第九話「幼気な新月⁉︎ 恐怖のリアル鬼ごっこ!」前編
都合により、今回も前回引き続き三話構成となっておりますので、ご了承ぐださい。
「んで、気分はどうだ? 表層意識の俺様よ」
いつも聞いているようでどこか違う青年の声。奴は不敵な笑みを浮かべながら俺のご機嫌を伺ってきた。
「……最悪」
苦笑で返してやった。自分の体を好き放題にされて、上機嫌でいられるほど俺の頭は悪くない。
「そうか。 まあ、そんなことは聞くまでもなかったな」
お前の全てを知っている。そんな見透かしたようなこいつのニヤケ顔が非常に腹立たしかった。
毎朝鏡の前で眠そうな面を晒す馴染みの顔。短く整った黒髪に、少しつり上がった茶系の目。外側の何もかもが俺と同じこいつは、この深層世界ーーーー俺の心の奥深くに存在するもう一人の俺なのだという。
「あのさ……具体的に教えて欲しいんだが。 お前は俺がここにいる間、外で何してたんだ?」
「ん? なんだ、見てなかったのか?」
「ああ、まぁな。 お前が俺を起こしに来るまで、ずっと意識がなかったからさ。 ここが俺の心の中だって言うのも、まだ信じられないくらいだよ」
酔っ払い達に変な薬を無理やり飲まされてから気を失い、俺は自身の心の中に閉じ込められてずっと眠り続けていた。
だから、こいつが外で何をしていたのかを全く把握できていない。何もしていないとまでは言わなくても、せめて面倒なことはしていないと言って欲しかった。
「そうか……見てなかったのか。 せっかく俺が真の漢の姿ってのを連中に知らしめてやったのに。 そりゃあ、残念だったなぁ」
「…………」
うん。厄介なことしかしてないってのはよくわかった……。
「とまあ、冗談はさておき。 実はお前に二、三言っておきたいことがあってな」
ショックで立ちくらみを起こす俺に対し、奴はさらっと話題を切り替えようとする。
「……おいっ、あっさり流そうとするな! なんだ真の漢って? 詳細を教えろ、詳細を! 本当に冗談で済むんだろうな⁉︎」
「すまん」
一言で返された。その‘‘すまん”は問いに対する返答か? それとも単なる謝罪だろうか? どっちにしても、すまんじゃ済まんことがあるということを拳で分からせてやりたい。
自分で言うのもなんだが、裏の俺と言うのはかなりクセのある性格らしい。要はムカつくということなのだが、会話の端々にナルシシズムを匂わせる発言があったり、俺を煽って楽しんでいるようにすら見える。
コイツを見ていると自己嫌悪にならざるをえないな……。
「……よし、頑張った自分へのご褒美として俺からプレゼントをくれてやろう。 歯を食い縛れ」
握り拳を胸の前で温め臨戦態勢に入る。
「まあ、そう殺気立つなよ。 短気な男は嫌われるぞ?」
「そんなの全然構わん。 別にお前に好かれたいなんて思ってないしな」
「そうか。 じゃあ、俺はお前なんか大っ嫌いだ」
ケンカ売ってんのかコイツは……?
