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バト部活動期!  作者: カオス
バト部活動期
6/10

初バトル!3

 さて、開始されたがまずは決めなきゃいけないことがある。それはメガネ先輩も分かっているようで口を開く。


「ふふふ、ようやく始まったね。さて、じゃあどうやって順番――」


「先攻は私がもらう! 最初はしりとりの『り』からで、『リール』!」


「って、えー! ちょっと待って! なんか勢いで先攻取られたんだけど、あれあり、審判!」


「咲さんが言ったから――ではなく、確かに先攻後攻の決め方は言ってなかったしありじゃないかな」


「審ぱーん!」


 叫ぶメガネ先輩。

 おい、審判本音出てるぞ。ていうか、公平性の欠片もないじゃねえか。


「っていうのは流石に冗談だよ、ここは手軽にジャンケンだな」


 審判、めんどくさっ! ていうか、木城先輩はむーとか言いながら不服そうな顔してるけど、本当にあれでいけると思ってたのか。

 そうしてジャンケンをするも、木城先輩の勝利。結局さっきのワードから再スタートする。


「『る』か。じゃあ、『ルビー』にしとくかな」


「ビール」


「ルアー」


「アピール」


 お互い間髪入れずに言葉を繰り出していく。どちらも相手に思考時間を与えない作戦だろう。そして、もう一つ木城先輩は作戦を仕掛けている。最初からな。


「なるほど、る攻めか」


「あれー、気付いちゃった?」


 まあ当然というか、相手も気付いているようだ。流石にあんだけ、るで終わる単語続けられたらな。


「なあ、る攻めってなんだ?」


 特に近くにいた俺に小声で吉田先輩が聞いてきた。

 それに俺も小声で答える。


「る攻めっていうのは、『る』で終わる単語で繰り返し攻撃していくことです。日本語っていうのは圧倒的にるで始まる単語が少ないんですよ。だから、それで攻めるのは効果的って訳です」


「なるほどな。だが、咲の奴序盤から反則してたがそれは良いのか?」


「反則? してないですよ」


 序盤っていつだ? そんな記憶全く無いんだが。


「いやほらっ、しりとりの『り』から始まったのに、りんごと言わなかったじゃないか」


「なにっ、そのルール! 『り』から始まったら、りんご言わなきゃいけないルールなんかありませんよ! いや、まあ、若干暗黙のルールみたいなところはありますけど」


 いや、暗黙のルールというか、当然の流れみたいな感じか。


「なにっ、正式なルールじゃなかったのか! リンゴ、ゴリラ、ラッパ、パンダ、ダンゴ、ゴリラは絶対だと思っていたのに! まさか、今までやってきた俺のしりとりが間違いだったなんて!」


「いや、そんな重い話でもないんですけど! ていうか、今のループしてるし! ゴリラ二回言ってるし、まずそこからおかしいですよ!」


 説得するものの、吉田先輩は一人でなんか凄い悔しがり始めたから、もう放っておいてしりとりしている側に視線を戻すことにした。


「イスラエル」


「ルックス」


「スタイル」


「ルーツ」


「ツル」


 少しの間聞いていなかったが、未だに木城先輩のる攻めは継続中のようだ。

 しかしこの作戦、効果的ではある一方で語彙が豊富な者と相対する場合は、諸刃の剣になる可能性もある。仕掛けてくるとしたら、何時だ。


「ふっ、ふっ、ふっ。ではそろそろ行かせてもらおうか! ――『ルール』!」


 なっ、今来ただと! まだ早いぞ!


「なるほど、る攻めカウンターか。やっぱりそう来るよね」


 る攻めカウンター。その名の通り、る攻めを使い余裕ぶっているプレイヤーにこちらも「る」で終わる言葉を使い、逆に追い詰める正に返しの一手。これを使えば、る攻めを行使しジリ貧していく相手を見物しながら悦に浸っていた相手の顔が一瞬で青ざめる可能性もある。

 しかしこれは、普通は『る』が出尽くした終盤辺りが効果的な筈だ。だが、まさかここで仕掛けてくるとは。まだまだ語彙に自信があるということなのだろうか。

 しかし、奇襲を仕掛けられた木城先輩は涼しい顔をしている。まさか予定通りなのか。


「じゃあ、ループメール」


 待ってました、と言わんばかりにその言葉を繰り出した木城先輩。しかし、俺を含めその場のほとんどの者がその知らないワードに戸惑いの表情を見せる。木城先輩とメガネ先輩以外な。


「へえー、専門用語で来るとはね。これはありなのかな、審判」


「なるほど、ループメール。IT用語か」


 手に持ったスマホを確認しながら、言うジャッジメント北川先輩。って、何時の間に!? そして、本格的!

