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プロローグ5 「旅立ち」

これまで、既に書いた話を編集して投稿してきましたが。

今回は、久しぶりに最初から書いて投稿しています。

そのため実質、書いたのは二ヶ月ぶりくらいになりますね。

なので、書き方が下手になっていることも十分に考えられるので、予めご了承下さい。


それと、以前書いたプロローグ4の方にオチを付け忘れるという失態をしてしまいました。

まぁ、それだけです。はい。

では、どうぞ。

「ああ~眠みぃ…」


旅行当日。


天気は快晴。


秋も近づく九月上旬。


絶好の旅行日和だというのに、心に分厚い雲がかかった青年が約一名。


「なんだよ、またバイトか?大変なのも分かるけど、程々にしろよな」


「これを辞めたら、多分俺は死ぬぞ…?」


「今にも死にそうな顔してる奴が言うセリフじゃないよな、それ…」


新幹線から旧世代のローカル線へと乗り換えて、コンクリートで固められた都会を抜け、車窓から見える景色にも徐々に風情が出始めた頃、俺は睡魔という名の怪物と激しい死闘を繰り広げていた。


「昨日は何のバイトだったんだよ?」


「早朝に新聞配達、日中はファミレス、夜間はコンビニ…」


「まさか、待ち合わせ場所に直で来たのか…⁉︎」


「荷物は取りに返ったけど、寝る時間なんてなかったし…ほぼ直だな…。 約束には遅れない。 これ…社会人としての鉄則……」


「お前…学生だろ?」


ここ最近で二度も同じバイト先に遅刻した俺は、時間に遅れるということがトラウマになりかけていた。


この旅行で四日間も日を開けることになるので、昨日は出来る限りのシフトを一日に詰め込んだのだ。


その結果、疲労感はハンパなかった。


「お前は昔っから時間に厳しかったよな~」


「お前がルーズ過ぎるだけだろうが…遅れてくる度にヘラヘラしながらゴメンで済ませやがって…今日は何で遅れたんだっけ?」


待ち合わせの場所に到着したとき、俺は自分の携帯の時計が壊れたのか?という錯覚に陥った。


そこには氷梶也どころか華恋の姿すらなく、結局三十分近く、誰も居ない駅のホームで待たされた。


「単なる、寝坊です」


「寝不足の人間の前で、よくもまぁ笑いながら遠まわしに寝過ぎたって言えたもんだな…遅れるなよ~って言うたびに遅刻してくる癖、本当にどうにかしろよ…」


「目覚まし時計ってさぁ~スイッチ入ってて針動いてても、たまに鳴らなくなる時ってあるじゃん? あれってさ、きっと妖怪の仕業だと俺は思うんだけど…奏はどう思う?」


「お前は妖怪を何だと思ってんだよ…どうせ無意識の内に消して二度寝してんだろ…」


昔から事あるごとに理由をつけてきたが、その中で一番多いのがこの理由だった、どれだけ言っても一向に治る気配すら見えない。


誰か…この遅刻魔を…粛清(しゅくせい)してくれ…


「まぁまぁ。 眠いならいっそ、そいつみたいに今寝れば良いじゃん?」


「お前を一人だけ起こしておくのは、どうにも不安なんだよ…それに……こんな状態で寝られると思うか…?」


「うん。 無理だな…さっきから二人だけで小声で話してるのもそれが理由だし。 数時間前まではあんなに不機嫌だったのに、こうなると静かなもんだよな」


この旅行の待ち合わせで遅刻して来たのは、まぁ氷梶也は当然として…いや、当然と言うのもどうかと思うが、問題はそこではない。


重要なのは、三人の中で一番、約束や時間に厳しい筈の華恋が三十分も遅れた上に待ち合わせ場所に欠伸をしながら現れたことだ。


そしてお互いを確認した瞬間に華恋が口にしたお決まりの台詞に流石の俺も堪忍袋の緒が緩んでしまった。


「ごめん、待った?」


「待ったに決まってんだろうが!」


その後、理不尽にも華恋に腹パンをキメられ、何故か数時間の列車移動中も、こいつはずっと怒ったままだった…


俺は、あそこで何と言えば正解だったのだろうか…?


