魔女と殺人鬼
俺の初めての相手は姉だった。
ソファーでくつろぐ姉の後頭部を見たとき無性に何かで叩きたくなった。理不尽に命を奪われる際のなんとも言えないあの表情がたまらなく、虜になった。
それから十数年。今日まで人を殺し、ついでに金を奪い生きてきた。数えるのが面倒なので何人殺したのかわからない。
もう今年もあと2日だ、俺は住宅地にある4人家族の家に忍び込み全員殺した。これで年越しは暖かい所で過ごせると、リラックスしていた。
そんな時そいつは現れた。
「貴様は今まで94人の命を奪った」
シャワーを借り、返り血を流してリビングに戻ると分厚い本を持った黒尽くめの若い女が立っている。94人? もうそんなに殺したか。
「初めましてご機嫌よう、私は魔女よ」
「初めましてこんにちは、俺は殺人鬼だ」
何を馬鹿な挨拶をしてるのだか。
「あなたに頼みがある、私の命を奪って欲しいの」
「分かった」
俺は持っていたナイフで自称魔女の喉元を貫く。刺し傷と口腔から血が溢れ出し、魔女は倒れる。
死体を見られた以上、言われなくとも殺すつもりだったし、魔女のお願いなのだから何も問題ない。多少頭のおかしい女だったが。しかしおかげで返り血を浴びた、またシャワーを浴びなければ。
「あなた、話はまだ終わってないわよ」
魔女は何もなかったかのように起き上がる。刺し傷は塞がっているようだ。
「やれやれ、ここは死体が転がっていて落ち着かない。移動しましょう」
魔女は持っていた本を開きブツブツと呟くと目が眩むような光が煌めく、目を開けると知らない部屋にいた。
壁一面の棚には分厚い本、統一されたアンティークの家具、窓の外を見ると一面の森だ。
「あんた一体何者だよ」
「何度も同じことを言わせないで、私は魔女よ」
「失礼します」
あっけに取られていると、扉からティーポットを持った人形が入ってくる、人型の粘土が女物の給仕服を着て人間のように動き、人間のように喋る。
「少し話をしましょう、そこに座って」
人形がカップに紅茶を注ぎ出したので近くの椅子に腰掛ける。
「簡単に説明すると、私は不完全ながら不老不死なの。もう300年は生きている、もういい加減死にたくなって。そこで殺人鬼のあなたに依頼したい、私の命を奪って欲しいの。うまくいったらあなたにこの館と館にあるの物全てあげる」
「おいおい、あんたがどこの誰かは知らないけど、俺は魔法の世界の住人じゃないんだぜ? 不老不死の殺し方なんて知らないよ」
「私の命を奪う方法は簡単、とにかく私が死ぬまで私の命を奪い続けて」
「それだけでいいのか?じゃあ、こうゆうのはどうだ!」
俺はテーブルの上の燭台を手に取り魔女を叩き、頭蓋骨を砕く
「ふふ、そんな感じでお願い。私が死ぬまでこの館からは出られないけど、必要なものは揃えるから安心して」
魔女は笑う、俺も笑う。いいよ、すぐあの世に送ってやる。
それから何日たったか覚えていないが、未だに殺せない。
「あなた、本当に私の命を奪うつもりがあるの?」
「うるさいこの魔女め、気持ち悪い」
気持ち悪い、何回も何回も殺したはずなのに。最初は、いいおもちゃが見つかったと思ったが、思いつく限りの殺し方を一通り試したがピンピンしてやがる。
「もう俺はここから出る、こんな気味の悪いところいられるか! もうお前を殺さない。お前はもう俺の前に現れるな!」
「ダメよ出さないわ。まったく、このざまでは、もう殺人鬼とは言えないわね。仕方が無い、元殺人鬼、あなたは今日から食事抜きよ、私の命を一回奪うたびに一食用意してあげわ」
「はあ?! 何だよそれは」
「黙りなさい、この館からは出しません。飢えに苦しみたくなったら、やることをやって」
「クソッタレが!」
何日たっただろうか? あれから俺は魔女を殺すのを辞めた。すると本当に食事を出さなくなった。苦しい、空腹でこっちが死にそうだ。もうダメだ耐えられない、殺してやる。殺してやる。
「お望み通りに殺してやるよ!」
空腹で朦朧としていたが魔女の頭に斧を振り下ろす、それでも魔女は笑う。その日から毎日、魔女を三回殺し、三回食事をする。
それから気の遠くなるほど時間が経った。無理だ、もう限界だ逃げ出そう。魔女が用意した武器のうち、1番重い大金槌で玄関を叩く。何度も叩く。手が痛いがそれでも叩く。ここから出られるなら手なんてどうでもいい。
「うるさいわね、この館は結構音が響くの。そんなことしてもここから出られないわ」
「頼むよ、もう頭がどうにかなっちまう。助けてくれよ!」
必死の懇願だ、辛すぎて涙ぐむ、早くここから出たい。
「そんな顔をしないで元殺人鬼、まるで私が、あなたを虐めているようじゃない」
「もう俺に関わるなよ! もう俺をここから出してくれよ!」
「そう、そんなに出たいの?ここから。そんなにあなたに朗報よ。なんとあと10回、私の命を奪えば私は死ぬ、良かったわね」
10回? たったの? それだけで? 本当に? 殺そう、殺せる、殺すんだ。
「うわわわあああああ!!!!!!」