 しかし、そこら辺しっかりしているのは、確かに良い審判ってところか。


「まあ、お互いに認知した用語だし、固有の作品名等でも無い為ありかな」


「なるほど、ありか。……それはありがたいね、木城さん!」


 確かに、相手にとっては嬉しいことこの上無いだろう。だからこそ、今の木城先輩の回答には疑問符が潰えない。どうせ思いつかなくなったら出していたかもしれないが、それでも早くに専門用語が使えると判明したということは、コンピュータ部である達田先輩は自分の土俵に上がったようなものだ。相手の攻撃、防御バリエーションが格段に増してしまった。

 他にも回答はあった筈だ。それに、そのワードを使った理由もそうだが、そもそも知っていたことに驚く。普通知ることの無い単語の筈だ。

 それに一番不明な点として、これがもたらす木城先輩へのメリットが全く持って分からない。まさかの木城先輩もIT用語に詳しいから得意分野を応用したのか、それとも打つ手が無くて思いついた言葉をただ出したか。……だが後者の線は、しっかりる攻めをキープしていることからして、無い気はするんだが。


「では、気を取り直して、達田選手のターン、ループメールの『ル』から再開!」


「よし、それじゃ――」


「そういえばさ、」


「――えっ!」


「達田君の要求ってなんだったっけ?」


 ジャッジメント北川先輩が再開をコールしたところで、すかさず質問を挟みこめた木城先輩。

 またまた訳の分からないことを。何で今更、条件の確認? ただでさえ、何一つ行動の真意を理解していないのに、これ以上頭を混乱させる気かよ。


「待ってよ、それは今は関係無いじゃないか。審判、これは妨害にならないかい」


「んー……いや、そんな勝敗に直結するような明らかな妨害でもないし、一言答えれば良いだけだろう」


 何か反論しようとしたのか口が動きかけたが、メガネ先輩は言葉を飲み込んで答える。


「分かったよ。僕らコンピュータ部の要求は、僕らが今ハマッているオンラインゲームを毎日十時間やってもらった上でパーティーに入ってもらうってこと。これで良いんだろう?」


「うん、了解。ありがとう。じゃあ、あなたの番よ」


「狙いがよく分からないけど、まあいいや。それよりまさか、君から仕掛けてくるとは思わなかったよ。まさかこの僕に喧嘩を売るとはね! だけど、これはどうかな! 『ルーティングプロトコル』!」


「IT用語、オッケー!」


 再び確認を終えた、ジャッジメント北川先輩が右手親指を立てて、オッケーサインを出した。

 ていうかなんか勝気のドヤ顔凄いんだけど、メガネ先輩! これは流石に知らないだろってか! 自分のほうがIT用語知ってるぜってか! 腹立つな、あの顔。


「ああ、ネットワークの経路情報を交換するためのプロトコルのことか。経路情報の保持にはルーティングテーブルという表形式のデータが使われるが、このルーティングテーブルを他のルータと交換するためのプロトコルがルーティングプロトコルである。だよね、確か」


 おっ、おお、すかさず木城先輩も、何故かドヤ顔でルーティングプロトコルを説明しだしたぞ。そして、何故か辞書風。そして何処か清々しい。

 一方その木城先輩の呟きを聞いた途端、ドヤ顔から一転、くーと悔しそうに歯を噛み締めだしたメガネ先輩。いや、悔しいの分かるけど、そんなの知ってる木城先輩が単純に凄いだけだろ。いやマジでなんで、そんなの知ってるんだよ、この人。

