次第に御使にしているやつは殺すが、だいたいの平均に収まってりゃ口は出さねえってなとこだな」
バランサー、か。
「オマエ、もしかしてソイツと同じく探査の仕方……わかんネェんじゃねーカ?」
俺はそらしていた顔をばっとそちらに向ける。ニヤ、とその人を小馬鹿にした笑みをたたえたままの顔がさらに歪んだ。
「やっぱなー。俺はよくわからんが本能的にできるから、こっちのソノちゃんに聞きナ」
かぼちゃが一歩前に進み出た。
カボチャか。
カボチャ……なんだかハロウィンっぽい二人組だ。
「初めまして」
その外見に似合わない、はっきりとした声が聞こえた。
「初めまして、ニギです。ソノさんと呼べばいいですか?」
「いえ。ソノちゃんとお呼びください」
「……ソノちゃんさん?」
「はい。それでコツですが」
それでいいのかよ、と突っ込みながら、俺は話を一言も漏らさずに聞く。
コツは、自分を中心に神気を薄く広げていくこと。害意のあるなしはわからないが、動いているか動いていないかくらい判明するらしい。
「……難しいですね」
「私も数十回練習して、ようやく感覚がつかめましたから」
「なーんだそういうことかよ。よし、早速練習してみようぜ、ニギ」
「……肩を思い切り掴まないでくださいよ。死神さんの馬鹿力で掴まれたら千切れちゃうじゃないですか」
「そこまでじゃないから!お前俺をなんだと思ってんの!?」
「死神さん」
「確かにそうだが!」
しばらくやっては見たが、薄ぼんやりと、半径1メートル以内の死神さんやそのほかの気配がわかるだけだ。
「……これはなんとまあ」
「結構簡単だな、ニギ」
「……はぁ……死神さんはいいですねーバカで」
「は!?お前いつもながらひでーな!?」
「いつもより甘めだと思いますけど」
「……俺泣いていい?」
「面倒臭いのでやめてもらえます?」
「理由が案外ひどい!?」
そんなやりとりをしながら、もう一度感覚をつかむためにやってみる。やはり、神気の扱い方は難しい。
一個の流れに集中すると、別の流れが乱れてしまう。全体に程よく気を配っていなければならない。
体の中はそこそこの気を配ればできるようになったが、これはあちこちに広げることが必要だから、非常にやりにくい。
広げたら広げたで、うっかり転身が解けてしまいそうだ。しかし、転身を解いてやると唐突に転身しそうになるという不安定な状態。
「単独での練習がいりますね、これは」
「ニギさんもそう思われますか」
「ソノ……ちゃんさんも、最初はそうだったんですか?」
「はい。今はだいぶ慣れて来ました。真面目にやれば、凡人でも数十回でできると思いますよ?そちらの方は少しおかしいかと思われます」
「二人とも冷静に俺に対して辛辣じゃねぇか!?」
軽く毒を吐かれて、死神さんがツッコミを入れるもそれは二人でスルー。
「ありがとうございます。早速試してみます」
「でも、私よりニギさんは才能おありかと思いますよ。なにせ、『ルタ様の存在』に気づいていたのですから」
「……え」
ルタの目が、俺を試すようなものに変わった。死神さんが俺をチラッと見て、「そうなのか」と聞く。
「誰かの気配が、したんですけど、それだけですよ」
「……だそうだ、ルタ。お前の思う通りのやつじゃねえ、戦いの才能もあんまりない」
「そりゃオメーから見りゃあ誰でも無才だゼ?俺から見りゃ、そこそこ持ってる奴ダ。少なくとも、俺のソノちゃんよりゃあナ」
今更ながら、相手が俺たちに接触して来た意味を考える。
死神さんの神気をたどって来たんじゃない。俺がいたから、接触をして来たんだ。
知らない死神。
それがどこに属するかを、見極めに。
そうだ、この死神は、バランサー。
その瞬間、反射で鎌を出現させ、思わず構える。同時にソノちゃんが、その箒をバッと俺に向けた。
ピリピリした空気の中、会話は進む。
「処分はさせねーぞ」
「バカ言え。オマエ一人で天秤がつり合ってたんダゾ?この男を加えちゃバランスが崩れるンダ」
「うるせえ。よくわかんねーけどな!こいつはやらせねえ、その綺麗な目玉引っこ抜くぞアホ猿」
「……ンダトォ?」
「やんのかコラァ!?」
あまりの脱線具合につい、俺は思わず死神さんの背中を思い切りどついた。
——膝で。
「うわったぁ!?」
「えっ?ナニこれ?ソノちゃん」
「まあ……任せておけばいいのではないですか?」
俺は息を大きく吸った。
「いい加減にしてくださいよ、二人とも。だいたい何なんですか?死神さんのことがすごいだなんてあり得ません。死神さんは力が強いだけの策謀のないバカです。罠なんて張り放題で、食いしん坊で、力任せのバカです。第一、あんたに俺は殺せませんよ」
鼻でフン、と笑う。
「アァ?どういうイミだよ」
「俺が転身を解いてしまえば、あんたに俺は殺せない」
ぽかんとルタは口を開けて、その顔のまま死神さんに視線を移す。
「……オイオイオイオイマジかよ?」
「……マジだよ」
「あのババアがめっちゃ怒るゾ?人間を死神にしたなんてヨ」
「うるっせーな、ぐちゃぐちゃと。こちとら半分は覚悟してんだよクソッタレ!」
ルタの三白眼が、さらに鋭くなる。
「半分は、か。随分と……本気なんだナ?」
「ああ」
じっとにらみ合いが続き、すわ戦いかと思われた時、ふっと空気が緩んだ。
「しゃあねーナ……俺からは黙っといてヤレるからヨ?少年、あんたも災難だったナ」
肩をポンポンと叩かれ、妙に優しい顔をされる。突然のことに、非常に不安になって来た。同情される何かがあるということだ。
「……死神さん、あの、俺が死神になったことってもしかしてすごくまずかったり……?」
「……てへ」
コツンとグーで頭を叩いて、ウインクと舌ぺろを同時にやる。
「望み通り冥府に送って差し上げますよ?」
「待て!?そっちじゃない!禁忌ではねーから大丈夫だから!せいぜい俺が師匠からびっちり絞りあげられるだけだから!一戦交えて多分神気が半分持ってかれるってだけだからー!」
「……なんだ、そうですか?じゃあ、俺のぶんもそのお師匠様に頼んでおきますね」
「怒りが解消されたわけじゃないんだな!?」
ぬおお、と叫びながら地面をローリング。そのままウチに上がってくんじゃねーぞ。汚いから。
「まあ、そういうワケなら、俺特に構わねーヨ?やれねーのヲわざわざ殺すシュミはねぇんダ」
「あ、そうですか……」
「ま、そっちの男が殺されたラ俺がお前に付いてやるよ。生きてれバ、条件次第にするけどナ」
「はい。わかりました」
軽く手を振り、その場を飛び去っていく。死神さんはあーとかうーとか言いながら、地面に大の字になって、寝っ転がっていた。
「死神さんが負けるなんて、俺には想像すらできませんが」
ポツリと呟いた。
お読みいただき、ありがとうございました。




