プロローグ2.5 「昔話」
本編の主人公とは別目線の話になります
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「行ってしまいましたね……」
「まったく……勝手な奴じゃ。 突然家を飛び出して暫く姿を見せぬと思えば、唐突に戻って来おって……そしてまた行ってしまった……」
「宜しかったのですか?」
「何がですかな?」
「引き止めなくて、です」
「……」
「やはり、御自分でも既に理解されているのでしょう? 奏君がなぜ、この家を継ぎたくないのかも、これ以上言っても無駄だということも……」
「……ええ、わかっておりますとも、あやつのことは誰よりもよく知っておるつもりですからな……いや、親友には流石に劣りますかな……?」
「では……なぜそこまで?」
玄司は目を瞑って心を落ち着けると、静かに口を開いた。
「儂も、出来ることならば、あやつのしたいようにさせてやりたいと思っておったのですよ……父も母も早くに亡くし、甘えられる家族など居らず、儂も奏を憐れみ、優しく接してやろうと思った時期がありました。その頃は確かにこの家を継いでもらいたいとも思っておりましたが、無理に御社家当主にさせようなどとは考えてもおりませんでした……」
「その頃、ということは、その後にその思いを変える何かが起こったと?」
触れられたくない核心を突かれたように、玄司は、ばつが悪そうな顔をして目を逸らす。
「それは、いったい……?」
「……ある、事件がありましてな」
「事件……?それが奏君と何か関係が?」
「ええ、樹希殿にはまだ話したことはありませんでしたな……あやつが小学生となり、二人の親友が出来たということは、樹希殿もご存じでしょう」
「はい、よく三人で僕の所へ遊びに来てくれましたからね、忘れるはずがありません」
「その内の氷梶也という名のぼうずに唆され、あやつは儂に何の断りもなく何度も寺を抜け出しておりましてな。 夜遅くまで帰って来なかったということも珍しくはなかった。そんなある日、その親友二人が血相変えて儂を訪ねて来たのですよ」
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「はぁっはぁっ……玄じぃ!」
「なんじゃ、どうした二人共そんなに息を切らして。 ん……? 奏はどうした?」
「はぁ……奏と山の中で逸れちゃって、探したんだけど見つからないんだよ……」
「何!? 山に何をしに行っておった! 危険じゃから子供だけで近づくでないと奏にも言い聞かせた筈じゃが!?」
「ごめんなさい!昔、山に妖怪を封じた祠があるって樹希兄に教えてもらったから、行ってみたくなって……奏に一緒に行ってくれるように頼んだら良いよって言ってくれたから……」
「ごめんなさい……私、二人を止められなくて……それで……」
「おいおい、泣くなよ……」
「なっ、泣いてないもん……氷梶也だって泣いてたくせに!」
「分かった、もういい、お前達は家に帰っていなさい、儂が一人で探して来る」
山へ奏を探しに向かおうと歩みを進めたが、二人が儂の裾を掴んで引き止めた。
「いやだ! 一緒に行かせてよ!」
「わっ……私も!」
「ならん!お前達は家で大人しくしておれ!」
「でも……」
「大丈夫じゃ、帰って来たら三人揃って説教じゃからの、覚悟して待っておれ!」
それから、儂は二人を置いて山へ行き、奏を探したが、なかなか見つかりはしなかった……
一時間ほど探し回り、辺りも暗くなり始めたころ、一人で探し回っていても埒が明かないと思い、儂は人手を集めようと下山し始めた。
その時、ドーン! という岩を砕くように巨大な地響きが山に響く。
まさかとその音の方へと急ぎ、開けた場所に出ると、儂は自分の目を疑った。
岩肌は砕かれ、大地は抉られ、木々は薙倒されており、その近くには破壊された祠と共に奏が倒れている。
そこには、荒れ果てた土地が広がっていた。
暫く儂は目の前の惨事を目の当たりにし、何があったのか、何がこの土地をこのように荒らしたのだろうかと、その原因を思慮した。
そして、儂はある一つの可能性に思い至った。
それは、奏が自らの力で、祠の封印を解いたのではないかということ、そしてそれだけではなく、その祠に封印されていた妖達を祠や札を使わずして、自らの力のみで、再びその土地に直接封印し直したのではないかということ。
人為的な力が加えられない限り、祠の封印が解けるなどとはまず考えられない。
それに、我が御社家は古くから、悪霊や妖怪を封じることに関しては長けた力を秘めていると言い伝えられてきたため、御社家の血筋を持つ奏ならば、万が一にでもありえない話ではないと判断した。
しかし、儂にはそれ以上に気がかりに思うことがあった。
奏がいくら封印を試み、それが成功したとは言っても、それ以前に、その場では土地を荒れさせる程の力を持った者が暴れたということは辺りの現状を見るに確かなことであった。
にもかかわらず、そのような力を持つものを前にして、なぜ奏が無事で居られたのか?