 しかしそれはともかく、やはり相手もる攻めカウンターを狙い続けてくるか。そんな甘くはない。これだと、どちらがるの付く単語を認知しているかが勝敗を決することになる。

 室内には言い知れぬ緊張感が走っている。


「じゃあ、私の番。その前に一つ確認しておきたいんだけど、達田君、さっき言ったループメールって言葉だけじゃなくて本当に意味も分かってるの?」


「勿論知っているに決まってるじゃないか」


「じゃあ、答えてみてよ。その分の時間は私のターン時間消費で良いわ」


「何だいそれ、またしりとりに関係ない問題じゃないか。審判、これもあり?」


「なるほど、心理戦とは面白い。それに、今回は咲さんの時間を使うと言っている。問題なくありだ」


「ぐっ、まあなら、ループメールとは電子メールがある複数のアドレス群の中で転送され巡回しつづける状態のことさ」


 多少まだ納得はいっていないように見えるが、説明を始めるメガネ先輩。

 こんなことを言わせるのも作戦か? しかし自分の時間を消費するリスクを負ってまでやることなのか。本当に考えが読めない。


「特にメーリングリストなどで発生する場合が多く――」


 ていうか、この人はなんか必要以上に説明し出したんだけど!


「じゃあ、ルーティングテーブルで」


 それを華麗に無視!

 んで、またIT用語っぽいの来たよ! ていうかもう絶対、IT用語だよね!


「IT用語、オッケー!」


 ほらー、やっぱりIT用語だ! 別にIT用語使わなきゃいけないルールでも無いんだけど!


「ループメールの対処法としては――」


 そしてこの人は、一つの単語をどんだけ説明出来るの!


「達田君、ちょっと説明長い! 早く答えてもらえる」


 なんか、怒り出した! 気持ち分かるけど、説明促したのあなたですよね!


「えっ、あっ、ごめん。あっ、えっとじゃあ、『ループ』で。って、やばい、焦って適当に答えてしまった! ていうか、早くしてって、説明求めてきたの木城さんの方じゃないか!」


「てへっ! ごめん!」


「咲さん、萌えー! 許す!」


「何で、君が勝手に許してるんだ!」


 メガネ先輩、なんか色々ドンマイだな。


「でも今のはありなのかい!? 説明求めといて、急に答えてって……。相手を急かすなんて常識的にだめでしょ」


「でも私がさっきも回答を促した時は何も言わずに答えてたじゃん。自分が不利になった時だけ言うっていうのはずるくないかな」


 木城先輩が言っているのは、さっきの条件の確認をした後のことだろう。そういえば、どうぞって言ってたな。その上でメガネ先輩は答えた。その点は確かに今だけ追求するというのはおかしい気もする……ような、こじ付けのような。


「いや、さっきと今のは違うし、今のは絶対そっちがずるいって!?」


「いや、確かにお前の言いたいことも分かるが、咲さんの言うことも最もだ。そもそも、実際のところ誰もそこまで求めてない説明で時間かけてたのお前だからな。そりゃ、急かしたくもなる。それにそれを言うなら、相手の時間を消費すると分かっていて、延々と語っているお前のは遅延行為だろ。ていうか、マジ説明長すぎ」


 正論だけど、酷い! 最後のは完全に蛇足だし!

 いやていうか、正論……か?


「長すぎっ……」


 ショック受けちゃってんじゃねえか! なんか、可哀想だな、この人!


「くっ、パソコン知識に関しては誰にも負けていないという僕のプライド故の過失か!」


 それは知らないし!


「まあ、でも分かったよ。今のは僕の回答で認めよう」


「流石、達田君! ありがとう」


 仲間である俺も無理矢理感は感じたが、相手も認めたならそれで良いのか。

 しかし、今の言葉を聞いた瞬間の木城先輩の顔が気になった。明らかに勝利を確信したというか、余裕めいた笑顔が見えた気がしたからだ。いや、余裕な雰囲気は元からあった。だが、今のは今までとは違った気がする。まさか、既にあの人の中では勝利の方程式が出来上がっているのか。


「よし! では、『ループ』から、咲さんのターンで試合再開!」


 些細な? いざこざを経て、再び試合は始まった。

 しかし今ので、相手のる攻めカウンターが途切れた。これでまた態勢を整えることが出来る。

 それにしてもまさか今の木城先輩の行動、もしかして全て作戦の内なのか。だとしたら、一つ一つの行動が伏線じみている。今の、回答を促したという点もそうだ。もしかしてこの人ただ者じゃない?

