死神やりませんか?
三作目の投稿です。今までの作品とは全く別モノです。楽しんでいただければ幸いです。
その人は、平日午後五時半の都会の交差点の人ごみの中に紛れてなお、ただひたすら黒かった。
漆黒で襟足が長く、右目に覆いかぶさった髪。
蝋のような血の気のない白い肌。
大きく隈のある真っ黒な瞳。
片袖だけがないつや消しの革のコートさえもいくつかの金具以外は真っ黒である。
偏見だがV系のバンドマンのようだ。
俺はその人をじっと見つめていた。というか気にならない方がおかしいと思う。
だいたい街中であんな人見たら、絶対観察するだろ。そこまではいかなくても二度見は絶対する自信がある。
ふと、その人が俺を見つめ返す。
やばい、ジロジロ見てたの気づかれた——そう思って目を背けようとした瞬間に、彼はふっと笑って、もう一度見た時には影も形もなくなっていた。
そう、まるで『最初から存在しなかった』ように。
俺には、日常とはいかないまでも『よくある』ことだった。だからこの時は、あっさり忘れようと思った。
まさか、俺の人生を後々まで左右するなんて思わなかったから。
俺の名前は夜行仁義。現在東京都立布都箕高校でボッチ街道爆走中の高校二年生である。しかも好きでぼっちをやっている奇特で危篤な(精神的に)人間だ。
普通ならば彼女が欲しいとか妬ましいとか思うんだろう。友達青春大いに結構、俺を抜かしてやっていてくれていい。
イベントごとなどあってなきがごとしだ。
まぁ、お察しの通り、ごく普通の男子高校生とはいかない。そんなものだったら今俺はモノローグなど語ってはいないだろう。むしろ友人がいて、女子の思わせぶりな行動と部活とテストの点に一喜一憂して、そこそこ楽しい高校生活を謳歌していたに違いない。
しかし、それを実現不可能な夢にしたのは俺の『霊的なものが視える』体質。
霊感が強い、と言えばいいのだろうか?
俺は小さい頃から色々と視えた。幽霊、妖怪のようなものから魔法陣その他結界。加えて家の複雑極まりない事情。その二つのおかげで腹違いの子供には中二病扱いを受け、そしてクラスの中でもいじめられた。
それ自体は、すでに報復済みで恨みなどはない。
今尚憎たらしいその元凶は考え無しの種馬だ。どこか別の公立にでも放り込んでおけば良いものを、あえて俺を異母妹と同じ名門の学校に通わせたのだ。考えなしかよ。
あいつ一度俺と同じ目に遭って心でも折れてしまえ。
最大の問題は、周囲の人が妖に狙われてしまうことだった。一度見られていると相手が気付けば、俺は良くても、周囲の人間に被害が及ぶ。
ひどくすれば俺以外の死の危険が付きまとう。俺は何度も危うい綱渡りをしては他人の死をもたらすという罪悪感や重荷から、必死で逃げていたわけだ。我ながら純真である、そして今もそれは変わらない。
その結果他人を厭い、どうやって遠ざけるか常に考え、毒舌で常に武装して会話している人間に育った。
そうすれば、俺に関わりがないとみなした妖は、そいつらに関わりあうことはなく、俺も彼らの心配をしなくてもいい。win-winの関係性だ。
それでもめげない奴なんかは極々稀にいて、去年ようやっと地獄のような場所から抜け出した俺に話しかけて来て居場所をくれた奇特な人間は、俺のせいで死んだ。
正確には、俺が妖を見たせいで。
これでさらに刺々しくなったため、現状それを突破できる鋼鉄以上の強メンタル持ってる奴は今の二年三組にはいない。
自分で言うのもなんだが、嫌な奴だ。
結局、妖怪にまつわるなんやかやをある程度知ってタブーを犯さないようにしていればなんとかなるため、無知にすぎた幼少期よりはそこそこ過ごしやすくはなっている。取引もいくつか行えるようにはなった。
敵を知れば自ずと対処は容易になる。
妖怪の類の方も俺が物珍しいのか絡んでくるが、その中でも白くて丸いまふまふのケサランパサランのどるるが俺のところに住み着いていた。ネーミングセンスがない?ほっといてくれ。