突拍子もない上、拍子抜けするほどの冷めた物言いに、温めていた拳まで冷えてしまった。
脅しをかけたこと以外、嫌われる要素なんてこれっぽっちも見当がつかない。 むしろ今回の被害者はどう考えても俺の方だと思う。 二、三発の鉄拳制裁くらい笑顔で受け入れてほしいものだ。
「……一応今後の参考までに理由を聞いておこうか?」
しかし、これは自分を客観的に見るいい機会かなのかもしれない。 自分自身にダメ出しを受ける経験など滅多にできるものではないし、少し興味もあった。
「聞かせてやってもいいが……多分傷つくぞ?」
「いいよ別に、傷つくのは慣れっこだからな。 遠慮なく言ってみろ。」
幼少期から精神的に痛めつけられ、今では肉体的に痛めつけられる日常を俺は送っている。 だから心は既に鋼のように鍛わっているはずだ。 ちょっとやそっとのことじゃ傷なんてつくはずがーーーー
「なら遠慮なく言うが。 お前はクソ真面目で生きるのが下手すぎる」
「ぐはっ……!」
簡単に傷ついた。 脆すぎるぞ俺のハート……。 普通に罵倒されるのかと思いきや、まさか生き方自体を否定されるとは想定外だった。
強烈な一撃が、ガラ空きの胸に突き刺さる。
だが、奴のターンはまだ終わりではなかった。
「毎日毎日、仕事仕事で遊びや恋愛ごとはそっちのけ。 おまけに責任感の強いお人好しで面倒なことに関わっては不幸に見舞われ災難続き。 ケチなくせにお金は溜まらず、溜まっていくのはストレスばかりーーーー」
「ぐふっ……!」
更に繰り出される言葉の猛攻。 流石裏の自分と言うべきか、俺が普段気にしていることを的確に抉ってくる。 これはもはや言葉と言う名の暴力でしかない。 まさか心の中にいながら胸を痛めるという経験ができるとは思わなかった。
「ーーーー俺はお前のそういうところが嫌いだ。 だからハッキリと言うが、お前はもっと利己的に生きる手段を学ぶべきだ! 他人に気を遣うのは悪いことじゃないが、そのぶん自分の欲を押さえ込んでいたらいつまでたっても幸せにはなれんぞ?」
「ぐっ……べ、別に俺だって、好きで不幸なめに遭ってんじゃないやい!」
いつも直向きに頑張ってるだけなのに、周りにいる有象無象どもが俺の人生を狂わせるのだ。
「まぁ不幸に遭うのが自分のせいかどうかはともかく……普段お前の押さえ込んだ欲やストレスはこの俺が全部担ってんだ。 だから、あまり溜め込まれるとこっちが大迷惑なんだよ! 適度に解消するなりなんなりしてくれねぇとおかしくなっちまうぜ? お前も俺も」
既に人格が二つに別れるという超ド級のおかしな状況になっているのに、これ以上どうおかしくなれというのだろうか?
しかし、奴の言い分にも一理あるのは確かだった。
ここ数年働きづめで休暇を利用したリフレッシュなんてしたことがなかったし、休日でさえ仕事を探して練り歩くか、部屋で寝るかの二択のみ。 そんな生活を続けていればボロボロになった俺の心が不満を爆発させてもむりはないだろう。
口と性格と態度はかなり悪いが、コイツの言っていることは的を得ており、強く反発することはできない。
「……ああ、わかったよ。 これからはもう少し息抜きにも時間を割けるよう努力する」
「なんだ? 思ってた以上に素直じゃないか? どういう風の吹きましだよ?」
「別に……ただ、思い当たる節はいくつもあるし、改善の余地はくらいはあるかなと思ってさ」
「ほう、そうかそうか。 ようやく自分の人生観を見直す気になったか。 なら、これからは日々の労働に加え、恋や遊びにも大いに勤しみたまえ」
奴は俺の肩に手を置くと、部下を賞賛する社長のような態度でそう言った。 その上から目線がすごくうざい。
「恋や遊びねぇ……想像もつかないが、まぁ適当にやっとくよ」
彼女いない歴=年齢。 ここ数年間の娯楽施設利用回数=限りなくゼロに近い。 そんな俺に、どうしてそこまで期待できるのか不思議でならなかった。
しかし、自分への負担が軽くなると感じてか奴は随分と嬉しそうにしている。 とらぬ狸のなんとやらにならなければいいけど。
「じゃあ、起きたら早速休暇の相談だな。 俺の見立てでは上司を通すより、あのお嬢様に直接掛け合った方が堅実だ。 咲夜は気難しいし聞く耳を持たない可能性がある」
裏の自分にしては随分と細かい分析をするものだと感心した。しかし、なぜメイド長の名前を呼び捨てにしたのだろう? そんな馴れ馴れしい呼び方、恐れ多くて俺には口に出すこともできない……。
「……そんなトントン拍子にことが運ぶとは思えんが。 まっ、相談くらいはしてみるか。 俺も休暇は欲しいからな」
「よし、それならとっとと起きて相談をーーーーと言いたいところだが。 もう二つだけお前に言っておきたいことがある」
「まだあるのか? もう傷つくのは御免だぞ……」
「はははっ、安心しろ。 残りのはそんなに身構える必要もないし、気を楽にして聞くといい」
奴は初めて優しい笑みを俺に向けた。 口調からも楽しげな感情が伝わってくる。
「……なら、聞かせてもらおうか?」
「ああ、じゃあ先ず一つ目なんだが、お前はいつまでここにいるつもりなんだ?」
ここと言うのは心の中のことを言っているのだろうか?
