死神とおまじないですか?
ブクマが一件増えました。
じわってるじわってる。
梅雨が明ける前の土砂降りのある日、俺は教室に残って勉強をしていた。
なんということもない、ただ家にいると戦いたくって仕方がなくなる。死神さんがひっきりなしに誘うのもあるが、なかなかあれはあれでストレス解消になる。
そして、悪いことに高田が俺にあれ以来構いまくるようになってきた。正直、めげなくて扱いづらい。
この間妖についてネットで調べていた時には、後ろから覗き込んできてあれやこれや呟いていた。ひたすら無視を続けていたら、雨の中放置された猫のような顔になって洗濯物を回しに行った。
かわいそうではあるが、俺としてもどうしようもないことなのでこればかりは放置するしかない。
で、己の家なのに居心地が悪くて、出てきたというわけである。
はあしんどい。
教室の中は、俺がいようといまいと関係なくなってきている。
ふと、数IIBを解いている時に、背後の声が聞こえた。
「チャーリーゲーム?」
「そ。鉛筆二本置いて、イエスとノー書いた紙に乗せて、こうするの」
チャーリーゲーム。
ルーツは不明だが、あちこちで話題になっているメキシコの悪魔を呼び出すとか言われるものだ。
海外で人気になったそのゲームだが、メキシコにそういう悪魔がいるという伝承はないようで、どこで生まれたかは全くわからないらしい。
"Charlie Charlie, are you there? "
そう尋ねて、チャーリーを呼び出し、質問をする。
そして、終わりにしたいときはこう言う。
"Charlie Charlie, can we stop? "
イエスかノーで答えが返ってくる。
実にシンプル故に流行り、そしてそれがコックリさんの流行ったこの日本においてもブームになった。
という顛末。十円玉と違って動きやすいという点では、誰でも怪奇現象を確認できるから流行った気もする。
海外では、これを禁止した学校もあるらしい。
三次関数の微分を半分作業的にしながら、そこまでを思い浮かべて溜息を吐き出す。
まずい気がするな。
宿題は、後は家でやればいいだろう。俺は伸びをしてから立ち上がった。
後ろからはしゃいだ声が聞こえる。
「チャーリー、チャーリー、アーユーゼア?」
瞬間。
空間が切り替わった。
何もかもが同じ風景でありながら、一切雨の音がしない。
「えっ、なに、これ……」
思わず窓の外に駆け寄り、覗く。
塗りつぶされたような、漆黒。
「え、冗談でしょ!?」
「嘘だろ……なんだよこれ!?」
冗談半分で悪魔なんか召喚するんじゃねーよ。お前ら馬鹿か……と言いたいが、あれを止めなかった俺にも多少責任はある。
「っ、見て!?」
空中に外から持ってきたような、真っ黒い何かが球形に集まって、赤く光る目が二つ、オレンジ色に光る口が三日月型に裂けた。
" What do you want to know? "
よく響く聖職者のような、朗々とした声。不安感を拭い去るような、親身に悩みを聞くような声。俺はこっそり、手を握りしめる。
「あ、あの、日本語でもいいですか!?」
『……OK、心配ないですよ。さあ、何か聞きたいことは?』
「何も、ありません。帰ってください」
俺が言うと、視線がこちらに集まった。その顔のどれもが、「何を言ってるんだ」という顔をしていた。
あたかも、これが異常な事態であることに誰もが気づいていないかのように。
そこで気づいた。
さっきの声だ。
声をもって強制的に催眠効果をもたせている。俺の神気には劣る量だが、それでも俺は幾ばくかの安心感を感じた。
まだ、これでも、弱い。その事実に歯嚙みをした。
「野郎」
『さあ、何が聞きたい?なんだって答えよう。さあ』
「じゃあ、私の彼氏について、浮気はしていないですか?最近、変なんです!」
「馬鹿よせ、耳を貸すな!?」
その制止の声は、届かなかった。
『ああ、彼は——君のプレゼントを買いに行こうとして、そのお金をバイトで稼いでるみたいだね』
「そう……なんだぁ……あれえ?」
その体が崩れ落ち、オレンジ色の笑みが深くなった。
『さあなんでも聞きなさい。私はなんでも答えよう』
誘うような言葉に、一瞬意識が遠のく。俺は手を動かして、机の上にあった筆箱を手に取り、そしてカッターを引っ張り出した。
「っく、……シィッ!!」
痛みで頭がはっきりする。ぼんやりしている場合じゃない。今あいつらが正気でないなら、ぱっぱと転身すればよかったんだ。
俺は身体中に神気を纏わせた。その瞬間、あちこちのつながりが見える。そして、魂がその黒い靄の中に飲み込まれているのが、見えた。
『おや。正気に戻っているみたいだね』
「不都合だろうが我慢してくださいね。地獄に行くまで」
振り回した鎌が、その靄を裂いた。しかし、手応えの一切がない。
「どういうことです……!?」
『私はね、チャアアアアリイイイイなんだよ。悪魔がそう簡単には殺されるわけ、ないだろ?』
