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死神は殺しますか?

本日三話目。

お間違えのなきようお願いします。

振り返って、俺は思わず叫び声を上げそうになった。

昼休みにあれだけ言い争った坂町の姉の方が、学校帰りなのか荷物を手にぎゅっと握り締めたまま、俺たちを睨みつけている。


「あーあーあー、しゃあねぇな。ニギ、お前は早くそいつを斬っちまえ。俺はこいつを殺さねえように半殺しにしておくからよ」

空気がぞわりと重圧を帯びたようにねっとりと重たくなり、その中心点から光をも跳ね返さない大鎌が出現する。


相対する彼女は、手を開いて荷物を落とし、ふわりと軽やかな神気を放出して転身した。

ほとんど真っ白なフリルとレースのついたワンピース、そしてその可愛らしさに似合わぬ白い背丈ほどの大剣。顔の横に垂らしてある髪の束が、白く色が抜け胸元まで長く伸びている。

彼女がぐっと力を込めた瞬間、死神さんが鎌を操り、それを大きく構える。


俺は息をゆっくり吐き出した。

「……すまぬな。騒がせた」

「いえ」

「待ちなさいよっ!!」

背後でぎぃん、という金属がぶつかり合った重たい音がして、ヤツカの眉の間がわずかに狭くなった。


「いいんですか……?」

「ああ。我は死ぬべきだ。我を許すことは、我はできぬ。たとえ、あの子が我を許そうと、な」

キリキリと胸が痛む。背後から悲鳴のような制止の声が、聞こえてくるから。


「やめて!!やめなさいよッ!!一体ヤツカがなにをしたって言うのよ!?——そこを、どいて!!」

だがもう俺は決めてしまった。


決めてしまったんだよ。


ギミックが動き、鎌の刃が180度に開く。慣性に従って落ちていく刃に、ぐっと力を込めて振り下ろす。

どんなに言い逃れしようとそこに自分の殺意が介在していたと主張するために。


生々しい肉を斬り断つ感触が手に伝わり、骨ががつりと手に反動を与える。しかし、刃は止まらない。反動を越えて、さらに別の肉を裂いていく。

全てがスローモーションで流れていくように、どこかテレビの中の光景や、自分ではない他人の目を通して見ているようなものに感じた。俺の手が動き斬った時、顔にはねた血でようやく現実だと思い出す。


その真っ白な口がかぱりと開いて、そこからごぼりと血が湧き出してくる。

俺はきっと今、とんでもなく冷徹な顔をしているだろう。


「ゴホッ……」

「いやああああああああああっ!!」

俺はよろめくようにして、三歩後ずさる。ビシャビシャ、と血が土に零れ落ちていく。

抵抗なく倒れる体。

「嘘っ、嘘っ、嘘だ……嘘だ」

彼女は死神さんから解放されて、新聞紙の上に倒れこんだその体にすがりつく。白いワンピースに血液が染み込んでいく。


「ヤツカ……?」

「わ……れは、ぬしに、酷な事を……した。我が罪は……これ、で、償われる……」

「罪?罪なんてそんなものないよ……ヤツカは今までになかったものを教えてくれて、力をくれたじゃない……罪なんて、一つも犯してなんかないっ!!」

「それこそ……我の罪だ」

「そんな」

「ぬしは、優しい……な」


己の血でぬらついた手で彼女の頰をするりと撫でて、その手が力尽き、土の上に叩きつけられたと同時に、数多の光の粒が舞い散った。


その瞬間、何もかもが消えて、八束水臣津野命(ヤツカミズオミツノノミコト)は、消滅した。

「……ぁ、あ……ヤツカ……?どこなの?ねえ!!ヤツカ!?」

悲痛な叫びと嗚咽が聞こえてきて、思わずシャツの胸元をぎゅっと握り締める。

「殺しの処女卒業、おめでとう。……帰るぞ、ニギ」

「あ、……はい」

俺も自分の声が頼りなげに聞こえて、足元がおぼつかなく感じた。死神さんは何か言いたげだが、何も言わない。それがひどくもどかしくて、そして悲しい。


「——待ちなさいよ」

そんな昏い声に、俺と死神さんは振り返る。

ぎゅっとワンピースの裾を掴んで、彼女は涙を流しながら怒りを湛えた相貌をこちらへ向ける。

「どうして、ヤツカが死ななきゃいけなかったのよ。ヤツカを返して!」

「——あぁん?」

「ヤツカはなにも悪いことしてないじゃない!」


そんな叫びに、死神さんは呆れたようにため息を漏らした。

「お前さ。ヤツカが今まで見たことないものを見せてくれた、力をくれたとかほざいてっけどさ?見たことないものを見たせいで何かを失ったとかは考えたことあるのか?力は短期間で消滅するが、その眼だけは、いくらどうしたって元には戻らねぇんだぞ?」

