【第三章】 問題は順序立てて考えよう
次の日の午後、4人の主婦はまた一緒に午後のブランチをワインと一緒に取るあたり、お気楽な主婦そのものだ。
野本は宣言通りに講義を休講とし、幸元は自称なんにもしていない主婦なので、いつでもどこへでも出て行ける。
白戸は家事全般を午前中に終わらせると、幼稚園は休みを貰った。
桜坂も時間を作ってわざわざ来ましたと、面倒くさいことを言って一同をイラッとさせた。
「別にさぁね、仕事優先でいいのよ。帰る?」
そんな桜坂を野本は冷たく突き放した。
「そうですよー桜坂さん、お医者様は忙しいでしょうからいいですよぉ、無理しなくても」
今日は昨日とは違って、黒いパンツスーツに黒いインナー、ミルクティー色の髪の毛は後ろでひとつにまとめている幸元は、その辺の高級ブティックで働いている従業員にも見える。
「まぁまぁいいじゃないですか!ねぇ、みんな揃ったんですから」
標的になった桜坂に手を差し伸べたのは、白戸。
桜坂は笑顔を作ってその手をしっかりと掴み、膝丈のベージュのワンピースを白い椅子に優雅に落ち着けた。
「でさ、やっぱあんたたち仕事なんてしてないでしょ?」
なんの前置きも無しに野本が開口・・・二番でみんなの意識を自分に集めた。
「何を言っているの野本さん、私は今言いましたよね・・・」「はい、桜坂さんわかった」
「私は何にもしてないお気楽主婦ですからぁ・・・」「で、そんな仕事着みたいな格好なわけ?幸元さんは」
「らいちゃんはぁ・・・」「あんたはいいや」
「オトナ女子ですからあたしたち、多くは詮索しないことにしましょ」
勝手に詮索して勝手に詮索はやめろとは、なんていう自己中!
と、3人の淑女に罵られても、野本は余裕の笑みでワイングラスを傾けた。
ダメージスキニーデニムに真っ白いタンクトップ、グレーのパーカーをさらりと羽織った野本は無造作に長い髪をまとめ上げている。
口の悪さと頭の良さを鼻にさえかけなければ本当にいい女なのだが、現実はそう簡単にはいかないようだ。
「はい、いい?」
一通り言いたい放題言わせた野本は、3人が一息つくのを見計らってオーダーを頼むのに、店の人を呼んだ。
3人の淑女たちはハッとしてメニューに視線を落とし、焦りながら慌ただしくページをめくった。
そんな3人の頭の中身をゆっくりと吟味する野本の手には、やはりワイングラスがしっかりと握られていた。
4人の淑女たちは話をしながら豪快に食事を進め、まずこの事件のカギは何かを話し合った。
いや、話し合うというよりは言いたいことを言いたいように言いまくっていただけかもしれない。
「ちょっと待って。これじゃ埒が明きません」
桜坂が火に油を注いだ。
あんた一人いい子になってなんなのよ、今まで言いたい放題言ってたじゃない、何様?これだから女医って嫌なのよねと言い切ったのは、幸元。
そうですよね、なんか鼻にかけちゃって感じ悪いっていうか、
私はあなたたちとは違うのよオーラ出しちゃって・・・と乗ったのは白戸。
「は?私はあんたとは違うわよ」
白戸に同類扱いされた幸元は表情をしっかりと顔に出し、牽制した。
「だからさぁね、もういいオトナじゃないあたしたち。喧嘩しないで仲良く・・・は無理か。協力し合って犯人探しましょうよ。ね」
やはり、この場を鎮めたのは野本だ。
「なーんか野本さんも学校の先生ってかんじでまとめちゃってさ・・・」
「ねぇ、あなた勉強出来なかったでしょ幸元さん。あたし学校の先生じゃなくて、大学教授で数学者よ」
「ほら、そのなんか学歴鼻にかけてるとこも・・」
「はいはい分かった。あんたは学歴コンプレックスがあんのね、オッケー了解。もう言わないから安心して」
軽くいなされ、核心を突かれた幸元は顔を真っ赤にして怒り、もう帰る!と席を立ったところで、
『ここでお帰りになったらあなたの負けですよ。認めることになるんですからね』と桜坂に釘を刺された。
立ったまま一同を見回した幸元だが、みんな自分と目を合わせないでサラダを食べてたり、ワインを飲んでたりする姿に落ち着きを戻し、咳払いを一つして座り直した。
「まずはさ、あの血まみれの女が運ばれてった病院を突き止めるのが先じゃない?」
空気を変えて野本が本題の導入へ入った。
「あの女に話が聞ければ一番早いと思うのよね」
「でもそれは警察も考えているでしょうから、そう簡単には会わせてもらえないんじゃないかしら?」
「だからあんたに言ってんのよ、桜坂さん、あんた女医でしょ?」
「そっか!女医さんなら病院の場所って調べられそうですもんね!」
明るい顔になった白戸は桜坂の次の言葉を促した。
