【6】そよ風
「シロガネ、どうした? 返事せんか」
「ごめん。ちょっと考えさせて」
ひとまず僕は装備を確認する。壊れてなければいいのだけど。
天ノ声は問題無い。ちゃんと老師と意思疎通が出来ている。
火炎精剣イフリータも健在だ。レプリカとはいえ勇者の剣は伊達ではない。だけど、イマジネ・ボレアス相手だと力不足は否めない。どう補えばいいのだろう。
一番大事な御神酒の水筒は…うん、無事だ。表面に多少傷はついているが、水漏れしている様子はない。中身も十分だ。よかった。
腰に巻いた白マントは……ああ、これはまずい。かまいたちの嵐から僕を護ってボロボロだ。パンツの代用はできても魔法防御は期待できそうにない。
ここから導き出される攻略方法は……
回復速度を越えた連撃…。攻撃に専念すると移動できない。プレス&ブレスで終了。
素早く動いてプレス&ブレスを回避しながら攻撃…。意味が無い。
懐に飛び込み、怒濤の一撃で体力を削りきる…。やはりこれだ。これしかない。だけど力不足のイフリータを補うには……やはり死神に頼るしか…。
いや、まだだ! まだ諦める時間じゃない! とっておきの奥の手があったはず!
「じいちゃん! イフリータには確か、超凄い必殺技があったよね! なんだっけ? 聞いてたんだけど忘れちゃった」
「しょうがないのぉ。ちょっと待っとれ。……ふむ。イフリータの究極技のことじゃな。その名もイフリータ・フルバーストじゃ」
究極技、イフリータ・フルバースト! なんかカッコイイぞ!
「イフリータの魔力を全て解放し、敵を火炎地獄で焼き尽くす、一撃必殺の究極技じゃ。ただし使えるのは1発のみ。放てば鉄くずと化して砕け散るぞ」
あ〜、イフリータの欠点ってそれかよぉ。匠のこだわり……。
「でもそれって魔法攻撃だよね。イマジネ・ボレアスに通じるの?」
「外からでは無理じゃな。いかなる魔法も弾いてしまう。だがしかし、中で放てば話は別じゃ」
「つまり、イフリータを守護者の体に突き立てて、フルバーストで内部から焼き尽くすのか!」
「その通りじゃ! やるのか? チャンスは一回こっきりじゃぞ」
通用するかどうかは、やってみなければ分からない。だけどやる価値なら十分にある。やってやるさ。やってやるとも。
「ちなみに発動方法じゃが、イフリータを装備した状態で『イフリィィィィィタ! フルッバァァァァストッ!』と叫べ!…とのことじゃ」
「お、おう…」
「それより見ておるかシロガネ!」
「へ?」
「イマジネ・ボレアスが不審な動きをしておるぞ」
僕は入場門に戻ると、こっそり実験場を覗く。なんだ? 何をやっている?
イマジネ・ボレアスの上の辺りの空間が歪み始めた。渦を巻きながら何かが形を成してゆく。あれは…あの形は…イカロスノツバサか? ラズ老師も飛行術で利用する魔法翼だけど、まさかカイジュウサイズの魔法翼とは…。でかすぎるせいで、発現させるのにも時間がかかるようだ。だけど何故ここで翼なんだ? この実験場は僕には広すぎるけど、カイジュウが飛ぶには狭すぎる。宙に浮いて僕の攻撃を避ける気だろうか? いや、被験者の護衛が最優先の守護者にそれはないか。じゃあなんだ?
程なくしてカイジュウサイズの魔法翼が完成すると、イマジネ・ボレアスは、たたまれていた魔法翼を大きく広げる、あまりにも巨大で、威厳に満ちたその姿は、まるで恐怖の大魔王だった。さあ、何をする? 何を仕掛けてくる? 僕は身構えて出方を待つ。しかしイマジネ・ボレアスは、いつまで経っても動こうとはしなかった。本当になんなんだ?
