退部と入部
桜舞い、変質者が本格的に活動を始めるこの五月。
この近辺の地域で色々な意味で有名な「私立 最部高校」に入学してから一ヶ月が経った。
俺がこの学校を選んだ理由は、『生徒の自由尊重』という校風によって多種多様に存在している部活動に憧れたからだ。
哲学部、生態研究部など興味がそそられるものからホモ部、帰宅部観察部、☆#*♪$部など果たして何が楽しいのか、何故存在しているのか、そしてそもそもこれはなんという部活なのかという、存在意義どころか呼び方すら不明な部活まであるが、それだけあれば何か俺の高校生活に刺激を与えてくれる部活がある筈だ。そう思って入ったが、それは間違いではなかった。
いや、間違いではなかったというのは刺激があるってことだけで、この学校に入ったのが間違いではなかったかは分からない。
というか刺激強すぎて、一ヶ月で入った部活やめることにした。
「何故、やめる! やめるなよ! やめちゃいけないんだ! 君ならまだ出来る! いや、やらなきゃいけないんだ! やろう、皆で!」
相変わらず暑い、クソ暑過ぎる。筋骨隆々な肉体と逞しすぎるその顔で熱弁してくるものだから、暑苦しくてしょうがない。
この人は俺が入っている部活の部長、松崎部長だ。今日も俺の教室前までわざわざ、本当にいらないのにお越しになっている。
そして、俺が入っている部活というのは筋トレや軽いランニングなどで体力を上げて学校生活を過ごしやすくするという名目の基礎体力向上部。
入学してすぐの時、俺が一人入る部活に困っていた時に、松崎部長にこの熱いテンションで必死に誘われた為入ってみたところ、それが運の尽きだった。練習も熱く、ランニングは十キロのロードワークを毎日、腕立て、腹筋、スクワット百回二セット。
普通に無理だった。寧ろよく一ヶ月持ったと思う。
『暑い、このフロアなんか暑いよ、先輩!』
『大丈夫か、後輩! だが確かに何だ、この妙な暑さは。三階、四階と食後の散歩制覇してきたというのにこの二階だけ……って、はっ! あっ、あいつだ! この凄まじい熱気はあいつから出ているぞ、後輩!』
『あっ、あいつから! ……って誰ですか、あの人?』
『おお、後輩。お前はまだ入ったばかりだから知らないんだったな。あいつはこの学校の四天王の一人、ホットホット松崎といって、ホット一つではとても表現しきれないそのクソ暑苦しさをなんとか言葉にしようと頑張った結果生まれた、あの男の二つ名だ』
『四天王……だと! この学校、そんなの存在してたんですか、先輩!』
『ああ、実は存在していたんだ! なあ、後輩――こいつぁ、このフロア、今から何か起きるぞ!』
周囲からそんな会話が聞こえてきた。ただ俺は語呂が良いからと妥協しているがまだまだホット不足だと思っている。そのぐらい、本当に熱い。
しかしやめると言ってから三日間、毎日昼休みにこの暑さで引留めに来られている。トイレに逃げてもトイレまで追いかけて熱弁してくる暑苦しさっぷりだ。
これがなかなか気がおかしくなりそうでやばい。そして、毎日同じ台詞だし。
「すいません、やめるって決めたんで……」
「だから、何故やめる! 皆そう言う! でも、それはただの逃げだ! 逃げるなよ! 苦しくてもこれが今後の為になるんだよ! 諦めるなよ! 大丈夫、皆いる! やろう、皆で!」
「いや、しかし……」
あー、もう、あんたが皆とやりたいのは分かったけど、こっちはやめたいんだよ!
ていうか、ダメだ。このままじゃ、あまりにも暑苦しくて倒れてしまう。
――たっ、頼む、誰か助けてくれー!
「待ってください、ホットホット松崎さん」
そんな俺の願いが通じたのだろうか。
突如聞こえたその声に振り向けば、そこには可憐という言葉が相応しい、そして高校生にしては小柄な女性が立っていた。
この学校の女子生徒はリボンの色で学年が分かるようになっているが、あの赤いリボンは二年生のものだ。
「なっ、何故、君が!」
声でかすぎたろ、この人! 超、耳痛い。
『確かに、何故あいつが!』
『ホットホット松崎に何か用なのか!』
周囲も松崎部長と同じような反応をし、ざわざわと騒がしさが増してきた。確かにあの人、人を惹き付ける魅力を持った容姿はしているが、アイドルが何故ここに! みたいな感じではない。
というか、そんな人が何の用なのだろうか。
「その人、私の部活に入部させてください」
「――えっ!」
俺が入部! えっ、一体何の話だ。
「なっ、なんだと! 君は何を言っているんだ! 良い訳無いだろ、こいつは俺の部の部員なんだから!」
いや、だからうるさいな!
ていうか、大体――
「あっ、別に良いですよ。今、やめるところでしたし」
「なにー!」
一々リアクションもでかいな、熱苦しいな!
いや、でもまあ、俺も女子先輩の言葉に驚いたのは確かだが、このタイミングではありがたくてしょうがない。何の部活かは分からないけど、乗らせてもらう。
「ということで、すいません、松崎さん。俺、この人の部活に入ります」
「いや、ちょっと待てよ! お前、今はスランプなんだよな! だから、そんなこと言うんだよな! 本当はやりたいんだよな! いや、俺もお前とまだやりたい! だから、やろう、皆で!」
いや、だから別に皆とやりたくないし、あんたとは特にやりたくないし! ていうか理由、勝手な解釈されてるし!
