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キク -江戸編ー  作者: 麻本
3/5

その3

ふらふらと側に寄って行ってしまうキク。

そして、男に近づいた時に何とか我に帰りました。

「はっ!あたいは何を?」

キクは冷静になって男を見ました。

それから、この男の心を覗いてみたのです。

すると。

「わしらの間で、歌が流行っている。わしも女子にもててぇから、歌ってみるか」

と、こんな心の声が、キクに聞こえたのです。

そして男は再び歌い始めます。

キクは、なんと邪まな!と思ったりもしましたが、いつの時代も、男と云うのは女を振り向かせるためならば、格好つけるものなんだなと、どこか分かった気がしたのです。

「しかし何だな?この男の歌。決して上手くはない。けれど、もてたいが為か、歌詞はいいかも知れんな?問題はその歌詞に込めた本当の心じゃが」

キクは、その男の心を歌詞に感じ、様子をみたいが為に会ってみることにしました。

男が本堂を離れたのを確認して、それからついて行き、その男の様子を伺いました。

すると、浜辺に着きました。

その男も漁師でしたが、魚ではなく、海苔の漁師でした。

男は海へと入って行きます。

「海苔の漁師かあ。なるほど、細身な訳じゃな」

どこか格好よいと思ったキク。

それでキクは、耳と尻尾を隠して、人間に化けました。

そして、その漁師に近づきました。

「漁師さん。精が出るねえ」

「おう」

何か違和感を覚えた漁師。

「ん?」

よく見ると、自分は腰まで海面に浸かっているのに、目の前の女はつま先から海面に立っていたのです。

「あわわ。海の上に女子が立っとる。どうなってるんだっぺ!」

漁師がびっくり仰天する。

「あ・・・」

これは失敗したと、左手の指で頬を掻くキクである。しかし、気になった以上、後には引かないキク。

「あんさん。見ての通りなんだけど、あたい、あんさんに惚れとるんよ。あたいと付き合ってくれん?」

「は?何いっとんじゃ。物の怪と世帯を持つなんぞ・・・」

「でもさ。そんなあたいを見て平気な顔して落ち着いているあんさんは、あたいと相性、いいんでないかい?」

「あほいうでねえ!人と物の怪は一緒になんねーよ」

「よよよ。あたい、あんさんの歌に惚れて近づいたのに。あたいじゃ駄目?」

キクは、海面に浮くようにして「しな」を作った。

「だめじゃ。それにしても器用な物の怪じゃ・・・」

漁師が半ば、呆れ顔になった。

そしてキクは、黙ってその場を離れたのだった。

「また、失敗したかあ」

キクはうなだれながら、社へと戻りました。

「でも、明日はきっと成就させて見せる!」

最初は様子見のつもりだったのに、いつの間にか虜になるキク。

天を仰ぎ、力を込めてこう決意するキクなのでした。

翌日。

社で寝息を立てているキクがいました。そこへ、一人の女性が現れます。

その姿は、朱色の麻を着ていて、少し汚れていました。

そして、その女は社の前で両手を合わせました。

「どうか今年も豊作であります様に」

と、こんな願いでした。

そしてこの願いは、キクに直接、伝わるのです。

「はうっ!」

キクは、思わず声をあげてしまいました。

それと言うのも、寝ていたキクにとって、参詣者の願いは時として大音量の目覚ましに成るからです。

「!?」

女は何が起きたんだとばかりに、目をパチクリとさせました。

「社に何かいんのけ?」

女は、社の格子まで身を乗り出します。そして奥をのぞき込むのですが、そこには鏡と太鼓、とっくり以外は見当たりませんでした。

キクは、背板1枚を挟んだ奥にいて、見えないようにしているのだ。

そして、透視の術を使って様子を伺うのでした。

(豊作ねえ。ここは、漁師町のはずじゃが、何をじゃろう?米か?粟か?)

キクは、このどちらかと思いました。

そして、女の心に入りこむと、その答えは粟でした。

(粟か。庶民の主食じゃものな)

納得して頷くキク。

女は、一礼すると社を去りました。

それから、キクは外の様子を伺い、社を出て、誰もいないのを確認すると、その場で大跳躍をしたのです。

そして上空から辺りを見回します。

すると、目の前は海が広がり、左右は田んぼ。後方には山がありました。

そして、山の麓に畑が見えました。

その畑こそ、粟を栽培している畑だったのです。

(ふーん。あんな所に粟の畑が。結構広いじゃあないか)

キクは、それだけ確認すると、直ぐに降り立ち、社に戻って再び寝床につきました。

「明日がある。今日は寝て過ごそう」

キクがこう思ったのは、振られた事のダメージがまだ抜けて無いからでした。


ー続くー






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