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【1】王宮戦士

 おかしい。人々の視線が突き刺すように痛い。何が問題なのだろう。

 僕が着ているのは赤い戦闘服に白マント。いずれも王宮戦士に支給される制服だ。右袖は肩から無くなっているが、この程度のアレンジに眉をひそめる者はいないはずだ。何しろ仲間達のアレンジはもっと酷いし…。左腕のガントレットや両足のグリーブだって、ケチを付けられるような防具ではないはずだ。そして包帯まみれの右腕には、両手剣を握っている。戦士は武装するのが当たり前なので、問題視されているとは思えない。

 問題があるとすれば、王宮戦士らしからぬ所だろうか。

 例えば左手に抱えるバスケット。中には急な呼び出しで食べ損ねた、僕の昼食が入っている。暇を見て腹ごしらえをしようと持って来たのだけれど、牧歌的すぎて王宮戦士のイメージダウンだと思われているのかもしれない。

 もしかして、僕が若造だから不満なのかな。なにしろ僕は十五歳の若輩者。しかも年齢よりも幼く見える。実際、子供の王宮戦士なんて僕だけだもの。初めて見た人には違和感しか無いかも。

 それとも…この肌の色せいかな。銀髪はともかく、褐色肌なんて野薔薇ノ王国では見たことがない。遠く南方の国では多いらしいけど。でも、肌の色が痛い視線の原因なら……なんだか悲しいね。

「バカモノ!」

 気落ちしていたらラズ老師に叱られた。

「南方人だろうが異世界人だろうが関係無いわい! 王室に忠誠を誓う限り、何人たりとも受け入れる。それが野薔薇ノ王国じゃ。ま、逆に王室に反旗を翻す裏切り者には、民であろうと貴族であろうと容赦しないがの」

「じゃあ、どうして僕は避けられてるのさ。なんだかみんなに嫌われてるっぽいけど」

「あのなシロガネ……。そんなゴツイ大剣を抜き身で持っておれば、誰だって警戒するわい!」

「えっ! なんで? カッコイイのに」

「誰もがお前みたいに強くは無いのっ! 刃物を向けたら危ないじゃろうがっ! 怪我したらどうするんじゃ! 今はワシがいるから良いようなものの、回復アイテムだって安くはないんじゃぞ!」

 ああ、そうか! そう言うことだったのか。ラズ老師のツッコミのおかげで、僕はようやく世間とのズレを理解できた。

「何とかならんかったのか? 鞘に収めるとか、背中に背負うとか」

「ああ、それは無理だよ。これに合う鞘なんて無いし、背負ったら重すぎて背骨が折れちゃうもの」

 僕の右腕には奇妙な能力がある。左腕には重すぎて持ち上げられない武器でも、右腕では軽々と持ち上げ、振り回せるのだ。だから今日はつい調子に乗って、僕よりも大きくて重い、肉厚の大剣を持ってきてしまった。

「急に呼び出して悪かったが今は忙しいのでな。とりあえずお主はあの丘で待機しとれ」

「へーい」

 あっと、いけない。丘に行く前に済ましておかないと。

「えっと…その、なんだ……。怖がらせちゃって、みんなゴメンね」


「さて、今日のお昼はナンジャラホイっと」

 僕はラズ老師の指示に従い、丘の上にある大きな岩に陣取った。ここは見晴らしも良いし、せっかくのピクニック日和だ。遅めの昼食と洒落込もう。バスケットの中身は、サンドイッチや様々な具を挟んだロールパン。それにおにぎりや水筒。寄宿舎の食堂を使えない僕のための特別メニューだ。

「食堂のおばちゃん、いつも美味しいお弁当をありがとう。いただきます」

 最初の一つ目は、包帯まみれの右手に持たせる。これはクロガネの分。二つ目からは全部、僕の分。郊外では何が起きるか分からない。邪魔者が来る前にとっとと食べてしまおう。

 ようやく腹が落ち着いた僕は、辺りを見回す。

 丘の左側は雑木林が広がっていて、特におかしな様子は無い。実にのどかな風景だ。

 丘の右側はひらけた野原で、馬車道の先に小さく村が見える。これものどかな風景だ。 僕がさっきまでいた丘の下には、数台の運搬用馬車と共に不揃いの武装集団がいる。これは少々物騒……いや、やっぱりのどかかな?

 人数は四〜五十くらい。内訳は冒険者と賞金稼ぎが中心で、地元の狩人が数人とまあ、ここまではいつもの光景。だけど、在り合わせの農具や台所用品で武装したヘンチクリンが混ざっている。女の人や子供までいる。どう見ても素人だ。もしかして村人だろうか。そして僕と同じように白マントを着用する老人が一人。王宮魔道士のラズ老師だ。今作戦のリーダーとして、計画を説明しているのだろう。

「はてさて、僕の任務はナンジャラホイ?」

 僕は無い知恵を絞って考える。結構な頭数を揃えてはいるが、村人まで動員しているのが気になる。質よりも量の人海戦術となると、山狩りかな? ターゲットは誰だろう? 遭難者か、犯罪者か、手負いの魔獣とか? ……いや、犯罪者や手負いの魔獣は危険すぎるから、素人を動員するはずがない。かといって、素人向けのヌルい仕事なら、わざわざ僕を緊急で呼び出したりはしない。

