【4】任務
「具体的な話は落ち着いてからにするが、今回の任務を一言で言うならば、救出作戦じゃな。成功すれば至福の達成感が得られ、失敗すれば永遠に消えないトラウマを心に刻みつける、楽しい楽しい救出作戦じゃ」
「あー…イイッスね〜、救出作戦ッスか〜。ヤリガイカンジチャウナ、ボク〜」
思わず遠い目になってしまう。あの頃僕は若かった…。
「ど、どうしちまったんだい? シロ坊の目が死んでいるよ?」
「なに、昼の任務で情報の行き違いがあってな。ようするにいつものアレじゃよ」
「ああ、なんだ。シロ坊お得意の全力で空回りかい。相変わらずだねぇ」
「こりゃっ! しっかりせんかい! 今回はホントにホントの救出作戦なんじゃ!」
大きな門を抜けると、これまた大きなエントランスホールに出た。見たところ四階まで吹き抜けになっているようだ。一階には石像が並んでいる。正面に受付があるが今は誰もいなかった。
「本当は受付で、面倒な書類手続きをしなくちゃいけないんだけれどね。今はそれどころじゃないから省略するよ」
そう言うと、ベルトチカ老師は懐から出したバッジを僕に手渡した。表に一文字『許』と刻まれているが、学の無い僕には読めなかった。
「入場許可章だよ。腰のマントにでも付けておきなさい。これが無いとガードゴーレムに羽交い締めにされちゃうからね。無くすんじゃないよ」
バッジをマントに付けてから周囲を見て、僕は肝を冷やす。石像が変化していたのだ。場所を移動し、ポーズも変わっている。僕を狙っていたとしか思えなかった。
「タルタロスは実験施設の集合体じゃが、通路は複雑怪奇に入り組んだ迷路になっとる。バッジを付けてるからと安心するでないぞ。それはあくまで対ガードゴーレム用。侵入者用トラップは個別に稼働中じゃ。間違ってもはぐれるでないぞシロガネ」
「なぁに、あたしが殿を務めるんだ。シロ坊を迷わせたりなんてしないよ。それでどこに行くんだい?」
「緊急とはいえ、いきなり丸腰で戦わせるわけにもいかんのでな。ブリーフィングもせねばならぬし……、まずは観察室じゃな」
ラズ老師は僕達に隊列を組ませる。直列に並んで、先鋒は案内役のラズ老師。僕が真ん中で、後衛はベルトチカ老師。なんだか三人パーティーで地下ダンジョンに突入するみたいだ。
複雑怪奇な迷路を歩いていると、時折ローブ姿の人を見かける。老師達に軽く挨拶する人。僕が上半身裸のせいか険しい顔で睨む人。何も言わずに通り過ぎる人。ゆったりとしたローブのせいで性別は分かりにくいが、一つだけはっきりとした特徴があった。みんな年寄りなのだ。
「なんか過疎の村みたいだね」ふとつぶやく。思えば、幼い頃住んでいた隠れ里も、年寄りばかりだった。
「それは少し違うぞシロガネ。ここには魔道士しかおらんだけじゃ」
「無理ないさね。魔道士になるのと魔法使いになるのとでは、天と地ほどに違うからね」
確かにみんな古めかしいファッションだった。ローブにマント、大きな帽子に長い杖。いずれも魔道士の王道だ。これが魔法使いだと大分違う。色鮮やかでファッショナブル。人にもよるが露出度も高い。ようするに二つの職種では圧倒的に平均年齢が違うのだ。
ラズ老師曰く、魔法は誰でも簡単に扱えるのだそうな。魔法具の前で呪文を唱え、必要量のマナを消費するだけだから、確かに簡単かもしれない。もっとも、文字の読めない僕には、地獄の猛特訓よりも難易度が高いのだけれど。
魔法使いになるのも難しくはないそうな。呪文を暗唱出来る程度の記憶力と、自前のマナを人並み以上に保持していれば、あとは自称するだけで良い。実際、魔法使いの冒険者は、大半が資格を持たぬ自称魔法使いなのだそうだ。
モグリではなく、正式な魔法使いを目指すなら、魔法使いギルドに加入すれば良いそうな。登録手続きが終了した時点で、ただちに見習いの資格が得られるし、ギルドの後ろ盾で仕事も斡旋してもらえる。修行は厳しいけど、昇級試験に合格すれば、等級に合わせて収入も増える。個人情報は管理されてしまうが、犯罪者でなければ問題も無い。もし過去に罪を犯していても、償ってさえいれば大丈夫。償っていない場合でも、遡って無理矢理償わせるので安心だ。野薔薇ノ王国に時効は無いが、償った者には寛大らしい。