「死神さん!?……」

そんなこと聞いてないぞと睨めば、倍以上に睨まれて口をつぐむ。視線で死ぬかと思った。


「そんなこと、ないわ。絶対……」

口ではそう言いながら、どこか考えを巡らせているような顔で、俺は彼女を見つめる。

「……よぉく考えな。ニギがその死神を殺さなきゃ、テメェは魂を歪められて人じゃなくなったかもしれねぇんだからな」


そう言って、彼はふわりと浮き上がった。

「さてと。……帰るぞー、仁義」

「あ」

考え込んでいた彼女の顔が、ふっとこちらを向いた。気が緩んだのか何なのか知らないが、今お前何つった。

「ひとよし……?」

俺は死神さんの手を引っ張って、全速力で飛び始めた。いつもより、ずっと調子が良い。

無論、己の気分を除けば。


「……待ちなさい!?待っ……」

そんな制止の声など聞こえなかった。


……そういうことにしたい。





家にたどり着くと、高田が机に今日出た課題を広げて、寝こけていた。俺は夕飯を作ろうとキッチンに立った。

未だ、耳の奥ではわんわんとあの悲痛な叫びがこだましている。

気づけば、キャベツ半玉がみじん切りになっていた。この量をどうしようと思い、お好み焼きにしようとホットプレートを出す。


高田はお好み焼きの焼ける匂いとともに目を覚まして、俺は食欲のなさを調理の手間でごまかしながら、なんとか一枚を食べきった。


今日は死神さんが気を使って訓練は休みだ。

そんな空き時間を今までどうやって過ごしていたのかよくわからない。勉強はもう終えてあるし、課題も終わった。筋トレも一通り終えて、布団の上に転がる。

もう少し勉強をするべきか、そんな気持ちが湧いたが、今はなんだか安心が欲しかった。


気づけば眠りについていた。


夢。

「お前が、ヤツカを殺した」

「殺した」

「斬った」

「裂いた」

血でべっとりと汚れた掌が、目の前で震えている。笑顔の俺が鎌を振り下ろす。

「殺した」

「殺した」

責めるような無数の視線が、俺をじっと見つめる。恐ろしいという感覚だけが加速して、ごぼりと耳元で何かが聞こえた。


血を口から吐き出した死体が、俺の体に血を吐きかけていた。

重たく湿って、ぐったりとした体が寄りかかる。着ているものが血にまみれて、じっとりと重みを増していく。


場面が切り替わった。

鎌を振り上げている俺が、ヤツカの前に立っている。白い、どこまでも真っ白な彫像が、その眼をゆっくりと開く。

漆黒の瞳が、俺を射抜いた。


「——ハァッ、ハァッ……うっ……」

たまらず飛び起きた瞬間、胃から何かがせり上がってくるのを感じて、生理的な涙がこみ上げる。

部屋を飛び出して、トイレに駆け込むと、思い切り吐いた。


「うぇええええ、っ、ゲホッ……ハァッ……はっ……」

息を荒げて、俺は便座の前にへたり込む。指先が冷たく痺れていて、何も考えられない。

寒い。


「——マジかよ……弱っ、なっさけね……はは」

人に傷つけられるのには慣れているのに、傷つける側になってもまだ傷つき続けるのかよ。

慣れろとは言わないが、俺自身が戦い、抗うことを選んだ時点で、これは避けられないことだった。


必要なことだったんだ。


そう言い聞かせても、吐き気は止まらずになんどもえずく。

荒い息を繰り返して、胃の中身全部をひっくり返したように吐き出してようやく、気持ち悪さがおさまった。キッチンに行ってうがいと顔を洗うと、胃酸でやられた喉や鼻の奥のツンとした感覚だけが強く感じられた。