 といっても、ただ楽観視もしていられない。審判によっては無効にとられた今のプレイをもし狙って仕掛けていたとしたら、理由としてはる攻めカウンターから逃れたかったからという可能性がある。つまりそれはそろそろ木城先輩のボキャブラリーがピンチを迎えているという意味に他ならない。

 そしてそれには、相手も思い至っている筈だろう。結局変えても次言ったワードに「る」で返されたら状況は元通りだ。

 さあ、どう出る。ここはかなり重要になるぞ。


「うん、じゃあ、プールで」


 って、迷いねえー! そしてさっきと状況が何も変わっていない!

 さっきのは結局何がしたかったんだ!


「プール……?」


 メガネ先輩も訝しげな顔を向けている。やはり、俺と同じ考えに至っていたか。

 しかし、その顔は徐々にニヤリと勝ち誇った顔になっていく。何、その顔! 木城先輩がIT用語使わなかったからか。何の勝負で勝った気になってるんだよ。


「なら――ルックアンドフィール」


 はい出たよ、ドヤ顔!

 ということは、これも――


「IT用語、オッケー!」


 やっぱり! だって、酷いもんドヤ顔!

 じゃなくて、やっぱり『る』で返されちゃったじゃねえか! どうすんだよ、これ。状況が戻っちまったとなると、おそらくそろそろネタが尽きてきてるであろう木城先輩が不利だ。

 どうするんだ。このままじゃ、ジリ貧だぞ。

 そう思い木城先輩の方を見やる。するとやはり未だに不敵な笑みをこぼしていた。そして、その口が開いた。


「ルックアンドフィール。……確か、画面のレイアウトデザインやアイコンの配置、マウス操作などの操作感に加えて、それらと連動した画面や音の反応などが総合的に与える印象を指すんだよね」


「なっ、あっ、ああ……そうだけど」


 そして、また悔しそう! なんかこの人、一々面倒くさいな!


「流石、私!」


「きー!」


 ドヤ顔で言った木城先輩を見ながら、メガネ先輩は指を噛んでなんか叫びだした。怒り表現がなんて古典的なんだ。


「まあでもこれを、一言で纏めることが出来るのが達田君だよね」


「えっ、ああ、うん。まあ」


 今度は、ちょっと嬉しそう!


「ルックアンドフィールっていうのコンピューターやOSなどのデザインと操作感の総称で、ユーザーの印象を向上させる、あるいはシステムの独自性を確保するための重要な要素なんだ。基本的にはOSを単位として統一されていて、そのシステム上で動作するアプリケーションソフトはどれも同じ感覚で操作できるようになっていて――」


「一言、ね」


「……コンピュータなどのデザインと操作感の総称です」


 木城先輩の威圧に負けて、敬語になった! 


「えっ、なにとなにの総称?」


「デザインと操作感」


「あっ、私の番は『ルソー』なんだけど、それよりそれ本当?」


「うん、いや、そりゃ本当だけど」


「本当は違うんじゃない?」


「いや、違わないって」


 何でしりとりの途中で変な言い争い始まってんの!? 正直どうでも良いんだけど!


「じゃあ、ちょっとジャッジメント北川君に調べてもらうからもう一回言って。ていうか、達田君の番ね。で、ちなみに何と何だっけ?」


 何、あんたら勝手に違う勝負始めてるの!?


「間違いないんだけど、じゃあいいや、証明してもらおうか。だから、デザインと「で、答えは?」操作感さ。……えっ」


 ……えっ。

 その場にいる者全員が呆然としている。俺も全く状況が掴めない。


「ちっ、違う! 今のは違うよ! 今のは俺が喋っている途中で木城さんが勝手に言っただけで――」


「何言ってるの、さっき同じようなことがあった時は達田君、自分が答えたの認めたじゃん」


 さっきって言うのは、ループの件の時か。確かにその時は認めてたけど……


「さっきとは違うパターンでしょ、今のは!」


「達田君の発言の途中で私が促して達田君が答えた。さっきと何が違うの?」


「いやだって、さっきのは木城さんが言ったから思わず答えたのは認めるけど、今のはただ僕が喋ったのに合わせて木城さんが勝手に言っただけじゃないか!」


「でも、あらかじめあなたの番だとは言ってたし、なかなか答えないから言っただけだけなんだけどな。親切心なんだけどなー。で、言ったら、達田君が答えたんだから、これは認められるでしょ。ねっ、審判?」


 うわ、味方だけど、この人理不尽だな……。完全な屁理屈じゃねえか。


「確かに、咲さんの言うことはちゃんと理に適ってるな」


 えっ、そうか?


