死神の因縁ですか?
主人公の出生について、悲惨なことが出て来ます。
人により賛否両論あると思いますが、ご容赦を。
「まあ、軽くですけどね。うちの母親は、中小企業の事務職でした。たいして偉いってこともなかったんですけどね。若い頃のやんちゃがたたって実家からは絶縁されていたものの、母親なりに頑張っていたそうです。ある日突然、その会社の案内を唯一の若い女性である母親に任されたそうです。その相手が、異母妹の父親……羽々木直葉。十羽グループの御曹司ですね」
先生がぎょっとした。
銀行やなんかの名前で、地味にくっついていたり、外資系企業や飲食店にもくっついている名前であったからだろう。そりゃびっくりするはずだ。
飛ぶ鳥を落とす勢いのそんなビッグネームが、まさかこんないち高校で出るとは思うまい。
「そして、その後そのメンバーと一緒に母親はお酒の席に連れていかれて、高級な蒸留酒などを飲まされまくり、酔いつぶれた後気づけば種馬と一緒にホテルの部屋にいたそうです」
「待てーーーーい!?」
「だから言ってるじゃないですか種馬って」
カクンと先生の首がうなだれて、ちょい待ち、と言いながら左手で額を抑えて考える。
この辺りはもうすでに俺がだいぶ昔に乗り越えたことだ。
小学校に上がって二年になった頃だろうか、いじめが始まったあたりで母親が悩みながらも話してくれたことである。
残酷かもしれないが、己の出自を理由に責められているのだ。知りたい知りたくないに関わらず、必ずいつか俺は知っていたはずだ。
その当時俺もいろいろ頭を抱えたくなったけれど、それでも俺を産んでよかったという母親に俺は素直に喜べた。
そして、それ以前から「どうしてこんな学校に入れたんだ」という不満を持っていた『父親』が、見事『種馬』にクラスチェンジした瞬間でもある。
「納得はいかないが理解はした、続けてくれ」
「それで、その時に愛人にならないかと母親は言われまして、断って一発ぶん殴ってホテルを出たそうです。そして、それを忘れるように、否フラッシュバックだと思い込んでいた吐き気やなんかも我慢して働き続けていたのですが、どうもおかしいと病院に行ったら、俺を身ごもっていてすでに堕ろせなくなっていたそうです」
伊藤先生が頭を抱えた。リアルでする人は珍しいが、膝の間に顔を挟んでいる。そのポニーテールが両腕の隙間から飛び出して、左右に揺れている。首を左右に振っているのだ。
「待とうか……おかしい。おかしいぞ色々と」
「あ、ちなみにホテルの件では口止め料は支払われていたそうで、母親は種馬の秘書から示談金として受け取ったようですね。ほんとクズですよねえ」
「そんなミニ情報いらねーよ」
ところどころ茶化してなければ、やってられねぇんだよ。
「それから、なんとか自分の中で折り合いをつけて未婚の母として俺を育てることを決めて、産んだ後に男がそれを知って……はっちゃけました」
ぽかーんとした顔が実に面白いが、理解だけはしていて欲しいので話し続ける。
「……あ、ああうん。えーと?はっちゃけました?って?」
「俺を金のかかる学園に自分の結婚相手との娘と一緒に入れたんですよ……名門で学ばせた方がいい、とね」
どんよりしていると、先生が涙ぐみながら肩を叩いた。
「お前、幸せになれよ……」
「先生も早く交際相手と結婚したら良いと思います」
「…………私まだ彼氏がいるとか口を滑らしたこともないんだが?」
俺はにっこり微笑むにとどめた。
「おいコラ夜行!」
「ありがとうございます、先生。とりあえず、そういうわけでその妹とも仲が悪いんですよ」
全てを話したわけではない。しかし、俺の報復行動は、他人に話すことでもないだろう。ただ、種馬にはもっときつく報復しておけばよかったと後悔している。
「そういうわけで……ね。こいつここに転校してくるんだけど」
