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死神を呪いますか? 後編

死神さんがつよい。

そして相変わらず、欲求の程度が低い主人公。

俺たちが田村の家に迷わずとはいかなくとも割と早々に到着できたのは、そのアパートの部屋から妙な煙にも見える黒い虫の雲が形成されていたからである。

というか、アパートの周辺にいくつも虫が寄り集まって、キモくなっている。


さながら誘蛾灯にたかる虫のようで、今からあそこの中に突っ込まねばならないかと思うと、全身が痒くなる。


「なんか、見てるだけでかゆい」

「奇遇ですね。俺もです」

「あれ目とか口とか入ってきたら、きっと俺死にたくなる」

げんなりした表情の死神さんの背中を、肘でどつきながら俺は顔をしかめた。


「なんのために神気で体覆ってると思ってるんですか?その辺り重点的に覆えば問題ないでしょう。あと、死神さんはもう死んでます。問題はありません」

「あーそれもそうだな。第一俺らの神気以上じゃねーと、多分体内に入ろうとした時点で消滅するわ」


俺はふわりと飛び上がり、その黒雲の中に突っ込んだ。視界が遮られ、鬱陶しいことこの上ない。加えて、羽音がキモい。

蚊のモスキート音の凄まじさが身をもって感じられる。


「来んな!!んぎゃっ、ぺっぺっぺぇ!」

死神さんが半狂乱になっている。俺もそうなりたいが、とっとと呪いを解いてやらねば、田村が危険だ。

ぶつぶつでてくる鳥肌を努めて無視して奥に進んでいくと、部屋の窓がようやく見えた。


その中にするりと入り込んで中をじっと見ようとすると、中の大きな甲虫が、キチキチと音を立てた。大百足(おおむかで)も一匹いる。そして、床一面に虫、虫、虫……。

ああ、気持ち良くなさそうな絨毯だなと現実逃避したくなる。


ワイド・ブリム・ソフトハットのおじさんの映画を思い出した。


「うわぁああああ、なんかうぞうぞしてるうううう!きっも、キモいわー!」

「体払ってないで、さっさとこっちに来てください。本、探しついでにこいつらも殺しますよ」

「うぇーい。……あれ?なんでお前が音頭取ってるん?俺師匠じゃね?」

「死神さんが役に立ってないからじゃないですかっ!?」


振り下ろされたムカデの体を避けて、飛び退(しさ)りながら死神さんに文句を言う。

「はいはい。……じゃ、こいつらと、外全部の虫殺せばいいわけね?」

その瞬間、空気の粘度が10倍くらいに増したような気がした。


「ちっと一匹ずつ殺す余裕もねーんでな。……やらしてもらうぜ」

「死神さん……?何を、」

その鎌が、ぐねっとうねって見えるほどに、神気が密度を増して、バチバチと音を立てて、そこらじゅうで唸った。

耳鳴りがひどい。あっという間に飲まれそうな、濁流のような神気に、俺は足を踏ん張る。

踏ん張るというよりは、空中でなんとか堪えたという方が正しいが、俺は死神さんの格好が一変するのを見た。


その革のコートが深緑へと変化して、黄金(きん)の縁取りが陽光に反射して見える。

一瞬、いつも隠れて見えない右目が、その前髪がふわっと舞い上がって見えた。

血のような、真紅の目が妖しい光を湛えたまま、口がニヤリと笑った。


「よく見とけ。ま、ほんの軽くだが……こいつが、神威(しんい)だ」


言葉が紡がれる。

「偽りは誠となれ。真理は我が下に降れ。超越せし魂の名——を以って命ず」


——滅却せよ。


その瞬間、空気の爆発音が俺の全身を引っ叩いた。そして、灼けるような熱量と共に、何もかもが灼ける。

その余波でさえ死んでしまいそうだと思うような時間が過ぎた後に、俺は無理やり目を開ける。


「今のは、対象と範囲を指定したからそう神気を消費したりなんかはしなかったが、俺の神威はこれ、『理破り』だ。こいつはちと厄介な性質はあるが、まあそこそこに強力で面倒なシロモノでな、大概の死神は嫌がるんだよ。ああいう風に鎌で斬り伏すのがめんどくさい、数がいっぱいいる広範囲の相手とかだと結構使うんだぜ」


理破り、か。名前から推測するに、自分では実際に実現不可能なことを、神気を代償に支払うことで実現可能にするというタイプ、だと予想できる。

その代わりに、制約とは自分が実現可能な事象であった場合には、能力自体発動しない……ってな感じだろうか?