「それは・・・できますけど」「じゃ決まりねよろしく」
話を最後まで聞かずに野本は桜坂に仕事を振り、ワイングラスを手に取り前に出し『かんぱい』と声に出さずに言う。それに幸元、白戸も便乗した。
桜坂だけは、腑に落ちない表情だ。
「それはそうと、どうするんですか野本さん、病院がみつかったら」
「乗り込むのよ。それ以外にやることある?あるなら教えて、桜坂さん」
「乗り込むってあなた・・・」
「あ、いいの大丈夫大丈夫その後はあたしがうまくやるから」
分かってる?とにかくあたしたちがやるべき事は、あの腐れ刑事なんかよりも先に真相と犯人を捕まえなきゃなんないってことよ。
順序立てて、きっちりと詰めていくことが必要なの。
そうすれば絶対に犯人は捕まえることができる。
なんでもそうだけど、この世の中のことなんてね、計算で全てのことに答えが出せるの。
人間の取る行動ですら計算で分かるわ。
真剣に話をする野本に白戸は一つの大きな疑問を抱いていた。
そのことを今ここで言うべきうかどうか迷ったが、昨日野本が自分で言っていた、『言いたいことは言わない?』
という言葉を思い出し、思い切って聞くことにした。
「一ついいですか?」
「一つと言わずたくさんどうぞ」
「野本さんはなんでこの件を私たちだけでどうにかしたいと思うんですか?警察に全部任せればいいじゃないですか」
「確かにそうよね、私たちはただ居合わせたってだけで、逃げたあの男だってそのうち捕まるんじゃないですかぁ?警察はあの車探しに行ったんだし?私たちが首を突っ込む必要なんて無いと思いますけど、よく考えたらぁ」
「なんでよく考えたのよバカね」
面倒くさそうにこめかみに人指し指を当てた野本は桜坂の顔をちらりと見た。
桜坂は口を真一文字にしてじっと野本を見ていた。
「もしかして野本さん、何か知っていらっしゃるんじゃないんですか?」
何かを考えるように無言になった野本に違和感を覚えた3人は、野本の言葉を待ったが なかなか口を開かない為、仕方なく桜坂が言葉を繋いだ。
「野本さん、何か知っているのなら教えて頂けませんか?確かに刑事さんたちは私たちを疑ってるってことくらい、私たちにでも分かります。でも、もし何か知っているのなら、それを言って頂かないと話は進まない気がします。もしかして犯人をご存知とか・・・」
「まじ?野本さん犯人なわけ?」
「幸元さん!」
子供を叱るように黙らせた桜坂は、野本に視線を戻す。
「っはー、お気楽主婦だからって思ってたんだけど、なんか違うみたいね」
野本は顔を上げ、3人の淑女と一人一人視線を合わせ、ワイングラスをテーブルに置き、 グロスで輝いている形の良い唇を綺麗に緩ませた。
野本は時間をかけて3人の表情を読み取り、どの言葉が今一番ふさわしいのかを巧みに選び込み、口から弾き出した。のが、これだ。
「あんたたちさ、本当は旦那なんかいないでしょ?」
「そうやってはぐらかすー」
腕を組んで椅子の背もたれに体重を預けた幸元は、あからさまに残念な顔をしたが、他の二人が微妙な顔をしたのを野本は見逃さなかった。
「だってそうでしょ?昨日だってけっこうな時間よあたしたちが帰ったの。でも誰一人旦那に電話した人、いなかったじゃないよ」
「ミャンマーだって言ってるし!」
「あんたはいいわよ」
「ひっどい言い方」
「主人は病院にいます。家には娘もおりますし、昨夜は帰ってからちゃんと説明しました」
ぴしゃりと言い切ったのは桜坂だ。そこへ野本が疑いの眼差しを向けたが、その視線は水の入ったグラスを取ることで紛らわせた。
「らいちゃんは・・・」「あ、あんたはいいや」
口から大きく息を吸い込む白戸は、話すら聞いてもらえないことに腹を立てながらも、内心ではホッとしていた。
そのことに気付かれまいと、腕組みをして口を膨らませた。
「あっそ?じゃあたしの勘違いってことにしといてあげてもいいわよ。オトナな対応をしましょうよ、お互いに。それに、今日ここに来たってことは、あんたたちにもさぁ、なんかしら言えないことがあるんじゃなくて?どう?違う?」
4人それぞれがお互いに視線を交じらせ、暗黙の了解の協定を組んだ。
他の人たちに何かがある事なんて、追々分かるに決まっていると高をくくっていた。
誰かがシッポを出したらひっつかんでやる。でも万が一、自分のシッポが出てしまったら、それはうまく誤魔化さなければならない。
そう思いながら、残りの料理を片付けることに専念した。
ほら、やっぱ、お気楽主婦は簡単だわ。
野本は自分で頼んだサラダを半分も残し、ワイングラスに口をつけて、無心で食べ続ける他の3人を眺めながら次の手を考え始めた。