その一言に飲んでいたお茶を吹きそうになって、慌てて飲み干して、盛大にむせる。
「な、な、なんですって?ちょっと、よく、聞こえません、でした……よ?」
「慌てすぎだろ。しかも、私のクラスに来るってんだよ。どうする?」
俺はよろよろとソファーに崩れ込んだ。あの女が、俺の学校に来たら、俺の平穏がまずい。……無視が始まれば、平穏この上ないことになるが。
あいつには少しばかり報復をきつめにしたから、結構やばいことになる気がする。
今は確か、芸能界でやっているとか聞いていたから、芸能活動OKのうちに来たということも考えられる。
いずれにせよ、嫌すぎることこの上ない。
「また不登校になっても良いですか?」
「ダメ……と言いたいが、今の事情を聞いて迂闊にダメと言い切れん。もう決定事項らしいしな、七月はじめあたりに転校して来るって」
「死にたい」
「死ぬなアホ」
資料を指でつつっと撫ぜて、ぺちっと弾く。
そこまでカッコつけていたのに、紙がくしゃっと折れて、慌てて折れを伸ばし始める。
「ま、度が過ぎてりゃ私の方から指導を入れるし、あんたたちがどうにもならんならある程度の出席日数は覚悟しておく。もし休むなら、事情を話してくれりゃあ私からもある程度は評定に響かねえように、先生方にも頼んどくよ」
「……わかりました」
気遣いに、かなり嬉しさが募る。彼女がいなければ、今頃俺はあの部屋に篭りきりでいたままだった。
「ん、お前はよく頑張ってるよ。もっと自信を持って生きろよ」
「……っ、はい」
じんわりと沁む言葉を受け取って、弁当箱の蓋を閉めた。
教室に若干楽しい気持ちで入ったが、その瞬間俺に視線が集まる。
ああ、とうんざりする。温まっていた気分は、一瞬にして冷え切った。すごいね冷凍庫のマグロ気分が味わえるよ。
「……きたわね、夜行仁義!」
「俺は二度と会いたくない気持ちすらしますが、一体何の用です?」
「あんたのその腐った性根を叩き直してやるわ。覚悟しなさい!」
性根より、どっちかといえばガワが腐っているんだが。
「事実関係をはっきりさせずに感情のまま突っ走って迷惑をかけ続けるあなたに叩き直されるものなんて何もありませんけど?」
「う、うるさいわね!」
「だいたいスカート丈は校則違反ですし、地味な色が推奨されている装飾品ですが、そのカチューシャは赤ですよね?本当にあなたに俺が叩き直せるのか怪しいところですよ」
「うにゃああ!?」
二度とつきまとわれないために、もう少し言っておいたほうがいいかもしれないが、これ以上は面倒を引き起こすか。
正論をぶつけるだけで済めば何よりだ。
下を向いて震えていた彼女が、ガッと顔を上げて俺を睨む。
「なによ!縦にニョキニョキ伸びてるだけのデカ男!地味!モサ男!」
ひっそり後ろで身長が高い高田がショックを受けているのを視認して、俺はニヤリと悪役じみた笑いをする。
そっちが身体的特徴に走るなら、もう少しやって問題ないな。
その頭に手を置いて、力を込める。
「縮め」
「ぎゃああああああ!?なにすんのよしかも痛い!?」
「ニョキニョキ伸びないよう手助けをしているだけですが何か言いましたか?ごめんなさい聞こえませんでした」
「ストップ夜行!?」
背後から引き剥がそうと高田が肩を揺らしたため、俺は首だけ振り返る。
「なんですか?」
「痛がってるだろ、やめてやれよ」
「はあ?なんで高田なんかに指示をされなきゃいけないんですか?正直言って不愉快なんですよ。ぎゃあぎゃあ騒いで周囲をうろちょろされると」
「っい、痛っ……」
本気の声が漏れて、どきりとして手を離す。
やり過ぎてしまった。どうしよう。
そんな思考がぐるぐる頭を回る。
けれど、もう立ち止まれなくなってしまった。自分で、微妙なバランスを突き崩した。
けれど、これからあの引っ掻き回すとしか思えない異母妹が来る。
今、己で超えられない高い壁を築いておいた方がいいんじゃないか?