「悪いのはお前らの筈だよな…?」


「確かに、華恋が怒ってた理由は俺にもよく分かんないな、どう考えたって遅れてきた方が悪いに決まってるし」


「お前…一発殴ってやろうか…?」


「ははは、今のお前にそんなことが出来るとは到底思えないな。 俺を倒す前に、まず肩に寄りかかってるそれを何とかしてみろよ」


他人事だと思って満面の笑みを浮かべながら、氷梶也は俺の肩に寄りかかって眠っている華恋を指差した。


元々眠そうにしていた上に、新幹線の中であれだけ説教してれば、寝てしまうのも分からなくはないが。


何も、俺に寄りかかることはないだろう…


その所為で、身動き一つ真面に取れないという状況で睡魔に耐えながら起き続けるという苦行をせねばならなくなってしまった…


それに、さっきから、ほのかに甘いような良い香りがしているのだが…それらも、色々な意味で俺の緊張を促進させ、今の俺の精神状態は、かなり不安定になっている。


「お前…後で覚えてろよ…」


「ははは、そんなんじゃ寝ることもままならないな。まぁ、車窓に映る美しい景色でも見てリラックスしろよ」


氷梶也は華恋に指していた指を引っ込めると、親指を突き立てて窓の外を指差した。


その先には、生い茂る木々の向こうに広がる広大な大海原が、太陽から降り注ぐ光を反射し眩しく輝いていた。


緑と青と白色が互いを引き立たせ合い、正に色鮮やかな自然そのものの美しさと言える絶景だ。


「なぁ、奏」


「何だ?」


「綺麗だな」


「ああ、そうだな」


正直、これだけ綺麗な景色を見たのは久しぶりだ。


今の故郷も決して都会と言える程ではないが、昔に比べて住宅は密集し、少し足を運ばないと、こういう景色を見ることは出来ないだろう。


いつもバイトに明け暮れる毎日を過ごしてきたが、本当にたまになら、こういった旅行も悪くはないかもしれないな。


全く、人間というのは単純なものだ


最近溜まっていたストレスや疲労感も、この景色を眺め続けることで徐々に安らいで行くように感じられる。


「なぁ、奏」


「何だ?」


「旅行、着いてきて良かっただろ?」


「ああ…そうだな」


俺がこうして旅に来れたのも、こいつの御影だ。


本当に、こいつらには昔から感謝が尽きないな。


「なぁ、奏」


「ん? 何だ?」


「………暇だな……」


「………」


全く…人間というのは単純なものだ。


「あっ、そういえば奏。 お前の足元にあるそのリュックって親父さんのだよな? 何か面白いものとか入ってたりしないのかよ?」


氷梶也の興味は、外の景色から俺の足元へと移り変わった。


女心と秋の空、山の天気の次に、氷梶也の好奇心と入れてもらいたいくらいの心変わり様である。


「これか? さぁな、服とかは上に乗っけたバックの中に入ってるけど、こっちのは爺さんの所から持ってきて以来、一回も確認してなかったし、何が入ってるかは分からん」


あれからリュックは部屋に置きっぱなしにして、昨日も急いでいたので中の確認はまだしてはいなかった。


まぁ、あの親父のことだから必要な物は全部揃ってるいんだろうし、わざわざ確認するまでもないと思っていたのも、その理由の一つに加わる。


「なぁ、開けてみても良いか?」


氷梶也がうずうずしながら、俺へ許可を求めてきた。


この様子から察するに、氷梶也はリュックの中身に興味深々らしい。


「ああ、勝手にしろ。 でも、どうせ大した物は入ってないと思ぞ?」


そう言いながら、俺は氷梶也に足元のリュックを渡そうと思い、少しだけ体を屈めてリュックを掴むとそれをそのまま持ち上げた。


だが、その時。


ほんの少しだけ体勢を変えただけにも拘らず、俺の肩に不安定に固定されていた華恋の頭がバランスを崩し、そのまま前に倒れそうになる。


「やべっ!」


しかし、咄嗟にリュックを手から離し、華恋の体を抱きかかえるようにして何とか席から落ちるという最悪の結末を阻止することに成功した。


「おお! 良くやった奏! 今のはそのままにしてたらかなり危なかったと思うぞ。 主に、俺達が」


「拍手してないで、この状況を何とかしろよ…!」


俺の咄嗟の行動に対して、感動と感謝の念を表すのは良いが、出来ればそういうのは全て丸く修めてからにしてもらいたいものだ。


「んん…カ~くん…」


「あ……」


「あ~あ、起きちまったな…」


ニヤニヤとした顔で完全に部外者気取りの氷梶也は凄く楽しそうに、俺たちを傍観していた。


昔からいつもこいつは都合の悪いことは、全て俺が悪い風を装いやがる。


そう、あの華恋と初めて会った公園の時のように、いつもいつも華恋に対して謝らさせられるのは何故か俺だ。


本当に後で覚えてやがれ、飲み物奢るとかそんな程度じゃ済ませないからな!