「今回は、咲さんはちゃんと回答した上で相手にターンを譲った意思表示もしっかりしていたからな。その上で達田選手は回答したことになる。ということで、達田選手の『操作感』という回答は認められ、勝者はバトル部側とする!」


「審ぱーん!」


「よっしゃー!」


 吉田先輩が大声を出しながら拳を上げて、喜びを表現している。いや、そんな喜べる勝ち方じゃないし、そもそもこれありなのかよ。正直、我が部の部長ながらちょっと引くぞ。


「うわぁ……」


「おっ、おお……」


 一年生二人も引いてるし、真中に至っては唯語忘れて素で引いてるし。


「うおー、咲、よくやった! なんて最高の勝ち方なんだ! ったく、感動させてくれるじゃねえか」


 吉田先輩だけマジで喜んでるし、何故か感動してるし! ていうか、うるさいし!


『達田部長、応援に来ましたよ!』


 なんか今更メガネの塊が五人ぐらい来たんだけど!


「あっ、ごめん、終わった……」


『えっ、終わった! もしかして部長が勝ったんですか!』


「いや、負けた……。本当、ごめん」


 なんか凄いメガネ先輩に申し訳ないんだけど。やべー、マジで謝罪したい。


『そっか。まあ気にしないでくださいよ』


『へへっ、そうですよ。俺達だって応援出来なかった訳ですし』


『部長、こんな時はゲームに熱中して、忘れましょう』


「おっ、お前ら……。じゃあ、行くか!」


『はい!』


 結局、茶番見せて出ていったし! 一体、何だったの!?


「ありがとうねー、達田くーん」


 過ぎ去っていったメガネ先輩に廊下に顔を出してお礼を言った木城先輩。

 その後、「こちらこそありがとうー」という声も聞こえてきた。


「さてじゃあ、俺も出て行くとしようかな。――今日も、しっかり咲さんの萌え声聞けたことだし」


「うん、本当に引くしそっちが勝手に来ただけだけど、審判してくれたのはありがとね」


「いえいえ、気にせず。では、また来ますね。――いやー、今日も良いジャッジしたな」


 ジャッジメント北川先輩は部屋を去って行く際にそんな言葉を残していった。

 正直あれ良いジャッジだったかとも思うが、確かに明らかに偏った判定は下してはしないからな。寧ろ全てちゃんとした理由はあった訳だし、まあ悪くも無かっのかな。

 それにそのジャッジに木城先輩が持っていかせたというのもある。木城先輩もただ屁理屈を並べていた訳ではない。勝負が終わった今思い返してみると、理不尽な言い分を言えるだけの伏線はいくつも張られていた。


「木城先輩、お疲れ様です」


「あっ、うん。ありがとう」


 皆各々勝利への称賛の言葉を送っていったので、俺も送る。ただ、それ以外に今の勝負で気になることが少しあったから、ついでに聞くことにした。


「そういえば木城先輩って、あのコンピューター部部長と仲良いんですか?」


「達田君と? クラス違うし、バトル申し込まれるまで全然話したことも無かったけど、それがどうかしたの?」


「じゃあ、コンピューターに関して興味あったり詳しかったりするんですか?」


「んー、いや別にそんなことはないけど、本当になにー?」


 下から覗き込むように上目遣いで言われた。一応美少女に属するのだから、そういう行動は少し男心をくすぐられてしまうじゃないか。

 ってそれは今は良い。それよりじゃあどういうことだ。


「でも今の攻め方、相手の性格を完全に理解した上での作戦でしたよね。それに用語や知識が興味ないと言う割には明らかに素人離れしていたのは何故ですか?」


 先程疑問を持った木城先輩の攻め方。

 相手を有利にしかねないIT用語であえて攻撃した理由、それは相手の性格、つまりコンピューター関連に関しては相当の負けず嫌いを見せるメガネ先輩を煽って冷静さを失わせる為だろう。そして攻防中の木城先輩の様子から察するに、おそらくこの勝利方法を木城先輩は最初から狙っていた筈だ。

