第0話
神は『主』ではなく、『種』である。
然し乍ら、その圧倒的な力故、不条理にも我々は彼等に支配され続けている。
「ハァッ・・・ハァ・・・・!」
荒ぶる息が無意識に彼の口から零れ落ちる。
激しく降り注ぐ暴雨に乱れ打たれながら、白髪の青年は眼前の敵をじっと睨みつける。
『百体目』
広大無辺の砂漠を灼熱の炎天下の中渇望しながら歩き彷徨う餓死寸前の冒険者の様な心境に苛まれる中、男の頭の中で浮き上がった言葉だ。
死に損なった草木が点々と生え散らかり、それを丸め込むかの様に囲う木々。
男が纏う袴の様な緩めの黒装束でさえ、肌にべっとりと密着させる気持ち悪い湿気。
無造作に転がる『化け物』の死屍累々たる雨に濡れた大地。
そして何より、男が敵対する『群生』がその数字の悍ましさを一層強調させた。
破れた白袴を全身に纏い、不気味な程に歪な禿げ頭の不細工な薄茶色い人型の生命体が何百体と男を囲う。
『美しい』という単語が恐らく世界一似合わぬ異形な細長い手足をぶら下げながら、威嚇するかの様に眼窩から朧げに放たれる真っ赤な光を男に浴びせる。
「ったく・・・んどせぇ・・・んなにいるって聞いてねぇよ・・」
溜まりきった疲労が全身へ駆け巡り、それを発散させるかの様にため息をつく。
彼の右手が握る一振りの刀から水滴がポツポツと、雨と同化しながら地面に垂れ落ちる。
鋼色の刀身。
金色の鍔。
黒色の柄巻き。
側から見れば立派に見えるその刀も、男が醸し出す『負』という単語を具現化したかの様な雰囲気の囚われの身と化した今は鋏以下の鈍へと成り下がっていた。
「ギュュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」
化け物の軍団が士気を高めるかの様に、辺りの雨を弾き飛ばす程の耳障りな叫号を放つ。
「・・・・・・・ここまでか・・・・・・・」
自分の限界を悟ったかの様に、男はそっと目を閉じた。
『・・・哀れな子。本当、全く以って無様ですね』
ふと、男の頭の中である女性の声が流れる。
それは一瞬にして叫び狂う暴雨の鼓膜への侵入を一切遮断させる程、
猪の如く地響きを奏でながら突進して来る人外生物の存在を刹那にして忘れさせる程、
甘く、美しく、冷酷な美声。
『強くなりなさい、蓮』
「・・・野郎、人の死に際にまで首突っ込みやがって・・・・」
諦めかけ、頭上の暗雲漂う漆黒の夜空の如くどす黒く染まった彼の心は少し晴れ、天を見上げていた頭は迫り来る敵へ誘導的に戻って行った。
—はいはい、分かったよ・・・拍姉
『蓮』の名を持つその男は頭の中の声に応答した後、目をそっと開ける。
「ギュゥアアアアア!!!!!オオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
化け物達の叫びが再び蓮の耳へと土足で侵入する。
しかしそんな事は毛程も気にも止めてはいないのか、彼の顔には小さな笑みが広がる。
「悪ぃなぁ、お前ぇらに殺されたらいつもの三倍はゲンコツ食わされそうだ」
力が蘇る。
男は両手で剣を再び握り締めながら重心を少し低くし、研ぎ澄まされた視線を化け物の軍団へと送る。
「っ・・・・!」
刀を傾け、その心に留まらぬ沸き起こる闘気を、
その刃に宿し
その魂に宿し
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
今宵も神殺は、戦場を駆る。