八節、霧の道
一人で行くか、共に連れて行くか。
これに揉めて、散々に議論が飛び交ったが、結局はあの女が一言「連れて行ったほうがいいんじゃないのかしら」と言ったことにより、後者に決まった。
その言葉の理由が、ただの親切でないことは明らかで。
しかもそれが、一目態度で解るものだから、荒尚はそれが何故か気に入らず、苛立っていた。
「すみません」
「お邪魔なのは分かります。でも、私達は自分達の目で、確かめたいんです」
それに乗っかる形になったせいか、些か気不味そうな少女二人に荒尚は、笑顔で言葉を返す。
「構わないさ。気持ちは十二分にわかる。気に食わないのは、あの人らの性根さ」
言うなり、荒尚は勢い良く立ち上がった。
いつもの格好だったが、違う点が一つ。腰には鞘がベルトに固定されていた。
旅館の女将が、昔の主人が山に入る際に使用していた部品を貸してくれたのだ。
「さあ、行くか」
──はい! 大きな声で、二人の少女は返事をする。荒尚はそれを聞いて微笑すると、真っ直ぐ玄関を目指した。
門の先には白壁の様な濃霧が広がっていて。
止まぬ雨が、しとしとと降り続いていた。
◆
三人が霧に入るのを見届けると、権兵衛は涼し気に立ち上がり、女将に礼をした。
権兵衛が出ていく際に、女将が訪ねた。
「貴方は、どちらへ?」
「実は、あと一つ解決方法がありまして。母と言う化物の親がいるのですが、それを倒すと霧は晴れるのですよ。」
「まぁ。なぜそれを?」
「犬死するには惜しい。そう思ったのですよ」
権兵衛は女将に笑いかけると、笑いながら霧へと消えた。
のっぺりと聳える霧を女将はずっと見つめているのだった。
◆
「静かですね」
荒尚は彩に話しかけられると、「そうだね」とおざなりに返した。
教習所迄の道程は、既に中程進んでいる。
響くのは梢と雨の音だけで、気配も何も感じない。
道に並ぶ民家や店の中は、霧に満ちていた。既に此処は、無人の町となっている。
「誰も、居ないんですね」
「ああ、つまらない事にね」
ミカは彩と顔を見合わせ、「こりゃ駄目だ」と肩を竦めあう。
そんな様子で、荒尚と二人の少女は霧の町を進んでいった。
「ついたよ」
その声に彩とミカは、表情を一変させた。
彼らの視線の先には、霧に満ちた教習所。その目の前まで進むと、荒尚は少女達を手で制止し。
「ここで待っててくれ。中を見てくる」と言って、教習所へ入った。
中は前と変わり無かった。
壊れた小物が散らばっていて、受付に目を向ければ、あの怪死体が机にへばりついているのが見えた。
気配は感じない。
だがあの時、攻撃の瞬間まで荒尚は敵の存在を感知できなかった。
油断は禁物だと、心を尖らせる。
数秒後、荒尚は短刀から手を離し、教習所を出て行く。
外には不安そうにした少女達が、ホッとした顔をしていた。
「中は安全そうだった」
「なら次は──」
彩は言いながら視線を寮の方へ向けた。
霧の向こう。近づいたせいか、薄っすらとだけ輪郭が確認できる。
怯えながらも確りと、彼女達は足を踏み出した。