「何を今更……。 そんなの薬の効果が切れるまでだろ? 戻れるもんなら今すぐにでもーーーー」
「いや違う違う。 ここって言のは、幻想郷のことだよ。 つまり、今住み込みで働いている紅魔館にはいつまで厄介になるつもりなのかと聞いてるんだ」
「はぁ? それこそ今更言うまでもないだろ? 外の世界に戻れるんなら今すぐにでも仕事を辞めて帰ってやるさ」
俺はキッパリと断言した。 が、奴はそのに返答には納得がいかないらしく、
「ふ〜ん、本当にそう思っているのか?」
と、にやにやしながら再び聞いてきた。
「……あたりまえだ。 何が言いたい?」
「いや、別に。 ……ただ、少なくとも俺は、ここに居続けるのも悪くないと思い始めていてな。 てっきりお前もそう思ってるのかとおもってたよ」
「…………お前、正気か?」
コイツは何を言っているのだろう? 毎日がトラブルの連続で心も体もボロボロだと言うのに、こんなところに居座る必要がどこにあると言うのだろうか?
「ああ、正気だよ。 確かに紅魔館に来てからというもの、生傷の数もストレス値もうなぎ登り。 幼稚な主人と理不尽なメイド長、その他大勢の有象無象共に振り回され、毎日がハプニングの連続。 辛い日々なのはよくわかっている」
「そこまでわかっているのに、どうしてい続けたいなんて思えるんだよ⁉︎ 俺には到底理解できなーーーー」
「だが、俺はそんな日々を楽しいと感じていた。 外の世界でただひたすらバイトをし続け、平穏に暮らしていた数年間より、こちらで過ごした数日間の方がよっぽど充実していたと俺は感じている」
「なっ…………」
『何をバカなことを!』その言葉が俺の口から飛び出ることはなかった。
「俺はお前の深層意識であって、心そのものだ。 その俺がこんな風に感じているということは、少なからずお前もそう感じていたはずだと思ったんだけど。 違ったか?」
「…………」
違う! とは言い切れなかった……。 今の生活が以前より豊かなものになっているのは言うまでもない。 それに時々感じるあの温もりを心地いいと思ったことさえある。
だが。 だからと言って、すんなりとここに居続ける理由にはならない。 俺には他に帰らなければいけない理由というものがあるからだ。
「俺は、まだ自分がどうしたいのかはわからない……。 でも、絶対帰るって約束したから。 アイツらのところに戻らないと……。 いつまでも心配かけっぱなしじゃあ、悪いからさ……」
幻想郷に来る前にした幼馴染との約束が頭をよぎる。 思いがけずした約束だったが簡単に破るわけにはいかない。 なにより、その約束の後に見せたアイツの寂しそうな笑顔が今も頭から離れないのだ。
「……そうかい。 まぁ今すぐに決められることじゃないってことは俺もわかってるよ。 帰る方法が見つかるまでよく考えておくといいさ」
「ああ、今すぐ答えられなくて悪いな」
「別に謝る必要はない。 俺はただお前に言っておきたかっただけだからな。 それにどうせ直ぐに帰れる保証はないんだ。 こっちでの生活を満喫しながらゆっくり考えるのも悪くないだろうさ」
伏し目がちになりながらも、奴は常に何かを期待したような笑顔で笑っていた。 俺なんかよりもよっぽど感情が表に出やすく、表情も豊かで、まるで子供の時の自分を見ているようだ。
「それじゃあ、最後にもうひとことだけ伝えておきたいことがあるんだがーーーー」
奴がそう口にした時。 突然、ゴゴゴッと世界が揺れ、強烈な眠気が襲ってきた。
「っ……なんだ……これ……?」
「あーあ……どうやら時間をかけすぎたみたいだな」
奴も同じように感じているのか、額に手を当てながら苦しそうにしている。
「……時間?」
「ああ。 薬の効果が切れて不安定になってるところに誰かがこの体を起こしに来たんだろうよ。 この揺れは恐らくそれが原因だ」
奴が焦っていることは小さく打った舌打ちから良くわかった。
「……仕方ねぇな。 最後の一つは手短に言っておく。 いい加減、お前は自分の持ってる力に気づくべきだ」
なんの前振りもなく奴は早口で言う。
「な……? どういう意味だ……?」
「……お前が心のうちに押しやったのは、何もストレスや欲だけじゃないってことさ。 ここに居続けるにせよ、外の世界に帰るにせよ、せめて自分の身は自分で守れるようにしておけ!」