 改めて丘の左側を見る。やはりおかしな所は無い……いや? 確かに見た目は変哲もないけど、鳥や動物の声がしない。でも気配は感じる。間違いなく何かいる。

 ん? 今のはなんだ? 木陰の切れ目に何か見えた。凝視していると、その正体がアリンコだと分かった。もちろん僕は千里眼持ちではないから、一寸ほどのちっぽけなアリンコは見えたりしない。つまりどういう事かというと、異様に大きなアリンコなのだ。

「あれはな、化け物アリじゃよ」

 いつの間にやらラズ老師が僕の側に立っていた。ローブ姿に白い二重マントは王宮魔道士である証。そして背中には魔法翼イカロスノツバサが発現している。飛行術でここまで飛んできたようだ。それにしても、気配を気取らせずに僕に近づくとは…。さすがは偉大なる大魔道士グリゴリヲ・ラズ老師である。

 ああいけない。紹介が遅れてしまった。この御仁、本名を『偉大なる大魔道士グリゴリヲ・ラズ』と言う。いや、冗談ではなく、本当にこれが本名なのだ。昔はただのグリゴリヲ・ラズだったが、己の偉大さを世に知らしめるため、十数年前に改名したのだとか。実際、野薔薇ノ王国で一、二を争う魔道の実力者であり、王宮魔道士の長でもあるのだけれど…、偉大さを自称するのはどうなんだろう。僕だったら恥ずかしくて死にたくなりそうだ。

 ラズ老師は雑木林を見つめながら話を続ける。

「化け物アリは、深キ深キ森の奧に生息する人間大の巨大アリでな、たまに人里に迷い出てくるんじゃ。一匹二匹なら大して強くもない雑魚じゃから、冒険者や狩人の食い扶持にちょうど良いんじゃが、これが集団で来られるとかなり厄介での。人や家畜が襲われることもある」

 さすがは解説好きのラズ老師。熱が入ると長びいてしまうのが玉に瑕だが。

「ところでシロガネ、化け物アリを見るのは初めてか?」

「う〜ん、どうかな。あれが深キ深キ森の出なら…多分、知ってたと思う」

「相変わらず思い出せぬか。まあよい、まあよい。慌てることも無かろうて」

「ところでグリゴリじいちゃん、なんだか嬉しそうだね。良いことでもあったの?」

「フフフ、分かるか? いやなに、今やっておる魔法実験が順調でな」

「へぇ〜。知らなかった。じいちゃんって女の人以外にも興味があったんだ」

「バカモノ。これでもワシは王国一の偉大なる大魔道士じゃぞ。本分を忘れるものかよ。それより、お前はどうなんじゃシロガネ。十五にもなってまだ食い気か?」

 バスケットに気付いたラズ老師が、突然そんな話題を振ってくる。

「そりゃあ、女の子がいなくても生けていけるけど、食べ物がないと生きていけないし」

「え〜〜〜〜っ! ワシは女の子のいない世界なんてまっぴらゴメンじゃぞ〜。男だらけじゃむさ苦しくて、生きるのがイヤになるわいっ!」

 女の子って……いや、老師の年齢なら、三十代や四十代でも十分可愛い女の子だよね。きっと女の人のお尻を追っかけ回すのが、老師の元気の秘訣なんだろう。僕にはとても真似出来ないけどさ。そんなことを考えながら、僕はふと包帯だらけの右腕を見つめる。

「ん? その右手に持っているのは何じゃ?」

「これは……クロガネの分だよ」

「……ああ、なるほど。…いつもの供物な」

 僕の右手には、サンドイッチのような何か、が乗っていた。瑞々しさは無く色あせ、軽く握ると風化してバラバラに崩れ落ちていく。それに命があるのなら、死んでしまった…と言えるだろう。


「さて、遅くなったが、任務を説明するぞシロガネ。今回は化け物アリの駆除じゃ」

 ラズ老師の顔がキリリと変わる。

「殺生など気が進まんじゃろ? ワシもそうじゃ。化け物アリとて生きる権利はある。深キ深キ森で繁殖する分には目こぼししてもかまわぬさ。しかしきゃつらはテリトリーを越え、この雑木林に巣を作りおった。こればかりは見過ごせぬ。村に近すぎるでな」

「だから大規模な掃討作戦ってわけね」

「化け物退治は彼らの食い扶持じゃからの。地上に溢れ出た化け物アリの始末は、狩人や冒険者達に任せる。しかし数が数じゃ。苦戦するようならワシが魔法でフォローする」

「じゃあ僕は、冒険者達と一緒にアリ退治をすればいいの?」

「は? 何を言っとるんじゃ。そんなくだらない任務で、天下に轟く王宮戦士を呼ぶわけが無かろう。お前には女王アリを始末して貰うぞ」

「女王アリって……どうやって巣の奧にいる女王を倒すのさ?」

「そりゃお前、化け物アリの巣の奧に突入するに決まっとるじゃろ。お前が単身でな」

「はああああああ?」

 先ほどラズ老師が言った通り、化け物アリは単体では強くない。しかし、集団だと非常に厄介だ。そして巣の中には数十匹、場合によっては数百匹ものアリがいる。そんな穴に突入するなど正に自殺行為である。ちなみに本来の駆除方法なら、一級以上の魔法使い一人で事足りてしまう。やり方はカンタンだ。巣穴を残すならアリに効く毒を、巣穴を潰すなら真っ赤に熔けたマグマを、巣穴の入り口から流し込んで一網打尽にする。飛行術で飛んでいれば反撃の心配すらない。ね? カンタンでしょ?