仮に誰かを守れるほど強くなったとして、今までに冷たい態度を取っていた人間に対して、この学校で話しかけようと思うやつなんか、いるはずない。
いっそ、高校生活では、孤立してしまえばいい。そうすれば、いじめられたとしても誰かが俺をかばわなくて済む。
高田も、俺に対して良い感情を持てなくなれば、良い。
俺は喉に力を入れて、深呼吸をした。
「だいたい、名前も知らない奴のためにどうして俺が文句を言われなきゃいけないんですか?正気の沙汰とは思えないですよ」
ざわりと教室中がざわめいた。
「え、坂町さんの名前も知らないのか……?」
「なずなちゃんかわいそう……」
「でも名前も知らないのに怒られるって」
様々な意見だが、俺の言いたいことは伝わったようだ。安心はできないが、伝わってよかった。
「し、知らない……?嘘」
「逆に聞きますけど、覚えていないと不都合がありますか?ないでしょう?」
「待て夜行それはおかしいと気づけ」
高田から入ったツッコミに、俺は鼻を大仰にフン、と鳴らした。
「おかしくありませんよ。日常的に触れている通学路で通り過ぎる店の名前全部言えますか?それと同じですよ。——もういいですか?伝わりましたか?俺も迷惑なので本気で嫌がっていることは伝わっていますか?」
まだ涙目のそいつを覗き込むように言えば、コクコクと頷かれる。
「じゃ、そういうことですから、二度と勝手な判断で俺に迷惑をかけないでください。同じことを二回説明するのは、大嫌いなんですよ」
「ぁ、……」
方向転換をして、そしてたたた、という足音が遠ざかっていく。
俺は席について、なにも起こらなかったかのように次の授業を確認して、教科書とノートを引っ張り出すと、どるるがそっと頰にふかふかの毛を寄せてきた。
教室は未だ、妙な空気感に支配されたままだった。
「おっかえりー!——見つかったぜェ、仁義!」
「はあ……っはぁ!?」
ドヤ顔の死神さんが、褒めろと俺のほっぺたを肘で突こうとするが、すかっとすり抜ける。自分の体から手が生えたりすり抜けたりしているのは非常に気持ち悪いので、やめてほしい。
「高田、ちょっと出かけてきます。どるるを置いていくので、出かけたりせずにおとなしくそこにいてください。いいですね?」
「お、おう」
俺はベランダで死神になると、窓から飛び出た。平行に移動するだけならなんとか動けるようになった。まだ上下の運動には慣れない。三半規管がぶっ壊れそうだ。
「あの家だな。あそこにいる」
「死神さんのことが気配でバレないんですか?」
「俺の気配?デカ過ぎて中心点が追えねーんだよ」
「あいも変わらずスケールがおかしいですね。……今回の相手は、誰なんです?」
死神さんが、苦そうな顔をして、無理やり顔を笑う形に歪めた。手は筋が浮き出るほど力強く握り締められている。
「八束水臣津野命……出雲国の国引き神話の神だ」
八束水臣津野命。彼は、新羅のあたりにある土地を鍬で取って引っ張ってきて、それを出雲あたりに杭で引き留めた神として知られている。
その神が、こんな場所にいるのか?
「伝承上はそうなってたが、実際国を引くんじゃなく、建国をしただけだったらしいぜ。人の感覚に近いやつではあったな……俺も、昔はよく襲われたもんだ。今は、会えば話くらいはする」
「それじゃあ、知り合いってことじゃ無いですか……」
「そうだ。けどな、処分は決定事項だ。お前は、どうする?」
斬るか斬らないか。そう尋ねられているのだとわかって、俺は震える手で武器を握り締めた。
「俺は……斬ります。御使になった人が歪め続けられるのは、俺の基準では許せない」
死神さんは頷いた。
「その基準、なくすんじゃねーぞ。……じゃあ、いくか」
「はい!」
庭の見える二階の部屋に、それはいた。
浮くこともできない彼のためにか、土を盛った新聞紙が、そこに置かれている。その上には、今にも消えそうなほどに真っ白な死神がいた。
うっかりすれば彫像と間違えそうなほどに真っ白で、俺は思わず息を呑んだ。その首がゆらりとこちらを向いて、俺はようやく我にかえる。
「誰かいるのか?」
「……よう。久しぶりだな、ヤツカ」
「その声は……お前か」
「ああ。元気そうで何よりだぜ」
「皮肉を言いにわざわざ来たわけではないだろう?——おかしな神気も横にある。ぬしは誰だ?」
「こいつは、ニギだ」
仁義をもじったのか、唐突に言われてどきりとするが、考えてみれば名前を呼ぶのはあまり褒められたことじゃない。そこから家がバレる可能性だってある。
「ニギ?ニニギは堕とされていないと記憶していたが……」
「ちげーよ。俺の弟子、人間だ。お前を斬る奴だ」
そう言った瞬間、俺の方にゆっくりとその相貌を向ける。
「……そうか。我は許されぬことをした。償いが必要なのは、分かっていたことだ」
「死を、受け入れるんですか……」
「我は我を許せぬ。しかし死神は己で己を傷つけることはできぬ。ならば、知人の弟子に罰を委ねても良かろう」
自死が許されないのも、罰の一環ということだろう。俺はゴクリと喉を鳴らして、そしてその前に立った。鎌をじゃらりと鳴らして、大きく掲げた。
「いいんですね?」
「ああ。一思いに——」
「あんたたち、そこでなにやってるのよ!!」
そんな叫び声が、背後から聞こえた。
色々と設定がツッコミどころにあふれていますが、気にしないでください。コレ、ツクリバナシ、ダイジョウブ……。
あまりにも酷い場合は感想欄にて指摘をくだされば幸いです。