奴が何を言っているのかよくわからなかった。 だが、この状況で無理をしてまで俺に伝えるということはよっぽどのことなのだろう。
「……ああ、わかったよ。 なんだかよくわからんが、ちゃんと心に留めてーーーー」
「あっ、それと最後にもう一つ」
「……おい。 言っておきたかったのは二、三ごとじゃなかったのかよ? 四つめだろそれ。 あと、まだまだ余裕ありそうだなお前……」
こっちは今すぐにでも意識が飛びそうなのに、なんて呑気な奴だ……。
「固いこと言うなよ……俺だってそろそろ限界だ。 だからこれも手短に伝えておく」
奴は一度深呼吸すると、落ち着いた態度で、なんとか言葉を紡ぎ出した。
「この体に、なにか厄介なものが紛れ込んでいる」
「はっ……? まぁ確かにお前は厄介ではあるが今更気にするようなことじゃ……」
「違う! 俺じゃない。 俺にもそれが何なのかよくわからないが。 深層意識の外側に、俺の気に入らない何かが潜んでる。 そんな気がするんだよ……」
真剣な眼差しで奴はそう言い残した。 だが、その眼が何を意図しているのか? それを思慮することさえ今の精神状態では叶わなかった。
「っ……さすがに限界だな……。 それじゃあ、後のことは全部任せたからな。 俺はまたここで、ゆっくり眠らせてもらうぜ」
「まっ……待てよ。 まだ、話はっ……」
必死に声を振り絞ろうとしたが、既に身体は言うことをきかった。 薬を飲んだ時と同じ、何かに呑まれるような感覚が全身を襲い、徐々に意識が失われてく。
「はっはっは……無理すんな。 お前の精神力が脆すぎることはよく知ってる。 だから、さっさと起きて、いつもみたいに働け。 お前にはそれが一番お似合いだ……」
皮肉交じりの奴の声すら、もう微かに聞き取ることしかできない。
ただ、虚ろな目で最後に奴の姿を見たとき。 その口元が『頑張れよ』と動いていたような。 そんな気がした。
でも、それが真実なのかどうか確かめることもできず。 俺の意識は然るべき場所へと引き戻されてしまうのだった。
☯
「……か……で……なで……奏!」
耳元で小さく囁く声が徐々に怒声へと変わっていく。それがわかった頃には自分の意識が身体に戻ってきたのだと実感できた。
「……っ奏! いつまで寝ているつもり? もう起床時間はとっくに過ぎてるのよ! さっさと起きなさい!」
この怒気を帯びながらも透き通るような綺麗な声は、紛れもなく我が上司のものだった。 普段から叱られることには慣れているが、このように体を揺すられて起こしに来てもらったのは初めての経験であり、とても新鮮で全然悪い気はしなかった。 むしろ、嬉しいとすら思う。
薄目を開けて一番初めに見えたのは見覚えのある自室の天井だ。 自分なんかにはもったいないくらいの絢爛豪華なその部屋で、メイド服姿の美少女に起こしてもらえるなんて、どこかの国の王にでもなった気分だった。
呼びかけに応えて起きるのも悪くはないが。 もう少しこのまま夢見心地でいても、バチはあたらなーーーー
「……さっさと起きないと、永遠に起きられなくするわよ? それでもいい?」
おっと……声のトーンが真っ逆さまに急降下。 これはそろそろ目を開けておかないと、二度と日の光を拝めなくなるかもしれない。
少し残念に思いながらも、重い瞼を開いて素直に起きることにした。
「んん……あぁ……。 咲夜……おはよぅぐぼぁっ⁉︎」
さわやかに挨拶を交わそうとしたその時、腹部に強烈な肘鉄が投下された。
「起きるのが遅い。 それと……なぜ、いきなり呼び捨てか?」
「さっ……さあ? なぜ、ですかね? 自分でもよくわかりません……」
全てが許される。 そんな気がして……。
「……まぁいいわ。 その隙だらけな間抜けっ面を見る限り、いつものあなたに戻ったようだし……。 今回だけは多めに見るわよ」
「は、はぁ……。 ありがとうございます」
酷くけなされているのになぜか自然にお礼を言ってしまう自分。 これが、上下関係の悲しいサガというやつか……。 どうしてもこの人にだけは逆らえる気がしない。
でも、どうして俺は恐れていたはずの彼女を呼び捨てにしてしまったのだろうか?