だけど、魔道士はそうはいかない。根本的に次元が違うのだそうな。
魔法使いが魔法を使うプロなら、魔道士は魔法を開発するプロ。その道は深く険しい。スタートラインに立つための三つの条件が、魔法使いと比べあまりにも過酷なのだ。
魔法を自由自在に操るための極限修業。膨大な知識を頭脳に詰め込むための猛勉強。限界量を遙かに超えたマナを体内に保持するための体質強化。その一つでも乗り越えられるなら大したものだが、大抵は大きな挫折感を味わうこととなる。試練に耐えられたとしても、必要最低限のレベルに達するには数十年もの時が必要だ。五十代で新米扱い。それが魔道士なのだ。
「ちなみにワシは三十代で魔道士になったもんね〜」
ラズ老師のいつもの自慢話が始まった。
「はいはい、神童、神童」
それを軽く返すベルトチカ老師。本当に昔のまんまだ。二人とも全然変わってなくて、なんとも微笑ましい光景だった。
ベロニカ・ベルトチカ老師は、満四十歳にして試験を合格した天才大魔道士。対して、我らが大魔道士グリゴリヲ・ラズ老師は、四十歳の誕生日を向かえる直前に魔道士試験を合格した。誤差にして数日程度。寿命の長い魔道士にとっては僅差でしかないが、世間でのウケは三十代と四十代ではまるで違うらしい。しかし、だからといって三十代を神童と呼ぶのはいかがなものか。子供じゃないんだから。……いや、訂正しよう。ラズ老師のことはむしろ積極的に神童と呼ぶべきだ。いくつになっても子供だもんな、この人。
「よし、着いたぞ。そこが観測室じゃ。とりあえず第二観測室に入るぞ」
長く湾曲した廊下には四つの扉が見えた。それぞれの扉には文字が書かれていたが、僕にはサッパリ分からない。手前の扉を見ると、文字の他に数字があることに気付く。これはもしかして…四か? つまり複数ある観測室の中で、四番目の部屋と言うことだ。
「そこは第四観測室! 第二観測室はこっち! お前は数字もわからんのかっ!」
「そっ、それくらい知ってらぁ! ちょっと扉を見てただけだってば!」
「シロ坊……勉強しようよ…」
二人の大魔道士が僕を哀れみの目で見つめる。フンだ! フンだ! 文字なんか読めなくたって剣で身を立てられるさっ! 僕は二人と違ってバカなんだよ!
扉を開けると目の前には衝立があった。多分、廊下の光が部屋に入らないようにしているのだろう。左右に抜けられたので、ラズ老師に付いて右方向に歩いて行くと、薄暗い部屋の中に入る。
「ま、明かりは付けても大丈夫じゃろ」
ラズ老師が指をパチンと鳴らすと、天井のクリスタルが輝き室内を灯す。観測室は宿屋の部屋に似ていた。それもかなりの高級宿だ。仮眠用のベッド、食料や水、さらにトイレやシャワー室まである。宿屋と違うのは、よく分からないカラクリが設置されていることと、窓の代わりにかんぬきのかかった金属製の小さな扉がが三つあるところだろうか。
「実験の観測が長引くこともあるからね。保存食だけど、食料は一ヶ月分備蓄しているんだよ。ああそうだ、最近タルタロスでもガングワルド製の保存食を導入してね。せっかくだし、食べるてみるかい?」
ベルトチカ老師、その、おばあちゃんが遊びに来た孫に振る舞う的なシチュエーションはどうなの? いやいや、もちろんいただきますとも。異世界製なんて滅多に食べられないし。それはもう、せっかくですから。
「さてシロガネ。任務をかいつまんで説明するぞ」
試食会に参加したラズ老師が、モグモグさせながらブリーフィングを始める。
「いかに強い勇者であろうと、眠っている間は無防備じゃ。ではどうするか? 一般的な対策は二つ。宿屋のような安全地帯を確保するか、信頼できる仲間を見張りに立てるかじゃ」
僕は察した。この前置きからして、老師の話は確実に長びく…と。
