攻防の末
側に居てくれとグレンさんは言っていたけど、絶対に迷惑になるからと断り続けていた私。しかし、相手は百戦錬磨の隊長だ。私が断ると「一人では危ない」「人拐いもいる」「暴漢にあったらどうするんだ?」果ては「どのみち純血種のお前はどこかの国に属さなければならないし、保護される運命なんだ。なら、鬼の国で俺の保護を受けても問題ないだろう。」と言うのだ。
結果、私にはこれしか言うことが出来ないじゃない
『……よろしくお願いします。』
「ああ。」
その満足気な表情が無性に苛立った。
いや、グレンさんの善意に苛立つのは烏滸がましいのも理解しているよ?この世界のことを何も知らないし、平和な日本で生きてきた私には過酷な世界なんだろうって事も。生き残るためには誰かに学ばなくてはいけない。この世界にとって純血種の重要性と役割をね。
そして翌日、私達は鬼の国へ向けて出発した。
私は荷車を使おうと思ったんだけど、グレンさんが目立つし、古い時代の荷車は警戒されるとかで却下された。そのため、グレンさんの腕に抱かれながら
徒歩で行くことになった。
『お、重くない?私も歩くよ?』
「重くない。歩く必要もない。それに、俺は隊長の地位を預かる兵だ。ユキを抱えるのだって剣を持つより軽いよ。」
そう言われれば大人しくするしかなくて、羞恥と自尊心を抑えるのを必死になっていた。確かに私の服装は着物で裾を気にしながら歩くのも疲れる。歩幅だってグレンさんより遅いから尚更大変だ。
『この川を下っていくの?』
「そうだ。この川は鬼の国の水源になっているんだ。生活水も何でもこの川の水を使っている。だから川を下れば国に着く。」
『そうなんだ。』
まあ、昔の地図には詳しく書いてなかったし、グレンさんの土地勘に任せるしかない。
『ねぇ、グレンさん。さっきの話を蒸し返すようで悪いけどね。私を連れていってグレンさんのお仕事に支障はないの?』
「…確かに仕事があるからずっと一緒にいられないが、俺の屋敷には便りになる奴もいるし、寮もあるからそこで日中預かってもらえる。何も支障はない。いや、支障なんて言わせないさ。」
グレンさん…悪い顔になってますよ?
それにしても屋敷を持っているってことは、ただの隊長なんかじゃないよね。だって寮があるなら独身男なら寮で充分なはず。
『グレンさんは、その、貴族かなんかなの?』
恐る恐る聞いてみると、歩みを止めて驚いた表情で私を見下ろしてきた。
「よく気がついたな。」
感心したように呟くグレンさんに「本当に貴族なの?」と聞くと「王位継承権を放棄した元王族」という答えが返ってきた。
『えええ!?グレンさんって王子様なの!?』
「プッ、王子なんて柄じゃねぇさ。俺は前国王陛下の婚外子さ。平民の母に初めて恋をした前国王陛下が生ませたんだ。」
な、なんかファンタジー小説にありがちな設定だよね。ま、まさか王族の皆様に酷い仕打ちを受けていたんじゃ?
「そんな泣きそうな顔をするな。ユキの考えている事は何となく分かるぞ。俺は王族なんて畏れ多いって言ったんだが、前王妃陛下を始め、異母兄弟達に可愛がられたよ。俺が王位継承権を放棄するときも逆に反対される位に。」
『え…』
「な?驚くだろう?普通は嫉妬の対象になって疎まれるのに、逆に母の代わりに俺を愛してくれたんだ。家族に迎えてくれた。だから俺は彼等に一生の忠誠を誓っているんだ。」
誇らしげに語る姿に無理などしている様子もなかった。本当に家族を愛してるんだなって思った。
短い間だけだけど、グレンさんを友達…と思うのも烏滸がましいかもしれない。でも大切な友達が苦しんでなくて良かったと思う。
さて、グレンさんが王族だと判明した事で更なる問題が浮上する。
『雪女の私が側にいてご家族の皆さんは反対しないかなぁ?』
「反対するわけないだろう。」
何を言っていると眉を寄せるグレンさん。少し不機嫌になってきたように思います。でも、私も自分の身を守るためには情報も必要ですし、もし、危険分子だと判断されて攻撃されたら…私だって傷つきたくないもの。だから可能性があるなら、今からでも離れるのは遅くはない。今だけなんだよ。
『…グレンさん、私は子供だけど大人でもあるの。見ず知らずの雪女を貴方に近づく事を周囲は反対なさらない?私は…怖い。拒絶されるのが怖いです。』
前世での私は能天気な女だった。そこそこ友達だっていたし、争い事なんて縁遠い出来事だった。
こうして大人ぶっているけど、本当は不安で怖くて堪らない。家族を拒んだのだって普通の子供として生きられないから…家族に嫌われるのが怖いから断ったのだ。
ヒクヒク泣いていると、グレンさんが優しく抱き締めてくれた。
「俺の我が儘で無理矢理連れてきたんだ。怖いよな。すまなかった。」
『むり…やりっなんて…お、思ってないよ!ほ、本当はっ、ヒック…うれしかったの!でも、グレン…さ…みたいに…うけいれて…』
「…確かに最初は皆驚くだろうし、警戒もするけどユキを傷つけたりなんかしないさ。鬼の国は子供を大切にする国なんだ。俺の兄上…国王陛下は子供を宝とし大切にせよと政策を実行した王だ。だから何も怖がることなんてない。」
俺が守ってやるからと言ってくれた。その言葉がストンと素直に私の心に収まっていった。
今までも沢山の言葉をくれたけど、私は受け流していたし信じていなかったんだ。でも、私の不安を受け止めてくれた彼の言葉を素直に受け取ろうって思ったんだ。何も不安に思うことなんかない。グレンさんが守ってくれる。大丈夫。
『私、皆さんに仲間に入れてもらえるよう頑張る。グレンさんと友達だって認めて貰うんだ。』
「と、友達?」
『あ…友達は失礼だったかな…その、グレンさんに
お世話になる…』
「いや、友達でいい!そんな自分を卑下しないでくれ。そうだな、友達だ!」
何だか様子が変な気がするが、友達だと認めてもらえたので堂々と友達と呼べる。
『すみません、泣いたりなんかして。何だかスッキリしました。』
「それなら良かった。…また不安になったのならいつでも相談してくれ。友達なら当然だろう?」
『はい!』
これからご迷惑をお掛けしますが、一人立ちするまでよろしくお願いします!
私のせいでトラブルは起きたけど、夜中には鬼の国の国境の関所に着いた。
見張りの兵士の皆さんがグレンさんの姿に驚いていた。まあ、行方不明の生死不明だったグレンさんが現れたんだから当然の反応だよね。
関所にある砦に私達は一泊してから馬車で王都に出発することになるようです。
久々のベッドは天国でした。