「か~くん…?」


「こっ…これはだな、お前が椅子から落ちそうになったから支えてるだけであって。 決して何か裏があるわけではなく…そう、ただ純粋に、俺はお前を支えてやっているだけでだな…お前が、怒るようなことは俺は何もしていないぞ。 だから安心してもう一度、深い眠りにつくのがいい」


「ふ~ん~…そうなんだ~。 カ~くんが~……守ってくれたんだね~…。 ありがと~!」


「なっ⁉︎」


華恋は、俺の予想していた返答を遥かに超える奇行へと出た。


十中八九、グチグチと説教されて怒られ続けるか、機嫌を悪くして暴行を加えられるかのどちらかだと踏んでいたのだが。


「か…華恋…笑顔でベアハッグかけるのは止めろ…流石に苦しい…ってか、完全に寝ぼけてるよなお前…?」


※『ベア•ハッグ』

プロレスなどの格闘技で使用される絞め技の一種。


「奏。 多分それ、技掛けられてるんじゃなくて、単に抱きしめられてるだけだと思うけど?」


氷梶也が何か言ったようだがそんなことに耳を傾けてる暇などない。


俺は今、胴体に絞め技を掛けてくるこいつを何とかするのに精一杯だ…というより、前も思ったけど、なんでこいつこんな華奢(きゃしゃ)な身体してんのにこんなに腕力強いのだろうか?


「ふへへ…カ~くん~…」


「おい華恋、いい加減に……しろ!」


何とか締められていた腕だけを振りほどいて、華恋の(ひたい)目掛けて一発デコピンを叩き込んでやった、取り敢えず華恋を完全に目覚めさないことには話が進まない、というより俺が堕ちる…


「痛っ、なっ何するのよ⁉︎ って……」


「たくっ…やっと起きたかよ? いい加減この手を離せ。 そして、俺に対して謝罪を要求する」


少々強気な態度で上から出てみたが、今回の俺は完全に被害者だ。


これぐらいのことは許されて当然だろう。


「かっ……かか…かかかか…かかかっ!」


しかし、華恋は謝罪の言葉を言う訳でもなく、かと言って反抗するような罵声を浴びせてくることもなく、同じ箇所を何度もリピート再生してしまう壊れたオーディオプレイヤーのように、同単語を連呼し続けるだけだった。