「しかし冒険をしていれば、仲間や安地を確保しないまま意識を失う事だってある。その先にあるのは悲惨な未来のみじゃ。身ぐるみ剥がされるか、陵辱されるか、奴隷商人に売り飛ばされるか、ただ殺されるか。いや、死んだら死んだで死人使いにこき使われるやもしれぬ。ワシの冒険者時代の経験から言わせてもらうと、自宅まで運んで介抱してくれるような美少女が通りすがる可能性など、奇跡よりも低いからな。
そこでワシは考えたんじゃ。眠ったり意識を失って無防備な時、命じなくても勝手に護衛してくれる守護者を造ってはどうかと。しかしゴーレムでは、操る像なり人形なりが必要で、荷物がかさばって冒険者には不便極まりない。ならば魔法のみで生み出す疑似生命体にすれば良い。こうして立ち上げたのが『勝手に守護者計画』じゃ」
どうでもいいけど、その名前、何とかならなかったのだろうか。いやまあ、凄くどうでもいいことだけども。
「術式の完成度は八割程度と言ったところか。開発も順調でな、発動実験も先週から始めたところじゃ。ただ、実験には一つ問題があった。勝手に守護者は詠唱の後、更に術者が意識を失わねば発動しないんじゃ。そこで実験の際には被験者に眠り薬を飲んでもらっておる。今日の実験も滞りなく進み、予定通り一時間で終了した。ワシらが異変に気付いたのは、そこからじゃ」
ようやく本題か。長かった…。
「睡眠薬の効果には個人差がある。予定時間より早く目覚めることもあれば、遅いこともあるじゃろう。ところが今回、予定を三時間オーバーしても、被験者は一向に目を覚まさぬのじゃ。原因は不明。可能性は色々考えられるが、最悪は睡眠薬の量を間違えた可能性じゃ。どんな良薬でも過剰摂取すれば毒になる。笑えないジョークじゃが、睡眠薬を飲み過ぎて永遠の眠りにつくことだってあるんじゃ」
たしかに原因が分からないなら、最悪の事態を想定して動く必要はある。それは分かるのだけど、どうにも分からない。僕って必要? 荒事専門だよ?
「じいちゃん、ちょっといい? 薬の問題って事は分かったけど、ここは魔道士だらけだし、解毒の魔法くらい誰だって使えるよね?」
「もちろんじゃ。じゃがな、ワシらでは近寄ることすらできぬのよ」
僕は意味が判らずキョトンとする。どゆこと?
そこでベルトチカ老師が大きくため息をつき、つぶやくように話す。
「勝手に守護者は、六時間過ぎた今も発動中なんだよ。近づく者全てを敵と判断して、容赦ない攻撃を仕掛けてくる。その名前の通り、勝手に被験者を護り続けているのさ。皮肉な話だよ。そのせいで被験者の命が大ピンチなのだもの」
僕は驚いた。目の前にいる二人は、野薔薇ノ王国を代表する大魔道士だ。タルタロスにだって無数の魔道士がいる。なのに、守護者とやらを突破できないだって? そんなことがあり得るのか?
「もう少し具体的な話をするぞシロガネ。今回の実験は、勝手に守護者が一時間の実験中にどこまで成長するかを検証するものじゃった。すなわち、守護者には学習能力があるんじゃ」
「学習って……疑似生命体のくせに勉強なんかするのかよ。うげぇ〜」
「うげぇ〜じゃない! お前もせんか勉強を! 誇り高き王宮戦士が率先して王国の識字率を下げてどーすんじゃ。国民の規範とならんか! 規範と!」
「うっせぇ! うっせぇ! 文字見てたら眠くなるんだよっ」
ゴメン。脱線した。話を続ける。
「守護者は一種の魔法生物じゃ。術者のマナを消費することでその姿を維持しておるし、攻撃や回復の魔法も術者の保有するマナに依存しておる。そして術者のマナを使い切れば守護者は消えてしまう。少しでも長く術者を護り続けるためには、マナの消費を最小限に抑えつつ、最大限の効果を出す必要があるわけじゃな。ここで学習機能が活きてくる。
近寄る敵を常に分析し、弱点を見つければそこを突く。それで勝てば、より効果的に弱点を突くよう特化し、マナの消費を減らしてゆく。負ければ、力不足と判断してマナ消費を増やし強化する。勝てばマナ消費の効率化をどこまでも追求し、負ければマナを湯水のように浪費してでも強化する。この繰り返しの行く果てを見定めるのが、この実験の目的だったわけじゃ」
