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■オールディーズから始まる事件

 野本の携帯が鳴ったのは、まるで彼氏とでもいるかのように、ヴォーカルのAJIの腕に自分の腕をからませていた時だった。

「やだ、うるさい!これもう何?」

 舌打ちして携帯を指で弾いた。

「ツグミさん出た方がいいんじゃないですか?通知圏外ってなってますから海外にいらっしゃる旦那様からなんじゃ?」

「っと面倒くさいわねこの電話。携帯なんか無い時代の方が住みやすかった気がしない?」

 眉間に皺を寄せながら電話に出る野本は、周りのうるささに声が聞こえず、ちょっと外に出るから待ってと電話の相手に言い、AJIと名残惜しそうに別れ、電話を持ってフロアーを突っ切った。

 そんな野本が自分の席の前を通り過ぎて行くのを、じっと凝視していた幸元は、テーブルに置いてあった自分の携帯が振動するのに気づき、目を携帯に向けた。

『ハニー』

 旦那からの電話だ。

「もしもし?・・・え?何ちょっと声が聞こえないの・・・ん?あ、待って今外に・・・」

 幸元もまたよく聞き取れないので、携帯を片手にポーチだけ持って店の外へと小走りに向かった。


 2階席では桜坂が鞄から携帯を出したその瞬間に着信があった。

「もしもしパパ?ええ、はい、今ですか?ここはえっと・・・あ、すみません周りの声がうるさくて、ちょっと待って下さいね今席を外しますから」

 そう言うと、バッグごと持って足早に階段を降りると、丁度1階席のお客に挨拶をし終わったバンドが2階席へ挨拶へ移動してくるところだった。

 あ、もう少し遅く電話してくれたら・・・くやしい気持ちは腹の奥へ押し込み、笑顔を貼りつけてすれ違った。

 間近で見たバンドの人たちは、皆キラキラと輝いていた。

 それが全身に塗られたラメ効果か、自身から出るものなのかは桜坂には分からなかった。

 白戸は、踊り疲れた体を癒そうとレモン水を飲んでいるところで、バッグの中で点滅するライトに気が付いた。

 電話に出ると子供からだ。

「何、どうしたの?パパはどこかなー?まだ仕事?・・・ん?何?ママ何も聞こえないよー。あ、ちょっと待ってねお外に行くからね、パパに変わってくれるかなー」

 白戸は子供からの電話に慌てて席を立ち、人混みをかき分けながら店の外へと向かう。


「何よ?そんでいつ帰ってくるわけ?・・は?半年後ってこの前と話がだいぶ違うじゃないのよもう、何なのよそれ・・なんかあったの?」

「あ、ハニーちゃん、ごっめーん、うるさくてお店の中、今外に出て来たよ、何?」

 狭い踊り場に割り込んできた幸元を面倒くさそうに睨む野本、先にいた野本のことを見た幸元は、すかした表情で一瞥くれると壁に背を預けた。

 それだけで絵になる幸元に、近寄りがたい野本。

「はいはい、ええ、今ですか?あの、ちょっと同窓会の帰りに・・・例の約束の時間はまだですよね?」

 踊り場には先客が二人いて、それぞれが大きな声で話していることにびっくりした桜坂は、頭を下げ端っこの方へ移動した。

 しかし、いかんせん狭い場所なので声は丸聞こえだ。

 今までうるさいところにいたので、知らないうちに自分たちの声も大きくなっていて、いつも以上に話す声は大きくなっていた。

「はいはい、ママでちゅよー」

 しまった!と口に手を当てた白戸は、他に3人いたことに気付くも遅かった。

 3人が皆『は?』っという顔をして白戸を見ていた。

 恥ずかしくなった白戸は手で顔を隠し、ドアを静かに閉めて、背中をみんなに向けた。

 狭い踊り場で4人の淑女が、大きな声でそれぞれの旦那と話をする姿は、そうそう見れたものじゃない。

 みんな片方の耳を押さえ、背中を向け合って話す姿は、笑えるほかになんと言えようか。

 電話の話の内容も大事だが、他の人が話している内容にも興味がある。

 近くで話している人の会話ほど気になるものはない。まさにこの4人にもそのルールは当てはまった。電話で話しながらも、隣の人の会話に集中してしまう。

 

 頭上で車の急ブレーキ音が聞こえ、4人の淑女たちは一斉に音のした方、頭上を見上げた。

 黒いセダンの後部座席が開き、ナニかを蹴り飛ばす男が見えた。

 蹴り飛ばされたナニかは後部座席から転げるように落ち、そのまま抵抗することなく階段を力なく転がり落ちてきた。

 

 車の中の男が4人の淑女たち(実際にはおばさんとも言う)を見て、しまったと顔をしめたが、直後にドアを勢いよく閉め、急発進していくタイヤの軋む音を残して走り去る。

 落ちてきたモノが人間だと理解したのは、ほんのわずか何秒か後。

 4人の足下に転がり落ちてきたその人は、顔を上にしてぴたりと止まった。

 その顔は血だらけで口や鼻からはとめどなく血が流れ出ていて、目は半開きだ。

 それを見た4人は絶叫にも近い悲鳴を上げた。

 悲鳴の四重奏は恐怖に奏で合い、歌舞伎町の夜に箔をつけ、

 店の中にまで聞こえた悲鳴に、店の従業員が慌てて駆け出てきたが、ドアには白戸が倒れかかっていて、なかなかに重くてそのドアは開かない。

 どいてください!とドアを叩きながら叫んでも、その声はどうしていいか分からずに、ただただ悲鳴を上げ続ける4人の淑女たちによって無情にもかき消された。

 どっちに逃げたらいいのか判断できない4人は、うろたえ、お互いの悲鳴に震え上がり、その恐怖に聞こえる他人の悲鳴をかき消そうと更に大きな悲鳴を上げるそんな姿は・・・

 負の連鎖。滑稽そのものでしかなかった。



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