木城先輩
放課後、ホームルームが終わってから五分程。昼休みに部に勧誘してくれた女子先輩に言われた通りに教室で待機していると、ドアの辺りからキョロキョロと教室内を覗く小柄な女性一人を発見した。そして、目が合いお互いを視認してから教室に入ってくる。それに合わせて、俺も立ち上がる。
「どうも」
「うん、じゃあ、行こうか」
「はい、えっと、これからよろしくお願いします。えっと……先輩?」
二人で歩きながら話す。
「君、酷いな。背が小さいからって先輩か疑うなんて。ちゃんと二年生だよ。ほら、リボンがちゃんと赤でしょ」
「いや、そういうことではなく……ほら、名前知らないんで、なんて呼べば良いかなと」
とはいっても、まあ確かにこの背じゃ、初見で先輩なんてリボンがなきゃ分からないだろう。おそらく、百四十前半ぐらいしかない。
だが、その背に合う、綺麗で円らな瞳やスッと通った鼻梁からなる整った可愛らしい顔つきと、ふさふさと柔らかそうでツヤのある髪。美少女と呼ばれる類に入るその顔はなんか見てると癒されるし、ほんとあの地球温暖化の原因の一端、ホットホット松崎とは大違いだな。
「冗談、冗談。ちゃんと、分かってるよ。君がただの筋肉好きの筋肉マニアだっていうのは」
「いや、違いますけど! ていうか、どういう経緯でそうなったんですか!」
「えっ、嘘……違ったの!」
「そんなマジな顔で言うのやめてください!」
「アハハ、これも冗談、冗談。いやー、私やっぱり見る目あるね。君はいじりがいがあるよ」
「ハア……そりゃ、どうも。で、何て呼べば良いんですか?」
なかなか話が逸れていくので、修正する。
すると女子先輩は、じゃあまずは紹介しますかっと言ってから、
「私の名前は、木城咲。呼び方は好きで良いよ」
「じゃあ、木城先輩で」
「えー、苗字で呼ぶとかないわー」
「あれっ、今お好きでって言いましたよね! まあいいや、じゃあ普通に部長って呼ばせてもらいます」
「よしっ、咲さんね。オッケー!」
「あれっ、おかしいな、さっきから言葉のキャッチボールが上手く行かないぞ! ……ていうか、正直会って間もない女の人をいきなり下の名前で呼ぶのはちょっと抵抗あるんですけど。せめて、木城先輩が良いかなっと」
「ふーん、宮田君は硬派なんだね。まあ、じゃあ別にそれでも良いよー」
そう言う割には、口を尖らせて明らかに不服そうだ。しかも、「全くこれだから最近の若者は」とかぶつぶつ言っている。いや、あんたも最近の若者でしょ……。
だが、それをしばらく続けた後さっと元の笑顔に戻してこちらに向きなおす木城先輩。
「で、君の名前はなんて言うのかな?」
「ああ、俺ですか。俺は宮田竜司って言います。普通に宮田君って呼んでくれれば良いですよ」
「うん、分かった。宮田君ね」
そこはあっさりなんだ。てっきり、「普通、嫌い」とか言って変なあだ名着けられると思ったんだけど。
「そういえば、宮田君にはまだバトル部がどういう部活か説明してなかったよね」
「あっ、そうですね」
ハッと思い出したような顔をしてから、話題を変える木城先輩。
まあ、察しは付く。その名前とさっきホットホット松崎が言っていた「今回は勝った方の部活にこいつを入れることが出来るってことで良いんだな!」という台詞から、何かを賭けて勝負をしていく部活といったところだろうな、多分。
「簡単に言えば、この部は何かを賭けて勝負していく部活、かな」
一字一句違わず当たってた!