「今のような緊急事態に陥るまでは、見ていて楽しかったんだよ。状況を分析して最適解を導き出して、強く成長していったからね。本当に楽しかったんだ…」
ラズ老師は、窓際へと移動すると、舞台挨拶をする興行主のように口上を始める。
「さぁ〜てお立ち会い! ワシらが一時間かけて育て上げた究極の守護者! とくとご覧あれい!」
ラズ老師はかんぬきを外し、金属の扉を開ける。すると頭より大きいくらいの丸い覗き窓が現れた。僕にそこから外を見ろってことらしい。はてさて、何が見えるのだろうね。
「…………ええっと。あれは何?」
「ん? この実験場か? タルタロスの中で最も大きな半球状のドーム型実験場じゃな。なんと直径五千メータじゃぞ。地下にあるとはとても思えないじゃろ。正式名称はたしか第一実験場じゃが、それでは味気ないので、神話にちなんでヘカトンケイルと呼ぶ者もおる」
「そこじゃなくて!」
「む? すると真ん中にある一人用シェルターのことか? あの中に守護者が守る被験者が眠っておる。実験の最中、何らかの手違いで被験者が攻撃を受けては大変なのでな。棺の型やデザインがナイル風なのは、まあ…趣味みたいなものじゃ」
「いやっ、だからっ」
「おお、すまんすまん。守護者のことじゃったか。ま、ご覧の有様じゃ」
「ご覧の有様って……あり得ないでしょ! もしかして幻惑系の魔法?」
「幻惑系ならばワシら魔道士で対処できとる。実体があるから困っとるんじゃ」
第一実験場ヘカトンケイルの中央に陣取っているのは、緑色のドラゴンだった。だがそれだけならまだ良い。巨大なのだ。とてつもなくでかい! でかすぎるっ! 我らが世界オトギワルドには神竜と呼ばれるビッグサイズのドラゴンがいるが、大きくてもせいぜい二十メータ程度。だがこいつはその十倍はある。例えるなら、相応しい名前がある。異世界ガングワルドで言うところのカイジュウだ!
「あれはな、四十九番目の守護者じゃ。ワシは仮にイメジネ・ボレアスと呼んでおる」
ラズ老師が再び騙り始める。
「最初は新米の魔道士どもにまかせていたんじゃ。しかし四十番目がどうしても撃破できん。そこからは、この偉大なる大魔道士グリゴリヲ・ラズの出番じゃ。ワシは実戦経験も豊富じゃからな、四十八番目までは超余裕じゃった」
「ところが四十九番目で、ついに究極の姿になった?」
「いやいや、守護者は無限の可能性を秘めておるでな。あれもまだ道半ばよ。じゃが、このワシを撃退するという1点に限っては、究極の形と言える」
「……よく分からない。どゆこと?」
「四十九番目のあの姿はな、暴風神竜ボレアスじゃ。風系魔法を使う神竜として有名じゃな。守護者の奴、正攻法では非効率と判断して、わしの心を読み、若かりし日のトラウマを具現化しおった」
カタカタとかんぬきの揺れる音。鉄の扉を掴むラズ老師が震えていた。笑顔は絶やさないが、顔からは脂汗が流れている。そういえば、覗き窓を開けてから一度も窓の方角を見ていなかった。海千山千のラズ老師が、それほどのトラウマを抱えていたとは驚きだ。
「あの時は驚いたねぇ。本気の悲鳴を上げながら逃げ出すグリゴリなんて、あたしも初めて見たよ。かわいいところもあったんだねぇ」
ホホホと嬉しそうにほほえむベルトチカ老師。いやいや、笑ってる場合なのかな? 結構深刻な事態だと思うのですけど。
「も、もういいかの」
僕を覗き窓の側から追い払うと、慌てるように鉄の扉を閉じ、かんぬきを掛ける。本当にどんな体験をしたのだろう。いつか聞き出してやろうと思いつつ、目の前の問題に向き合う。ようするに、僕があれを倒せばいいのだ。
「うん! 無理!」
僕は素直に白旗を揚げた。
「コリャ! あっさり逃げるでない! 王宮戦士の名が泣くじゃろーがっ!」
「泣かせとけよそんなもん! どうすりゃ倒せるんだよあんな化け物!」