たとえ生きていられたとしても、何かしらの傷を負っていてもおかしくはない。
いや、傷を負っておらん筈がない……
しかし、奏は無傷のまま、ただそこに倒れていた。
儂は、奏を家に連れ帰ってからもずっとその理由だけを考え続けておった。
そして、数日後。
考え抜いた末に、儂はある考えに至った。
その考えは、あまりに馬鹿馬鹿しく考えたくもないものであったが、あの状況を説明するのには、もう儂にはこれしか考えられなかった。
それは、あの土地を荒らしたのは妖怪の類いではなく、奏自身がやったことなのではないかということ。
祠の封印を誤って解き放った後に、そこに封印されていた妖怪を目の当たりにし、奏の心の内に恐怖という感情が溢れ、それが、あやつの持つ眠っておった力を暴走させることで、あのような惨事を招いたのではないかと……
実際に、奏にそのような力が眠っているかなど儂には分からぬ上、理解のしようもないが、このように考える他、あの状況を正当化することが儂には出来なかった。
そして、その様な考えを持つと同時に、儂は奏の内に眠る力を酷く恐れた。
もし、その力が再び暴走を始めたとしたら……儂一人の力でどうにか出来るとは到底思えぬ。
ならば、その暴走を二度と起こさぬようにしなければいけない。
そして儂は、決意した。
奏に一刻も早く修業を積ませ、自分自身で、己の内に眠る力を抑え込めるようになってもらわなくてはならないと。
その為にはこの御社家の当主となり、ありとあらゆる封術を熟知してもらわなくてはいけない。
儂の持つ全ての知識を奏に叩き込み、必ず奏を当主に。
儂は、そう決意した。
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部屋に静けさが落ちる。
若者の過去と老人の決意。
静寂に包まれた部屋で樹希が先に口を開く。
「まさか、その様なことが起きていたとは……申し訳ありません……僕があの子たちに祠のことを教えたばっかりに」
「いえいえ、樹希殿に謝罪して頂く必要などありません。全て、あの馬鹿者共の所為なのですから」
「しかし、奏君にそんな力が眠っていたとは……驚きですね」
「……あくまで私の推論ですがな。確証もなければ確認することも出来ぬ為、これまで、奏には辛い思いをさせてきてしまいましたな……」
己の罪を咎めるように玄司は俯いて話す。
「全て、奏君のことを思ってしてきたことではありませんか。少なくとも僕は、玄司さんの行いが間違っていたとは思いませんよ。まあ、部外者の僕が言えたことではありませんが……」
「……いえ、ありがとうございます」
玄司は顔を上げると、少し気を楽にして微笑んだ。
「これまで幾度となく後悔をしてきました。普通の子供達のように自由に遊ばせてやらなかったこと。掟や使命に縛り付け、本人の意思を尊重してやらなかったこと。挙句の果てには、修業に嫌気が差し、この家を出て行ってしまった……。全て儂の責任じゃが、樹希殿が申された通り、全ては奏のことを……孫のことを思って、この老いぼれが出来る限りのことをしてやりたかったということ、それだけは御理解して頂きたい」
罪を逃れようなどという意識はない。
ただ、自分のして来たことの真意を誰かに知っておいて欲しいと玄司は隠すことなく全てを打ち明けた。
「ええ、孫思いの御爺さんの想いを僕は十分理解しました。話しをして頂けて、とても嬉しかったですよ」
「いえいえ、この程度の昔話、礼を言われるようなことではありませんよ」
微笑みを交わして二人は立ち上がる。重苦しい空気に新鮮な風が吹き込み、休憩タイムが終わりを告げた。
「では、良いお話も御聞き出来ましたし、僕は作業に戻りますね」
「すみませんな樹希殿、引き続きよろしくお願い致しますぞ」
「はい、承知いたしました」
「では、儂は倉の掃除を続けてきますので」
「ええ。 ……あの、玄司さん」
「はい?」
「いえ、その……例の書物のことなのですが……どうか、御貸し頂くことは出来ませんか?」
「……申し訳ありませんが、あれは我が御社家の者以外に読ませることを固く禁じられておりますゆえ……幾ら樹希殿のご要望であっても、こればかりは……」
「ああっ、いえ……僕もただ興味があるというだけですから」
「申し訳ありません……お詫びと言ってはなんですが、倉を整理して出てきたもので宜しければ、幾らか御貸し致しますが?」
「本当ですか⁉︎ では、掃除が済み次第、伺わさせて頂きますので、宜しくお願いします」
「畏まりました、では用意してきますので、儂はこれで」
「はい! 楽しみにしております」
まだまだ東方とは別の作品が続くと思います…
あと三回くらいの投稿で幻想入りを果たしたいと思っております。