大金槌を捨て、ナイフを手に取り飛びかかり、押し倒す。ナイフを魔女の胸に振り下ろし、突き立る。
一心不乱に魔女の命を奪う、ただそれだけ考え、ナイフを振るう、何度も、何度も。
「……さま、ご主人様。おめでとうございます。あなた様は見事、先代の主人を殺害なさいました。これよりこの館のすべてはご主人様のものです」
人形に声をかけられるまで我を失っていた。しかし遂にやった、あの魔女を遂に殺してやった。俺の下で間違いなく死んでる。ようやくこのクソッタレな館から出られる。
「館なんざどうでもいい、もう俺はここから出てくぞ」
「はい、ご主人様は自由の身です。しかし出ていかれる前にこれをお読みになって下さい。そうしないと後悔するでしょう」
そう言うと人形は懐から手紙を出し、俺に差し出す。無視して去ろうとするが人形は行く手を遮る。仕方が無いので手紙を読む。
『親愛なる殺人鬼へ。この度は、私の願いを叶えてくれてありがとう。おかげでやっと死ねることができた。しかし私は、恩人であるあなたに謝らなければならない。
気付いてる? 私は命を奪ってくれとは言っても、殺してくれとは言ってない。私は昔、あなたのように殺人鬼だったけど、魔法使いと名乗る男に呪いをかけられた。それは殺した相手の命の分寿命が延びる、そういう呪い。そしてこの呪いは、呪われた者を殺した人間に移る。今あなたには、ここにくる前に命を奪った94人と私から押し付けられた30万8056人分、合計30万8150人分の呪い、一人当たりの寿命が50年程度でも1500万年以上残念ながらあなたはこれらの命を消費するか、誰かに押し付けるしかない。
騙すような事をして本当にごめんなさい。せめてもの償いに館と一緒に、私の魔道書をあなたに譲る。これは私に呪いをかけた魔法使いから渡されたもの、有意義に使って。
それでは達者で。
あなたの魔女より』
「おいおいおい、どうゆうことだよこれは?! 人形! ちゃんと説明しろよ!」
「はい、そこに書かれてるとおり、ご主人様には呪いがかけられました」
「呪い? 俺に? 30万も? そんな殺してるわけないだろうが!1日せいぜい2、3回しかあいつを殺してないんだぞ!」
「はい、ですからご主人様がここに来て297年と49日経過しております」
「はあ?!なにバカなこと言ってんだ、そんなに時間が経ってたらとっくの昔に死んでるだろうが!」
「時間の流れが分からなくなる結界が張られてますから。それでもご主人様に呪いがかけられていなければ、普通に寿命で死んでいるのですが」
「ふざけるな! 信じるか! 信じられるわけないだろ!」
「でしたらご自分の目でお確かめください、もうこの館から自由に出入りできますから」
ドアノブはすんなり開いた、すると森の中を一本道が通っている。それをただ走った。すると長い下り階段が見えた。その下には街がある。転げ落ちるように降りる。街に出て驚く、やたらと建物が高い、見上げているとビルの合間に自動車が飛んでる。道行く人の格好のどこか浮世離れしている。冗談だろ? まるでマンガじゃないか! 嘘だ、嘘だ、嘘だ。こんなのは何かのトリックだ!
「お帰りなさいませ、ご主人様」
結局戻ってきた。一週間ほど走りまわっていたが目にするものすべてが300年の経過を証明していた。
「納得していただけましたか?」
「何だよこれ、もうどうしたらいいんだよ」
「はい、このまま30万8150人分の寿命をまっとうしていただくか、他の者を呼び、命を押し付けるか。二者択一です」
「……わかった、決めたよ。……誰かに押し付けよう」
「かしこまりました、既にめぼしい者をリストアップしております」
人形は何枚かの紙を差し出す。そこにはこの時代の殺人鬼がまとめられている。
「……こいつにしよう、今まで87人の命を奪ってる。この女にしよう」
「どうぞこの魔道書を。これがあれば先代の主人と同じく魔法を使えます」
本を開くと見たことのない文字でびっしりだか、なぜだろう意味がわかる。
「その魔道書は、最初に呪いをかけられた私の創造主が、後の者たちのため自分のすべてを収めたものです。ご活用下さい」
魔道書に書かれた文字を読む、読めないが読める。
「よし、行ってくる」
ブツブツと唱えると魔道書から一瞬光が煌めく。
すると目の前に思ったとおり、ソファに座り死体見下す殺人鬼がいた。
「君は今まで87人の命を奪った」
殺人鬼は驚くでもなく、ただ観察している。
「初めましてご機嫌よう、魔法使いだ」
「初めましてこんにちは、殺人鬼です」
「君に頼みがある、俺の命を奪ってほしい」
「わかった」
手に持ったナイフで殺人鬼は喉を貫く。これで命をひとつ押し付けた。刺し傷と口腔から血が溢れ出し、倒れる。
返り血を浴びた殺人鬼はシャワーを浴びに行こうとする。
「君、話はまだ終わってないよ」
何もなかったかのように起き上がる俺に、殺人鬼は驚く。
「やれやれ、ここは死体が転がっていて落ち着かない、移動しよう」
魔道書を開き呪文を唱える、すると俺の館に移動する。
これでお前は逃げられない。