表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂霧の町  作者: 九田無
6/16

六節、狂人



 友好的な態度の男に対して、荒尚は刀を鞘に収めない。


「興奮しているのかね? まあ慣れてないうちは、血に酔うこともあるだろう」


 ──まあ、恥じることではないさ。

 そう頷く男だったが、荒尚が一切答えないと。


「もしかしてだが、──呑まれているのかね?」と意外そうな顔で問いかけた。


 男が呟いた瞬間、目にも止まらぬ速さで両者が動く。

 そして荒尚だけが、遙か後方、旅館に集まる人々の元まで吹き飛ばされた。

 横たわる血塗れの荒尚を遠回しに見つめる人々をいにも介さず、男は軽やかに近寄ると、荒尚の瞼を開く。


「ああ、やはり黄金になっているね」


 男は膝を叩いて土を落としながら立ち上がると、固まる人々に。


「済まないが、風呂を貸しては貰えないかな。私もこの彼も、どうも汚れてしまっていてね」と笑いかけた。


 ◆


 荒尚が目を覚まし、勢い良く身を起こすと、そこは旅館の一室だった。


「目が覚めたかね」


 声のした窓辺に目を向けると、そこには椅子に座りながら煙管を燻らせた男がいた。


「あなたは……」

「うん。どうやら正気のようだ」


 男は一人納得したように頷くと。


「来給え。話の続きは食事をしながらでもできるからね」


 一人スタスタと部屋を出ていく男を見送ると、荒尚は慌てて布団から出て、後を追いかけていった。

 男が向かったのは宴会用の広い客間で、そこには机が並べられており、その上には料理が載せてあった。

 部屋には旅館に泊まる全ての人が居て、それぞれ様々に座り込んでいた。


 人々は入ってきた男と荒尚を見て顔を引き攣らせたが、男はお構いなしに席に座ると、「君は座らないのかね」と荒尚に言った。

 慌てて荒尚が席に着くと同時に、男は話し始めるのだった。


 ◆


 ──煙草を吸っていいかね?

 男は了承を取ると、煙管に火をつける。


「この世界には、往々にして奇妙な事がある。それはわかるね?

 まあ、これもその一つだよ」


 煙を吐く男を見て、荒尚は霧の中に見かけた青火の煙管を吸った男を思い出した。


「不思議だってのはわかってるんだよ! 俺達が知りたいのは、あの化物がなんだってことだ!」

「そうはやるな」


 男は軽薄気な見た目の男をあしらうと、再び煙管に口をつける。


「あの化物は、『百鬼』。或る男の落とし子だよ──」


 ──ある所に、二人の男がいた。

 一人は学問に優れていて、いずれは官吏かと村で有名だった。

 一人は体格に優れて武術の才もあり、数百年前に産まれれば立身のツテもあったろうと、村人に惜しまれていた。

 真逆の男達だったが、仲は兄弟のように良く、何時も一緒にいた。

 二人は幸せだった。


 それが崩れたのは、その始まりを敢えて言及するなら、村に或る行商人が訪れた時だろう。

 行商人は、怪しげな老婆だった。

 薄汚れた白地のローブには様々な色の文様が描きこまれ、常にその顔を日に晒そうとはしなかった。


 老婆は見に来た二人の男に、あるモノを渡した。

 片方には、ある書物を。

 片方には、ある瓶詰を。

 そして次の日の朝、老婆は村から忽然と姿を消した。


 その日から、破滅の序曲が始まったのだ。

 学の男は怪しげな書物を読み耽った。鬼気迫る様子で、時折家から出てきた時の様子を見た村人は、その幽鬼じみた姿を見て、狂ったと噂した。

 武の男は、常にその男の心配をしていた。

 学の男と違い彼は、怪しげな瓶詰を不気味に思い、開けることは無かった。


 武の男はある日、学の男の家を訪ねた。

 部屋は薄暗く、至る所に怪しげな書物が散乱していた。

 武の男は家に踏み入ると、学の男の名を叫んだ。だが返事はなく、仕方なく家に踏み入った。


 学の男はすぐに見つかった。

 奥の部屋で、暗闇の中何かを呟いていたのだ。

 呼びかける男に対して、彼は言った。


 ──漸く、完成した。

 武の男が疑問に思う間もなく、家に火が起こった。

 その火に照らされた嘗ての友の姿を見て、男は息を飲んだ。

 学の男の肌は死人のように青かったからだ。何よりその瞳は、青い月のように煌々と輝いていた。


学の男は狂ったように笑うと、武の男から瓶詰を奪い取り、炎の中に突き飛ばした。


 ──なんだこれは、只の蟲じゃあないか。

 虫の力を以て、不死を得る。その姿のなんと蒙昧で、醜く、浅ましい。君にあげるよ。


 学の男はそう言って、高らかに笑うと、炎の中に消えた。

 武の男は、投げられた瓶の中から"蟲"を取り出し、自らの体に埋め込んだ。

 なんとか友を止めねば。例え外道に身を落とそうとも。

 その一心で。


 虫が体に完全に馴染むまで、男は焼かれ続けた。死ねない地獄の中、男は五日焼かれ、村へ出た。

 真の地獄はそこにあった。


 村には数々の暴虐の跡が、漂う死臭と共に刻まれていた。

 男の中に嘗ての友は亡くなり、殺すべき仇となった。


「──其れから、何年経ったかね。覚えてもいないが、ずっと追い続けている」


 ふぅ、と煙を吐く男は、悲しげな瞳をしていた。

 荒尚は、男に問う。


「名前は、男達の名前はなんていうんですか?」

「狂った男の名は、『亜沙右衛門』

 蟲男は、そうだな……」


 ──『権兵衛』とでも呼んでくれ。

 権兵衛は、紫煙を吐きながら笑った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