「攻略法ならちゃんとあるわい! さっきも言ったじゃろ。あれはワシのトラウマを具現化したものじゃと。本物のボレアスは十数メータ程度。それがあそこまで馬鹿でかくなったのは、ワシのトラウマが反映されたからに他ならぬ」
「ホホホッ、つまり、あれほど巨大に見えるほどボレアスが怖かったんだね。お漏らしとかしてないだろうねぇ? おむつはしているかい?」
「うっさいわっ! ベロニカは黙っとれい! ……とにかくじゃ、どんなに巨大で恐ろしくても、ワシ以外にとっては見かけ倒し。それにな、これまでワシらは魔法攻撃しかしておらぬ。守護者にとって物理攻撃は全くの未知数なんじゃ。シロガネの剣撃ならば、必ず通用する」
なるほど。ラズ老師が僕にイマジネ・ボレアスを倒させたいのは分かった。トラウマと対峙するなんて地獄だもの。その程度の尻ぬぐいなら、引き受けたってかまいはしない。だけど、まだ分からないことがあった。
「ねえじいちゃん。見かけ倒しとは言ってもさ、ちゃんと実体があるんだよね? あんなどでかいドラゴンを魔法で生み出すのって、簡単にできること?」
「うんにゃ。あの巨体を維持するだけでも、膨大なマナを消費するからのぉ。魔法使い程度ではまず不可能。魔道士でもひよっこレベルでは難しいじゃろうな」
「それだったら攻略も簡単じゃん。術者のマナが尽きれば守護者も消えるんでしょう? 放置でも良いけど、守護者に反撃させてマナをガンガン使わせれば、なお良いんじゃないかな」
「ほう、気付いたか。確かにそれが正解じゃろうな。普通の魔道士ならば…」
「……は?」
「そうだねぇ。多少時間はかかるけど、倒すより確実だろうね。普通の魔道士ならば…」
「……へ?」
「だから言っとるだろう。普通の魔道士じゃったらどれだけ良かったかと!」
僕は意味が分からなかった。野薔薇ノ王国には他国よりも大勢の魔道士がいる。だけど大魔道士と呼ばれる程の実力者は、ラズ老師とベルトチカ老師の二人だけだ。
それとも…まさか?
「ふむ。そうじゃな。世間には公表してなかったんじゃが、シロガネには話しておこう」
「もしかして、他にも大魔道士がいるの? 三人目がいるの?」
「フォッフォッフォッフォッ、さすがはシロガネ。頭は悪くても感は鋭いのう」
さすがはラズ老師。いつも一言余計だ。
「じゃが外れじゃ。なにしろ被験者は、ワシらが束になっても敵わぬ程の魔力がある。保有マナも膨大でな、マジで底が見えん。そして何より天賦の才に溢れておる。すべてにおいて桁外れな大魔道士なのよ。つまり……」
「つまり……?」
「正解は、大魔道士を超えた大魔道士じゃ!」
「大魔道士を超えた……大魔道士っ?」
驚いた。二人だって十分化け物めいているのに、その上がいるというのだ。ラズ老師ですら今のレベルに至るのに六十年かかった。ならば見知らぬ被験者が、超越した力を得るために重ねてきた年月は? 百年か? 二百年か? それ以上か? 探求心を満たすために体質を変え、寿命を延ばし、超越した力を支配する。それははたして人間なのか? 本物の化け物ではないのか? もしくは神…か?
「うむ、あえて呼ぶなら…そう! 超魔道士じゃなっ!」
「ちょっ、超魔道士?」
あ、あれ? おかしいな…。一気に胡散臭くなったような。
「ともかく、あの程度の消費でマナが尽きるなんて事は絶対にありえん。そして今のところ、被験者が目を覚ます見込みは無い。もし今この状況で守護者が消えたとしたら、それは被験者の死を意味するんじゃ。それだけは何としても避けねばならぬ」
僕は少し時間を貰い、ラズ老師の話を自分なりにかみ砕いて整理してみた。
「つまり、こういうことだよね? 被験者を目覚めさせるには解毒するしかない。解毒するには中央の棺まで近寄らないといけない。棺に近寄るには守護者を倒さなければならない。そして守護者には物理攻撃しか通用しない。だから僕はここにいる」
「その通りだよ、シロ坊。守護者を倒し、被験者に解毒薬を飲ませる。これが任務。救出作戦の全貌さ」