短編小説攻略「高千穂流恋愛小説術」
習作です。まずは今回のサンプルとなる作品を。
……
題。初めての味
……
「新作アイス、買えてよかったなー」
「おー、並んだ甲斐があったよ」
彼女とのデート。
付き合い始めてまだ間もない俺たちは、クラスメイトのノリでぎこちなさをカバーする。
今日は大型ショッピングモールに入っているアイス屋が新作アイスを売り出すというので、それを口実に誘ってみた。
三回目のデートにして、まだ手も握っていない。
「あーっ」
隣から小さな女の子の声が聞こえた。
ふと声の方を見ると、赤い風船がショッピングモールのテナントの看板に引っかかっている。
「よし、ちょっと待ってなよ」
俺は風船から垂れた紐に手を伸ばす。
「もうちょい、もうちょっとだ……」
伸ばした中指が紐の端を弾く。
背伸びをしてもギリギリだ。
「よーし」
彼女の見ている前。ここまでやって諦める訳には。
ジャンプ一番、右手が紐を握る。
「やったぁ! おにいちゃんすごーい!」
喜ぶ女の子に、掴んだ風船の紐を渡す。
「しっかり持ってるんだよ」
「うん! ありがとう、おにいちゃん!」
女の子は振り返り振り返り俺を見て、人の群れの中に消えていった。
モールの人混みの中に、チラチラと赤い風船が見え隠れしていた。
「なんだ、いいとこあんじゃん」
彼女の褒め言葉に顔が熱くなる。
「あ」
照れ隠しにアイスを食べようと左手に持ったアイスのコーンを見たら、そこに乗っているはずのアイスがなかった。
「あー」
アイスはジャンプした勢いで、床に落ちてしまっていた。
少しも食べていなかったのに。
「まあ、気にすんなよ」
「うー」
「ほら、ひとくちやるから泣くのやめろよ」
「ばっ、泣いてるわけねーじゃん」
「わかったわかった。ほれ、あーん」
いきなりのシチュエーションに心臓がバクバクするけど、そこはあえて冷静を装う。
そこまで言うならと、俺はゆっくりと彼女の食べかけのアイスに口を近づけ、一気に大口を開けてかぶりついた。
「あー! そんな食ったらあたしの分がなくなっちゃうじゃん!」
怒った口調で言っていたが、表情はいたずらっ子にあきれたような、少し困った笑い顔になっていた。
「今度買ってやるから、がっつくなよな」
「いーよ、もういっぱいもらったし」
「そっか? ならいいけど」
新作のアイスだったけど、味覚だけじゃ感じられない特別な味。
つめたいアイスと、あたたかい気持ち。
だからもう、胸がいっぱいだよ。
……
いかがでしたでしょうか。
恋愛ものの短編小説です。
まだ付き合ったばかりの初々しさと、間接キスのドキドキを感じていただけたでしょうか。
では、この作品がどうやって作られていたのかを見ていきます。
まずはじめに思い浮かんだのが、アイスを落とす、というシーンでした。
アイスを落とす。
そこでくる疑問が、なぜアイスを落としたのか、です。
いくつか思い浮かびました。
・交通事故にあいそうな女の子を助けて、その勢いでアイスを落とした。
・風船をジャンプで捕まえた時に落とした。
・人にぶつかって落とした。
できれば自分のミスや大げさなイベントはやめようと思いました。
感動モノであれば、交通事故パターンでもよかったかもしれません。
アイスが身代わりになってくれたから、いいんだよとか、主人公が倒れたそのかたわらで、転がったアイスが溶けて流れる情景などは、悲しみを誘うアイテムになります。
ヒーロー系や感動もののストーリーですね。
今回はそこまで重くないので、デート中のちょっとしたハプニングにしました。
女の子が風船を手放してしまい困っているところを助けてあげるシチュエーションです。
風船の色を赤にしたのは絵が映えるから。イメージのしやすさと画面の華やぎを狙ってみました。
女の子と別れる時の風船だけが人波の中からチラチラ見えるという情景は、赤だから目立つ、映えるという点も考慮してのことでした。
このシーンを入れることで、風景に広がりを持たせることができます。
でも、風船が飛んで行ってしまうところをジャンピングキャッチは、なかなかシビアですね。
なので、どこかに引っかかって、でも女の子では届かないくらいの高さとして、ショッピングモールの看板としました。
天井だと高すぎてしまいますしね。きっと主人公でも届かないと思います。
これで、ロケーションがショッピングモールになりました。
不慣れなデート、とすると、軽いイベントが欲しいのです。
そこで、アイスは新作アイス初売り出しということに。
これでデートに誘う時の理由にしました。
ショッピングモールにある、ちょっとオシャレなお店なら、ありそうなイベントです。
そして、作者目線でアイスを落とした目的を持ってきます。
主人公と彼女で、アイスは二つです。
でも、主人公は一口も付けずにアイスを落としてしまいます。
となれば、二人で一つのアイスを分け合うという可能性が発生します。
それも、ハプニングに対してかっこいいところを見せた彼に対してであれば、二人で分け合うというハードルも下がるかもしれません。
そう、一人一つだったアイスを一つなくすことで、二人で一つという状況を作り出すのです。
