十四節、鳥怪
不思議な程に静かな霧の中を一台の車が進んでいく。
車はふと速度を緩めると、路肩に止まった。
「くそっ、霧の中だから現在地がいまいち掴めない」
「さっきのコンビニからまっすぐ来ましたよね? なら今ここのあたりだとは思うんですけど」
「既に交差点三つ渡ったっすよね? だったらもっと先行ってるはずだと思うんすけど……?」
地図を見ながらあーだこーだ話し合うが、結局位置は掴めなかった。
それも仕方ないといえる。
それ程、周りは霧に包まれていた。
「……待て、今、動いたぞ」
荒尚は言って、息を潜めた。
途端、車中に緊張感が張り詰める。
しかし、鳥の鳴き声が聞こえた瞬間、三人は安堵の息を吐いた。
だが、いやおかしい。
霧の中を鳥が飛ぶのか……?
そもそも、今まで鳥を見たことあっただろうか──?
訝しげに鳥の影を見ていた荒尚は、その影が歪な形をしているのを見て、即座に悪手を悟った。
「──走るぞ!」
急発進した瞬間、フロントに鳥の嘴が突き刺さった。
抜け止めのような凶悪な棘が付いた嘴は、車の中に入り込もうと捻ってくる。
荒尚はハンドルから手を離すと、短刀を抜き放つ。そして硝子ごと嘴を切った。
荒尚が硝子が放つ甲高い音に顔を顰めていると、周囲に歪な鳥の影が無数に浮かんでいることに気が付いた。
「久美! 今何処だ⁉」
「えぇっと……! ああ! 次を曲がれば、トンネルまでの道に出ます!」
久美は地図を慌てて眺めると、偶然見えた標識から現在地を把握し荒尚に教える。
荒尚はその言葉に従い、速度を緩めずに曲がると。
「ここからは道なりか!?」
「はい! あとはまっすぐ行くだけです!」
荒尚は頷くと、シートベルトを外し始めた。
「ちょっ、荒尚さん危ないっすよ!」
「斗真ぁ! 頼んだぞ!」
「はぁ⁉ えっあっはい!」
荒尚は走ったままドアを開ける。
ドアから外の陰鬱な空気が、車中に吹き荒んだ。
「俺が外に出たら、すぐに運転席に移れ! そしたら一目散にトンネルに向かえばいい!」
「荒尚さんは⁉」
──奴らを片付け次第、勝手に帰るから心配するな。
そう言い残し、荒尚は車の屋根に飛び乗った。
ばたん、とドアが閉まった音を聞きながら荒尚は笑う。
周りには、鳥の影が無数に浮かんでいた。
腰の短刀に手を添える。
じりじりと焼かれるような緊張感の中、とうとう鳥怪が動いた。
霧の中から飛び出すと、鏃の如く嘴を突きつけて向かってくる。
途端、次々と鳥怪が飛び出してきた。
総勢十にも上る程の鳥怪を前に、荒尚は鮮やかに抜刀する。
同時に身を躱したかと思えば、車から飛び降りていた。
瞬間、数匹の鳥怪が血の花を咲かせる。
荒尚は躱すと同時に、鳥怪を撫で切りにしていたのだ。
走行中の車から飛び降りたとは思えないほど、軽やかに降りた荒尚の周りを鳥怪が飛び交う。
霧に紛れて見えなくなった車を見送ると、荒尚は地に這うような姿勢で構える。
次の瞬間、再び鳥達が襲いかかった。
◆
「あっあっあっ、ぁ、アアアアアアアアア──!」
久美と斗真がトンネルへ向かう最中、その声は響いた。
若い少女のような、されど妖艶で婀娜めいた声は、身の毛よだつような悍けさを含んでいた。
「な、なんだあの声!」
「…………荒尚さんの方向とは違うから安心して。私達はトンネルを抜けましょう?」
久美に落ち着くように声をかけられた斗真は、深呼吸をするとハンドルを握り直した。
やがて目の前にトンネルの入り口が見えてくる。
霧に満ちた暗い穴は、どこか冥府の入り口のような不気味さを漂わせていた。
しかし怖気づくことなく、二人はトンネルへと入っていくのだった。




