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新宿歌舞伎町 『THE SUBWAY』は知る人ぞ知るオールディーズライブハウスだ。
そこは歌舞伎町を入ったすぐ右側、地下1階に構えてある。
週末にもなると、お目当てのバンド目当てにコアなファンがあちらこちらから勢揃いする。
週末の代々木公園前では、リーゼントスタイルの髪型で決め、黒いサングラスに素肌に皮ジャン、見事なツイストを披露する人が集まるあたり、まだまだ根強い人気がある。
50年代から60年代のアメリカで流行っていた、いわゆるナイトクラブや、ダイナーやバーなどのジュークボックスでかかっていたのが、ロックンロールだ。
代表曲はさまざまあるが、誰しも1度は聞いたことがあるのはエルビスではなかろうか。
ハートブレイク・ホテルやハウンド・ドッグ、ラブミー・テンダーに監獄ロックあたりは『あ、知ってる』程度の認識はあるはずだろう。
そう、願う。
野本ツグミは今日もまた『THE SUBWAY』に踊りに来ていた。
週の後半、午後20時過ぎ、3回目のステージが終わり、激しく踊って汗をかいた顔や腕をタオルで拭い、挨拶に回ってきたヴォーカルのAJIと談笑を楽しんでいた。
彼女はここの常連だ。
木、金、土は夜のクラブ活動に勤しんでいて、かならずオープンラストで居座り、酒の飲み方もバブルの名残のせいか豪快そのものの姿勢に、SUBWAYのメインバンドたちの間ではかなりの有名人であり、自分たちのビッグファンということもあり、かなり贔屓にしていた。
御年55才だというのに、そのダンスは切れに切れまくっていた。
止め、溜め、抜け、柔らかさ含め、ダンスの年期の入れ具合が、周りなんて相手にならないほどに、ずば抜けて上手かった。
負けるわけにはいかないバンドも、平日のライブよりも更に気を張っていて、ある意味競い合って仕事に取り組めるので、自分たちが一つ上のステージへ上がれるような気すらして(錯覚とも言う)、有り難い限りでもあった。
その黒髪は毛先がやんわり巻かれていて、顔の作りも彫刻のように美しい。
はたから見たら綺麗な女優そのものだ。
そんな女性が髪を振り乱し、一心不乱に踊る姿は、感服させられる。
そんな野本を反対側の席からじっと観察する女性がいた。
幸元ひばりだ。
手元には細いタバコ、マリリンモンローが着ていたような真っ白いドレスにブルーの太いベルトは、それだけで人目を引く。
そこへ加えてミルクティー色の髪の毛はポニーテールにし、真っ赤なリップは60年代のモデル女性を彷彿させた。
彼女は小学生の頃からオールディーズに魅入り、その研究は人一倍してきた。
もちろん本場アメリカにも何度も渡り、ルーツから調べ上げ、その道の通と言っても過言ではない程に踊りこんできたし、人脈もある。
しかし、野本には負けると自覚せざるを得ない自分もいた。
何度もここで見かけはするが、野本は他の人なんて相手にもせず、バンドと仲良くやっている。
周りの目など全く気にしないタイプの人間なんだなと感じる幸元自身もまたそれに当てはまる。
そして、踊りも完璧で歌だって完璧に歌っていた。
桜坂うぐいすは2階席で静かにカクテルグラスを傾けていた。
ここからだとバンドを見下ろしている格好となり、フロアー全体が見渡せる。
3回目のステージの中程で店に入ってきた桜坂は、フロアー階がいっぱいだった為に2階席へ案内された。
フロアーのど真ん中で乗りに乗って踊る黒髪の女性を、珍しいものを見るように見ていると、そのすぐ側では白いドレスの若い女性が、男性の誘いを振り切りながら、自由に踊っているのが目に入った。
二人とも誰よりも目立っていた。
彼女もまた、オールディーズに魅入った一人でもあった。
しかし今日は同窓会帰りで、踊れるような格好ではなかった。
そしてこの後、彼女は大事なある物を受け取らなくてはならないので、踊りたい衝動をぐっとこらえていた。
そんな衝動を酒でごまかし、しとやかにそこに座って人間ウォッチングに徹していた。
1階席の一番端っこで目立たないように、でも静かにちゃんとツイストをしている普通の女性がいた。
白戸雷鳥だ。
前髪ぱっつんの茶色い髪の毛は肩で跳ね、優しい顔つきからは、幼稚園児がなつくのも分かる気がする。
デニムにゆったりしたニットで踊る彼女は場違いにも近いが、そこはこの店のいいところでもあり、会社帰りのサラリーマンがスーツでも踊れる場所ともなっている。
後ろの方では、そんなサラリーマングループがステージで踊りながら歌うバンドの真似をして、見よう見まねでダンスを楽しんでいた。
彼女はストレス発散のために時折ここを訪れては、一番奥のすみっこの方で一人楽しく気ままに踊るのを好んでいた。
幼稚園児相手とはいえ、やはりそのストレスは半端ないものなのか。
次のライブが始まるまでの休憩はだいたい30分から40分だ。
天から導かれた星は、その休憩時に4人の元へと舞い降りた。




