十五節、餓死髑髏
──なんだ、あの声は。
突如響いた怪声に荒尚は、珍しく弱々しい声で呟いた。
彼の足元には鳥怪の死骸が積み重なり、屍山ができている。
襲いかかる鳥怪を片っ端から切り伏せ、旅館に帰ろうとしていた矢先の事であった。
「あれが母でありますぞ」
「左様左様。媚びきったこの声、相変わらず趣味の悪い声音でありますこと」
何時の間にか荒尚の隣に、彼を挟むように二匹の狼が現れていた。
「……お前ら出てこれたのか」
「契約が成されましたからな」
しれっと答えるマガミを放っておき、荒尚は声のした方向を睨む。
「確か、母やらを殺ると、異変は収まるんだったな」
「その通りですが、今はそれどころでは無いようですぞ」
「あれを見て下さいませ主殿」
視線をやれば、其処には霧に蠢く巨大な影があった。
「どうやら、母とやらも我らの存在に気がついたようですな」
──さて主殿、どう致しましょうか?
オオグチの問に、荒尚は嗤って答える。
「こいつらを斬っていけば、その母とやらに会える。ちがうか?」
「何も違いませぬ」
「我らはただ、貴方様に付き従うだけでございます」
荒尚は嗤うと、再び刀を構えた。
そして、まるで獣の如き掛声を上げると、巨大な影へ飛びかかっていく。
地を這うように駆ける荒尚に気付いたのか、影はぬっ、と動くと、何かを振り下ろした。
横に避けた荒尚が見ると、そこには鈍色に輝く巨塊が地面にめり込んでいた。
衝撃で霧が晴れたのか、影の姿が顕となった。
影は巨大な髑髏だった。
霧のような乳白色の骨だけの身体。蒼白い焔をがらんどうの眼孔に灯して、かか、と顎骨を軽やかに奏でている。
──がしゃどくろ。
──さてはて主殿、骨相手に何を斬らんとしましょうか?
面白がるような狼共の声を無視し、荒尚はがしゃどくろに飛びかかる。
振り下ろされた鉄塊をすれすれの位置で避けると、その鉄塊の峰に足をかけて、腕を登っていく。
横から伸びるがしゃどくろの腕を躱すと、荒尚の眼前には巨大な頚椎があった。
「喰らえ『大口』!」
叫んだ瞬間、再びあの感覚が荒尚を包む。
あの加速感の後、やはり刃は頚椎へと突き立っていた。
するとがしゃどくろの目の灯りは揺らめいてゆき、やがてふっ、と消えた。
がらがら、と崩れ去った跡には、一人の男が立つのみであった。
「骨だろうが何だろうが、首を掻っ切れば、死ぬのはおんなじだ」
はっ、と笑う荒尚に狼が語りかける。
「まだ終わっておりませぬぞ」
「ほほ、ほほ。獲物はまだ沢山。主殿は平らげられますかなぁ。ほほ、ほほ」
「実は、お前ら俺が死ぬこと望んでる?」
──そんな恐れ多い。
荒尚は同時に言葉を発した狼達を胡乱げな瞳で見つめるが、すぐに視線をそらした。
「ただ、ちょうどいい機会でございましょう」
「その通り、良き機会でしょう」
「主殿に我等を知ってもらうには、やはり実地が一番でしょうから」
「さあ、行きましょうぞ」
短刀を逆手に持ち替え、荒尚は突き進む。
ただ目の前の怪物を滅するがために。
狼に唆されるがままに。
彼は刀を振るい、その身を血に染めていく。
行き着く先が、何とも知らずに。
タイトルの『餓死』は当て字です。
実際は『餓者』だとかなんとか。