ベタベタあまあまな関係であれば、食べあいっこもできるでしょうが、そこは初々しいところを見せて、間接キスにもドキドキするシチュエーションに持っていくことで、甘酸っぱさを出します。
彼女の方も、しょうがないなと納得できるような出来事があれば、やりやすいでしょう。
ですが、そこで主人公が大口でパクつきます。
舌を出して少しだけ舐めるようにするとセクシャルないやらしさが出てしまいますので、ワイルドというより乱暴なくらいのアクションを取らせます。
手も握ったことのない相手からの、口を開けてあーんからの間接キスという大ジャンプに、主人公も慌ててしまいます。
それに対して、彼女は怒りながらも母性とみえるような、やれやれといった表情をさせることで、主人公の行動を許していることを読者に伝えます。
そのことによって、二人の関係が好意的であること、彼女の方が少し精神的に大人であることをほのめかします。
つめたいとあたたかいで、温度では真逆の表現をしながらも、どちらも好感の持てる内容であることを表現し、ギャップを感じてもらうようにします。
異質なものでも、同じ結果を導き出しているということによる、ちょっとした違和感を楽しんでもらうテクニックです。
ラスト、胸がいっぱいというところを、アイスをいっぱい食べたからというところにかけることで、キュンとした感じと満足度の高さを表現しました。
最後の独白は、主人公なりの格好のつけ方です。
口に出さないで地の文に気持ちを吐露することで、恥ずかしさぶっきらぼうさと、満ち足りているという喜びと感謝の気持ちを表現しています。
この不器用さが、また切なさを付け足すスパイスになっています。
口に出してしまうと、チャラさが出てしまいますからね。
さて、シナリオはそれなりに出来上がりました。
次に、出来事が良いことと悪いことの繰り返しになるよう配置し直します。
人間万事塞翁が馬、です。良いことの後には悪いことが起こり、悪いことの後には良いことがくるというセオリーです。
プラス要素のデートに行って、マイナス要素のイベントである女の子が風船を飛ばしてしまうイベントが発生します。
主人公は格好いいところを彼女に見せようとして、問題を解決。これはプラス要素。
それによってアイスが食べられなくなったというマイナス要素のハプニングに、彼女がフォローを入れます。こちらはプラス要素ですね。
それに対して照れ隠しでアイスにかぶりつく。普通ならマイナス要素になりますが、でも彼女はそれを許します。マイナスがプラスに転換されます。
その余韻の内に、締めて終わらせます。
このプラマイの行ったり来たりを繰り返すことで、ドキドキヒヤヒヤの感覚を伝えようとしています。
ものによっては、クライマックスなどは、落として落として最後に上げる、などと、少しパターンを変えてもいいでしょう。
ストーリーができ、盛り上がりも作りました。
全体を通して、読みにくいところや気になるところを直していきます。
この段階になると、推敲というよりは校正に近いと思います。
大きな話の変更はせず、語尾や、てにをは、誤字脱字の確認作業に入ります。
できれば音読してみるといいでしょう。
音になることで、違和感がある単語や流れも気付きやすくなります。
タイトルやあらすじなど、作品本文に影響しない内容で、ネタバレになったり、整合性が取れていないものであったら、話に合うような形で見直します。
これであらかた、小説らしくなったと思います。
以下にポイントを列記します。
・話の中で、プラス要素とマイナス要素を織り交ぜる。
※波の向きに加え、大きさも考えるといいでしょう。
・出来事や言葉のギャップを取り入れる。
※対義語や同音異義語など、違うけど同じ、同じだけど違うという表現で、脳を混乱させて驚きにつなげます。
・小道具、トッピングを少々加える。
※風船の赤、新作アイスなどで情景に色や味わいを追加します。
あまり多いとごちゃごちゃしてしまうので、うるさくない程度に。
・布石や言葉のペアなどは少し離すと効果が強まる。
※布石を打ってすぐ解消するよりは、布石を打ち他のエピソードを挟み、その後に布石を回収すれば、あれがそうだったんだ、といった感じに布石が布石らしく活躍できるようになります。
ただし、多数の布石を置いたり間隔が長くなってしまうと、読んでいる側が混乱したり、それが布石であることを認識しなくなる場合があります。
使いすぎには注意です。
そして、ハッピーエンドにしたければその結末を。バッドエンドにしたければ同様にそのような終わり方を持ってきます。
これらを使うことで、冒頭の小説のようなものが作れるようになると思います。
ひとまず、恋愛小説の私なりの書き方の一例です。
好みや得手不得手もあるかと思いますし、これが最良、完成形ということもありませんが、こういうやり方もあるのかと思っていただけたら嬉しいです。
もし、使えそうなところがあれば、小道具やシチュエーションを変えるだけでもオリジナルストーリーになりますので、いろいろなパターンを試してみてはいかがでしょうか。
それでは、楽しい作家ライフをお送りください。