ケタケタ笑いながら、靄は左右に動く。そして、その一切の攻撃が通用しない靄が、動く。
『んんばああああああっ』
「ぅがっ!?」
椅子が空中に跳ね上がり、俺の顎をクリーンヒットした。
『けーっひゃっひゃ、あーーー気持ちいいっ』
俺の頭の血管が、怒りでぶちいっと何本か切れたらような気がした。
「上等じゃあないですか……表出ろやあぁん!?」
『うら、うらうらっ。さあさあさあああああ!どんどん、僕に聞きなさい!!チャアアアアリイイイイはなんでも答えよう!!』
俺はチャーリーを通りすぎて壁に刺さった鎌を、鎖一つを引っ張ってこっちにやる。気づかねば刺さる。
その十日がオートでなく、攻撃を認識することにより透過できるのであれば、やりようはあるはずだ。
「喰らえええっ!!」
こちらからも、注意を引くように叫びながら突っ込んで行く。が、そのいずれも当たらない。俺は奴の体を通り過ぎて、そのまま壁に叩きつけられていた。
「どういう、ことだよ」
『君は、悪魔には、勝てないんだよ!このチャアアアアリイイイイ様にはねええ!ほら、また一つ……質問がありましたよ』
「坂町みずなさんは、俺のこと好きですか!?」
「よりによってあのキツイ方かよ!?」
そう叫びながら俺が靄に攻撃しながら答えるのを止めようと頑張っているが、止まらない。
『君のことすら彼女は知らないよ』
「そ、んな……」
哀れな。
ただ、わかった。あいつの靄は本来じゃない。
プロジェクターが本体を持ち、幻影を映し出すように、奴の本体も必ずこの部屋のどこかにあるはずだ。
「チッ、マジふざけんな」
悪態をつきながら、吹っ飛ばされた先の机の瓦礫から、立ち上がる。
なんだかんだ言って、俺の体が今ボロボロになっているのは、この部屋の中にあるもの全てがやばいということだ。周囲を相手の神気に囲まれている。
「クッソ、こういう時に、探査の一つも使えりゃ苦労しねぇってのに」
うぅ、と唸りながら、口の中に溜まった血をぺっと床に吐き出す。
さて、じゃあチャーリーゲームのことについて、もう一度思い出してみようか。
背中に机がとんできたのを鎌で無理やり切り裂く。
チャーリー、チャーリー、そこにいるのと呼び出し。
チャーリー、チャーリー、帰ってくださいますか、と帰ってくれるかを聞く。
そうでない場合はどうするんだったか。
椅子と花瓶が同時に飛んできて、鎖をピンと張って押し返し、瓦礫の山に積む。
だめだ。思い出せない。
そういえば、コックリさんも同じようにしたな。
確か、コックリさんの場合は、コックリさんコックリさんおかえりくださいと言って……その後、紙を48に破く……。
あ。
思い出した。
帰ってくれない場合は……
「チャーリーチャーリー、ゴーアウェイッ!!」
そう言って、紙を破く!!
『気づいちゃった?——させねえええええよぉお!』
そこにいた数人が、ざっと紙の前に並ぶ。
「うっわ!?肉盾とかきたねーぞお前!?」
『悪魔だしぃ?』
「っるせー!!」
丁寧に蹴りを入れてなぎ倒し、鎌を振りかぶる。
『おおおおおおっとおおおお!?コレがどうなっても、いいのかなー?』
そこにあったのは、二つの魂。
さっきの抜いた魂だ。
「くぅ……マジ汚い。腹黒。陰険野郎。最低、気持ち悪い」
『なんか心をえぐられるように悪口を言うね君は』
「なんかよくわからないモヤのくせに」
『もうちょっとなんかあるんじゃないの!?』
「……チッ、悪魔のくせに……なかなかいいツッコミをするじゃないですか……」
『それ今褒めるところかな?緊張感ってものをジャパニーズって持ってないよね』
「そんな……照れますね」
『褒めてないよ!!』
その手が緩んだ。
「すいませんね。俺、結構陰険なんですよ」
俺の手には、二つの魂が握られていた。無論、その黒い靄の手から戻ると、魂が自然に体の方へと吸い込まれて行く。
『あああああああああああ!?せっかくの俺の魂を!?よくもテメェ……!!』
「油断はね。する方が悪いんです……攻撃に集中して、本体の守りをおろそかにする奴も、ね」
鎌を振りかぶったままの体勢だったの忘れてただろ、こいつ。
そして、一気に振り下ろした。無論、神気も込めて重みを増やして。
『うぎっ……い、いた、いいいいいたああああいい!?いやだっ、いや消えたくねええええよおおおおおおっ、た、たすけっ、へいいいいひいいい!!』
最後はあっけなく悲鳴をあげて、その瞬間教室の中には元の空間が戻り、俺も強制的に元の体に戻っていた。壊した机なんかも、もともと悪魔が構成した空間に移動させられていたから、全くの無事であった。
ただ、時間のみがすぎている。
——最終下校時刻過ぎてませんかね。
俺はさっさか荷物をまとめて、立ち上がった。そこで、後ろにいた集団が、騒ぎ出した。それに巻き込まれないように、後は教室を抜け出すだけである。
おまじないは、本当に大変だった。
お読みいただき、ありがとうございました。