「そうしたいのは山々なんじゃがな。実は昨日から、村の若者が三人、このタイミングで行方不明になっておる。冒険の旅に出たがっていたそうじゃから、ただの家出かもしれぬが、化け物アリに捕まり、巣穴に連れ込まれた可能性があるんじゃ」

「昨日から行方不明……。それってもう手遅れじゃないの?」

「かもな。じゃが、確かめてすらいないのに、無関係とは言えぬし、諦めろとも言えん。特に、必死に訴える母親にはの」

「そう言えばじいちゃん、人妻とか未亡人が好みだっけ?」

「そうそう! 人妻特有の色気がな…って、それとこれとは別儀じゃ〜〜〜〜〜い!」

 雑木林が騒がしくなってきた。予想以上に化け物アリが群れているのか、それともこちらに気付いて護りを固めたか。

「だったらさ、右腕の封印、解いてもいいか? いいだろ? いいよな?」

「バカモノッ! アリンコごときに死神を使うなどとんでもない。切り札は最後まで取っておくものじゃぞ」

「ちぇっ」

「……というか、今回は絶対に死神を使ってはいかんぞ。絶対にじゃ!」

「え? なんで? どゆこと?」

「お前の死神が殺すのは生命だけじゃなかろう。土に触れれば土を殺す。岩に触れれば岩をも殺す。水や空気すら殺す。巣穴のような狭い場所で封印を解こうものなら、地底の空気があっという間に死に絶えるぞ。もし巣穴に人がいたならば、窒息して確実に死ぬ」

「なんだよそれ! じゃあ、なんで僕が呼ばれたのさ!」

「まあ落ち着け。確かに救出作戦において、洞穴と死神との相性は最悪じゃ。しかし、王宮戦士の面子を思い出してみい。どいつもこいつもガタイばかり良い奴ばかりじゃろ。狭い巣穴でまともに戦えると思うか?」

「あー…確かに…。埋もれるか、穴にハマって動けなくなる未来しか見えない…」

「その通りじゃ。サイズ的に考えて、小柄なお前か、エンジャくらいしか任に就ける者がおらんのよ。しかしエンジャはなぁ…」

「虫が死ぬほど嫌いだったね、エンジャさん……」

 僕は思わず頭を抱える。任務は分かったし、僕が呼ばれた理由も分かった。だけど……なんというか、気持ちが盛り上がらない。行方不明者が冒険を夢見る若者なら、旅の半ばで朽ち果てるのも覚悟の上のはず。いわゆる自己責任って奴だ。わざわざ助ける意味なんてあるのか? いや、あるにはあるのだろうけど…。冒険を始めた矢先にアリンコに捕まるようなマヌケでは、先が思いやられるというか、ウンザリというか…。

 何か無いのか? 冷めた僕の心をたぎらせるような何かは…。

「なあじいちゃん。訴えてきたお母さんって、もしかして若いの?」

「確か三十代前半くらいじゃと思ったが……。なにお前、まさかその年で人妻に目覚めたのん?」

「ち・が・う!」

 あああああ〜〜〜殴りてぇ。このニヤケ顔。

「お母さんが三十代前半なら、行方不明の若者は、いくつくらいなのかなって…」

「なんじゃそういうことか。フム…はっきりとは分からんが、三人のうち二人はお前と同じくらいで、一人は十歳そこらの娘とか聞いたぞ」

 僕は立ち上がるとラズ老師に怒りをぶつける。

「そういうことは早く言えっ!」

 僕くらいの若者なら、放置して良いと思っていた。だけど幼い子供は違う。女の子ならなおさらだ。僕は側に置いていた大剣を掴むと、岩を飛び降りた。

「待たぬかシロガネ!」

 振り返ると、叫んだラズ老師が小さなアンプルを投げて寄こす。

御神酒ソーマじゃ。どんな怪我でもたちどころに治すぞ。生存者がいたら飲ましてやれ!」

 僕は全力で丘を駆け下る。目指すは雑木林に覆い隠された化け物アリの巣穴。胸クソ悪い結末なんて、絶対に認めるものか! 絶対にだ!



 時はまだ見ぬ近未来。所は異世界オトギワルド。

 野薔薇ノ王国に、若き王宮戦士が一人、在りけり。

 彼の名はシロガネ。右腕に死神が棲まう、銀髪に褐色肌の少年剣士なり。

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