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死神とアスレチックですか? 後編

なぜか主人公って不幸にしたくなるよね。うん。

幸せにはしたいけど。

今日も、二話くらい投稿するかも。

途中で水の上にある丸太の上を渡る、というアスレチックに差し掛かると、坂町他男子が断念。

高田は「やってみようぜ!」とノリノリで、俺は危なげなく渡り終えそうになった、その時だった。


『ヒトの子、ちょっと失礼するよぉ』

俺はぎょっとして目を見開き、後ろに倒れ込まされながら、上に高田が来るのをスローモーションで見ていた。


幸いにも池は浅かったため、高田は上に着ていたものが汚れただけで済んだが、俺は……頭を除き、ほとんど悲惨なことになった。

沼の中にいた水妖が、たぷたぷと笑って逃げ去って行く。俺のじっとりした視線がその後を追いかけて剣呑さを増した。


「う、うああぁ!?ごめん夜行!」

「……ぅぐ」

着替えをまるまる一式持ってきていて正解だったか、と俺は溜息をついた。

恐らく、火車は高田が引き摺り込まれかけたのを見て、俺を水に浸して高田を守ったのだろう。

癪だが、俺のお願い通りなので文句も言えない。


「はぁ、こういうことでしたか」

「え、け、怪我とかしてないか?大丈夫か?」

オロオロしているが、怪我なんてないしぶっちゃけその場合でも問題ない。

治るから。


「とりあえず、着替えるだけ着替えて来るので、昼食の場所に向かってます。あとはご勝手に」

「あ、待ってくれ夜行!」

残された三人が顔を見合わせて何か言いたげにしていたが、俺は我関せずを貫いた。


昼食場所に行ってみれば、伊藤先生が「どうしたんだっ!?」と絶叫し、そこで初めて高田に着替えがないことが発覚。俺が舌打ちをしながらTシャツを差し出せば、オロオロしながら礼を言われる。