「あなた、見苦しいですよ」
溜息混じりにそう言う女子先輩。いやー、全くその通りで。
「なにー、俺の何が見苦しいと言うんだ!」
どう考えても、その無駄にでかいテンションと熱さだろ!
「やめたがってるんだから、やめさせてあげれば良いじゃないですか!」
「いや、だから違うんだ! それはこいつの一時の気の迷いで――」
だから、理由を勝手に決めつけてんじゃねえ!
ていうか、俺にとっては続ける方が気の迷いなんだけど!
「あー、はいはい。分かってましたけど、話し合いは上手く行きそうにないですね。なら――バトル、申し込んでも良いですか?」
「バトル、だと!?」
バトル、という言葉にやたらと反応する松崎部長。
バトルって言うのは、普通に考えて喧嘩のことか? いや、それならファイトか。ていうか、そもそも女であるこの先輩が松崎部長に勝てる訳がない。一体バトルって、何のことだ?
「あのな、そんな急にバトル申し込まれたってな、」
「ああ、やっぱりそうですよね。流石のあなたもいきなりバトルとか言われても、オッケーは出さない――」
「やるしかないじゃないか! 面白そうだ! で、いつやる! いや、今すぐやろう、熱いバトルを!」
「――あっさりだった! しかも、かなりノリノリだ! ――そして暑苦しいな-、もう」
制服の襟首を掴んで、パタパタと仰ぐ女子先輩。そっ、そういうのなんか良いな……。何となくエロい。
まっまあ、ともかく何かよく分からんが、どうやら今からバトルが始まるようだ。
「今回は勝った方の部活にこいつを入れることが出来るってことで良いんだな!」
「ええ、それでオッケーです」
「えっ、いや、ちょっと待ってくださいよ! 何で、俺の入る部活他人に勝手に決められなきゃいけないんですか! そんなもの俺が決めますよ!」
「黙れ! 今からバトルが始まるんだぞ! 邪魔をするな!」
んだと、このクソ熱部長!
っと思いつつも、萎縮してしまう自分が情けなく思えてくる……。
「で、競技は何だ? プロレスか、それともレスリングか!」
お前は、相手女性だって分かってる!?
「いえ、ジャンケンです」
「なっ、なにー! ジャンケンだと!」
ジャンケンだった! バトル超地味だなっ!
しかもなんか凄いジャンケンに驚いてるんだけど!
「なるほど、男たるもの体力だけでなく運も重要だと、それを試してやると、そういうことだな!」
「いえ、単純にもうあんま時間ないし、簡単なので」
なんか変な深読みした上、全然違うし!
「なるほどな、まあ良いだろう! 一本勝負で良いんだな!」
「はい、どうぞ」
「では、コールは俺がさせてもらおう!」
「良いですよ! でも、代わりに私、本気出させてもらいますからね」
「ほう、望むところだ!」
「さて、じゃあポケットからメガネを――あれっ、ない!」
「では、行くぞ! 最初はグー!」
「あっ、あれ! メガネが、メガネが!」
女子先輩は胸ポケットに手を突っ込んだ後から、そう言いながらあたふたし出した。なんだ、どうした。メガネが何だ。ジャンケン関係ないじゃねえか。
「ジャンケン――」
「えっ、ちょっ、あっ!」
「ハー!」
ジャンケンの掛け声で、ハーってなんだよ! 聞いたことねえよ! よくジャンケン一つにここまで熱くなれるな!
だが、両者手を前に出して、勝敗は決している。頼む、絶対勝っててくれ、女子先輩! そう願いながら、両者の手を見る。
「なっ、俺が負けた……だと!」
「えっ、あっ、勝った! 勝ってる!」
出した後も目を瞑っていた女子先輩は、目を開いて勝敗を確認し喜びを体全体で表現する。
結果は、松崎部長がグー、女子先輩がパーにより女子部長の勝利! よっしゃー! マジで嬉しい。
周囲の野次馬達も、わーと盛り上がる。
『そんなバカな! あのホットホット松崎が勝負で負けた!』
『嘘だろ! 四天王が負けただと!』
『勝つ度にあのうざったらしい暑苦しさをオープンしてきた、あのホットホット松崎が負けるなんて』
いや、なんか凄い驚いてるけど、ただジャンケンで負けただけなんだけど!
「クソッ、生まれてからグーしか出したことのない自分の甘さが敗因か!」
分かってるなら、直せば良いんじゃないですか! ていうか、逆に凄いな、それ! 知り合いとのジャンケン勝率ゼロパーセントじゃん!
「これで当初の口約通り、彼は私達の部が貰います!」
「男に二言は無い! 連れて行くなら、連れて行け!」
いや、別にそれあんたに決められる覚えないし、決められたくないし!
まあ、何はともあれ、これでようやく苦しみから解放された。女子先輩の意志は知らないが、結果的には助けてもらったことになる訳だし、お礼は言っておこう。というか、言っておきたい。
「あっ、あの、すいません。よく分からないんですけど、助けてもらったのは感謝してます。ありがとうございました」
「あっ、いえ、気にしないで。ただ、私達があなたに我が部に来てもらいたかっただけだから」
「えっと、で、そのあなたの部ってなんていう部なんですか?」
この人の登場にやたら周囲の反応が大きかったし、有名な部活の部長なのだろうか。その内容が気になる。
ところが、その時。タイミング悪くチャイムが鳴った。もう昼休みの終了だ。
「放課後、部室を紹介したいから君を迎えに行くね。教室で待ってて」
「はい、で、えっと……」
「あっ、私の統括してる部活だったよね」
そう言うと、女子先輩は二ヘラっといった顔を作ってから、再び口を開いた。
「バトル部っていうんだ」
こうして、俺のバトル部としての学校生活が始まった。