考えられるとすれば、まだ完全に薬が抜けきっていないのか? 単に王様気分を味わっていたせいなのか……?
どちらにしても寝ぼけていたのは確かだった……。
「意識が戻ったところで確認しておきたいのだけど。 昨晩自分がしたことについて、あなたはどこまで覚えているのかしら?」
「えっ⁉︎ あっ……あぁ……え〜と……。 巫女と魔女に無理やり薬を飲まされたあたりからすっかり記憶がないんですけど……。 俺が……何かご迷惑おかけしましたでしょうか?」
聞くまでもなく、何かしでかしたことは明白なのだが、一応奇跡を信じて訊ねてみることにした。
「……はぁ、まったく呑気なものね。 別に大したことはしていないわ。 でも、昨晩はあれから大変だったのよ? 倒れたあなたを部屋まで運んで介抱したけど、本当に死んだように眠ってたから、これからどうするかを皆んなで話し合ったりして」
咲夜はため息まじりに話し始めた。
あれ? 『大したことはしていない』って……本当に奇跡が起きたのだろうか⁉︎ むしろ、迷惑をかけたはずの俺を邪険にせず皆んなで心配してくれていたなんて……。 自然と胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
自分のために紅魔館の人たちが真意になって相談の場を設けてくれたなんて、本当に信じられない。 今回ばかりは俺も素直に感謝の意をーーーー
「私は土葬を勧めたのだけど。 パチュリー様が東洋人は火葬にするべきだと仰って……。 結局話が平行線上のまま、お嬢様がお休みになられたから、結論は明日へと持ち越されたわ」
ーーーー表しようと思ったが、前言撤回。 俺の処理の相談をしていただなんて、それこそ人として信じられない! 血も涙もないとはまさにこのことだ! まぁ紅魔館に血の通った真人間なんて一人もいないけどさ……。
「で、今日がその明日なんだけど。 あなたはどっちで処理されたい?」
「って、なにをナチュラルに迫ってきてるんですか⁉︎ そんな人生最期の究極の二択、どっちも嫌に決まってますよ!」
土葬にせよ火葬にせよ、どちらを選んでも行き着く先はデッドエンドしかみえない……。 というか、まだ死んでないから。 心臓バクバクフル稼働中だから! 勝手に殺さないでほしいものだ。
しかし、いったい何をしたらここまで酷い仕打ちを受けるのやら? 今からでも裏の自分に問いただしに戻りたいと心の底から願った。
けれどそんな願いが届くはずもなく……。 目の前には今も冷酷さの塊のような上司がーーーー
「ふふふっ、そんなに慌てなくても大丈夫よ。 ただの軽いジョークなんだから。 本気で埋めたり焼いたりなんてするわけないでしょ? 本当、臆病になんだから」
ほがらかに笑っていた。
……誰だろう? この綺麗な人。もしかして、咲夜さんの親戚かなにかなのかな? それにしては本人にソックリすぎやしないだろうか? だとすると、彼女にはイタズラ好きな双子の姉妹がいて俺にドッキリを仕掛けようとしているんじゃ……。
なんてありもしない設定を模索していると、
「でも、完全に戻ったって言うのは本当みたいね。 これならもう看病も必要ないでしょう」
咲夜は椅子から立ち上がり、俺が寝かされているベッドからそそくさと離れていった。
そのそぶりには妙な違和感を感じてならない。 いつもなら心と体に突き刺さる鋭利なものが大量に降り注いでもおかしくないのに……。 肘鉄一発とブラックジョークだけだなんてあまりにも刑が軽すぎる。それに、作り物のように完成されたあの笑顔が言い知れぬ不安と恐怖を俺に与えていた。
「あの、咲夜さん……? 昨晩のことなんですけど。 本当に俺、なにもしませんでしたか?」
「ええ、別になにも。 それより奏。 もう、お昼も過ぎているし、早く着替えた方がいいんじゃないかしら?」
質問に軽く答えると咲夜はクローゼットから替えの服を取り出し、それを丁寧に畳んで椅子の上に置いた。
「ああ、そうですね。 午前中休んだ分も取り返さないといけませんし……。 わかりました。 では、今すぐに」
裏の俺がなにをやらかしたのかは気になるが、とにかく今は起こした失態を仕事で償おう。 そう意気込んでベッドから降り、用意された服を手に取った。