「なあじいちゃん。あれは何をしてるの?」
「威嚇……かのう? 喧嘩をする時、相手よりも大きく見せようとして、翼を精一杯広げて威嚇し合う鳥なら、見たことがあるんじゃが…」
「今更威嚇? 確かにバカデカくてプレッシャーは感じるけど、トラウマの無い僕には意味ないよね。本気で威嚇してる気なら、かなりのマヌケじゃね?」
「しかしイカロスノツバサに攻撃能力など無いしのう」
「威嚇に見せかけた罠だったりして」
「そう見せかけただけのハッタリかもしれぬな」
「と見せかけた罠だったり」
「と見せかけたハッタリかも」
「ああ、きりがない!」
「う〜〜む。ワシらは既にきゃつの術中にハマってしまっておるのやもしれぬな。ここはきゃつの立場で考えてみるか」
「きゃつって…イマジネ・ボレアスの?」
「初撃でいきなり体力の半分以上を持って行かれたら、お前ならどうする?」
「そりゃあ、対策を立てるまでは、次を喰らわないよう警戒するね」
「続く前足の踏みつけ攻撃や、尻尾の奇襲も、全てかわされた。相当に素早い敵じゃ」
「だからって守りに入るのは愚作だね。攻撃は最大の防御。攻撃が当たらなくても相手の攻撃する機会を奪えるなら御の字だし、失敗を誘えるかもしれない」
「最高のタイミングで攻撃魔法を喰らわせた。ところがピンピンしておる。ダメージを受けた様子がない」
「余裕があればもう一度試してから判断。余裕が無ければ魔法攻撃は通用しないと解釈して、別の方法を考える」
「では、別の方法とはなんじゃ?」
「……………うん。わからん!」
天ノ声からずっこける音が響いた。
「では一から考えてみようかの。守護者の目的はなんじゃ?」
「被験者を…護ること?」
「そうじゃ。目下の敵はお前一人じゃから、お前を倒せば手っ取り早い。しかし、守りはおろそかに出来ぬ。他の敵が現れぬとも限らぬでな。ではどうする?」
「近づいて来たところをすかさず攻撃……。いや、そもそも近づかせなければ、攻撃する必要もない?」
「そうじゃ! その通りじゃ!」
「う〜〜〜〜ん。でもそれだと、最初の結論に戻っちゃうんだよなぁ」
「やっぱただの威嚇かのぉ」
「だと思うけど……何か引っかかるんだよ」
「戦士の感というやつか?……いや、お前の場合は野性の感、野人の感かもしれぬな」
「しょうがない。やるしかないか」
「ん? 何をする気じゃシロガネ」
「うん。ちょっと威力偵察をね」
突入前、改めて守護者の様子をうかがう。相変わらず魔法翼を大きく広げたまま、こちらをじっと見つめていた。本当に、何を企んでいるのやら。もしものことを考え、御神酒の水筒は置いて行くことにした。入場門の裏なら守護者の攻撃も届かないだろう。僕は腰のマントを巻き直し、壁に掛け立てていたイフリータを右手に装備すると、気合いを入れる。
さあ行くぜっ! 二度目の突撃だっ! どう反応するっ? イマジネ・ボレアスッ!
実験場に1歩踏み出すと、早速守護者が語りかけてきた。やはり頭に直接だ。
《警告するぞクソガキ! それ以上近づくんじゃねぇ!》
おうおう、怖い怖い。今度はコワモテなゴツイ声だ。いかにもな脅しが僕に通用すると思われているのか。なんかシャクだな。当然僕はその警告を無視し、全速力で走り迫る。半分程距離を詰めた時、ふいに守護者が動き出した。広げていた魔法翼を、後ろへ、後ろへと動かしてゆくのだ。攻撃態勢に入るのか?
ラズ老師の話だと、飛行術に使う魔法翼は実体化している。つまり、物理的に影響を与えられる。もっとかみ砕いて言えば、おさわりオッケーってことだ。でも、それが何だというのだろう? それだけで攻撃に転用できるわけがない。
守護者に新たな変化が現れた。後ろの限界まで動いた魔法翼が、今度は前へ前へと動き出したのだ。もしかして、まさか、これは……うわぁっ!
とてつもない突風が僕を吹き飛ばし、僕の意識はどこかへと飛び去ってしまった。
アソボウ。シロガネ。
幼い声が聞こえる。誰? 僕を呼ぶのは誰?
目を開けると、僕の家だ。父がいて、母がいて、そしてクロガネがいる…。
ああなんだ、僕を呼ぶのはクロガネだったか。
アソボウ。シロガネ。
ごめんクロガネ。ちょっとやることがあってさ、今は手が離せないんだ。
だけどクロガネはだだをこねて、僕の手を放さない。
アソボウ。アソボウ。アソボウヨ、シロガネ。シロガネ。シロガネ…
「しっかりせい! シロガネ!」
僕は実験場の壁際に横たわっていた。ラズ老師の怒鳴り声で左耳が痛い。
見上げると、イマジネ・ボレアスの巨体が目に入ってきた。翼を広げたまま何もせず、ただ僕をじっと見つめている。
「どれくらい寝てた?」
「五分かそこらじゃ。まったく、肝を冷やしたぞ」
五分も眠ってたのに、ボレアスは何もしてこなかったのか。慎重なのか? 射程外だから? それとも単に興味が無い?