「何だ…⁉︎ どうした? 顔すごく赤いぞ、大丈夫か⁉︎」


正気を取り戻した瞬間、華恋の顔はみるみる内に紅潮し、今にも倒れてしまうのではないかという程になっていた。


もしかしたら、高熱でも出ているのではないかと心配し、それを確認するために、さっきデコピンを食らわした華恋の額に俺はそっと手を当てた。


だが、その手が触れた瞬間。


「キャーーーー!」


「ギャーーーー!」


俺の胴体を締めていた腕に更に力が篭り、そして、その後。


俺は意識を失った…




数分後




「はっはっはっは! いや~本当に、お前らって見てて飽きないよな~」


「本当に死ぬかと思った…」


「しっ、仕方ないでしょ! いきなりだったんだから!」


「限度ってもんがあんだろ! あんなに強く絞める必要がどこにあんだよ! 俺別に何にも悪いことしてないないだろ…⁈」


「まぁまぁ、二人共それくらいにしとけって折角の三人揃っての初めての旅行なんだからさ~」


「お前にだけは言われたくねぇんだよ!」


「まぁまぁ、良いじゃねえの、カーくん」


「だから、そう呼ぶなっ!」


俺は、兎に角機嫌が悪かった。


意識が跳んだ御影というか所為というか、これまでの眠気はすっかり治まったのだが、その分、疲労感は更に増した気がする。


「はいはい、そこまで。 奏も、余りムキになって氷梶也と接してても、ただ疲れるだけよ。 さっきのことは謝るから、少し冷静になりなさい」


「何か、このやりとり懐かしいな」


「何回やってんだって感じはするけどな…」


氷梶也が問題を起こし、俺がそれに巻き込まれ、言い争いになったところを華恋が仲裁に入る。


昔からずっと続いてきたこの負のスパイラル。


もう十年以上経つというのに変わらないこの関係には、悲しいような嬉しいような何とも複雑な心情にさせられる。


「そういえば華恋、一つ訊いてもいいか?」


「何よ?」


「寺に会った時にも思ったんだけど。 何でお前あんなに剛力になってんだよ? 昔はあそこまで激しい動きなんて出来てなかったし、何より力もそんなに強くなかっただろ?」


元々、運動神経は良かった華恋だが、俺の知る限り、こいつはこんな風に人を締め上げられるような力を持ってはいなかった筈だ。


「何? 殴られたいの?」


「いやいや、そうじゃなくて…」


拳を握りしめて笑顔で華恋は俺を脅す。


「あれ、奏知らなかったのかよ? お前が出てった後に、こいつ突然『強くなりたい』とか言い出してさ、お前のとこの爺さんにあれからずっと、合気道とか空手とかの指導受けてたんだぜ」


「は…?」


「そういうことよ。 今なら、あんた達二人が一斉に襲って来たって簡単に返り討ちにできるわ」


あの爺ぃ…幼馴染になんてことしてくれてんだ…。


「何でそんな修行する必要があったんだよ…?」


「別に良いじゃない。 ただの痴漢防止よ。 そこそこ役には立ってるんだから」


まぁ、女としてはいつ何時襲われるかなど分かったものじゃないだろうし、持ってて損する力という訳じゃないのだろう。


しかし、出会い頭に跳び膝蹴りとか、後ろ回し蹴りとか、絞め技とかを掛けられては…


痴漢される側より、する側の命の方が心配だな…


「あれ? 奏が全然戻って来ないから、街で見かけた時にねじ伏せて力尽くで連れて来る為とか言ってなか…」


「氷梶也~?」


氷梶也が何か聞き捨てならないことを口にしたが、最後まで言い終わる前に、華恋が見えない圧力でそれを阻止した。


本当にこの四年間、一度も連絡を取らなくて良かったと心底思う。


「まぁ、それはそれとして、私からも一つ氷梶也に質問しても良い?」


「ああ、いいぞ。 何でも訊いてくれ」


都合の悪い事実を隠すように、そそくさと華恋は話題を上書きした。


「この旅行での目的についてなんだけど。 何よ…妖怪探索って? いるかいないかは別として、もし見つけた後、あんたはそれをどうしようっての?」


思った以上に的を得た正論な質問だ。


「そうだな~。 取り敢えず仲良くなるってのが最前提として、その後は色々とインタビューとかしてみたいな。『最近の日本の環境についてどう思いますか?』とか。 それで、最後に出来れば、何かサインみたいな物してくれたら最高なんだけどな~」


「…………」


呆れて物言えぬとは正にこのことだ。


「華恋…もう何も言うな…氷梶也にとって妖怪は芸能人と同じなんだよ…」


「訊いた私が馬鹿なのね…」


「よし、じゃあ最後に俺から奏への質問だ」


別に質問のローテーションをしていたわけじゃないのだが、次は俺だと言わんばかりに氷梶也は無駄に張り切っている。


「結構前のことなんだけど。 奏の父さんが昔、妖怪を封印したっていう祠あったじゃん? ほら、樹希さんが言ってた山にあったってやつ」


「ああ、あれな。 あれがどうかしたか?」


恐らく氷梶也は、あの祠の詳細について俺に訊きたいのだろう。


しかし、残念ながらあの祠のことは俺も樹希さんに聞いて初めて知った事実だった。


親父の建てた祠だと知らなければ決して今でも近づくことはなかったのだろう。


けれど、あの時。


爺さんに入るなと禁じられて危険な場所だと知りながらも、俺はすんなり氷梶也の頼みを聞き入れて山奥へと着いていった。


今思えば、あれは親父の墓参りにでも行くつもりだったんだろう。


「あの後、奏が寝込んじまってたから、また一人で散策しに行ったんだけど祠なんて何処にも見当たらなくてさ。 結局、どんな妖怪が封じられてたのか、凄く気になってな…樹希兄が嘘つくわけないし…奏はそのことについては何か知らないのか?」


「悪いが、それについては答えられそうもない。 俺もあの時のことは余り覚えてないんだよ。 祠みたいなものを見つけたようなところまでは覚えてるんだけど、そっからがどうやっても思い出せなくてな…爺さんに訊いたら山の中で一人で倒れてたって言ってたけど、何で倒れてたのかも全く思い出せないし」