あくまで予想だが、そう間違ったもんじゃないと思う。


「今のを、俺も?」

「ああ、俺とは全く違うと思うけどな。三つのタイプがあって、一つは単に己を強化するタイプ。力が強くなるってやつな?一つは、俺のように制約があるが、特殊な能力を使えるタイプ。……で、最後の一つが……」

「一つが?」


「師匠の説明では理解できなかった」

「いっぺん力一杯殴られてみたら思い出すんじゃないでしょうか?ちょっとやってみましょうよ。試しに百発くらい……」

「やめて!暴力変態エッチー!きゃあー性獣よー!」

「……じゃ、まずは放置プレイから行きましょうか?今日の夕飯からで、一年ほど」

「お前の外道さに割とドン引きだよ!?」


ふと、背後に何か感じて、俺は鎌を振るった。

鎖の部分に、本が当たる。


すぐさま、思い出した。自分たちが何をしに来たのかを。

田村が呪い返し以上の何かにあったから、彼のために古書を始末しに来たということを、今さっきの衝撃ですっかり忘れていた。


「って五限始まってんじゃねーか!?」

「あれ?なんで俺を蹴るんだよニギぃいいいいいいぃ……」

本はどうやらさっきので当てられてまともに動けないようで、フラフラ飛んでいたが、俺に掴まれて、びくんと動いた。


体温も何もない紙が動くなんて新鮮だよ。

今日はまともに教科書見れなくなったじゃねえかどうしてくれる。

ま、授業終わってるけどね!


「ふざけんな」

ページが破けるような悲鳴が手元上がって、鎌が煌めいた。

その後死神さんがこっちをみながらドン引きしていた。







「おい。夜行、お前五限サボっただろ。どうしてなんだ?」

「高田には関係のないことですけど?」

「……ハァ、もういいよ」


ふと、背後に人の気配を感じて振り返る。ちょうど肩を叩こうとしていたのか、指先が目の前にあった。

俺は目に刺さらないよう一歩下がって、その顔をまじまじと見た。

田村か。


彼は何かを言いたげな表情で、片手の松葉杖の手を握ったり開いたりしていた。確か、そっちが虫に変じていた手の方だった気がする。

田村が快方に向かってくれて何よりだが、膝にはヒビが入っていて、部活は今のところ休んでいると言う。


なんだか、俺が呪われたとはいえ、若干気がひける。が、謝ることはできない。

一般的には俺のせいで起こった怪我ではなく、俺のせいでも全くないと思えるような怪我だからだ。これで「俺のせいだ」と謝ったら、確実に「あたまおかしいひと」になれる。


「あ、夜行。その……あん時は、色々と」

「何かあったんですか?」

しらばっくれるとよくわからない声を立てながら、それでもまだ食い下がってくる。

「あ、あの本、もう無くなってて、もしかしたらお前が——」


「なんのことです?」

「えっ?俺がお前を呪って、そしたら俺が酷い目にあったから、その呪いの本を……」

「呪いですって?はっ、バカバカしい。夢でもみていたんじゃないですか?なんのことだかさっぱりわからないですね」


すっぱりと言い切れば、彼は苦笑いした。

「そうか。色々と、悪かった」

「いいえ、別に」


ぬるりと天井から黒い物体がぶら下がるように出現する。死神さんだ。

「もうちょっとまともに降りて来てください」

「えー?いいじゃんいいじゃんカタいこと言うなって!」

「天井下がりと間違えて斬る所だったじゃないですか」

「……善処します」

両手を挙げて慈悲を願うポーズに、俺は眉間に寄ったシワを指でもみほぐす。


「お前、アレでよかったわけ?」

「構いません。いつもと何も変わらないだけです」

「……そうか。ならいいんだけどな。今お前の周りにいるやつは、割と不服だってこと忘れんなよ」

「……わかってますよ」


高田は、あの夜が明けてからずっと、機嫌が悪いままだ。俺のせいだとはわかっている。でも、俺が守れると言い切れるほど、俺は強くなっていない。


せめて神威を使えるようになれば。

そうすれば、高田と普通に話をすることもできるかもしれない。きっと、友達にだって、なれるかもしれない。

俺は右手をぎゅっと握りしめた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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