■ 野本の旦那とは・・・
「・・・何よ」
視線を先にそらしたのは野本だ。
「逆探知の件だけど、誰を逆探知するんだ?」
「・・・私の夫」
「は?お前の夫はアフリカにいるんじゃないのか?」
「コンテナはアフリカに向かっているんじゃなかったっけ?きっと既に私の夫のことも調べているんでしょうけれどね、逆探知はしてみた?」
「電話の全ての記録は取った。全て外国からのものだ」
「そこに落とし穴は無いのかしら?」
「つまり?」
野本はにこりと笑うと長い髪の毛をかき上げ、伏し目がちに落としていた視線を田ノ木に戻した。
口を開きかけた時、野本の目には今までとは違った悲しさがあふれていることに気付き、田ノ木は何も言えなくなった。
「あの人は怖い人よ。自分の欲望の為なら人一人殺すのだって訳なくする。なんの躊躇もなくね。そういう考えの人なの。それに私はそんな彼を幾度となく見てきている」
「そういうような人間には見えなかったけどな」
「はは、会ったことないでしょ?人は見かけじゃないのよ。それにだまされると怪我をするわ」
「確かに見たのは映像と写真だけだけどな」
「映像なんてよく探し出したわね。あの人は動きのある自分の画は一切表に出さないのに。細心の注意をはらってやってる。警察もまんざらバカじゃないのね」
バカにされたことはさておき、田ノ木は野本の話に耳を傾けた。
いつもだったら反論の一つもするんだが、やっと開きかかった口をここで閉ざすわけにはいかなかった。
今、野本が口を閉ざしたら、今度いつ口を開くか分からない。
田ノ木が反論するのを待っていた野本だったが、反論してこないところを見ると、けっこう深刻な事になっているのではないのか?という懸念をも考えざるをえなかった。
「目よ。あの人の目」
それがどうしたとばかりに野本の目を凝視する。
「あの人の目、私はまっすぐに見ることが出来ないの」
「目」
「あなたにはいない?誰かの目をまっすぐに見ることができないって、今までにそういう人に会ったことはない?その目を見ると真っ暗な闇の中に吸い込まれて行きそうで、鳥肌が立つくらい怖い思いをしたことって、ない?」
「お前は今までにどんな怖い道を歩いてきた?」
「違う、そうじゃない。人が持っている力というか、奥底のコアの部分が全面に押し出されている人っているのよ。人間の怖い部分がぜーんぶね」
何故そんな男と一緒になった?と田ノ木は心で野本に問うが、言葉は口に出さない限り、思考でしかない。
「頭よ。私は彼の頭脳に惚れた」
田ノ木の心の内を分かっているとばかりに野本はまた視線を床に落とし、田ノ木が不思議に思っていることを自ら淡々と話し始めた。
「頭がすごくいい人なの。私が一つの質問をしたら、彼はその答えを多角的に数え切れないくらいの例をあげて答えるわ。
いろいろなことを用意していて瞬時に答えを弾き出すの。全てのことに答えが用意できる。そういう人。だからそこに惹かれた。
もちろん彼は計算高いから、私のことも1から100まで全て調べ上げていると思う。
もしかしたら私がここにいることですらも彼の計算の内なのかもしれない。
だから、しっかり調べて欲しいのよ。本当に今彼はアフリカにいるのかどうかをね。
もしかしたら既にアフリカから出ている可能性だって捨てきれない。
日本に来ている可能性だって十分に考えられる」
「もう一度洗う必要がありそうだな。そこまでの奴だったとはこっちも考えなかった。お前がそう言うなら間違いないだろう。よし分かった、当たってみる」
田ノ木は床を凝視したまま動かない野本をしばらく見続けると、何も言わずに病室を後にした。
野本はソファーに背をゆったりと預け、病室の天井にぼんやりと視線を送った。
廊下では田ノ木がどこかに電話をしている声が聞こえてくる。
そんな声を聞きながら目を閉じると、野本の目尻から一粒の滴が落ちた。
安西が眠っていた意識を少しずつ取り戻しつつ、うっすらと目を開けて神経を外に向かせていたが、誰が何を話しているのかはしっかりとは耳に入ってこなかった。
ただ、野本が側にいるということだけは雰囲気で分かった。