「そっか…一番近場の有力な情報だと思ってたんだけど…望みは薄そうだな…」


「有力な情報って…あんたね~…サインなんて、どうやったってもらえないと思うわよ…?」


俺の隣で呆れ果てる華恋、目の前の席で項垂れる氷梶也。


山で迷ったあの時も、二人は懸命に俺のことを探してくれたと、あの後、爺さんから聞いた。


いつも三人一緒だったあの頃に戻ったようで、自然と口元が緩んでいくのが感じられる。


昔のことを思い返すたびに、感じる切なさと懐かしさと暖かさ。


不変などありはしない無常な世の中で、こいつらと過ごしていた時間が、本当に俺を支えてくれているのだと思った。


そうだ。


あの時、見つけられなかった妖怪の封印された祠の探索。


それが今、十数年の時を経て、もう一度行われようとしているのだ。


見つけられるかどうかなんて問題ではない、今この時を楽しむことに全力を尽くそう。


あの無邪気だった自分たちに決して負けないように、あの時の時間をもう一度。


そんな風に昔を思い返して、今の自分の決心を固めていると、忘れかけていた記憶の断片がつながっていくように感じた。


(あれ…?そういえばあの日。 祠を見つけてから、何か変なやつらに会ったような……?)


「なぁ、奏?」


「ん? ああ。 悪い、聞いてなかった」


「何か考え事?」


「いや、何でもないよ。ちょっと昔のこと思い返してただけだ」


まぁ、昔のことだし、大切なことならその内思い出すだろう。


「なぁ、そんなことよりこのリュック開けてみても良いだろ? 奏が倒れてからずっと我慢してたんだぜ?」


もうとっくに見たものだと思っていたが、恐らく華恋が勝手に開けないように忠告でもしていたんだろうな。


餌の入った皿の前で『待て!』と言われてそのまま放置された犬のような目で、氷梶也は俺のことを見つめている。


「分かった分かった。 期待するだけ無駄だと思うが、好きにしろ」


「よっしゃ!」


「余り氷梶也を甘やかすんじゃないわよ?」


「お前は少し厳しすぎるんだよ。 まっ、このくらい何の問題もないだろ? 元々親父のだし、好きに見てもらっても全く構わないよ」


それに、俺自身、あの中に何が入っているかは今だに把握できていない。


それを今から全て見せてくれるというのだ。


手間が省けてなによりじゃないか。


「ほら」


足元にあったリュックを今度は何事もなく持ち上げ、氷梶也に渡すことに成功。


「なんだ、思ってたより重いんだな」


「ああ、持って来るのにもそれなりに苦労したよ…」(色んな意味で)


氷梶也は、リュックの口を開け、中にある物を次から次に、出して並べている。


「こら、ちゃんと後で片付けなさいよ!」


「ああ、分かってるって」


華恋の忠告も最もだが、俺達以外にこの車両には乗客も居ないので、周りの迷惑になることはまずないだろう。


「懐中電灯に替えの電池、寝袋、方位磁石、着火剤に、ジッポライターに、非常食の乾パン」


氷梶也は、楽しそうな笑みを浮かべながら次から次へと、物を取り出している。


ジッポライターって…オイルないと使えないだろ…乾パン? いつのだよ…完全にもう食えないだろ…?


「多機能ナイフに、石鹸……ん?」


氷梶也が不審そうな声を上げて何かを見つめている。


「何だ、何か面白そうなもんでも見つけたか?」


「いや、これ何だろうな? 何かの本みたいなんだけど?」


「登山関係の本じゃないの?」


「ちょっと貸してみろ」


「ああ」


返答すると、氷梶也は俺にその本を手渡してきた。


「何だこれ…」


渡された本は、一見するだけで分かる程に、かなり年季の入ったものだった。


1cm程度の厚さで、保存状態も良くシミや汚れなども全く着いていない。


日焼け具合から見てもかなり丁重に保管されていたということが伺える。


表紙にも背表紙にも何も書かれていないその本からは、古いということ以外、何も感じ取ることができなかった。


「………読めねぇ……」


一応中身を確認してみたが、完全に時代が違いすぎる…なんと書かれているのかさっぱりだ…


「奏、それもしかしてそれ、玄司さんに黙って持ってきたんじゃ…?」


「いや、こんな本持ってきた覚えはないぞ。 リュックはちゃんと持って行くって言っておいたし……あ」


「『あ』 って何よ?」


「いや、何でもない…」


もしかして…棚をぶっ壊したあの時に紛れたのかもしれない。


まぁ、いい。


帰ったときにバレない様に元に戻しておけば問題はないだろう。


そういえば、帰ったらまた一仕事待っているんだった。


折角の旅行の気分も、こういうこと一つで台無しだな…


目の前にある本を見つめながら憂鬱に浸っていると。


全く聞き覚えの無い声が、静寂に満ちた車両内に発せられた。


「あら、面白そうな本ね。 よかったら私にも見せてもらえない?」


本から意識をそらし、声の発せられた通路側に目をやると、そこには、いつからそこにいたのか全く気づかなかった、一人の女の人が立っていた。


白いシャツに赤いネクタイ、そして黒いスカートを履いたその人は、黒いハットから笑顔を覗かせ、こちらを見つめていた。


外見だけで見れば、ほぼ同学年か少し上といったところだろうか?


