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■ ヨーコの研究


 面白いものでも見るようにヨーコは野本を眺めると、

「いいわよ。聞きたいのなら教えてあげる。でもそうね、あなたはきっとショックを受けることになるわよ。それでもいいのね?」

 と野本を見下す言い方をした。

「あんたに会ったことが既に後悔の域なんだから他に後悔することなんか無いわよ。さっささと言いなさいよ」

 もったいぶってバカみたいと、嫌みの一つも言う。

「全部あなたがいけないのよ」

 ヨーコは野本に向かって、あんたが一番悪い!お前が悪の根源だと断定する言い方をした。

「唐突に何を言うのかと思ったら・・・なんであたし」

 あきらかに憤慨した野本は、そんなはずあるわけがない、あたしがそんななんだか知らない諸悪の根源なんかでであるはずは、無い!とこれまた断定するように言い切った。

 この二人をいつまでも話させておいても平行線のまま交わることは無いに等しいだろう。

「嘉元教授と私がこうなることは、必然だったのよ」

「ええと、だからさぁね、どうしてそうなるわけ?あんたがあたしの夫のところで働いてるのは知ってるし、そういう男女の関係もあったんだろうなぁってのは、予測もできるわよ」

 今日もまぁ、良い天気ですねぇ。とでも言うように簡単に仮定事実を提示した。

 これからじんわりと締め付けてやろうと考えていたヨーコは拍子抜けし、肩から、いや、体から力が抜け、なんだ、知ってたんだとばかりに残念そうな顔になった。

「だったら話は早いわ」

 私と嘉元教授との間には、あなたよりも深い絆がある。


 私はずっとアフリカで動物の研究の仕事をしていた。

 そこへ、ヒトの起源を趣味で調べているという風変わりな男性が一人、ふらりとアフリカの奥地へやってきた。私はすぐに興味を持った。

 ヒトの起源はここアフリカから始まったとされているでしょ。

 アフリカ大陸から世界中へ長い時間をかけてヒトは移動した。

 それはもう既に証明されている。

 そして、今この地球上にいる生物は、過去の生物の生き残りともされている。

 もちろんご存知の通り、太陽系と私たちが呼んでいるこの宇宙は膜宇宙と呼ばれていて、いかに宇宙に行けど、そこからは出られない。

 一枚の透明のセロファンの中に詰め込まれているのが我々の宇宙だという説もある。これからあと何十億、何百億光年先の未来にはアンドロメダ銀河と我々の・・・

「あのさ、別にいいんだけど、その話は。いやね、その話自体じは悪さは何も無いわ。それに、その手の話は私には通じるけど、ここにいるただの「一般人」には、はて、なんのことやら?膜宇宙って一体何よって話よ。やめたほうがいい、時間の無駄」

 野本は話が脱線し始めたことをうっとうしく思い、途中で話を遮った。

「つまり、嘉元教授と私は目的が一緒であって、深く結ばれているってわけ。で、安西さん」

 ヨーコは自分の足下に横たわる安西に拳銃を向けた。

「あなたは出来損ないなわけよ」

 にこりと笑い、引き金に手をかけた。

「だーかーら、なんでトキが出来損ないなわけ?そこを説明しなさいよ!っとに本当にバカな人なんだねあんたは」

 野本がうんざりした態度で髪をかきあげた。そして毎度のようだが、この期に及んでも口は悪い。

嘉元かげん教授って・・・誰でしょう?」

 桜坂が今のやりとりの中で新しく聞く名前に疑問を持った。

 たぶん・・・話の流れから行くときっと野本さんのご主人のお名前じゃないでしょうか?と白戸も憶測で答える。

「あんたも相当失礼な奴ね。トキが出来損ないならあたしも出来損ないってことになるじゃない。言わせてもらうけど、あんたなんかより数千倍はいい出来よ、あたしたち。あんたなんかに分かるような人間じゃないけど」