くそっ。舐められているのか。
頭と左腕が痛い。飛ばされた際、壁にしこたま打ち付けたらしい。左腕は骨折しているようだ。イフリータは…どこだ? 僕は立ち上がると辺りを見回す。すると側の壁に突き刺さっていた。危ねぇ。運が悪ければ串刺しになっていたかもしれない。僕はイフリータを引き抜くと、壁伝いに入場門へ歩く。やはりボレアスの反応はない。ただ僕を見つめているだけだった。
「じいちゃん。今のは何? 魔法なの?」
「いや、今のは見た通りの、ただの羽ばたきじゃよ。カテゴライズするなら物理攻撃……いや、物理防御かの」
たしかに、大してダメージも受けてないのだから、攻撃とは言えない。
「魔法翼は羽ばたいて空を飛ぶわけではない。じゃが、羽ばたきのまねごとは出来る。世の中には羽ばたかない翼が気持ち悪く思う者もおってな、そんな神経質な人のためのオマケ機能よ。実際パタパタと羽ばたかせたところで、そよ風程度の風力しか出せぬしのう」
「あれがそよ風? 暴風の間違いじゃねーの?」
「つまり、カイジュウサイズのそよ風じゃな」
「そうか…僕はそよ風にすら勝てないのか…。すげぇよイマジネ・ボレアス。完敗だ」
まいった。まいったよホント。この短時間で最適解を導き出すとは恐れ入った。接近戦特化の剣士なら近づけさせなければいい。確かにその通りだよボレアス。おかげで僕は何も出来ない。イフリータの必殺技も宝の持ち腐れ。完全にお手上げだ。なんだか泣けてきたよ。
「バカモン! 天下の王宮戦士があっさり敗北を認めるでない」
「だってどうしようも無いじゃんよ。近づけない僕に何が出来るのさっ!」
「…ひとまず、御神酒を飲んで回復しろ。話はそれからじゃ」
回復に意味があるのかな。傷を癒したってどうにもならないのに…。
ふおおおおおっ!
すげぇ! 本当に全てが回復した! 体の傷どころか、折れた心まで回復させるとは、御神酒ハンパねぇ!
「落ち着いたかシロガネ」
「…う〜ん、なんというか…。むしろテンションが上がってる気がするなっ!」
「ほほっ、元気なら何よりじゃ! さて、どうする?」
「どうしよう……」途端にテンションが下がる。
どうするも何も、死神の封印を解く以外、方法が無いような……いや待て。本当に封印を解けば勝てるのか? イマジネ・ボレアスは賢い。僕なんかより遥かに賢い。やるなら一瞬で決着を付けなくちゃ。手こずれば死神にすら対策を立てられてしまう。
その時、ベルトチカ老師の優しい言葉が耳に響いた。
「シロ坊や。どうしても無理なら降りてもいいんだよ」
「え……」
思いがけない提案に、僕は驚いた。
降りる? 降りていいの? そんな選択肢が僕にあったの?
「でもさ…僕がここで降りたら、この任務はどうなるの? 誰が引き継ぐの?」
「その場合は、王宮戦士の最強コンビにご足労願うことになるじゃろうな」
電光のライオと、フラン・ザ・グレート。単独でも相当強いが、コンビを組めば野薔薇ノ王国で敵う者はいない。むしろ、あまりにも強すぎるので、コンビを組む機会がほとんど無い。最後に組んだのは十年前。僕が王宮戦士になる前のことだから、伝聞でしか知らないが、隣国から攻め入ってきた軍勢を、たった二人で壊滅させたそうだ。頼もしくもあり、恐ろしくもある。
確かに確実だ。だけど…、だけど僕は、受けた任務を一度だって放棄したことはない。切り札も試さないで、こんな不完全燃焼なままで、引き下がれるわけがない!
「なんじゃ、そんなに口移ししたいのか?」
「したかねーわいっ! 思い出させるなぁぁぁっ!」
確かに、後のことを考えると気が滅入るけど……。このままボレアスに舐められたままでは我慢ならない。だけど、気合いやごり押しでどうにかなる相手じゃない。奴のそよ風すら打ち破れないのでは、封印を解いても何にもならないのだ。
何か無いか! 何か無いのか! ………あっ!
「あった! 見つけたよ! 勝利の鍵!」
「なんじゃと! それは本当か! 一体どうする気なんじゃ」
「最初にボレアスが反応するまで近づくでしょ」
「ウム。それで」
「イフリータをぶん投げる♪」
「は? な、投げちゃうのん? レプリカとはいえ、伝説の剣なんじゃが…。それを投げちゃうのん?」
「うん。そう。それでね、ダァ〜〜〜って走るの」
「だ、大丈夫かシロガネ。……そういえばさっきお前、頭打ってたような……」
「大丈夫、大丈夫。任せてよ♪」
やってやる。僅かでも勝機があるならやってやるさ。僕は王宮戦士なんだ!