まぁ、女性の年齢など見た目では判断できたものではないが、20代前後と言ったところだろう。


「この本を? でも、これは…」


「ねぇ、いいでしょ? その本について知りたいなら私が調べて、あなたに返すときにでも教えてあげるから。 ね、だからちょっとだけ」


その人の目はまるで子供のように、凄く好奇心に満ち溢れていた。


こんな感じの人が氷梶也以外にもまだいたなんてな。


しかし、困った。


別に、貸してやりたいのは山々なのだが…この本がもし貴重な稀覯本(きこうぼん)だった場合、それを安々と他人に渡すというのはどうなのだろう。


今も、華恋は隣で静かにしているが、きっと内心では『なんなのよこの馴れ馴れしい人は』とか思っているに違いない。


氷梶也に関しては、もうただの傍観する人だ。


さて、俺はここでどのような選択肢を選べば正解なのだろうか?


俺が迷っていると、そこにもう一つの声が緊迫した状況の中へと注がれる。


「あまり乗客の方々に迷惑をかけてはダメよ、蓮子」


それは、この黒ハットの女性を(とが)める声だった。


「いいえメリー。 私は迷惑をかけているのではなくて、対等な立場での交渉の席に立って物事を要求しているのよ。 私がこの本の謎について調べることで、私のこの本に対しての知識欲は満たされ、また、それによってこの持ち主の青年の一つの疑問も解消されるというわけよ。 実に論理的な解決法じゃない?」


「交渉というのは、両者の利害が一致してこそ意味があるのよ、あなたのしているそれは、言葉こそ丁寧なれど、傍から見れば交渉というよりただの一方的な押し付け、脅迫にしか見えないわ。 それに、見ず知らずの他人にそんな貴重そうな物を簡単に渡すとでも思っているの?」


その人物も、またどこから現れたのか、いつのまにか黒ハットの女性の後ろで顔をしかめながら立っていた。


上から下まで紫色の洋服を身に纏い、金髪にナイトキャプを被った女性は達者な日本語で黒ハットの女性を止めようとしてくれたのだが。


「それもそうね。 じゃあ、これ私の連絡先」


黒ハットの女性は全く諦める様子もなく、手にとった手帳の切れ端をちぎって俺に渡してきた。


「はぁ……ほら、行くわよ蓮子」


「えっ、ちょっと待ってって、話はまだ終わって…」


「全く、蓮子は一人になるといつもこれだものね……」


「それ、メリーにだけは言われたくないわよ!」


だだを捏ねながら、腕を引っ張られて連れて行かれるその様は、よくスーパーで見かける、母さんにお菓子を買ってもらえなくて泣きじゃくる子供のそれにそっくりだった。


ガシャンというドアの締まる音とともに、車両内は一気に静まり返り、車両内はさっきまでの静寂を取り戻す。


「なんだったんだろうな…あの人達…? 奏の知り合いか?」


「いや…初対面だ」


「何にしても騒がしい人達だったわね。 いきなり話しかけてきて、本を貸してほしいだなんて失礼にも程があるわ」


騒がしい人達というのを、お前がいうのかというツッコミはさておいて。


本当によくわからない人たちだった…出来ればああいう類とは二度と関わりたくないものだ。


そんなこんなで、始まったこの旅は、幸先が良いのか悪いのか、何とも歯切れの悪い理解不能な形で開始を迎えることとなった。


目的地も徐々に近づき。


列車の中でアナウンスが響く。


まぁ、楽しめればそれで良い、最後にこの三人が笑顔でいられればそれだけで十分だ。


謎の本は必要のない現実と共にバックへ詰め込み。


さあ、行こう。


まだ見ぬ明日へ。


あの頃に起き忘れた夢の続きを。


俺たちの、旅はこれからだ!


中途半端な終わり方をしてすみません。

次話でプロローグを終了します。

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