「ああ、やっぱりですか。まあ、予想はしてましたけど、やっぱりそんな感じだったんですね」
「あれっ、バレてたんだ。なんか悔しいな。でもじゃあ、このとっておきの情報は予想出来なかっただろうね」
「とっておき?」
とっておき、という言葉に思わず生唾を飲み込んでしまう。
「バトル部、略してバト部って皆呼ぶんだ」
「とっておきの衝撃小さすぎんだけど!」
知らないし、正直どうでも良いし。
「まあ……それから、バトルは基本申し込まれるのを待つ形で……さっきみたいに、たまにはこちらから申し込むこともあるような、無いような……」
「んっ、どうしたんですか、木城先輩? なんか声が途切れ途切れになってますけど」
「……あのね、宮田君。正直言うと、私もう……」
んっ、何だ。木城先輩の声が徐々に遠ざかっていくように小さくなっていったかと思うと、遂には聞こえなくなった。というか、本当に横から消えてしまっていた為どうしたんだ、っと辺りを探すと、いた。三十メートル程後ろに。
「って遅っ! そして、なんであんな疲れてんの!」
木城先輩は三十メートル後方で膝に手を着いて、肩で息をしている。
俺達は部室があるというこの五階までの道のりと三階分の階段を登っただけだ。あの疲れ方はどう考えてもおかしい。
ともかく、あの人いなきゃ場所も分からない。俺は木城先輩の元に向かう。
「どうしたんですか、先輩。まさか、ここまで来るので疲れたとか言うんですか」
「違う。ただ、体力を消耗して体が思うように動かない、だけ、ハアハア……」
「あー、なるほど。でも世間ではね、それを疲れたって言うんです!」
「いや、ハアハア……ほら、ハアハア……私、頭脳派だから、ハアハア……体力にあまり自信がない、ハアハア……」
「体力に自信が無いとかそんなレベルとっくに超えてると思うんですけど!」
おいおい、ゆとり教育で体力低下どうこう言われてるけど、これはあまりにもあれ過ぎな例じゃないか。
「ぐあーっ!」
「何か、凄い苦しんでる!」
何で苦しんでるの!
「とっ、ともかく、ハアハア……私に構わず先に部室に、ハアハア……行って、ハアハア……」
「いや、だからその部室が分からないから一緒に行ってるんでしょ! ていうか、さっきからハアハアうるさいんだけど!」
「大丈夫、ハアハア……ほらっ、すぐそこだから」
木城先輩が苦しそうに伸ばした指の先を見やる。するとすぐそこ、ほんの三メートル先ぐらいに、『バトル部 (歴戦の勇者求む)、キラッ!』と言う文字が手書きで書かれた張り紙がしてある扉があった。……なんとも分かりやすいな。てか、絶対こんなの求めても来る訳ねえだろ。
……じゃなくて、
「本当にすぐそこだった! あとちょっとどころか、本当にそこじゃないですか。こんぐらい頑張りましょうよ!」
「もっ、もう、私には歩くどころか立ち上がる力すらない、から……」
言ってから、木城先輩はバタンとその場にうつ伏せで倒れだした。しばらく待つが動く様子がない。
「あのー、……木城先輩?」
「抱いて」
ポツリと、その言葉だけ発する木城先輩。
はあっ、抱いて? ……って、ちょっ、えー!
「ちょっ、ちょっ、木城先輩、急に何言ってるんですか!」
「だから、抱いてって」
「いやそんな、抱いてって、昼間のこんな公共の場所で――」
「宮田君、何を言ってるの。私は、お姫様だっこで部室まで連れてって言ってるだけなんだけど」
「えっ、お姫様だっこ?」
一旦行動を停止して、頭を整理。なるほど、抱いてっていうのはお姫様だっこしてってことか。
「紛らわしいですよ!」
「えっ、そう? まあ、そこら辺はどうでも良いじゃん。でも、紛らわしいって何考えてたの? もしかして、変なこと考えてた?」
姿勢はそのままで、顔だけ上げてニヤリと憎たらしい笑みをこちらに向けてくる木城先輩。
はっ、はめられたー。絶対確信犯だ、これ。
「そっ、そんな訳ないじゃないですか」
「宮田君は筋肉フェチだけでなく、妄想フェチでもあったとは」
「だから違いますって!」
ほっ、本当は否定出来ないけど。
「まあ、いいや。ともかく、お姫様だっこして連れて行ってよ」
「いやですよ、恥ずかしい」
「何言ってるの、私みたいな美少女の体に遠慮なく触れるんだよ。こんなチャンス、滅多にないでしょ」
「うわあ、自分で美少女とか言いますか……。それに、別に良いですよ。チャンスはいくらでもありますから」
今はまだ、無いだけだ。これからあるんだ。
「もう、先行きますから、早く起き上がって追いかけてきてくださいよ」
そう言い残して先に行く。勿論すぐに扉の前に到着し、後ろを振り向くが先輩は全く動く気配がない。一分待つが、動かない。
「あー、もう分かりましたよ! 連れていきますよ! ……お姫様だっこで。だから、早く起き上がってください!」
痺れを切らして先輩の元に戻る。ったく、しょうがねえ。まあ、どうせすぐそこだ。誰にも見られないだろう。
「わーい、やったー!」
「あれっ、結構元気じゃないですか!?」
起き上がってはしゃいでいるけど、疲れてるんだよな、疲れてるんだよね!
「んじゃあ、よろしくね」
「あー、もう、はいはい!」
そうして先輩をお姫様抱っこで抱きかかえ、部室まで向かう。
扉の前に着いて扉を開ける為に先輩を降ろそうとしたところで、勝手に先輩に扉を開けられた。そうして開いた扉のその先にはこれから仲間になるバト部の部員達がいた。