「……あれ?」
だが、そこにあったのは、いつものピシッとアイロンがけされたエレガントさ溢れる執事服ではなく。 以前安物バーゲンで安価に購入した俺の私服だった。
「……あの、咲夜さん? これで給仕や清掃をしても……?」
「何を言ってるの? いいわけないでしょ」
「で、ですよね〜……! じゃあ、この服はいったんクローゼットに仕舞って執事服のほうを……」
一瞬悪い予感がしたが、単なる悪ふざけだったようだ。 まったく、妙なところで茶目っ気を出すのは本当にやめてほしいな。
「あなたは今日一日、館内全域に渡って出禁扱いになってるんだから、仕事なんてさせられないわ」
「ああ、なぁんだ出禁ですか。 もぉ、それならそうと早く言ってくださいよ。 遠まわしの解雇通告かと思って無駄に焦っちゃったじゃないですかぁ…………って、え? ……出禁?」
「ええ。 だから早く着替えて出て行った方が良いわよ。 最近は日も短くなってきているし、野宿はしたくないでしょ?」
咲夜は顔色一つ変えずに言い終えると、部屋のドアを開けて出て行こうとした。
「ああ、出ていく前にシャワーぐらい浴びておきなさい。 汗もかいているようだし、そんな寝癖のついたボサボサな髪型だと、泊めてもらう相手に失礼よ。 それじゃあ、また明日」
「……えっ⁉︎ ちょっ、待っーーーー」
声をかけて呼び止めようとしたが、咲夜はあまりにもあっけなくドアの向こうへと姿を消してしまった。
「…………」
恐れていたことが現実になり、しばらく立ったまま硬直していた。
おかしいとは思ったんだ……。 咲夜さんは何もなかったと言っていたが、きっとこれは奴のせいに違いない! 休暇の相談をするどころか、既にお暇を頂く寸前まで来ているように感じられた。
何が真の漢だ! 気を失った後に出禁を食らうのが真の漢の在り方なのだろうか? いや、そんなわけない! あのとき奴を殴っておかなかったことを今になって酷く後悔した。
しかし、どれだけ悔やんでも過ぎた時間は戻ることなく刻々と日は沈んでいく。
これまで以上に前途多難な日常が再び幕を開けるのだった。
奏・小悪魔:「次回予告コーナー!」
奏:「さて! 今回紅魔館で出禁を食らってしまった俺。 ‘‘御社奏” 18歳。 好きな言葉は『タダ・無料・ご自由にお持ちください!』 これから夜風を凌げる場所を求めて、あてのない旅に出かけたいとーーーー」
小悪魔:「あの、奏さん? 涙目になってますけど、大丈夫ですか?」
奏:「それを言わないでください! ネガティヴ思考にならないように堪えてるんですから!」
小悪魔:「……そうだったんですか。 なんか、ごめんなさい」
奏:「いいえ。 それより、先輩は知りませんか? 俺が出禁になった理由。 咲夜さんは教えてくれなかったので……」
小悪魔:「すみませが、私は宴会に参加してませんし、何があったかまでは……。 でも、出入りできないのは一日だけみたいですし、奏さんならきっと大丈夫ですよ! 自信をもってください」
奏:「……先輩。 俺、ろくな知り合いいませんし……文無しで宿にも泊まれないんですけど……。 本当に大丈夫だと思います?」
小悪魔:「…………そ、そんなことより! 今回のお話って前回私が担当した予告と内容が異なっていたみたいなんですけど、そこのところはどうなってるんですか?」
奏:「話逸らしましたね⁉︎」
小悪魔:「どうなってるんですか? 奏さん!」
奏:「ぐっ……あくまでも言葉に責任を持たないつもりですか。 ……それに関してはご心配なく。 前回の予告は、前・中・後編をまとめて行ったという体になっているので、誤報にはなりません。 まぁ完全に後付けですけどね……」
小悪魔:「ということは、次回は宿探しの後に鬼ごっこをすることになるんですね?」
奏:「全然意味わかんないですけどね。 でも、次回も苦労するんだろうなってことは悟りました」
小悪魔:「あはは……では、次回も奏さんが元気で生きていられることをお祈りしつつ、予告を終わりたいと思います」
奏:「そうですね。 では、次回はお泊まり先を探したり、なんだかんだでトラブルに巻き込まれたりと波乱な展開が予想されますが、死なない程度に頑張りたいと思います! それではっ」
奏・小悪魔:「次回もお楽しみに!」