偶然出会っただけなのだが、どうも飯がうまいことが決定打だったようだ。
ちなみにケサランパサランの幸福を呼び込むという能力のおかげで、俺のところに凶悪な妖怪が寄ってくることは滅多になくなった。
ましてや神やなんやと命に関わることには全力で足を突っ込まないよう細心の注意を払って暮らしていたはずだ。
——というわけで、今見えているものは幻覚だ。
目覚ましの音に嫌々目覚めて、イライラをどるるをまふまふして鎮めたのちにフレンチトーストを作ろうと思って、母親が死んで一人暮らしのアパートのダイニングの扉を開けたら、そこに昨日見た真っ黒な人が我が物顔でソファーに座り、笑顔で片手をあげて親しげに喋りかけてきたなんて俺は信じない。
「よっ。初めまして夜行仁義。俺は死神、よろしくな」
あまりのフレンドリーさに一瞬己も自己紹介をしなければとかバカなこと考えるとこだった。
先ほどの長い長い自分語りが発生したのは、主にこの信じがたい現実逃避のためだ。まあ夢でも幻覚でもなかったようで悪い方向に何よりだよまったく。
しかし、まずはそう、こいつには紹介するべきことがある。
「菱口精神科は四つ手前の角を左に曲がった後突き当たりまでまっすぐ行くとあります」
「ちょっ!?待って俺本物だから!厨二病とか精神病とかとは違うから!?ほ、ほら!浮遊とかできちゃうから!」
そう言うとその真っ黒な肢体が浮く。浮遊霊と同じだ。じゃあなんでソファーに座してるように見せかけて待機してたんだよとそれに心の中でツッコミを入れる。
「いや、生きてないのは重々承知なんですけど、死神かどうかは」
そりゃあ自称闇の化身だの自称スタンド使える中学生だの高校生だっているんだし、自称死神の幽霊がいてもおかしくはあるまい。かく言う俺も何度中二病扱いされたことか。
いつかどこかで魔王だか邪神だかを自称する妖怪もいることにはいた。お前ら異世界でも行ってろ。
「な、何だよ!お前も斬◯刀に死◯装じゃないと死神って認めねぇのかよ!?」
固有名詞がモロじゃねーか。利権持った大人がすっ飛んでくるぞ。
右肩の上でどるるも呆れたような気配を出している。
幽霊は皆、どこかおかしい。
今まで幽霊と不可避に関わってきての経験論だが、一般人ドン引きクラスの執着を現世に、あるいはそこにある何かに抱いている奴が多い。
己の子供だったり、もしくは金だったり、それぞれに大事なもの。それは誰だってあるだろう。たまに机の中に残してた自作の歌やポエムの恥ずかしさに……なんて奴もいる。
けれど、幽霊のそれはもはや病的なまでと言っていいほどの代物で、決して温かいだけのものじゃない。
おそらくこれもその一人。
ここで早々に事態収拾に勤める天才的な方法がただ一つだけある。
「あーはいはい死神さんですねー。朝ごはんにしようかどるる」
「る……。」
「って流された!?」
元凶が自分だということをとっとと自覚して帰って欲しい。暇人か。
学生の朝は暇じゃないんだぞ。帰れ。
「話くらい聞いてくれねーの!?」
「聞いてますよ、ただ右から左に流しているだけで」
「それ聞いてねぇから!」
……だんだんこいつをいじるのが楽しくなりつつある。いかん、落ち着け。まだきっと俺は朝のショックから冷静になれていないだけなんだ。
「まァいいや。それでさぁ?ここにきた用件なんだけどさー」
「ハァ」
用件があったのかよ。それは先に言ってくれ。
俺はエプロンの紐を後ろ手で結びつつ、お弁当と朝食の準備をしていこうと残った材料を確認する。確かインゲンがあったからそれを茹でてベーコンで巻いて焼こう。あと卵焼き。俺は出汁派だが、どるるは甘いほうが好きだ。しかたないので、二人でどちらも楽しめるよう交互に出汁と甘いのと両方作っている。
彩り用のプチトマトと、それから昨日の夕飯の残り物の蓮根と鶏そぼろの煮物。そういえばこの間ひき肉を大量買いしてまだ残ってるんだよな。夕飯は豆腐を混ぜて、鶏肉ハンバーグにしようか?カレー鶏そぼろ丼とかも良いな。鳥つみれ鍋……五月の初めじゃあ、ちょっと暑いか。