「……はぁー……」

『んふ、んふふふ。災難じゃったなぁ、ヒトの子。んっふふふ』

「助かったことは、助かりましたけど……」

どういうつもりだと暗に含ませれば、その顔が笑みくずれた。いや、口が左右に引き裂いたように歪んだと言ったほうがいい。

怖い笑みを浮かべて、その尻尾の火がゆらっと(うごめ)いた。


『おんし、死神になったんじゃとなぁ?聞いておらぬぞぉ、んん?』

「言うほどのことでもないと思ったので」

『これ、そう邪険にするでないよぉ。まあ、ならばあの子供を守れというのも、わかったよぉ』


ふと湧いた疑問を、口に出す。

「それは、どこから聞いたんです?」

「る!」

いつの間にか抜け出していたどるるが、火車の隣でドヤ顔を決める。俺は眉間を揉んだあとに少し匂う濡れた服を手に抱えて、そのまま男子トイレを抜け出す。


『これ!待つのじゃ、全く、堪え性もないのぉ、……んふ』

そんな声が聞こえたが、その男子トイレを飛び出した瞬間に高田が少し離れたところにいるのに気づいて、動きが止まる。


「……何をしてるんですか?」

「あ、あの……これ、ちゃんと洗って返すから、ありがとう!」

俺はそれを無視して、水飲み場に歩いていく。ひな鳥のごとくついて来る高田に若干辟易としながら、Tシャツその他を応急処置的に洗う。


粘ついた藻が水に洗い流されていくのをじっと見つめている高田に、俺は若干耐えかねかける。

パンツを手にとって洗い始めた瞬間、その視線が逸れた。

……まあ、他人の下着なんてものジロジロと見るもんじゃないだろう。


ぎっちり全ての水を絞り、そのままビニールに突っ込んで口を縛ると、場を譲った。

「どうぞ」

「あ、あの、どうも」

俺は立ち去ろうとしたが、右足首を掴まれて、つんのめる。思わず振り返り、怒鳴る。

「何をするんです!」

「朝……俺、言っただろ。お前の差し金か?」


妙な気配が、と言っていた。俺は水が出ない側の石の壁に寄りかかると、伊達メガネをとって眉間を揉みほぐした。

母親譲りの色素の薄い癖っ毛が、 風に揺れる。


「そうだと言ったら、どうしますか?」

「……なんでアレは、襲ってきたりしないんだ。仮にお前が命じてるとしたら、なんでこんな……」

「命じるなんておこがましいこと、できませんよ?ただ、正当だと思える対価を持ってきて、お願いをしただけです。受けるも受けぬも妖側の意向で全てが決まるので」

「そういう話をしてんじゃねーっての。なんでこんなことをするかって、聞いてんだよ」

「なぜ、妖に自分を『守る』ように願ったのか、ですか?」


俺はわずかに首を傾げて、焦らす体を装いながら、答えを考える。

最も俺が、嫌われるための答えを。


「……どうして!」

「……高田のその力には、非常に利用価値があるので」

俺は酷薄な笑みを浮かべる。残酷に言い切って仕舞えば、こいつはきっと、信じる。

そして、妖にも、伝わる。これは俺の『道具』であると。


「利用……価値?」

「ええ。高田の、その能力が、重要なんですよ。俺にとっては」

心底嬉しそうに、笑みを浮かべながら無理やり言葉をひねり出す。

愕然とした表情に胸がずきっと痛むが、そんなことは無視しなくてはならない。今は、まだ。

「生きていなければ、その価値は無くなるのです。……喉から手が出るほど、その能力が欲しい」


「……そ、そんな」

「なんで冴えない貧乏なあんたを俺が気にするようになったか、わかんねぇとは言わせねぇぞ?」

脅しをかけるように、声に威圧を乗せて言えば、その細い喉が震えるようにひくりと上下した。

そして、俺に背を向けて、だっと駆け出す。


「……行きましたか」

『ヒトの子。お前、残酷だの』

「これからのことを考えて、わざわざそう見えるよう振る舞ったのに、バレてるんですか?もっと隠さなきゃいけないですかね、表情」

自分の顔をぐにぐにと揉みほぐしてみれば、笑いを含んだ声が帰って来た。

『んふ、いやぁ?お前の魂胆はおそらく、伝わらなかったよぉ。他の妖にもねぇ。んっふっふ』

「ならいいです」

『お前はもう少し、感情を出すことを覚えた方がいいねぇ。それにしても死神になったと……これは周りの奴等にも、伝えるべきだねぇ』


そう言い残して、ぱちりとその場から火車は消え去った。

「……どるる。どうしたらよかったと思いますか?」

「るー……」

わからないと言われて、俯く。


あっちから遠ざけて、そして俺が守るための理由。俺が悪人になりさえすれば、どうでもよくなる話。

高田はこんなことは、知らなくていい。


これまでも、これからも、そうやって生きればいい。何も知らないまま、平穏だけを享受してさえいれば。

ある意味では残酷で、俺の単なる自己満足だ。


だが、これでいい。

お前を利用する俺のことなど、嫌ってくれていい。


俺はビニール袋を片手に、膝に手を置き力を入れて、立ち上がった。

そろそろ昼飯の時間だ。






あまりにもぎゃあぎゃあうるさかった高田の静かさに、皆が訝しげに顔を見合わせてヒソヒソ話をするが、これくらいのことではもはや動じない。

普通にパクパクと昼を食べる。今日の俺の弁当、最高。


(かぶ)は少し煮過ぎたのか、箸でつかみにくくなっていたのでそこだけが惜しかった。

適当な時間で煮ると、箸でつかめるが、うまく口の中でとろけるような食感になるのだ。

どるるは美味しかったとご満悦なので、良しとしよう。


高田は、じっとりと俺を睨みながら、警戒しきった猫のようになっているが、その横には猫がちんまりと座しており、時折くぁっと口を開けてあくびをしている。

かたや警戒心が強いのに、もう片方ときたらうとうとしている猫。

シュールすぎる。


弁当の蓋を閉めると、俺はタッパーを取り出した。そして、カヌレを次々口の中に放り込む。


外はカリカリ、内側はもっちりとしている。プレーンに抹茶とココアも増やしたので、なかなか飽きがこない。しかし、それにしても量があり過ぎた。もう少し死神さんのところにおいてくればよかった。一度に三つくらいの型を使って作ったせいだ。

タッパーを閉めようとすれば、そこに手がすっと伸びてくる。


「一つくれよ!」

「……どうぞ」

「お、俺も!」

「私も欲しいなぁ」

それをじいっと見ていた高田が、警戒した猫が捕らえた獲物にそっと手を伸ばすようにして、指先でカヌレをつまむ。

すんすんと匂いを嗅いで、それから少しだけちぎって口に入れ、検分するようにもぐもぐ食べる。

慎重すぎだろ、毒味かよ。


「……うまい」

ぽそっと言った言葉に、少し安堵する。死神さんは評価基準がかなり甘いので、俺としてはどるるに頼るしかない。しかし、どるるの体では、一つなどとても食べきれないことが原因で、感想が俺とは異なったりする。


「美味しいね!夜行君のお母さんにレシピ教わりたいくらいだよ」

そんな言葉に、一瞬動揺する。

母親。

カレーだけが料理の体をなしていた、家事が不得意だった、母親。

いつも働きに出ていたけれど、不思議と俺の寝る前には必ず帰ってきて、おはようとおやすみは欠かさなかった。


「……千年くらい経ったら検討します」

「それ絶対死んでるから!」

大声で突っ込んだ高田が、はっと口を押さえて、むっすりと黙り込む。

「……んだよ。見るな、バカ!」

ガッ!と口を開けて威嚇する様は、やっぱり猫のようで実に面白い。俺はタッパーを片付けると、カバンにしまいこんでそれからその場をそっと離れた。


そのあとは回りたいもの同士で一緒に回り、俺はただひたすらベンチで日向ぼっこをして、ひとまず洗ってあった服と一緒に干されていた。


帰りのバスの中でも何事もなく、眠気が襲ってくる横で話しかけてくる坂町に「うるさい」と言い返して黙らせ、熟睡してぐったりしていたがなんとか家に到着し、そして「ただいま」と呟く。


「おう、おかえり!」


そんな声に、なんとなく暖かいような気持ちになって、手を洗ってビニール袋の中身を洗濯機に突っ込み、夕飯の支度をするべくエプロンをしてキッチンに立つ。


「くだんの白い死神なんだが」

「はい」

「ごっめ〜ん、見つからなかったや☆」

ウインクをして舌を出しながら言う死神さんに、今日一番の大きさのため息をついて、眉間を揉みほぐした。


「死神さん」

「はい?」

「おやつ返上で探しましょう」

「なんだとっ!?そんな殺生な、弟子のくせに!!」

せめてお願いするか命令するかどっちかにしてくれ。

お読みいただき、ありがとうございました。

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