 となると、る攻めは相手にそれで勝利を狙っているとミスリードして、それに意識を向けさせる為といったところか。

 あのタイミングで要求の再確認や相手ターンで相手を促して回答させる等のよく意図の分からなかった行動も、相手のターンでの発言の可否の確認、行動の許容範囲を確かめるという真意があったと考えれば納得出来る。つまりは一つ一つがこの勝利方法への布石になっていたのか。

 というのは理解出来たが、結局そこが分からない。


「まあ、そりゃ、予習しといたからね」


 平然と、さも当然のように言う木城先輩。

 いや、今の発言普通におかしいだろ。


「いや、予習って、相手の性格調べるのはともかく、始まる前は何の競技だったかも分からなかったのにどうしてコンピューターの知識なんて予習しておく必要があるんですか」


「相手はコンピューター部だったし、何かに使えそうだったしね。実際意味はあったでしょ」


「確かにそうですけど、たった一勝の、しかもそんな意味があるのかも微妙だったことの為に時間使うって結構凄いっていうか……」


 はっきり言えば、異常っていうか……。

 んな、興味ないことを覚える為になんて俺なら時間を使いたくない。


「咲はことバトルに関しては負けず嫌いだからな。勝利へ近付く為にはどんな些細な努力も惜しまないんだよ。だから負けない」


 木城先輩の代わりに吉田先輩が答えてくれた。

 負けない。なるほど、確かにそれが本当なら相当の勝利への執念だ。まず負けないといったのも納得出来る。


「それにメガネをかけた咲は異常な記憶力を発揮するから、知識を入れる時間なんてあまりかからないしな」


「そういうこと。別にちょちょいと調べてそれ覚えれば良いだけだから問題なし! それで勝てるんだから良いもんでしょ」


 ちょちょいと! 凄いな、それ。


「……んっ、あれっ。でもそんな記憶力あるなら、あんな手を使わなくても普通にる攻めのままでも勝てたんじゃないですか」


「いやー、結構集中して記憶するのも疲れるもんでさ。正直普段はメガネあんまり掛けてないんだよね。だから、別にそこまで博学って訳でも無いんだ。それに相手もコンピューター部で色々な情報を調べる性質上ボキャブラリーも豊富そうだったから、まだこっちの方が勝率高そうだったし」


 そこまで考えていたのか。


「凄いですね、木城先輩。記憶力や計算高さもそうですが、その勝利への徹底ぶりが」


「いやー、まあバトル部の者として当然だよ」


 そう言いながら、照れ笑いを浮かべる木城先輩。

 流石だ。やはり、バトル部と名乗る部活、しかもその部長なだけある。勝利の為に手を尽くすのは当然なのだろう。


「It's、凄いですね、咲さん。私はそこまで出来ませんよ」


「俺もそこまでやるとかダル過ぎて死ねますね。絶対やんないっす」


「えっ、そんな!」


 あれっ、なんか部長と部員の意志が統一されてないんだけど!


「お前ら、何を言っているんだ! 勝負をやるからには徹底的に勝利を狙う。そんなの人間として当然じゃないか!」


 そうだな、流石だな。さっきアメリカの首都を合衆国なんて言った、一般常識も弁えてない人間が言う台詞とは思えないな。

 一年生二人も訝しげな目で見てるし。


「まっ、まあ、そういうのは人それぞれだからね。ただこの部活にもたった三つ、バトル部として絶対守って欲しい心構えがあるの。それは、まずバトルが終わったら相手に感謝の気持ちを込めてお礼を言うこと、後はやるからには必ず勝つ気で行くことと最後まで諦めないこと。それだけは絶対に守ってもらうから」


 右手の人差し指、中指、薬指を立てて、それを前に突きだしながら説明する木城先輩。

 必ず勝つ気で行く、か。そりゃ、この部に入って、勝負をするなら勝ちたいに決まっている。

 今のを見たら燃えてきた。俺もやってみたい。勝ってみたい。そんな気持ちが起こっていた。


「ということで、そろそろ宮田君にもやってもらうことになるだろうから、覚悟しといてね。――当然、勝ってね」


「はい!」


 そしてそのチャンスが来る。

 俺は一人、ぎゅっと拳を握りしめた。



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