ほうれん草も使おうと思ってたんだ。普通にお浸しでいいやとお湯を沸かす。
「お前、死神やんねぇ?」
「ふぅん………………は?」
曖昧に返事をしてから数秒後に理解が追いつくが、呆然としすぎて手からコーヒーフィルターが滑り落ちる。死神さんは「そ。死神」とあっさり言って空中を滑ってくると、俺の作った卵焼きを一つ掴み口に入れる。
「お、なはなはほれはふまひ」
「あぁ!?何をして——」
俺はおもわずその襟を掴み上げようとして……手がすり抜ける。
「……何してくれるんですか」
「ケチくさいなー。いーじゃん。うっかりだようっかり。メンゴ☆」
「それが許されるのは二次元だけです」
しかも舌を出して頭をグーでコツンとやるポーズまでしっかりついている。そのどうでもいい場所の完璧さが無駄にイラつく。
襟をつかんで揺さぶりたい。できないが。
「え、じゃあ今日から二次元!」
「幽霊って何次元とかあるんですか」
「異次元?」
「あなたの思考回路ももはや異次元ですけどね。勝手につまみ食いとか……」
「だからメンゴって言ってんじゃーん」
俺は話しかけられつつ普段の二倍くらいの時間をかけて朝食を作っていたが、なぜに幽霊が卵焼きを食えるのかと疑問が湧く。
実体がないから、触れないはずじゃあ……?
「やっぱり110番……」
「ってすごく信用されてねぇ!?」
そりゃあいきなり部屋に乱入してきた男が話す内容より、毎日犯罪防止に駆けずり回ってくれるお巡りさんの方がよっぽど信用できるからね。
まあ本当に通報したら、俺が頭おかしい人になるからしないけども。
「信用してくれたっていいだろ?ほら、俺死神だし?」
「それが信用できないって言ってるんですよあなた馬鹿なんですか?」
「そうそう髪はボサボサトリ頭、三歩歩いたら忘れて……ってやかましいわい!これはセットしてあるの!ボサボサじゃない!」
「俺そこまで言ってないんですが」
なんだろう、この力の抜けるノリツッコミは。しかもノリの部分が長い。
「はぁ……フレンチトースト作るか」
フライパンにバターを落とし、ジリジリと溶ける音がする。そこに卵液に昨日から漬けていた食パンを入れる。
じゅわぁ、という音といい香りが広がって、どるるがそわそわしている。
焼きあがるとその上にメープルシロップを、というのがどるる。俺は蜂蜜をかける派だ。
冷蔵庫から両方取り出して、小さく切り出した上にメープルシロップをかけてやり、弁当を詰める。
食べ始めると、隣からじゅるりと言う音が聞こえて思わず皿に手をかける。
「うわー美味しそう」
「それ俺の分ですからね。つかどうして食べれるんですか?」
「ん?お前が手作りしたから、シンキがこもってんだよな。それで俺も食えるってわけ。というわけでちょーだい」
厚かましいなこいつ。ってか何だそのシンキって?聞いたらドツボにはまって抜けられなくなりそうだから聞かないでおこう。
まぁ叩こうとしても叩けないので、仕方なくさっさと食べて(もちろん一欠片たりともやる訳がない)、外にこいつを出そうと四苦八苦してようやく追い出し……そこでハッと思い出した。
今、何時だ?
俺は壁にかかった白い文字盤に黒い針のシンプルかつ機能的な時計を見上げた。
「…………八時、二十五分」
ちなみに閉門の時間は、八時四十五分だ。
学校までは歩いて三十分、小走りで二十分。
ちなみに着替え諸々は今からだ。
「遅……刻?」
そこから学校に到着するまでの記憶は曖昧で、そのせいで朝の出来事は昼休みまで記憶の片隅に追いやられていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
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2017/06/07
布都美→布都箕
既存の学校と名称が被っていたため、漢字を変更いたしました。