『野本さんって、こんな状況でもあんな悪態がつけるなんて、なんていう強い心臓を持っているんでしょうか』と白戸に言う桜坂に、

『強い心臓?違う違う、あれはきっと鋼か鋼鉄か、はたまた叩かれても壊れない何かでできているに違いないですよ』と言い返し、なるほどそうかもしれないと桜坂も頷いた。

 後ろで聞いていた悟も、よく分からないが一緒になって頷いていた。


「要約して差し上げましょうか?つまりあんたはあたしの旦那と不倫して、のめり込み、言いように使われているってわけね」

「何言ってるの?あなたたちを消したら私たちは一緒になれるの」

「はい、洗脳されましたっと。ごくろうさま」

「洗脳?違う。あなたがそういうふうに言うのは、私に旦那を取られてただ悔しいだけにすぎない。だからそんなことが言えるのよ」

「だからさぁ、あんたあの人のことぜんっぜん分かってないよ」

 野本は首を横に振り、眉間に皺を寄せて腕を組んだ。

 良く考えてみて?ただの動物研究しかできないあなたを本気で相手にすると思う?

 あの人のどこに惹かれたのかは聞かないことにするけど、あんたはあの人の本質を見てないよ。

 と、はずれくじを引いた時の顔をヨーコに向けた。

「私は、アフリカで彼とずっと研究を共にしてきた。だから、安西のことだって分かってるし、あなたのことだって分かってる。そしてもうこの二体はいらないって事実にだってぶち当たったわけ」

「二体?あらやだ。あたしたち既にモノ扱いだってよトキ、どう思う?」

 野本は安西に向けて言葉をぶつけ、そして自分のことをも知っていると言ったヨーコの言葉は、ここはあえて無視した。

「私たちがモノならこの女はゴミだね」

 くすりと笑う安西に動揺の色は全く無い。


 余裕を見せて笑う二人に頭に来たヨーコは、目の前に倒れ込んでいる安西の腹におもいきり蹴りを入れた。

「作られたヒトのくせに笑ってんじゃないよ!」

 ヨーコに蹴られて蹲る安西は苦しそうに顔を歪め、血がにじみ出てきた腹を両手で抑えながら、笑った。

「あっそ。よく分かった。リスクを背負ったんだねあの人は。で、証拠隠滅を企んだってわけだ。そんなとこよね。そりゃそうだよね、ここにいる安西はこのあたし作られたんだから、言って見りゃあたしのクローンだし。オリジナルのあたしもろとも海に沈めちゃえば証拠も何も残らない。それにこの船だって時期に沈められる。何があったんだかはだいたい想像で分かるけど・・・その船に一緒に乗らされてるってことは、あんたも沈められるってことだよ。これで分かったでしょ?あんたもあたしもあいつに使われてるだけなんだって」

 野本は言ってはならないことをずばりと言い除け、安西はそれを聞いてくすくすと笑っていた。

「バカじゃないのあんた!そんなことここで言ってどうするのよ!それに、私はここから脱出できるわ」

 明らかに動揺するヨーコに向かって、野本はその綺麗な顔に極上の笑顔を貼りつけた。

「だって、あんたはこれから殺されちゃうんだから、真実を知っておいた方が何かといいでしょ?って思って」

 にこやかに微笑む顔には悪意のかけらも無ければ同情の色も見えない。

 本当に微笑んでいるだけだ。


「で、あ人はどこにいると思うわけ?」

「アフリカよ」

「それは不正解。正解はもう日本にいて、きっとこの船をどこかから見てる。勿論あたしたちの会話だって聞いている。そうでしょ?」

 空に向かって話す野本はそこに旦那がいるとでも言うように、絶対の自信を覗かせていた。

 ヨーコの携帯が鳴ったのは、野本が言ったすぐ後だった。

 ヨーコは左手が使えない。右手には拳銃を持ち、それは安西に向けてある。電話にでるためには右手を離すしかない。

 携帯電話は出るまで鳴り続けるだろう。

 あの男達に電話を取らせようとしたが、足を抑えて転がったまま痛みをこらえている姿が目に入り、中国語でまたしても汚い言葉で罵った。

「出なよ。逃げやしないから。それにあんたは右手しか使えないでしょ」

 蹲っている安西がヨーコに絞り出すような声で言った。

 安西を睨みつけると、少しでも動いたら、撃つからね。と言い、素早く携帯を耳に当てた。



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