ズルズルとキッチンの中でへたり込んで、深くため息を吐く。

その瞬間、ひたりと人の気配がして、俺は振り向いた。


窓から差し込んだ月の光に包まれて、高田が立っていた。


美しかった。


初めて誰かを綺麗だと思った。


「夜行」

そのつよい眼差しで俺を射抜きながら、彼女が目の前に跪いた。

「なんで、起きてるんですか」

俺の言葉は至極どうでも良いもので、うろたえた俺にぴったりだった。

「お前が帰ってくるまで、ちょっと寝てたから、目ェ覚めたんだよ。——お前が明らかにどうにかなってるしさ」


冷静さは未だ戻らず、俺はとにかく遠ざけたい一心で言葉を発する。

「高田には、関係のないことで、知ってもどうにもならないことです」

「はあ?お前それまじで言ってんのかよ」

「マジも何も、関係ないって言ってるじゃないですか」

「っざけんなよ……!」

Tシャツの襟首をぐっと掴まれて、俺はああ、殴られるのかと思った。


次の瞬間、俺は温もりに包まれていた。


わけがわからなくて、動くことすらできなかった。

回された腕の力に、抱きしめられているのだとようやくわかった。

「根っこの問題を解決するのは、俺もわけわかんねー能力かもしれないけどさ。お前の心が傷ついてるなら、俺はなんとかしてやりたいと思うよ」

「——傷ついてなんか」

「お前それ本気なら、今度こそぶっ飛ばす」


冷たく痺れていた指先が、じんわりと温もりを持っていく。静寂に、心音と息遣いが混じって聞こえる。

罪悪感に潰されて死にそうな俺を、高田がいともたやすく掬い上げていく。


低くくぐもった笑いが、響いた。

「笑ってんなよな」

「いいや」

別に、と続けながら、俺はあの叫び声が小さくなるのを感じた。消えはしないけれど、そのぶんは俺が背負うべきものだ。

忘れてはいけないものだ。

けれど、その全てを背負うのは、違う。


俺は温かさが行き渡ったのを感じて、そっと息を吐き出す。緊張で震えたりしていない、まっすぐな息を。


「……よく、わかりました」

「何が?」

「高田が本当に女だったということですゴフッ……」

「なんだとコラもういっぺんでも言ってみろ……めっちゃ殴る」

「もう……殴って……」


二度目の眠りでは、夢は見なかった。





「夜行仁義」

「げ」

俺の口から思わず漏れた第一声には何も反応せずに、つかつかと俺の方へと歩いてきて、じいっと俺を見る。

「何の用です」

「あんただったんでしょう?昨日の」

俺が沈黙を守ると、肯定だと解釈されたようだ。


「私、あんたが嫌いよ」

「はあ?」

今更感のある言葉に疑問符をつけて返せば、荒々しい鼻息が返ってきた。

「昨日のことは、謝らないわよ。あんたがしたことは、許せることじゃないから」

俺が無言でいたのがどうやら癪に触ったのか、イライラとした気配が充満した。


ふと、それが緩んで、いやらしい笑みを浮かべた。俺の異母妹にそっくりである(褒めてはいない)。

「そうそう、なずなが休んだワケ、話しておいたほうがいいわよね?」

「なずな?」

「まだ覚えてなかったの!?私が坂町みずな!妹がなずなよ!!このスカポンタン!」


ぜえはあと肩で息をしながら俺を睨みつける。ジト目が似合うな、こいつ。


「……妹が休んだのはね……遠足の帰りのバスで、あんたに告白したんですって」

教室の空気がざわっと揺れた。俺は思わず左右を見回し、そして震える指で自分を指差した。

無言で坂町みずながコクリと頷く。すごく渋いものでも食ったような顔で。


俺はぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜて、机に突っ伏す。

「……俺熟睡してましたね」

「はああああ!?しんっじらんないホントバカじゃないの!?乙女の告白よ、起きなさいよ!」

「無茶苦茶じゃないですか」

人間の三大欲求を甘く見るなよ。


ガラガラガラ、と教室のドアが開いた気配がする。俺はちらりと視線をやって、もう一度頭を抱えて耳をふさいだ体勢に変わる。

「あれ?お姉ちゃん……夜行君と、お話して……あれえ?」

今日ばかりは休めばよかったと本気で思った瞬間だった。

お読みいただき、ありがとうございました。

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